偽りの童貞





 今年もエステルノワール王国に、年末年始(ニューイヤー)の期間が訪れた。
 十二月二十五日の聖夜の翌日から、新年の十日までが範囲となる。

 年の瀬には大掃除をするという風習があるから、俺もホルスト師匠に命じられて、俺達の流派である結界魔術派の総本山である、ここエスターライヒ城の掃除をしている。別段モップで床を磨くというわけではなく、清掃魔術で埃を除去していくだけではあるが。

 俺が師匠に弟子入りしたのは、五歳の時だった。あれからもう十六年――俺は、二十一歳になった。なお、普段は黒猫の姿をとって消費魔力を抑えている師匠は、不老長寿らしく実年齢は不明だ。個人情報はあまり知らないが、それでも王国において最高の腕前の結界魔術の使い手であるのは紛れもない事実である。

 結界魔術の理論では、解錠魔術も同時に学ぶ。そして師匠はめったに弟子をとらないので、総本山というわりには、この城には俺と弟弟子のロルフの他には、使い魔しか存在しない。

 ロルフは十二歳の頃に、師匠が連れてきた。もう六年になり、ロルフは今年で十八歳。俺とは三歳差であるが……望んで弟子入りした俺とは違って、師匠の側から声をかけたという逸材――天才である。そんなロルフは、気怠そうな顔で昨夜城から出かけて帰ってこない。掃除を華麗にすっぽかした。

 俺の場合は、夢があって、亡くなった両親が結界魔術師で嘗て師匠の同僚だったから、その後を継ぎたいという想いが強い。両親が俺に残してくれたものはと言えば、受け継いだ魔力と、『愛する相手を守る結界魔術』が込められた指輪である。さて――だから俺は天涯孤独となり、葬儀に師匠が訪れた時に、頼み込んで弟子にしてもらったという経緯がある。

 この王国には、通称【魔の森】と呼ばれる、厳重に結界魔術が張り巡らされた場所があるのだが、俺の両親はそこの管理をしていて……結界の解れから外に出ようとした魔獣に喰い殺されたと聞いている。現在は、そこも師匠が管理している。俺の夢は、いつか魔の森の結界をより強固に張りなおして、そこを管理維持し、以後いかなる被害も出さない事だ。俺のように悲しい想いをする人が出てほしくない――と、泣いて縋った俺を、ホルスト師匠は温かく弟子として迎え入れてくれたものである。

 一方のロルフは、孤児らしい。が、先天的に膨大な魔力を持っていたらしく、独学で解錠魔術を覚えて、盗賊(シーフ)をしていたらしいのだが、これは放置してはおけないとして、師匠が引き取ったようだ。

 実際、ロルフには天賦の才があるようで、俺が十年かけて漸く学んだ解錠魔術を、ものの三日で行使可能になった……。俺がロルフに勝てる所といえば、ロルフが聞いているのか聞いていないのかよく分からないぼんやりした顔で講義を受けている、師匠による理論面の理解くらいのものだろう。しかし理屈を知っていたって、魔術が使えるわけではないから、実践面では、俺はとっくにロルフに抜かれている。

「はぁ……」

 魔術を極める事は勝敗では無いのかもしれないが、たまに胸が痛くなる。
 そんな事を考えながらエントランスホールの掃除をしていると、ガチャリと音がして、扉が開いた。修行のために、扉にも結界魔術がかかっているので、中に入る場合は、いちいち解錠魔術を用いなければならない。入ってきたのは、ロルフだった。

「おかえり」
「……おう」
「朝帰りか」
「……別に」
「掃除をする日だぞ、今日は。ロルフもきちんと掃除をしろ!」

 俺が述べると、ロルフが呆れたような、どこか小馬鹿にするような眼差しを俺に向けた。そして――パチンと指を鳴らした。瞬間、エスターライヒ城全体を水のように冷たい風が駆け抜けた錯覚に陥った。城全体に清掃魔術をかけたのだとすぐに分かった。俺の魔力量では決して無理な技法だ。

「これで良いか?」
「っ……た、助かった。さすがだな、有難う」

 俺は無理矢理笑った。飄々としているロルフを見て、力量の差に虚しくなりつつも、俺は兄弟子としては、優しく在りたいので、そう声をかけた。だがこれまで俺が五時間もかけて一回所ずつ掃除をしていた事を思えば、本当に辛い。

 こうして俺達が向かい合っていると、そこに師匠が階段を下りてやってきた。
 足音で振り返ると、本日は黒猫ではなく人型の姿をしている師匠が微笑した。長い銀髪が揺れている。ちなみにロルフは黒い髪を短く切っている。瞳の色は緑だ。なお、銀も黒も珍しい。ちなみに俺は王国ではありがちなダークブロンドの髪と茶色い瞳で、外見も平凡である……。師匠とロルフはお顔立ちも優れているが、俺はそこも普通だ。

「掃除、終わったみたいだねぇ」
「ええ。ロルフが魔術で終わらせてくれました」

 事実を俺が答えると、長身の師匠が、ポンと俺の頭の上に手を置いた。

「そうなの? 僕には、朝からきちんとハンスが一か所ずつ丁寧に掃除をしていたように思えたけどね。確かに最終的に片づけたのはロルフだけれど、ロルフはたった今帰ってきたみたいで、僕としては『今日は掃除の日』ときちんと言いつけてあったのに悲しい限りだよ。努力は必ず実を結ぶ。才能だけでは、どうにもならない事も多い。ロルフ、きちんとハンスを見習うようにね。兄弟子から学ぶ事は多いはずだよ」

 師匠は俺に向かって微笑した後、ロルフを見て、双眸を細くした。
 決まりが悪そうな顔で、ロルフが顔を背けている。

「しかしながら、効率もまた大切だよ。ハンス、丁寧なのは良い事だけれど、きちんと君の弟弟子の行いからも学ぶように」

 続いて師匠は俺にそう言ってから、不意に俺の頭を撫でた。
 ……子供扱いされている気がして、俺は気恥ずかしくなって、思わず頬に朱をさした。
 師匠は俺を、今なお小さな子供だと勘違いしている気がする。
 照れるなという方が無理だ。

「……チ」

 その時、急にロルフが舌打ちした。俺が褒められているから苛立っているのだろうかと視線を向けると、こちらを睨んでいた。

「さて、僕は年末年始の夜会で、これから外出するよ。例年通り、二日の夕方戻ってくる。三日からは、エスターライヒ城にて挨拶客を迎えるから、君達はその準備をしておいてね」

 師匠には特に気にした様子は無い。
 年末年始の夜会というのは、弟子を持つ魔術師の会合だ。二十九日である本日から、新年の二日の午前中まで、魔術師達が揃って夜会をしながら過ごすのだと聞いている。三日から十日までは、それ以外の弟子を持たない魔術師や魔力を持たない人間が挨拶に訪れるのが慣例だ。

「分かりました。いってらっしゃい」

 俺が笑顔を浮かべると、最後にもう一度俺の頭を撫でてから、師匠が城から出ていった。その背中を見送っていた時、ロルフが不意に嘆息した。

「ハンス、お前ってさ」
「なんだ?」
「――師匠の事が好きなのか?」
「へ? 好きだけど? ロルフは嫌いなのか?」
「だ、だから……今だって、デレデレしてただろ、お前」
「うん? 子供扱いされたら恥ずかしいだろう?」
「……いや、もういい。お前は正しく、中身はお子様だ」

 吐き捨てるようにそう言うと、ロルフが階段へと向かい歩き始めた。どういう意味かと少しの間考えてみたが、よく分からない。俺は、師匠を敬愛している。それは、好きだという事だ。ロルフの背中を眺めていたその時、重力量が変化したような錯覚に陥った。驚いたようで、ロルフも動きを止めた。

「チ。師匠の奴……なんでこんな強固な結界魔術を展開して出かけるんだよ……これじゃあ、一歩も外に出られない」

 忌々しそうな顔をして、ロルフが振り返り、玄関の扉を見た。俺も師匠の魔力の感覚がしたのだと理解し、それから腕を組んだ。

「俺達は三日からの挨拶準備があるから、どのみち城にいるんだし、問題は無いだろう?」
「……自分の貞操の心配をしてろ、バーカ」
「は?」
「俺に必要以上に近寄るな。俺と二人きりだという事を絶対に忘れるなよ」
「ロルフ? よく分からないが、あと三十分したら昼食だからな。ちゃんとダイニングに降りて来いよ」
「……」

 俺がそう声をかけたのに、ロルフは無言で俺を一瞥した後、歩き去った。
 まぁ、良いか。気を取り直して、夕食の準備をしよう。
 そう考えて、俺はダイニング脇の厨房へと向かった。料理もまた、基本的には魔術で用意する。年末年始は、魔術師は魔力量の多い果実を普段より多く摂取する事が推奨されているので、俺はフルーツのタルトを作った。他には、本日は魚料理を用意した。そうしていると三十分はすぐに経過したのだが……昼食の時刻である十二時半になっても、ロルフが降りてこなかった。

「はぁ……でも、師匠がいないんだから、弟弟子の食生活は、俺が面倒を見ないとな」

 規則正しい生活は、師匠が俺に最初に叩き込んだ事柄だ。日常生活の全てもまた、修行に通じるというのが、ホルスト師匠の考えらしい。

 俺はロルフを呼びに行く事にし、ダイニングを出て階段を上った。
 ロルフの部屋は、俺の部屋の隣だ。
 扉の前に立ち、深呼吸してから、俺はノックをする。

「お昼ご飯だぞ」
『近寄るなって言っただろ、いらない』
「そんな事を言うな。師匠がいなくとも、きちんと生活しなければダメだ」
『……』
「入るぞ」
『開けるな』

 ピシリとそう言われた瞬間、部屋に強固な結界魔術が展開された事を理解した。
 しかしここで折れる俺では無い。
 この術式ならば、俺にだって解錠可能だ。暫しの間指で宙に魔法陣を描き、俺は口頭で呪文を述べた。すると鍵がクルリと回って開いた。

「ほら、さっさと行くぞ。お前が好きなフルーツタルトを用意してある」
「……へぇ」

 ベッドに横になっていたロルフが体を起こした。
 そしてしぶしぶといった様子で、俺の前へと歩み寄ってきた。二次性徴前はあんなにも小さかったのに、現在はロルフの方が断然背が高い。俺は弟が出来たような気分でいたのだが、結果として好敵手みたいな切磋琢磨する位置関係になり……今では、相手にされていない気分だ。俺だけが、兄弟弟子だと感じているのかもしれない。天才から見れば、勉学こそ頑張っていると俺は自負しているが、平凡な俺などただの鬱陶しい存在なのだろうか? 俺ばかりが、ロルフを意識している気がする……。必死で兄弟子であるからと己を励まして声をかける日々だが、ロルフからしたら、迷惑極まりない可能性もある。

「あ? なんだよ?」

 思わずじっと見上げていると、ロルフが小さく首を傾げた。我に返って、慌てて俺は笑顔を取り繕った。

「いいや。自信作のケーキだからな。味わって食べろよ」

 そんなやりとりをしてから、俺達はダイニングへと向かった。
 その日は、夕食も俺が作った。そして、入浴後、俺は明日について考える。明日の料理の当番はロルフだ。師匠がいればそれは絶対なのだが、師匠がいないとロルフはさぼる。だったら、初めから俺が作っても良いかもしれないと思案していたのだ。

 そこで俺は、魔術で髪を乾かしてから、寝間着替わりの薄手のローブ姿で、ロルフの部屋へと向かい、扉をノックした。

「ロルフ、少し良いか?」
『……っ、なんだ?』
「開けるぞ」
『止め――』

 なんだか焦るような声で制止されたが、その時には、俺は扉を開けていた。
 そして眼前の光景に、目を丸くした。
 俺同様、あちらも薄手のローブ姿だったのだが、下衣が降りている。え?
 ロルフの右手は、明らかに男根に触れている。へ?
 こ、こ、これは……自分で自分を慰めている最中にしか見えない。

「わ、悪い!」
「いきなり開けるなと何度言えば分かるんだ?」
「ご、ごめん。本当に、悪かった、ごめん」
「萎えた」
「だ、だよな。やだよな……」

 呆然としすぎて、俺は硬直してしまい、引きつった顔で笑いながら喋るしか出来なかった。扉を閉めて出ていくという発想すら生まれなかった。反応に、完全に困った。どんどん俺は赤面してしまう。幼少時から、ほぼ城から出ない生活をしていた為、実を言えば俺は性的な事柄に非常に疎い。師匠は、性教育をしてくれるタイプでは無かった。

「――チ。おい、ハンス」
「な、なんだ?」
「真っ赤な顔で、目を潤ませて、俺の前にそんな軽装で……近寄るなって言い聞かせてこれだからな……あー、クソが。師匠が魔術を展開していなければ、俺だって自制して外に出たのに。ああ、もう! 馬鹿が」

 ブツブツと小声で何かをロルフは口走っているが、動揺しすぎていて、俺の耳にはさっぱり入ってこない。思わずプルプルと赤面したまま震えていると、じっとロルフが俺を見た。

「なぁ、ハンス」
「だ、だから、な、な、なんだ?」
「お前は、俺の兄弟子で、知識が豊富なんだよな? いつも言っているだろ、師匠も。魔術の理論だけなら、俺よりずっと多い、本当に秀才だって話」
「へ?」
「だったら――教えてくれよ」
「何を?」
「ヤりかた。いやぁ……俺、童貞でな、一人じゃ上手く出来なくて困ってたんだよ」
「へ!?」

 ポカンとした俺を、ロルフが手招きした。焦りつつも室内へと入る。
 すると腕を引かれて、寝台に引っ張り上げられた。

「口でシてくれ」
「え」
「頼む、ハンス」

 しゅんとした瞳をしたロルフを、俺は数年ぶりに見た。最後に見たのは、まだ二次性徴が始まる前に、ロルフがお皿を割ってしまった時だ。怪我がなくて良かったと、しゅんとしていたロルフを、思わず俺は抱きしめた記憶がある。しかし……口、で? 俺は真っ赤な顔で、半勃起中のロルフの陰茎を見据えた。長い……。それに俺にだって、口淫(フェラ)という行為の知識程度はある。前に弟子交流会で、猥談の一つとして聞いたからだ。魔力持ちは寿命が長く、かつ、男性の方が多いため、同性愛が珍しくないので、男が男にフェラをするというのもよくある、と、その会合で、噂で聞いた。

「お前のせいで、出来なかったんだ。上手く」
「う」
「ハンスは俺の兄弟子なんだから、きちんとこういうの、分かるだろ? な?」

 久しぶりに、ロルフに兄弟子として扱われ、俺の気分も盛り上がった。そ、そうだ。そうだよ。俺は兄弟子だ。見せてやろうではないか、俺の手腕を! 実際にやるのは初めてだけれども……。

「分かった」
「……」
「そ、その……頑張る」

 俺は気合いを入れて、長いロルフの陰茎に右手を添えた。そして顔を近づけ、先端を舌先で舐めてみる。ちょっとしょっぱい。それから意を決して、口の中へと、ロルフの陰茎を含んだ。頑張って飲み込もうとしたが、半分ほど咥えた段階で、息苦しくなった。それでも必死でなるべく奥まで咥えようと試みた後、今度は扱くように顔を動かす。そうすると、どんどんロルフのものが硬く長く巨大になっていくから、すぐに半分も咥えられなくなった。崩した正座状態で俺が必死に口淫するのを、あぐらをかくような体勢で、じっとロルフが見ている。

「っん……は……」

 俺は次第に涙ぐんでしまい、チラっとロルフを見上げた。息が苦しいし、顔が疲れてきたが、ロルフはまだ達しないのだろうか?

「気持ち良いか?」

 一度口を話して訊いてみた。するとロルフが、深々と吐息した。

「眼福で、という意味では、悪くはない。でもな」
「でも?」
「ド下手くそ」
「え」
「全然気持ち良くない」

 グサっと俺の胸が抉られた。心がしぼんだ。

「ああ、もう……っ、チ。フェラはこうやるんだ」
「? あ」

 直後、俺はロルフに押し倒された。シーツに頭をぶつけて混乱していると、下衣を乱されて、俺は萎えていた陰茎を右手で持たれた。そして目を丸くしていると、ロルフに口へと含まれた。

「んンっ……ぁア……ああ……あ!」

 すぐに俺は勃起した。唇に力を込めて雁首部分を刺激され、舌で鈴口を嬲られる。そうされたかと思えば、深くまで口に含まれ、ロルフの頬が動く。

 最後に自慰をしたのがいつだったか思い出せないというのもあるし、他者に触れられるのが初めてというのもあるが、ロルフの口があんまりにも気持ち良すぎて、俺は思わず声を上げた。恥ずかしくなって、片手で口を押え、もう一方の手でロルフの頭を押し返そうとしたが、ギュッと左手で根元を掴み、右手で陰茎の側部を擦っているロルフからは逃れられない。腰に熱が集中しだして、俺は涙ぐんだ。

「ま、待ってくれ、出る……出ちゃう……あああ!」

 堪えきれなくなって俺が訴えた時、ロルフの口の動きが早くなった。そのまま、俺は呆気なく射精させられた。ビクンと俺の肩が跳ね、動悸が酷い。

「ば、ばか、吐き出せ!!」

 ロルフの喉仏が上下したのを見た瞬間、俺は思わず真っ赤になってしまった。

「の、飲んだのか!?」
「ごちそうさま」
「!」

 何を言えば良いのか分からなくなって、俺は真っ赤なままで唇をパクパクと動かした。

「で? 俺は『まだ』だが、ハンスはどうやってイかせてくれるんだ?」
「えっ」
「兄弟子として教えてくれるんじゃなかったのか?」
「う……そ、そうだな。お前、童貞なんだったな」
「……」

 ロルフは何か言いたそうな顔で俺を見ている。

「よ、よし! 分かった! 確か『体を解く』という魔術があったはずだ。ほ、ほら! 手に水の膜を纏わせて、そこに弛緩作用と若干の催淫作用の魔術薬成分を混合して、後ろを解す奴! 今から、それの理論を教えるから!」
「――その理論も、師匠に習ったのか?」
「うん」

 俺が頷くと、不意にロルフが目を眇め、非常に不機嫌そうな顔になった。

「実践もしたのか?」
「いいや? 師匠は、愛する相手と体を重ねる時に使えと言っていた」
「安心したが……愛する相手だと? それを、俺に教えると?」
「ああ」
「お前、意味分かってるのか?」
「何が?」
「俺は都合良くとるぞ。ハンスが俺を愛してるって」
「え……え……ええ、えっと……り、理論だけだし!」
「つまり愛してないと?」
「へ!? そ、そんな事を言われても……ロルフは大切な弟弟子だ」
「弟弟子、ねぇ。ふぅん。ハンスは、弟弟子にフェラされてイっちゃうわけか?」
「なっ」
「あのな……お前、俺が本当に童貞だと思うのか?」

 ロルフが不意に、親指で俺の唇をなぞった。その感触にビクリとしつつ、俺は目を丸くした。そして、パチンと指を鳴らした。

「この魔術だろう?」
「え、お前、知っていたのか? じゃあ……俺に教えられる事はもう無いな……」
「実践させてくれ、兄弟子なんだから」
「へ?」
「――いいや、この言い方はズルいな。こう言ったら、お前は断れないものな。言い方を変える。俺は、きちんと愛する相手にこの魔術を使いたい。今まで俺は、愛する相手に、この魔術を使った事が一度も無いからな。いつも一夜限りばっかりだった」
「!?」
「俺は、ハンスを兄弟子だなんて、実は思ってない」

 突きつけられた厳しい声に、俺は別の意味で泣きそうになった。童貞というのも嘘だったらしいというのは、よく伝わってきた。

「泣くな。誤解するな。だから――はっきり言わないと分からないらしいから伝えるけどな……俺は、ずっとハンスが好きだったんだよ。二人っきりでいたら、それこそ理性が持たないって自覚があるほどに」
「え……?」
「ハンス、愛してる。だから、抱きたい」
「ロルフ……?」
「無理矢理どうにかしたいわけじゃない。だから、断ってくれても良い。けどな、この年末年始期間中に、絶対に口説き落としてやる」
「お前……俺の事が好きなのか?」
「知らないのはお前だけだ。師匠も気づいて、わざわざ俺の前でお前とイチャつきやがるから、俺は都度キレそうだった」

 不機嫌そうにそう言ってから、口元だけでロルフが笑った。

「し、師匠は俺を子供扱いしてるだけで、別にイチャイチャなんてしてないぞ?」
「だとしても、師匠は俺が嫉妬してるのを見てニヤつく性格破綻者である事にかわりはない」
「……あ、あの。そ、それより、本当に俺を……?」

 俺は話を戻す事に決めた。我ながら勇気を出したと思う。
 すると不貞腐れたような顔をしてから、ロルフが頷いた。そして押し倒している俺の目を、じっと見据えた。

「俺が皿を割って、ウソ泣きをしようとしたら、怪我がない事を喜んで抱きしめて泣いてくれたお人よしのお前に絆されて、今年で何年目だろうな。お前こそ、俺を弟弟子だの子供だのと言った扱いをしていただろ?」
「!」
「俺は、お前に追いつきたくて、これでも毎日、必死に理論も覚えてるんだぞ? 知らないだろ」
「え……」
「すぐに追い越してやる。そして――俺が、お前の願いを代わりに叶える。俺が魔の森に結界を張ってやるから、お前は俺の隣にいてほしい」
「待ってくれ。それは俺の夢だから、俺が叶える」
「ならば、俺がその横に並び立つ。一緒に、結界を張る手伝いをする」
「ロルフ……」
「そのくらい、生涯を共にしたいくらいに、俺はお前が好きなんだ。愛してる」

 いつもの気怠そうな様子とは異なり、真剣な表情のロルフの瞳に、俺の胸は射抜かれた。ドクンドクンと鼓動が煩い。嬉しさと困惑が綯い交ぜの状態だったけれど、気づくと俺は頷いていた。

「有難う、ロルフ」
「礼を言われる事じゃない。ただの俺の希望だからな。が――悪いが、俺は即物的なんだ。今すぐにでも、ハンスが欲しい。心も体も」
「!」

 言われて俺は考えた。ここの所、終始ロルフを意識しっぱなしだったのは、紛れもない事実だ。だけどそれは、ある種の弟弟子に対しての心配やライバル心だったはずで……そうだよな? と、思うのだが、鼓動の音がいやに耳にさわる。ドキドキドキドキ、胸が煩い。俺は人生で、こんな風に胸が高鳴った事は、一度も無い。そして俺が今知らない感情の一つとして、挙げられるのは、紛れもなく『恋愛感情』という名前のソレだ。

「な、なぁ、ロルフ」
「なんだ? 答えは急いでいるぞ」
「……っ、ロルフを見ていると、ドキドキして、その……気持ちも嬉しいし、今、幸せなんだ。これって、恋だと思うか?」
「俺に聞くのかよ?」
「恥を忍んで弟弟子に教えを請っているんだぞ!」
「じゃあ断言してやる。恋だ。仮に違うとしても、これからその名前、恋情にいくらでも変えてやるから。だから、俺のモノになれよ」

 ロルフはそう言うと、魔術を展開した。そしてぬめる指先で、俺の菊門に触れた。俺はビクっとしたけれど――嫌悪感も何もない。

 こうして、長い夜が始まった。
 じっくりとゆっくりと、丁寧に丹念に、端正な長い指で、ロルフが俺の後孔を解していく。痛みは無いし、魔術のおかげで、すんなりと俺の体は指を受け入れる事が出来た。同時に、カッと背筋を熱が走り抜ける。そういう魔術の効果なのだと理性ではわかっていたが、やはり理論と実践は全然違う。

「ぁ、ぁ、ぁ」
「辛いか?」
「平気だ。だから、ぁ……も、もう……」

 焦らすように指を動かされて、俺は震えながら涙を零した。気持ちが良い。全身に快楽が響いてくる。

「もう、なんだ?」
「あ、あ、挿れてくれ……あ、あ……息が出来なくなっちゃう、うあ……あああ!」

 俺が懇願すると、漸くロルフが陰茎を挿入してくれた。ゆっくりと押し広げられる感覚がし、その後、深々と穿たれる。交わっている場所があんまりにも熱くて、俺の全身がじっとりと汗ばんだ。硬く長いものが、俺を貫いている。根元まで挿いりきると、荒々しくロルフが吐息した。

「動くぞ」
「ンん……あ、っ……ああ、ロルフ」
「なんだ?」
「俺、やっぱりロルフが好きみたいだ。俺も好きだ。だって今、すっごく幸せな感じがする」
「! チ。馬鹿が。名前を呼ぶだけでも煽られてこっちは大変だっていうのに、ここでそういう可愛い事を言うのか……あーもう、これだからお前は……悪い、止まらない」
「ああああああ!」

 ロルフの動きが荒々しく変わった。粘着質な水音と、肌と肌がぶつかる乾いた音が協和音を響かせる。思わず俺は、ロルフの体に腕をまわし、そしてついその背中をひっかいてしまった。するとロルフが舌打ちして、より激しく打ち付け始めた。

「あ、あ、あああ」

 嬌声を堪える事など不可能な交わりの中、俺は散々体を貪られた。角度を変え、緩急をつけ、そして容赦なく最奥を責め立てられる。頭が真っ白に染まってしまい、気づくと俺は放っていた。

「やぁああああああああ、気持ち良い、あ、あ、あ、俺こんなの知らない、やああ!」
「これから、いっぱい教えてやる。恋人としてな」
「あ、あ、ロルフ。大好き」
「だから煽るな、っく――出すぞ」
「ああああ!」

 そのまま、俺は内部に飛び散るロルフの白液の感触を知った後、意識を落とすように眠ってしまったようだった。

 ――翌朝。

「ん」

 目を覚ますと、俺はロルフの腕の中にいた。

「起きたか?」

 ロルフは俺の頬に口づけた。瞬間的に真っ赤になりながら、俺は自分の体が綺麗になっている事と、全身にキスマークが散らばっている事に気が付いた。

「お、おはよう……」
「おう。おはよ。なぁ、ハンス」
「な、な、な、なんだ?」
「コレ」

 ガチャリと音がしたのはその時で、俺は持ち上げられた自分の左手首から伸びる手錠と長い鎖を見て驚いた。鎖の先のもう一方の手錠は、ロルフの右手首に繋がっている。

「もう言質は取ったが、まだまだ不安だ。残りの年末年始の間、ずっと一緒にいてもらう。そしてもっときちんと、俺の事が好きだと認識しろ」
「え、え?」
「食事も風呂も寝台も全部一緒で頼む。師匠が帰ってくる前に、もっと明確に気持ちを固めろ。ま、俺の恋人になるのが嫌なら、解錠魔術で抜け出しても良いぞ? ただし、俺が手錠に込めた結界魔術を解除できるのであればだけどな」

 ニヤリと笑ったロルフを見て、俺は真っ赤になった。
 それから、笑い返してみる事に決める。

「解錠魔術は使わない」
「ん?」
「その代わり――」

 俺は両親が残してくれた結界魔術が組み込まれた指輪を、魔術で取り出し、ロルフの左手の薬指にはめてやった。

「お前に結界を張ってやる」
「ハンス、これは――」
「俺の愛は重いんだぞ。一生愛してやるから、覚悟してくれ」
「――さすがは兄弟子だな。愛の深さ、負けない自信しかないが、見せてもらおうか」

 その後の年末年始、俺は手錠に繋がれたままで過ごした。結果、新年に帰宅した師匠には吹き出されて、『やっと想いが実ったんだね。僕から見ると、ハンスは無意識片想い、ロルフは自覚有りで、両片想いに見えていたけど』と言われたものである。

 こうして始まる、新たなる一年。
 俺とロルフは、兄弟弟子であり、そして、恋人同士となって、以後も幸せに、師匠の下で学んだ。






     (終)