正直な僕。




 僕は何も出来ない。
 これは自己卑下ではなくて、事実だ。シナモン王国の第二王子として生を受けてから、僕は全てを周囲の人にやってもらって生きてきた。歯磨きでさえ一人でした事は無い。唯一思い当たることと言えば、トイレに行った時は自分で紙で拭いていたことくらいだ。

 そんな調子でこの十七年間を生きてきた。
 だから、急にその生活が変わると言われても困ってしまう。

「今日からは、俺付きの奴隷とする」

 僕の前で宣言したのは、強国アーモンドの皇帝だった。王位を継いで三年目の二十三歳だと聞いたことがある。アーモンド皇国は、皇帝アルテイトが即位してから、大陸中の国々に攻め入り、国土を広げ続けている。僕もそれは知っていた。だが自国が制圧されるとは思ってもみなかった。

「忠誠の証に靴でも舐めてもらおうか、カイナ殿下」

 その言葉に僕は、アルテイト陛下の靴を見た。茶色い革靴だった。
 綺麗に磨かれている。
 だけど何で靴を舐めると、忠誠の証になるんだろう?

 そもそも僕は、どうして彼に忠誠を誓わなければならないのか。

 意味がよく分からないが、これまで僕は言われるがままの生活を送ってきたので、とりあえず実行しようかと思う。アルテイト陛下が、銀色の剣を僕に突きつけていることも理由の一つだ。あんまり死にたくない。

「どうやってなめればいいですか?」
「跪いて舌を出せ。左右好きな方を舐めることを許す」
「なんてダサイ右足の靴なんだ! あり得ないよ! もう僕は、全力で舐めきってるから!」

 僕は彼の右足の靴を見下してから、膝を折った後、舌を出した。
 すると何故なのか、アルテイト殿下が目を見開いた。

「……なんだって?」
「え? ええと、なめたりませんでしたか?」
「貴様、ふざけているのか……?」
「真剣です」
「誰が口でなめろと言ったんだ!」
「アルテイト殿下です……? え?」

 僕はこれでも必死でなめたんだ。なのにどうしてこんなに陛下は激昂しているのだろう?

 険しい表情に変わり、眉を顰めた皇帝陛下は、僕を睥睨した。その鋭い眼差しに、萎縮しそうになる。これほどまでに、誰かに睨め付けられたことなど無い。

「……まぁ良い。とりあえず着替える。着いてこい」

 皇帝陛下は、そう言うと僕の父のものだった玉座から立ち上がり、歩き始めた。素直に後を着いていくことにする。だが背の高い皇帝陛下と僕では、歩幅が違いすぎて、開始三分で僕は息切れしてきた。

 肩で息をしながら、それでも必死に追いかける。すると相変わらず険しい顔をしたまま、アルテイト陛下が振り返った。

「具合でも悪いのか?」
「い、いえ……歩き疲れて」

 何せこれまでは、移動する時は、大抵の場合運んでもらっていた。
 自力でこれほどの距離を歩くなど久方ぶりのことだった。

「たった10m歩いただけで疲れた?」

 怪訝そうなその声に、僕は必死で頷いた。僕にとっては、10mなんていう距離は無茶ぶりなのである。王位を継ぐ兄とは違って体を鍛えることもなかったし。

「まぁ……たまにはそういう酒肴も良いか」

 呆れたようにそう言うと、皇帝陛下が僕の体を引き寄せた。そして唐突にお姫様抱っこをした。

「え、え?」
「運んでやる。有難く思え」
「有難うございます!」

 本気で有難い。残虐非道だという噂だったが、案外皇帝陛下は優しいのかも知れない。

 それから僕は、初めて入る部屋へと連れて行かれた。
 侍従用の部屋らしく、狭い。僕の部屋のクローゼットと同じくらいの広さだ。
 僕の国が占領される前にこの事を知っていたら、改善案を提出したのにな。

「着替えろ」

 そこで、皇帝陛下に、それこそ見慣れた侍従の服を突きつけられた。

「はい」

 答えながら手で受け取ってから、僕はじっとその生地を見た。これは一体何で出来ているんだろう? それよりも、大問題が一つあった。

「あの」
「なんだ? 奴隷に落とされるのは屈辱か?」

 皇帝陛下は嘲笑しているようだった。
 それにしても――これは奴隷ではなく侍従の服だし、シナモン王国には奴隷制なんか無い。だが、そう言うことではなかった。僕が言いたいことは、問題は――……

「服ってどうやって着るんですか?」
「――は?」
「一人で着たことがないから」

 僕の言葉に皇帝陛下が沈黙した。僕もおし黙るしかない。
 眉間の皺をほぐしながら、アルテイト陛下は長い溜息をついた。

「貴様は俺を馬鹿にしているのか?」
「いえ、まさか」
「……本当だろうな? だったらまず、服を脱げ」
「あの、どうやって服は脱ぐんですか?」

 首を傾げると、今度は皇帝陛下が虚を突かれたような顔をした。何故だろう。だって僕は一人で着脱した事なんて無いんだから仕方がないと思うんだ。

「俺に脱がせろと言う意味か? それならば、その先の覚悟も当然あるんだろうな?」
「違います。脱ぎ方が分からなくて」

 別に脱がせて欲しい訳じゃなかったし、この際覚えようと思う。だってこれからは自分で脱いだり着たりしなければならないみたいなのだから。それにその先の覚悟なんて無い。それはきっと殺されると言うことだろう。

「本気で言ってるのか?」
「はい」
「……まずは首のリボンをほどけ」
「はい!」

 僕は白い布で出来たリボンをほどこうとした。だが絡まってしまって上手くいかない。

「あの、どうやってほどくんですか?」
「……」

 皇帝陛下は、また何も言わなくなってしまった。その間も僕は、必死でリボンをほどこうと奮闘する。しかしやってもやっても布は取れない。

 そうしていたら皇帝陛下が歩み寄ってきて、僕の首もとに手をかけた。するとあっさりと布が取れた。それからアルテイト陛下は、僕の服のボタンを開けていく。

「すごいですね!」

 僕にはとても出来ない芸当だ。素っ裸になった僕は、半ば感動していた。

「……」

 しかし皇帝陛下は何も言わずにじっと僕を見据えている。相変わらずその瞳は険しい。

「まぁ……良い。それにしても綺麗な体だな。汚し甲斐がある」
「汚す?」

 僕は周囲を見回してみたが、汚れるような泥や絵の具はどこにもない。それよりもまだ脱いだままだ。早く服を着なければ。

「アルテイト陛下、服はどうやって着るんですか?」
「もういい。寝台に横になれ」
「寝台はどこにあるんですか?」

 見渡してみるが、真っ白な布が掛かった木の板しかこの部屋にはない。

「目の前にあるだろう?」
「無いです。幻覚ですか?」
「……おい、貴様本当に俺を馬鹿にしているんじゃないだろうな?」
「まさか、ありえません!」

 そんなことをしたら殺されてしまうではないか! 僕にだってそれくらいは分かる。

「だったら、床でスル方が良いという意味だと取るからな」
「えっ、何を?」
「これからドロドロに貴様を汚してやる」

 残忍な顔で笑った皇帝陛下が、無理矢理僕の腕を引いた。体勢を崩すと抱き留められて、そのままゆっくりと床に押し倒される。こつんと頭が床にぶつかった。腰もぶった。痛い。確かにこれでは、床の汚れで全身が汚れてしまっただろう!

「もう十分汚れました!」

 思いの外強い皇帝陛下の手が痛くて、僕は声を上げて宣言した。

「だって床は汚いです。この国は土足だから」
「は?」
「汚れた後は、僕は何をすればいいですか?」
「なんだって? 貴様まさか、意味が分かっていないのか?」
「何のですか?」

 純粋に疑問に思って首を傾げると、何故なのか残念なモノを見るような顔をされた。

「……気がそがれた。もういい」

 そう言うと体を離して、立ち上がった皇帝陛下が片手で両目を覆った。

 僕もまた起きあがると、今度は無言でアルテイト陛下が服を着付けてくれた。侍従の服ではなく、元の通りの服だった。これまでの人生で、一度脱いだ服を再び身につけたことなど無かったので、少し新鮮だった。

 それから僕は再び抱き上げられて、玉座の間につれて戻られた。
 するとそこには、両親と兄の姿があった。みんな、後ろ手に拘束されていた。

「カイナ! 怪我は!?」

 優しい兄の言葉に、僕は微笑した。兄はいつだって僕に優しいのだ。

「ちょっと腰が痛いだけだから、平気」
「なにかされたのか!?」
「……靴をなめるように言われて、ドロドロに汚されただけだよ」

 本当、ただそれだけだから安心して欲しい。そう続けようとした時、その場の空気が瞬時に凍り付いた。

「ちょ、貴様……!」

 皇帝陛下が狼狽えたような声を上げる。振り返って一瞥しながら、僕は首を傾げた。

「はい?」
「そう言う策略か!!」
「策略……? だって、なめるようにって……汚すって……」
「馬鹿野郎!! 誤解を招く表現をするな! そ、そのつもりだったけどな、結局俺は貴様に何一つしていないだろうが!」
「だけど僕は靴をなめたし、ドロドロに汚れました」
「あの床のどこにドロドロがあったと言うんだ!」
「あ。確かに! じゃあドロドロに汚すってどこで? 僕はやっぱり自分から服を脱ぐなんて出来ないので、またさっきみたいに、脱がせて下さい」
「ちょ、待――だ、だからな、お、おい、皆の者! 違うからな! 冤罪だ!!」

 何故なのか玉座の間中の視線が皇帝陛下に向いていた。何となく冷ややかに思える。僕は何かまずいことを口にしてしまったのだろうか? どうしよう。

「俺はまだ何もしていない! いやその……そ、そうだ。それよりもだ。シナモン国王以下に交渉する。カイナ殿下を人質に寄越すというのであれば、自治権を保証しよう」
「そんな要求、こんな事を聞いた後に飲めるはずがないだろうが!」

 兄が叫んだ。皇帝陛下が笑みのまま凍り付いた。

「違う、だから、本当に俺は何も――」
「聞きとうないわ、強姦魔!」

 今度は父が叫んだ。母は静かに涙を流している。僕は事態がよく分
 からず、ただ首を傾げた。ゴウカンマって一体どういう意味なんだろう? ただ父王陛下がそう言ったんだから、皇帝陛下はゴウカンマなのだろう。

「ゴウカンマだとしても! 僕が人質になることで解決するならば、要求をのんで下さい!」
「ちょっとおい、本気で待て。誰が強姦魔だ! 俺は一体どれだけ貴様らの中で早漏って事になっているんだよ! 二人で出たのなんて、たったの数十分だぞ? 往復時間で終わったんだ!」

 皇帝陛下が声を張り上げるが、周囲の視線は氷のように冷たい。

「いくらカイナが大陸一美しいと言われているからと言って、無理強いして手に入れるだなんて!」

 兄が続けた。僕は確かに良く、そう言って容姿を褒められる。多分お世辞だと思うんだけどね。それでも何も出来ない僕の取り柄の一つであることは間違いない。

「だからまだ手に入れてないんだ! 話しを聞け! それより、自治権をどうするつもりだ!」
「そんな要求、飲めるか――!」

 激怒している兄と、焦燥感が滲んでいる皇帝陛下の眼差しが正面からぶつかった。
 明らかに迫力では、兄が勝っていた。制圧された時は真逆だったのだが。
 僅かに後退った皇帝陛下は、それから僕を一瞥した。

「もうこうなったら、本当にその体を貰うぞ」
「あげます!」
「え」
「だからみんなを助けて下さい!」
「ちょっと待……何でそう言うことを言うんだ! さらに誤解を生むだろうが! まるで貴様が健気に皆を庇おうとしているみたいになってるだろうが! ああ、もう、いい!!」

 それから再び僕は、皇帝陛下にお姫様抱っこをされた。

「体から絆してやる」

 そう言ったアルテイト陛下に、僕は自室へと連れて行かれた。そして広い寝台の上に座らせられて、服の前をはだけられ、下衣を降ろされた。

「どうせこれから俺に何をされるのかも貴様は分かっていないんだ
ろうな……」
「何をするんですか?」
「貴様を思う存分犯して、俺無しじゃいられなくしてやる」

 ――? 犯すとは何だろうか。僕に犯罪行為をするつもりなのだろうか。それとも、何らかの病に冒すという事だろうか? 国はとっくに侵されているが。

「ん」

 その時不意に、首筋に吸い付かれた。甘く広がった疼きに、僕の肩が跳ねた。
 誰かにこうして直接口で触れられるなんて初めてのことだった。だから見知らぬ刺激に怖くなる。

「あ」

 直後、僕の陰茎をアルテイト陛下が握った。はじめはゆっくりと、次第に速度を上げて擦られる。僕はまだ閨の指導を受けていないから、誰かに性器を触られるのは初めてだった。お風呂では一応自分でそこは洗っている。そうだ、これも一人でやっていることだった!

 僕のそれはすぐに勃ち上がり、熱い何かがこみ上げてきた。

「うう、ぁ、ァ」
「舞踏会で一目見た時から、こんな風に乱してみたいと思っていたんだ」
「ヤダ、ヤダ、何これ」

 そのまま手で擦られ、僕は果ててしまった。飛び散った僕の精液が、
 皇帝陛下の服を汚した。手に白液を受け取ったアルテイト陛下は、
 その液体を纏った指を舐めた。僕にはそれが、非常に扇情的に思えた。

「少しはほぐしてやる」
「!」

 皇帝陛下の指が僕の中へと入ってきたのは、直後のことだった。

「ああっ、うン……ッ」

 僅かな痛みの後、縦横無尽に二本の指を動かされる内に、僕は声を上げた。
 不思議な感覚がした。
 気持ち悪いのに、何となく気持ちが良いのだ。

「あ!」

 その時指先が、ある一点を掠った。全身に電流が走るようなその場所を何度か刺激され、僕はその度に背を撓らせる。

「ここが好きらしいな」
「ああっ、うあ、やッ、嫌だ、あ」
「そろそろ挿れるぞ」
「ンあ――――!!」

 指を引き抜いたのとほぼ同時に、今度は圧倒的な質量を持つ熱が入ってきた。アルテイト陛下の楔に貫かれた瞬間、僕は痛みとこれまで知らなかった、多分――快楽に腰を退いた。しかしそれを許さないというように、腰を掴まれ引き寄せられる。

「あ、ああっ、うあ」
「――俺は本当に早漏なのかも知れないな。何故なのか、貴様を見ていると、余裕がかき消える。今思えば一目惚れしていたんだろうな。中身がこんなだとは知らなかったが……それも、嫌いじゃない」
「やァ、ふぁ、あア!! ああっ、ヤ――!!」
「本当に嫌か?」

 そう言うと皇帝陛下が動きを止めた。無意識に彼の首に腕を回していた僕は、頭を振る。

「もっとして。気持ち良すぎて嫌なだけだから、もっと、うあ――……ひ!!」

 そのまま乱暴に抜き差しされて、僕は後ろの刺激で再び果てた。

 ――それが僕たちの始まりだ。
 僕はその後、人質としてアルテイト陛下の国へと行き、シナモン王国は無事に、皇国領だが自治権を保証されている。

 そして現在僕は、アルテイト陛下の王妃になった。王妃って普通は女の人がなるものだと思ったのだが、皇国では男の人でもなれるらしい。なんだかんだで一緒にいる内に、僕は優しい陛下のことが好きになっていったからこれで良いと思う。

 だが、一つ腑に落ちないことがある。吟遊詩人が謳うのだ。
 ――自国を守るために身をさしだした悲劇の王妃と、冷酷な皇帝の、歪な恋。
 そんな詩だ。

 何でも僕は、アルテイト陛下に無理強いされて側にいることになっているらしい。
 酷い勘違いである。だって僕は、皇帝陛下のことが大好きになってしまったのだから!