無理矢理は良くないと思います。
あーだりぃ。俺は今日も、木の上で昼寝さぼりを決め込むことにした。
ここはレーラザリア大陸。
ハンリア大陸の極東に位置する島国だ。
他の大陸では仙術が盛んらしいが、海に囲まれているこの国では、独自の魔術が発展した。絶対王政の強国だ。
俺はそこの王宮に仕えている。書管理見習い(図書館掃除などの雑用係)として登用されている。王宮に仕えることができる資格は、"魔力がある事"だ。俺にも生まれつき、若干の魔力がある。
しかし宮廷魔術師として魔術の研究をしたり、騎士団で実践をしたりするような、目立つ"家系魔術"は受け継いでいない。
魔力量は遺伝するため、各家々によって伝わっている魔術は結構ある。
だから靴を直す魔術が秘伝の家であれば、靴職人になったりと、世襲制が多い。
俺の取り柄はといえば、この王国で五本指に入るくらい先祖が古くからはっきりしている事だ。婚姻して受け継がれた分の"家系魔術"全てを一応俺は魔導書で閲覧できる。
とはいっても、多いのは『今日のラッキーカラーを独自決定できる』魔術だとか、あまり役に立たないものが多いのだけれど。
普通の魔術師は、伝わっている魔導書の中から、一番使えそうな魔術を選んで習得する。魔導書を読む時間と必要魔力量(MP)が、人の一生では限りがあるからだ。
ただ俺は、特技が速読だったりする。それで人よりもちょっとだけ多く時間があった(ニート乙)。両親が没するまでは、領地にすら帰らずに旅をして暮らしてきた。すねをかじって。兄がアーネス公爵領地を継いだ今では、問答無用で働き口を探す事になったわけであるが。正直仕事、したくねぇ。やる気が一切起きねぇ。だから俺はサボって寝るのだ。そんな事を考えていた時だった。
「すごい、カサネ様だ」
「S級魔術なんて確認されているだけで、他に2人しか使えないのに」
「しかもS級を3つも放てるんでしょう?」
「天才としか言いようがないわよね」
響いてきた下々の声に、俺は瞬きをしてから、下を見た。
俺も下々に分類される一人だが。
そこでは第二門がギギギと音を立てて開いていて、桟橋がかけられていた。
入ってきたのは、王都郊外に出没した《邪鬼オーブ》退治から帰還したらしき、第二騎士団の面々だった。正面を切って歩いている白いあごひげの団長をまず見た。
だが周囲が噂をしている対象は、その一歩後ろを歩く副団長だとわかる。
騎士団は慣例として、剣士が務める歴史がこの国にはあるし、団長職は出世した人間がつくポジションだ。だから副団長以下が本当の戦力である。この国で、最も対オーブ戦力が強いのが第二騎士団だ。人ならざる化け物と戦うのに特化しているのが彼らだ。
無論対人戦に応用すれば、一国程度すぐに滅せる。だからこそこの国は強国なのだ。
そしてその第二騎士団副団長……カサネ・ファレルは、実力からこの王宮で一大派閥を形成している。ちょっと目を惹く色男だ。切れ長の眼差しは紫色で、髪は深い茶色をしている。
実力……この世界には魔術のランクがあるのだ。
今日のラッキーカラー(略)などは、Eランク(MP500程度)。
それに始まり、Dランク(MP1000程度)、Cランク(MP2000程度)、Bランク(MP5000程度)、Aランク(MP7000程度)、Sランク(MP10000程度)が存在する。
Sランクを使えると公的に確認されているのは、三人だ。
国王陛下、俺の兄、カサネ様だ。
その内で、Sランク魔術を複数撃てるのはカサネ様だけだ。
非公式には俺もSランクの魔術を覚えていたりするが、そんなことが露見すれば、面倒くさい騎士団の実践に組み込まれるだろうことは必須なので、俺は黙っている。兄しか知らない。勿論俺もS級は一撃しか使えない。
基本的に、人間の魔力(MP)量は、200前後なのだ。ただし魔術を覚えた分だけ、MP量は増えていく。ただし生命力(HP)よりも強い力を使うと、その分体に害が跳ね返ってくるので、普通は一つしか覚えないのだ。
それだけあのガタイの良いカサネ様は、体力もあるということだ。
彼の推定MPは、50000を超えである。S級3つの他、A級も2つ、B級の簡易回復魔術も使えるという噂だ。
彼らに逆らえば瞬殺される。MPが高いものこそが、この世界では正義らしいのだ。
ただ俺は、王政は兎も角、絶対、だとか、逆らってはいけない派閥ってのは好きじゃねぇんだよな。だから自由気ままに旅をするのが心底あってたと心底思う。
「おーい、リン! またさぼってるのか! いいかげんにしろー!」
そこへしたから先輩に叫ばれた。見つかってしまった……。
幼馴染にして俺の悪友である先輩は、ミルダと言う。小麦色の髪と目をしている。
曖昧にへらりと笑ってから、俺は木から降りた。寝ようと思っていたのだが、考え事をしていたせいで目も覚めてしまったからだ。
「それにしてもカサネ様のご帰還は派手だな」
先輩の声に俺は腕を組む。
「そっすね。で、先輩。今夜飲みに行きません?」
「行かねぇよ。俺は新婚だぞ、ボケ」
「その幸せぶちこわしてぇっていうかぁ」
「殺すぞ」
「怖っ」
この国では、同性婚が認められている。ミルダの配偶者も男だ。ただし同性同士の場合だと義務付けられているのは、必ず養子を取ることだ。先の大戦孤児が溢れかえっているからである。だから休日の明日、養子候補に会いに行くと聞いて、わざと俺は言ったのだ。俺は、人の幸せを喜べない。なぜ俺には幸せがこないのだ!
「そこの者たち」
その時声がした。俺と先輩は顔を上げる。
何事かと振り返ると、護衛の騎士二人を従えた……なんとカサネ様が立っていた。
「オーブの気配がする」
「「……?」」
顔を見合わせた俺たちに対して、カサネ様が断言した。しかし俺には心当たりはない。ミルダにも無さそう……に見えたが、俺はハッとした。ミルダは嘘をつく時、鼻の頭を撫でる癖があるのだ。まさに今、撫でていた。呆然としながら目を細めた俺の横で、先輩は転ぶようにのけぞった。まっすぐとそこへカサネ様が剣を突きつける。魔剣だ。彼は杖ではなく、剣で魔術を使うのだ。
「オーブを手引きした可能性がある。処刑する」
確かにカサネ様には、独断で処刑が認められている。
そして俺は、ミルダ先輩が嘘をついていると思っている。
しかし、しかしだ。
明日は養子をもらいに行く幸せそうな新婚なのだ、先輩は。
俺は先輩が殺されるのを……ただ見ているだなんてできなかった。
剣が振り下ろされた時、咄嗟に俺は間に入り、水晶から削り出した杖でそれを受け止める。水晶自体はそこまで硬度が高くないのだが、強化の魔術をかけている。俺が無駄に多く学んだうちの一つが、"強化魔術"だ。
剣と杖が交わった瞬間、青字(攻撃者)でMP10000、赤字(迎撃者)でMP7000と出た。威力が相殺され、俺は片膝をついた程度で、何とかカサネ様の攻撃を受け流すことができた。思いっきり攻撃をそらすことに注力したのだ。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「……俺の攻撃を止めた……?」
「ちょーっとやりすぎっすよ。まだ、事実確認だってまだなのに!」
「……」
必死で俺が言うと、剣を片手で持ち直したまま、もう一方の手を宙に掲げて、カサネ様がさらなるS級魔術を放とうとしてきた。その場に太陽じみた光球が生まれていて、雷のようなものを撒き散らしている。
焦った俺は、使える限りの、攻撃・防御魔術を放った。
S級と違って威力はないが、詠唱にかかる時間もないので乱発できる。
そしてS級魔術の軌道を逸らし、俺は飛んだ。
無理にカサネ様にぶつかり、押し倒すようにして馬乗りになる。
そしてざくりと彼の首の脇に杖を突き立てた。
カサネ様があっけにとられたように息を飲んでいる。
「……一撃一撃の威力は低くとも、やりようによっては勝てるって事すかね」
「お前、名前は?」
「あは……名乗ったら何か後が怖いので黙秘で」
幸いS級が使える事は露見しなかったし、この場を逃げ切ったら旅にでも出ればいい。
俺はヘラヘラ作り笑いをしながらカサネ様をみた。
すると……ネクタイを引っ張られて、引き寄せられた。
「気に入った」
「……はい?」
「その魔術量、魔力量、尊敬に値する。ぜひ俺の後継者にも受け継がせたい」
「はぁ……?」
「そのためには、お前の家系に伝わる魔導書を閲覧できるようにならないとな。入籍しよう。幸い魔力量は、潜在能力が高い俺の甥がいる。俺の入籍と同時に養子にする事が決まっている」
「は?」
「誰か、入籍届けをもってこい! いいか、多忙だから結婚式は無しだ」
「え、ちょ、ちょっと待……」
「不満はないだろう? この俺が相手だぞ」
「いや、は?」
「もう一度聞く。名前は?」
「だ、だから秘密っすよ! 無理! 俺、帰るんで!」
「帰すはずがないだろう」
その時ガシッと手首を掴まれた。
俺の聞き間違いでなければだが、俺は……カサネ様に見初められた……?
うん、無理!
カサネ様は俺よりも頭一つ分背が高い。俺だって決して背が低いわけじゃないのにだ。そして肩幅は1.5倍はある。俺にはこんないかつい人は抱けない。俺の理想は女性……とまでは言わずとも、線の細い美人の男だ。
「安心しろ。お前の持つ家系魔術の魔導書にしか興味はない。他に好いた相手がいるならばそちらに抱かれろ」
「は?」
「お前はどうせ受け身だろう?」
「な、ななな、ち、違っ」
「まぁ別段どちらでも構わないがな……よし届いたな。サインをしてハンコを押せ」
なんとそこには婚姻届と共に俺のハンコまで届いた……。なんだと……。
こうして俺は、その場で、半ば無理矢理、結婚させられたのだった。
そうして初夜。
初夜と言う名の、魔導書を初めて閲覧する夜がやってきた。
新婚だから、2人の家に(強制的に引越しさせられた)、カサネ様は早く帰ってくる(無論、魔導書を読むために)。
なお俺には子供もできた。カサネ様の甥だ。俺を虫けらのような目で見てくる。口を一切聞いてくれない10歳だ。
最初俺は、思いっきり困惑していた。
ただ、それから、そんなこんなで3年も経った。
ちなみにミルダ先輩は、庭で見つけたオーブの卵を森に返してあげた気配が残っていただけらしく、謹慎処分で済んだ。一安心したのを覚えている。
さて……しかして俺には安心できない事が生まれていた。
カサネ様はたいそうモテるのだ。その上、来るもの拒まずだ。去る者も追わないようだが……。初めはどうでもいいと思っていたはずだった。
だが三年前のある日、一度抱かれてからは、どうでも良くなくなってしまったのだ。
俺はこれまでに3回ほど、カサネ様と寝た。
全部俺が受け身だった……。年に一回ペースである。
三年前のその日、カサネ様は、獰猛な肉食獣のような顔をして、雨に濡れて帰ってきた。何事かと思いながら、俺は一人で食べていた食事の手を止めた。とっくに養子のラルカは寝ていた。
「カサネ様……?」
「近寄るな」
「え、あ、はい。わかったっすけど、タオル……」
俺がソファに放り投げてあったバスタオルに手を伸ばした時だった。
苦しそうに一度呻いてから、ダンっとカサネ様が床を蹴った。
そしてそのまま俺をソファに縫い付けたのだ。
「悪いが我慢してくれ」
「え……?」
「ここまで来たら止められない。"鱗粉の媚薬"を吸った」
「……! ま、待ってくれ、離せ!」
"鱗粉の媚薬"は、A級魔術の一つだと概念として知っていた。
体を熱くさせる代物だ。
MP消費量は激しいが、花街などに蔓延っている魔術だ。
水商売をしている魔術師は、宮仕えの次に多いのだ。
中でもこの魔術は、精を"中"で放たなければ収まらないとされている。どうしてそんなものを? ただ瞬時に貞操の危機だと悟り、俺はもがいた。
しかし破くように服をむかれ、強く首元の鎖骨を吸われた。
「あ……」
それからは一瞬のことだった。噛みつかれ、何度も何度も首筋を吸われながら、突き立てられたのだ。それこそ獣のような性交だった。俺はただ喘ぐしかできなくて、ボロボロと涙が頬を伝うのを感じていた。初めは痛みと熱ばかりを感じていたが、そのうちに腰を強く持たれて打ちつけられていると、不思議な一体感に襲われた。
「うああっ、やぁああああ」
「っ、悪いな、止まらん」
「は、うう、ンあ??」
一晩中ソファで貫かれ、俺は気づけば触られたわけではないのに、前から蜜をこぼしていた。そして、全体重をかけられて身動きが取れないでいるうちに、後ろを暴かれただけで果てるという体験をしてしまったのである。
以降は意識をするなという方が無理だった。
きっとこれは俗に言う、体にほだされた、だ。
その日から俺は、カサネ様のことが気になって仕方がなくなった。
……次に機会が来たのは、それからちょうど一年と少しが経過した頃のことだった。
やはり雨だったことを覚えている。
いつもきていた宅配業者の人が、結婚するから最後の日だと言っていたのだ。
それでお茶でもという話になり、俺は家にあげた。二人でフレーバーティを飲んで、これまでお世話になったっすね、だとか話しているとカサネ様が帰ってきたのだ。
「ああ、じゃあ僕はこれで」
そう言って業者さんは帰っていった。
俺は、どうせカサネ様はいつも通り食べてきたのだろうと思いながらも、一応聞いた。
「何か食べるんすか?」
じっとカサネ様がティポットを見ていたから尋ねたのだ。
すると失笑するような吐息が響いた。
?
何事かと思っていると、詰め寄られてその場で押し倒された。何が起きたのかわからなかった。ただ床にぶつけた後頭部の痛みだけを覚えている。
「あ、ああっ、うあ、ハ」
カサネ様は溜まっていたのかなんなのかは知らないが、いきなり俺の下衣をおろすと、口淫してきたのである。必死で絹のようなその短髪を押し返しながら、俺は声を押し殺そうとして、それができなかった。ねっとりと筋にそって舐め上げられて、それからちろちろと鈴口を嬲られた。泣き叫んだ。気持ちが良すぎておかしくなりそうだった。もう出ると、そう思った瞬間、太ももを持ち上げられて貫かれた。その後のことはおぼろげにしか覚えていない。
……結局なんだったのかは分からなかったが、それが二度目だった。
以来さらにカサネ様の事を意識するようになった。
3度目は、三年目の結婚記念日のことだった。多分偶然だろうが。
寝室で横になっていたら、帰ってきたカサネ様が、側に座った。
「おかえりっす」
「ああ」
「早かったすね」
「……そうかもしれないな」
「俺的には遅いすけど。うあ、眠い」
「起こしたか?」
「……見りゃぁ分かるっしょ」
早く安眠したいと思って顔を背けようとした時だった。
顎を掴まれて向き直させられたのだ。
そして重ねるだけのキスをされた。驚いて目を見開くと、直後下が入り込んできて、今度は深々と口を貪られた。
「ん、ア、はっ」
そのまま暫く深く口付けられて、俺は息苦しくなった。
「い、いきなりなんすか?」
必死で声を絞り出して尋ねたのだが、カサネ様は何も言わなかった。
そしてそのまま俺の服をはだけると、肌に手を這わせた。ゴツゴツとした大きな手で撫でられ、胸の突起をはじかれた。この頃にはもう俺の片思いは成長しきっていたから、それだけで陰茎が反応するには十分だった……。
「うう、あ、ああっ、ふあ」
「ここが好きか?」
「やぁ、やめっ、ううン」
「嫌か?」
「あ、ああっ、あ、あ、や、やぁ……嫌だっ」
「じゃあどこが良いんだ?」
意地悪くそんなことを言いながら、カサネ様が俺の陰茎を、手を輪にして撫で上げた。
その衝撃ですぐに俺は果てた。
そして、それから焦らすように全身を舐められた。そんなのは初めての体験だった。
悶え泣き叫び、俺は体を引いた。その度に詰め寄られ、膝の裏を舐められてから、太ももを舌がなぞり、陰茎へとたどりつく。
「やァああ……ひぅッ、う、く、あ、ああっ」
それから口淫され、出そうになると口をはなされた。
全身が震えて熱を持った。なのに背筋には冷たいものが這い上がってくる。射精以上の快楽がもたらされようとしていた。そのまま全身を舐めつくされるうちに、俺の理性は吹っ飛んだ。気づくと、抱きかかえるようにして貫かれていた。
「あ、あ、ああ、あ」
もう意味のある言葉を放つことが出来ず、俺はダラダラと涎をこぼした。
純粋に気持ち良かった。初めてカサネ様の本気を見た気がした。
後ろからそれぞれの胸の突起を弄られながら突き上げられて、俺は何度も果てた。
涙が乾き、俺は呼吸をすることに必死になった。
どうしてこんなことをするのか?
結婚しているからか?
カサネ様は少しは俺のことを好きなのか?
……最初はそんな風に思った。
だが。
すぐに絶望感に襲われた。カサネ様は、魔導書を読み終えた頃から目に見えて帰りが遅くなり、帰宅しない日も増えた。カサネ様も速読ができたらしい。
そして、帰ってきたら帰ってきたで、いつも違う香水の匂いがするのだ。
この国では家に伝わる香水が魔導書の数なみに多い。
ああ、今日はどこの誰なんだろうな、だなんてことまで分かってしまう。
それほど多くの香水の匂いをつけてカサネ様は帰ってきた。
時には露骨なキスマークや爪痕を見せつけられたこともあった。
浮気……と言って良いのだろうか。
もともと俺たちの結婚に愛はないのだ。
だからただ俺は、一人で悲しくなってカサネ様のことを思いながら泣いた。
俺って恋に支配されるタイプだったのか……。
しかしこれではよくない。泣き暮れる日々なんてうんざりだった。
そこで今日、俺はカサネ様に言うことにした。
「カサネ様ぁ」
「なんだ、起きていたのか?」
「来月から子供も学園寮に入るし、俺家にいる必要なくないすか?」
「……何が言いたい?」
「離婚しません? 離婚しても三年以上の婚姻期間があれば、魔導書閲覧できるし」
「他に好きな相手でもいるのか?」
「いないっすけど」
むしろ逆だ。現状が辛いのだ。
「カサネ様こそ、今度こそ、魔導書とか関係なしに、その、誰か……」
言いかけてやめた。やっぱり俺には人の幸せなんて願えそうにはない。
ソファの上で体育座りをし、俺はじっとカサネ様を見た。
するとまっすぐに見返された。
「俺は満足している」
「っ、け、けど、俺は満足できないんすよ」
「何に関してだ? できることならばなんでも叶えよう。俺にできないことは少ない」
「まず……他の家に行って他の人を抱くのをやめてください」
「だったら代わりにお前が俺に抱かれるか?」
「っ」
「それが望みか?」
そうだ、とは、ためらいと羞恥から言えなかった。
ただ頬が熱くなった。俯いてごまかす。
「お前、俺に惚れたのか?」
「!」
嘲笑するように言われて、俺は目を見開き息を飲んだ。
眼前ではカサネ様が口角を持ち上げて、俺を見ていた。
否定しようとした。だけど何も言葉が見つからない。
「だったらさっさと服を脱げ」
「だ、誰が……っ、冗談じゃない!」
反射的に俺は声をあげていた。すると鼻で笑われた。
「確かにお前が俺を満足させられるとは思えないな」
「っ」
「ただし素直になれば、抱いてやってもいい」
「お断りすよ! 俺、出てくんで!」
「それは許さない」
「な、なんでだよ!」
「以前お前が言った通り、やり方によってはお前ならば俺に勝てるからだ。敵になられては困る」
「っ」
「まぁいい。いくらでも素直にさせる術はある」
そういうとニヤリとカサネ様は笑った。背筋が冷える笑みだった。
「あ、ハっ」
俺は両膝の下に黒い鉄の細い棒を通され、秘所を露わにしている。
椅子に座らされ、その背後で手錠をかけられ腕を拘束されている。
金色の小さい球体がいくつもついた棒を体内に入れられた状態で、虚ろな目でカサネ様を見上げた。根元には金色の輪がはまっている。
すでに俺の陰茎は反り返り、だらだらと蜜をこぼしていた。
じっとそんな俺を、椅子に座ってカサネ様は長い足を組んでみている。
カッと全身が熱くなり、何も考えられなくなっていく。
「かき混ぜられたいんだろう?」
「あ、ああっ、く……こ、こんなやり方で……っ」
「素直にならないお前が悪い。俺に惚れた、抱かれたいと一言いえばいいものを」
「……っ」
それから何日もの間、俺はそのまま放置された。
そのうちに俺は耐えきれなくなって、泣いて哀願した。
「もう、もう許してくれ……お願っ、うあああ」
しかしカサネ様はこちらを見て笑っているだけだった。俺は何度もうわごとのようにカサネ様の名前を呼んだ。昼も夜もわからなくなっていく。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。泣くしかできない俺の顎を、ある日カサネ様が持ち上げた。涙で滲んだ瞳で俺は顔を上げた。
「そろそろ認めたらどうだ? 俺に惚れたと」
「うん、うん、うああっ」
「俺に抱かれたいか?」
「ああっ、くっ、も、もう、イきたっ、うえ、うああ」
「もう出て行くなどと言わないか?」
「言わなっ、うああああ、や、ああああ」
その日ようやく俺は、深々と何度も貫かれてから、解放されたのだった。
結局。
俺の鬱々とした日々は変わらない。
カサネ様はやはり帰ってきたりこなかったりだ。もう人生が嫌になった。
旅に出たい。
子供はたまに帰ってきたが、やはり俺を軽蔑するように見るだけで口をきいてくれない。そろそろ、限界だなと思った。
俺が使える魔術の中に、命が尽きるまで眠り続けるという魔術がある。
俺はもう、一生寝て終わろうかと決意した。
そもそも俺は睡眠が好きだし。
少しだけ大掛かりな魔術だから魔法陣の準備をしていたら……間が悪いことに、早くカサネ様が帰ってきた。
「! その魔術は……何をしているんだ馬鹿者!」
「……別にいいじゃないすか。寝てる分には敵にもならないすよ」
「寝るも何も衰弱死する魔術だろうが!」
「……」
「そんなに俺との生活が嫌なのか?」
その言葉に気づけば俺は泣いていた。俺は、幸せになりたかった。
好きな人のそばにいて、浮気を見せつけられて暮らすなんて、どんな拷問だよ。
愛が、欲しかった。
「どうせ俺が好きでも、愛してくれないんじゃないすか、もう、嫌だ」
「俺に惚れていると認めるんだな?」
「悪いすか! もういいでしょ!」
自分が惨めだった。こんなにひどい扱いを受けても、結局嫌いになれないのだ。
するとカサネ様が馬鹿にするように笑った。
「別に悪くはない。愛されて悪い気はしないな……はは」
「……」
「これからは大切にしてやる」
「は?」
「本当は俺はお前にとうに惚れていたんだ」
「へ?」
「別れると言われて頭にきてな」
「だ、だけど浮気……」
「お前に似ている愛人を大勢囲っていた」
「は?」
「清算した。なぜなのか、お前に手を出すのは勇気が必要だった」
「嘘だろ、ここのところ……」
「頭にきたと言っただろうが」
そういうとカサネ様が俺を抱きしめた。なんだかうまく丸め込まれた気がする。
「俺が満足するほど抱いたらお前は持たないだろうしない」
「え?」
「だが今後は容赦はしない」
こうして俺たちの関係は少し変化したのだった。
次第に子供も俺と話してくれるようになり、そこそこ幸せになるのである。
それはまた別のお話だ。