約束してないはずの僕ら




 僕は闇魔術派の中で、一番の実力がある。これは、自称じゃない。
 魔力量と威力は可視化され、魔術師連盟において公表される。測定専門の魔導宝玉が発見されてから久しい。これに手をのせる事で、魔術師免許の更新やそもそもの登録が出来る。そして今年も僕は掌で宝玉に触れ、闇魔術派の中で一番の魔力量と威力だと判定された。嬉しくも悲しくもない。僕にとってこれは、今年も同じだったという感想しかもたらさない。少なくとも、測定した二の月の時点ではそうだった。

 六月の終わりが近づいてきた本日、闇魔術派のクランマスターに告げられるまでは。

「光闇属性魔術の魔力血統が途絶えかけている事は知っているな?」

 それは当然知っていたので、僕は頷いた。
 僕が一番とはいっても、元々闇魔術派の人数は少ない。各派には、生まれ持った魔力属性により所属が決まるのだが、僕はその中で闇属性の魔力を保持していたから、現在は闇魔術派に属している。地・水・風・火の四属性に比べると、光と闇はその三分の一程度ずつしか魔力属性の持ち主がいない。魔力属性は、両親の片側のものを受け継ぐのだが、四属性の方が生まれる可能性が高いそうだ。

「そこで、光と闇の魔力血統を増やすために、光属性派と闇属性派において、政略的な結婚をし、子孫を残す事が魔術師連盟の六元老により決定された」

 六元老というのは、今話しているマスターも含めた、各派のトップの事だ。そしてこの提案は悪くはないようには思えた。光属性同士や闇属性同士は、既に親戚関係のものも多く、血縁的に結婚が厳しい場合も多々ある。男性同士で魔術妊娠が可能になって久しいが、濃すぎる血縁関係は、禁忌(タブー)だとされている。

「そこで、ライナ。お前にも、光魔術派の魔術師と結婚してもらう」
「はぁ」
「相手は選ぶ権利がある。明後日、光魔術派と闇魔術派の魔術師の、結婚相手を選ぶ夜会が開かれる。そこで相手を見つけるように」
「分かりました」

 要するにお見合いをするという事だ。魔力を保持する者は、この国では皆貴族だ。貴族の中には魔力を持たない者も大勢いるが。その場合は、持つ者か持たない者が生まれてくる。そして貴族は、大半の場合が見合い結婚だから、僕ももう二十三歳であるし、そろそろどこかの誰かと政略結婚をする頃合いで、相手探しをしようかと思っていたところである。僕にとってこの話は、正直都合がよかった。


 ――こうして、七月の最初の日。
 僕はお見合いのための夜会へと向かった。闇魔術派の正装の黒いローブを羽織り、下にはちょっと上質なベストを着た。僕と同じ派閥の人間も多く参加している。まぁクランマスターの言葉……六元老の決定には、基本的に魔術師は逆らえないのだが。逆らえば、悪くすれば魔術師資格を剥奪される。今回免除されたのは、既に好意を抱く相手や恋人がいる者のみだった。なお光魔術派は、クリーム色にも見える白いローブを羽織っている。

 僕は窓際の丸テーブルの前に立ち、シャンパンが入るグラスに手を伸ばした。

「おい」

 するとその時、声をかけられた。何気なく僕が顔を向けると、そこには金髪に海色の瞳をした、切れ長の目をした青年が立っていた。僕はこの人物の名前を知っていた。ルカス・エルグラーデだ。何故知っているかと言えば、光魔術派の実力トップの人物だからである。確か僕の三歳年上の二十六歳だったと思う。

「なにか?」
「ライナ・コーデルだろう?」
「うん。何か用かな、ルカス」

 きっと彼も、僕が闇魔術派のトップの実力があるから、僕の名前を知っていたのだろう。そう推測しながら、僕はまじまじとルカスを見る。本日は、魔術談義をする日ではなく、お見合いだ。過去、僕とルカスはそれぞれの属性の魔術や魔力血統についてしか語った事は無い。それもたまたま隣り合わせた時などに、その場のつなぎで世間話をした程度で、お互いに名乗った事は今までなくて、今回が実を言えば初めてとなる。

「今日はお見合いの場だろう」
「知ってるよ。だからどうして君が僕に声をかけて来たのか疑問だと思って」
「? 用件はこの場では一つしかないと思うが?」
「……? っ」

 そこで僕はやっと気が付いた。確かにそうだ。ここは政略結婚をして、光と闇の血統を増やす場だ。

「結婚してくれ」

 僕が息を呑んでいると、ルカスが無表情のままでそう述べた。
 なるほど、トップ同士の僕と彼の子ならば、どちらの属性に生まれたとしても、魔力量や威力は高い事を期待できる。尤も、僕はそうした能力で子供を見たいとは思わない。政略的な結婚であるとしても、己の子には愛を注ぎたい。ただ、それ以上に、相手探しが面倒だった。子供さえできれば、愛は僕が注ごう。僕は子供は愛でたいと思うが、相手の事は道具と割り切るつもりでいた。なにせ愛があるわけではない結婚をするのだから。

 僕達の間には、なんの約束も無い。お互いを愛するなんて言う約束は無いのだ。

「いいよ」
「そうか。ではこの魔力羊皮紙に、サインをして結婚に同意してくれ」
「僕の紙にもお願い」

 こうして入場してすぐに配られた紙を交換し、僕らはそれぞれ羽ペンを召喚して、その場で名前を書いた。すると会場の中央の宙に、金色の球体が出現し、それを見ると僕とルカスの婚姻成立と書かれていた。あらゆる角度から、見る者の正面に、その表示は出ているらしい。

「一緒に暮らす家は、俺の家でいいか?」
「構わないけど、いつ引っ越したらいい?」
「なるべく早くしてくれ」
「分かった」
「とりあえず今日は泊まって今後の部屋を確認してくれ。帰るぞ」
「え? 今日? 泊まるの?」
「夫婦になったのだから、何も問題は無いだろう?」

 この国では、女性が存在していた頃の名残りで、男性同士の場合でも、夫婦と呼ぶ。なお大陸全土を見渡しても、女性がいるのは、隣の女王国と東のはずれにある公国のみだ。これらは魔導戦争における後遺症が理由だ。それもあって、同性妊娠魔術が発展した歴史がある。

「まぁ……そうだね。荷物を運ぶ事を考えると、部屋の下見はしたいかな。僕が今日から泊まれる部屋はあるの?」
「ああ」

 頷いたルカスを見て、貴族邸宅なのだから客間くらいはあるかと考えた。
 こうして僕はルカスに連れられて、夜会の途中ではあるが外へ出た。
 夜会が行われていた城を出ると、初夏の夜風に髪を攫われた。僕の髪色は、夜の色と同じだ。魔力属性によって髪の色は変化する。闇魔術派の場合は、黒に近いほど元の魔力属性が闇に近い。平均からどの属性によるかで所属する派が変わる。光であれば金髪だ。


「ルカスの家って侯爵家だったんだ……」

 僕は大豪邸を見上げ、半分ほど口を開けた。
 エルグラーデ侯爵家は、光魔術派で尤も権威のある家柄で、光魔術派のクランマスターの家でもある。血縁者や親戚も多く、光魔術派の三分の一はエルグラーデ姓であるから、僕は侯爵家の人だとは知らなかった。本当に結婚して良かったのだろうか。僕は貧乏男爵家の三男という、貴族の中ではどちらかというと立場が低い方なのだが……。

「そうだ。祖父が六元老の一人だ」
「へぇ。お祖父様は僕との結婚を許してくれそうなの? 君が誘ったんだから、責任をもって説得してね」
「? 歓迎すると思うが」

 まぁ僕も光黒魔術派のトップだから、爵位はともかく、子を成すという観点では確かに歓迎されるかもしれない。それから僕は長身のルカスを見上げた。僕よりずっと肩幅も広く、体格が良い。僕はどちらかというと細い。僕らの場合、どちらが生むのだろうか。筋力がある方が生む方が、母体にはよい気がするが、子作りは小柄な方が受け身になると訊いた事がある。僕は上の経験も下の経験もない。

「入ってくれ」
「うん。お邪魔します」

 こうして僕は、エルグラーデ侯爵邸の中に足を踏み入れた。出迎えた家令に先導され、僕達は――二階の客間(?)に案内された。本当に、(?)だ。その部屋には、寝台しかなかったからである。荷物を運びこむスペースもない。完全に客間というより、寝室だ。そう考えていたら、後ろから抱きすくめられ、僕は露骨に体を硬くしてしまった。生理的嫌悪などは無かったが、緊張が酷い。

「すぐにでもライナが欲しい」
「そ、そう」
「挿れたい」
「わ、分かった」

 上か下かは判明したし、元々SEXが目的だ。僕がおずおずと頷くと、耳元にルカスの吐息が触れた。こうして、僕達の初夜が始まった。

「ん……ぁ……」

 押し倒されて服を開けられ、僕は右胸の乳頭を甘く噛まれた。するとツキンと疼きが広がり始めた。もう一方の手では、陰茎を緩く握られ、擦られている。初めて感じる他者の手の感覚に、僕の動悸はさらに酷くなった。気持ち良いのだが、緊張が解けない。

「もっと声を聞かせてくれ」
「ぁァ……は、恥ずかしいから……んン」

 しかし何度も乳首と陰茎を愛撫される内に、体が温かくなってきて、僕の意識はともかく全身からは力が抜け始めた。当然のように寝台の脇にあった香油の瓶に、ルカスが手を伸ばしたのは、それからすぐの事だった。呼吸を落ち着けながらそれを見ていると、タラタラとルカスがぬめる液体を右手の指にまぶした。

「あぁ、っ!!」

 そして僕の後孔へと、指を一気に二本挿入した。

「即効性の弛緩作用がある香油だ。痛みはないと思うが」
「う、うん……ぁハ……ッっ」

 痛みはないが、切なくひきつれるような感覚がする。それに指はどんどん進んでくるのだが、異物感が凄い。長いルカスの指が根元まで入り切った頃には、僕は涙ぐんでいた。生理的な涙だ。体のせいなのか、まだ緊張している意識のせいなのかは分からない。

「ひぁァ!」

 その時ルカスの指先が、僕の内部のある一点を刺激した。そこを指先で刺激されると、僕の背筋を何かが走り抜けるようになる。

「ここが好いのか?」
「ん、ぁ、変になる……っァ」
「もっと変に――乱れてくれ」
「ぁ、ぁ、ぁ……そこばっかり、あ、ああ! や、ァ!!」

 ルカスは時折弧を描くように指を動かしては、何度もグリと僕の感じる場所を刺激した。その度にゾクゾクとしたものが、僕の背筋を走り抜ける。次第に内側から熱が広がり始め、それは僕の陰茎の熱と同化した。内部を刺激されると、射精したくなる。

 何度か香油を増量されたせいで、指が動く度に、ぐちゅりぬちゃりと音がした。
 僕はそれに羞恥を覚えたけれど、ルカスの指の動きは止まらず、丹念に僕の中を解している。それがしばらく続いた結果、僕の全身は完全に熱を帯び、気持ち良すぎて、僕は涙ぐんだ。既に緊張はない。

「ぅン、んぁ……っ」
「挿れるぞ」
「う、うん。あ、ぁァ……――!!」

 それからすぐに、ルカスの陰茎が、僕の中へと挿いってきた。最初は巨大な先端が、それから中ほどまで、そうして一気に根元までで貫かれた。硬い楔で穿たれた僕は、喉を震わせ嬌声をあげる。

「ああ、あ、あ」

 ルカスが腰を揺さぶり始めた頃には、強すぎる快楽に怖くなって、僕は彼の体に両腕をまわした。するとルカスの動きがより荒々しいものへと変わった。そうして激しい抽挿が始まった。僕はただ、すすり泣くようにしながら喘ぐしか出来ない。初めてのSEXは、あんまりにも気持ち良かった。

「出すぞ、悪い余裕がない」
「あ、あ……ンん――!!」

 余裕がないのは僕の方で、一際強く突き上げられた瞬間放っていた。ほぼ同時に、ルカスが僕の中に射精したのが分かった。脈打つ陰茎が、長々と白濁とした液を僕の中に注いでいるのが分かる。僕は必死で息をしながら、熱い精液の感触を知った。

 肩で息をしている僕から、ルカスが陰茎を引き抜いた。そして寝転ぶと、僕の髪を優しく撫でた。

「愛してる、幸せな家庭を築こうな」
「――え?」

 僕は驚いて、思わず首を傾げた。
 愛しているというのは、情事後のピロートークというやつだろうか? だとしたら、そういったものは、不要だ。

「ん? どうかしたのか?」
「今……愛って……?」
「ああ。俺はもうずっとお前に片想いしていたんだ。だから、結婚してくれて、正直舞い上がっている。そのせいで堪えきれなくて、今日はいつもより早く出してしまった」
「えっ……い、いつから……?」
「かなり前で。もう二年にはなるか」

 二年前というのは、僕達が出会ってすぐだと思う。

「俺がお前に近寄って雑談しても、いつも気のない素振りだったから、認識されてすらいない事も覚悟していた。そうしたら今日、名前を覚えてもらっていて感動した」
「……ごめん。正直僕、政略結婚だと思って……その、え?」
「分かっている。お前が俺を好きじゃないというのは、誰よりもお前を見てきたつもりだからよく分かっている」
「……」
「でも、俺はお前を愛しているし、出来たらお前にも俺を好きになってもらいたい」
「そんな約束を、僕らはしてないよ? 僕、ルカスを好きになれるかなんて分からないよ」
「必ず好きにさせてみせる。分からないという事は、可能性はあるって事だろう?」

 そう言うと、ルカスが綺麗な笑顔を浮かべた。僕はそれに見惚れ、ボッと赤面した。顔から火が出そうになった。誰かにこんな風に真っ直ぐに好意を向けられたのは、初めてだった。

 ――僕が、ルカスの愛情に陥落したのは、それからひと月もしない内の事だった。
 幸せだから、僕はよしとしている。

 こうして、愛に関して約束してないはずの僕らの間には、確かに恋が生まれたのだった。



 ―― 終 ――