魔法使いの弟子
孤独が好きな隠者だと人は呼ぶ。
僕はそれを否定出来ない。なにせ極度のコミュ障なのだ。
不老長寿というのか、不老不死というのか、多分後者の方が正しいのだと思う。
何せこの前茸を採取していたら崖から落っこちたのに、僕は元気に生きているのだから。
――実は、僕は前世の記憶らしきものを持って、この地に生まれた過去がある。
捨て子で、教会の前に、カゴに入って捨てられていたらしい。
赤ちゃんだった。泣きながら僕に龍の意匠が施された指輪はめ、長い十字架を首にかけてくれたその人物の顔など、とうに忘れてしまった。
カゴには、僕には読めない文字で、何かが書いてある手紙が添えられていた。
その内に、普通の赤子の生活を送り、僕は五歳になる頃には、読み書きに不自由しなくなった。文字こそ違うが、口語が日本語に酷似していた事が大きい。
僕が記憶を持ったまま転生したことには理由がある。
本当は階段から落ちて死ぬはずだった人間を助けたこと、らしい。
単に階段を歩いていた僕に、足を踏み外した人物がぶつかったのだ。不可抗力で僕は死んでしまった。
そうしたら、死神が現れて『予定外の人間が死ぬと、世界が不協和になる』だとかなんとか言って、僕に別の世界で生きるように薦めたのだ。どの世界に属していようが、魂の数は決まっているらしかった。
その時、何か欲しい能力はあるかと聞かれて、僕はずっとあらゆる読める限りの書籍を読み続けたいと望んだ。
それが不老不死と、大抵の言語を身につけられる才能になったのだろう。今では国の言葉以外に三十カ国語が話せる。その上、多くの書籍を読み切るまでは、不老不死になったのだろう。死んでしまえば読めないのだし。
そんな中、僕は色々な本を読んでいた。
神父様に呼び止められたのは、十三歳のある日のことだった。
いかにも貴族然とした中年の男の前に連れて行かれた。
「聖職者を淫らにするのは、そそられる」
意味が分からないまま、僕はその時、後孔を暴かれた。
熱と圧迫感だけを覚えている。
それから教会を出る十八歳までの五年間、僕は様々な人に犯された。
その日、もう大人なのだからと言って、教会から追放された。
この国では十八歳で成人するそうだ。
僕はその時にはもう、様々な魔術書も読み込んでいたので、魔術師にでもなろうと思った。
なんだかどうでも良くなっていた。
けれど別に死にたい訳じゃなかったから、衣食住を最低限確保するには、働かなければならないと思ったのだ。
そんな時たまたま張り出されている紙を見つけた。
全寮制で、入学試験さえ突破すれば、それ以前の学歴は問わない。ただし年齢制限があって、日本で言うならば、高校を卒業し大学に行く年齢だった。僕にぴったりの年齢だった。学費は無料で、魔術の使い方と研究に熱中出来るようにとのことだった。
試しに受けてみたら、『主席だったから「誓いの言葉」を読んで欲しい』と言われたが、僕は断った。僕は人前に立つのが大嫌いなのだ。静かに本を読んでいられればそれで満足だった。
それが、僕が隠者となる契機だったのだと思う。
ある日、扉を叩く誰かが外にいると気づいた時、僕は偶然地下にある書架から出てて来た所だった。
基本的には地下にいるから、来訪者には気づかない。
そもそも来訪者が居ないのだから、問題など無い。
だからノックをしている相手など珍しい。
その為僕は気まぐれで扉を開けた。
「貴方が隠者か?」
扉の前に立っていた青年にそう言われた。
鷲のような髪と目をしている、僕より背の高い青年だった。
「そう呼ばれているみたいだね」
「俺はバイル=ザイラック。貴方の弟子になりたくてここへ来た」
「弟子?」
僕はそんな事を言われたのは人生で初めてだった。
「またどうして? 僕みたいな一介の魔術師の」
「――貴方は、貴方はルカイル=レイル様ではないのか?」
「そうだけど」
「あの大陸中から集まる最高の魔術学院を最高成績で卒業し、未だに貴方を越える人間は誰も存在しないと言われている――不老の、”魔術の愛し子”と呼ばれている」
「それは誇張だよ」
「だが、事実だろ。今回の首席は俺だった。俺は俺よりも強い魔術師を見たことがない。だから貴方の弟子になりたいんだ」
「そんな事言われても……あ、そうだ、僕の同期だったフリウックを紹介するよ」
「寮が一緒だった次席だろう。その方の紹介で、ここに来たんだ」
バイルと名乗った青年は、そう告げると黒字のアームウォマー付きのピシリとした制服を着ていた。これにマントを着けていれば、完全に宮廷魔術師の装束だ。昔と変わっていなければ。
紹介状を受け取ると、『まぁ、よろしく頼む』としか書いていなかった。
「……とりあえず今から街に戻るのも大変だろうから、今夜は泊めるよ。弟子の件はちょっと考えさせて」
とりあえず二階。そう告げて滅多に使わない客室へと案内した。
「ベッドもあるけど、気にくわなかかったら好きに魔術で内装なんかを変えていいから」
その時に腕を引かれて、寝台に押し付けられた。
「――教科書代や参考文献を買うために体を売っていたと聞いている」
「っ」
あんなの、本当は――……
慌ててのしかかってきた、バイルの体を僕は押し返した。
「止めて」
しかしそう言った時には、既に下衣をおろされていた。
どこから取り出したのか、香油をぬった指を押し込まれる。
「あ」
この40数年、学院卒業後、こんな行為をしたことなど無い。
けれど――それでも体は覚えていたらしい。
「ああ」
的確に感じる場所を見つけられ、そこばかりを刺激される。
「や」
「気持ちいいんだろう? 此処が。お前の感じる場所の文献まで出てるんだぞ」
「な」
呆然として目を見開いた時、前を急に触られた。
「うあ、それ、いやァ、ウ」
「前と後ろを同時に刺激されると、訳が分からなくなるんだろ?」
「ひゃ、あああッ」
「淫乱で、快楽好き」
「ッ」
きっと否定は出来ないのだろう。けれどその言葉に苦しくなって、目を伏せ唇を噛んだ。
「……そんな顔するなよ」
「……」
「もっと虐めたくなる」
「!」
そう言われた瞬間、熱と圧迫感を伴う陰茎に、内部を僕は暴かれた。
「や、やぁああ」
「痛いのも好きなんだろ?」
「ち、違――ひゃ、ああああ、熱い、いやだ、いやだ、こんなのッ――!!」
感じる場所を的確に刺激され、前を撫でられる内に僕は理性を失った。
「やぁ、ああ」
「どうして欲しい?」
「もっとぉ」
「俺のことを弟子にしてくれるって言うならな」
「わか、分かった、嗚呼、やめ、出ちゃうッ」
その瞬間前を強く撫でられ、中を突かれて、僕は果てた。
それから涙で潤んだ瞳でバイルを見ると、あっさりと腰を引き抜き、安堵したように溜息をついた。
「お前の事を研究しておいて良かった。トイレに行ってくる」
「……」
確かにバイルは、自分の中では果てなかった。
要するにこれは、僕の弟子になるための行為だったわけだ。
――僕が最初にあの教会の出身者だとばれて、学内で輪姦されたのと同じだ。
――僕が教科書を譲ってくれるとか、買ってくれるとか言われて、部屋に無理矢理連れ込まれたのと一緒だ。
――自分から望んだことなど何てなんて一度もなかった。
――けれどその男子しかいない魔術学院で性処理の相手をさせられる内に、あるいは教会にいた時からなのか、確かに快楽を感じてしまうようになったことが、僕は嫌だった。
――だから他よりも給料が良い騎士団の魔術師の最前線になって暫く働いた後、引きこもった。
――もう、誰にも会いたくないのだ。
「抜いてきた」
「……そう」
「弟子にしてくれると言ったな」
「……」
「安心しろ。いくらお前の顔立ちと体が魅力的だろうが、俺は女にしか興味がない。だから、今回はお前をイかせたけどな、それはあくまでも弟子にしてもらうためだ」
その言葉に、僕はどこかで確実に安堵していた。
そして弟子にすると言ったような気がすることも思い出して両手で、鼻の上から下までを覆った。
「だけど僕はこれまで弟子なんて取ったことがない。だから、弟子の育成という意味では、その人物に君より実力がないにしろ、相応しい人間が居るんじゃないかな」
「そうしたところを全て回ってきて、此処に辿り着いたんだ」
「え……」
「良いだろう、書籍を読むのも好きだそうだが、攻撃や防御の実技も首席だったと聞いている」
「ほら、今は魔術も進化してるだろうし」
「寧ろ劣化している。魔術学院が大陸中に出来たから、名前を書けば合格するような学院もあるんだ」
そう言うものなのかと僕は驚いた。
「俺はだからこそ、本物の魔術を学びたいんだ。不老だとも聞いている。感じる場所もそうだし、外見もそうだし、服の好みも、嗜好品も何もかも、資料を漁った。当時好きだった書籍まで読んだ。文献は全部読んできた」
「文献なんかは偶然だよ。教授と仲が良かったから」
「しかし俺はあれ以上の文献を読んだことがない。今じゃ教科書に載っているぞ」
そう言えばそんな通知が来ていたかもしれないと僕は思った。
毎日沢山色々なモノが届くから、あんまり僕はBOXの整理をしないのだ。
「――弟子になりたいって言うけどさ、具体的に何を学びたいの?」
「全ての区分の攻撃魔法と、最高度の防御結界。後は心得みたいなものがあればそれだな」
全ての区分というのは、地・水・火・風・雷・闇・結界は、箱船アーク基本7種類だ。
結界は、弱・中・強:最強1・最強2・最強3、最強MAXが存在する。
心得なんて学院で習うから、僕自身のだろうけれど、そんなもののない。
「今は君は何が使えるの?」
「区分全てとアークは最強MAX」
「全部できるなら僕が教える事なんて無いじゃないか」
「威力を上げたいんだ。未だ嘗て、お前以上の成績を出した者は居ない」
そりゃそうだ。僕は転生者だから、文字だけ覚えれば理解出来る。
それを全て応用しただけだ。
今となっては翻訳も出来るし、転生時の願いで、全ての書物が地下にあるし。
「ふぅん。じゃあ、心得って言うのは?」
貴方からお前になっている。
やっぱり男にされてよがるなんて気持ち悪くて、早速見下されたのだろう。
学院時代も気持ち悪いモノを見るような対応をされたし、イヤミを言われたことも多い。
「フリウック様に師事していた時に聞いたんだ。――どんなに辛い思いをしても、決して魔術の勉強を、止めなかったんだと。それはある種の信念だろう? 俺だったら、望まない性行為後に帰ったら泣きくれて食べずに寝る。元々三食きっちり取るというのもあるけどな」
「……僕が性行為をした理由? 何て聞いてるの?」
「フリウック様は、世間で出回っているのは嘘の噂だと同じ寮だから分かると言っていた」
「フリウックが一番、教科書代とかのためにそう言う行為は止めろ、って言ってたのにね」
「俺でも言う」
「だからいまでもフリウックの手紙だけは読むんだ。返さないけど」
僕は読んで、うんうんと思って終わるタイプだ。
だけど一つだけ引っかかったことがある。
「――何であんな事したの?」
やっぱり僕は淫乱で、快楽好きなのだろか。
僕は一度もフリウックとそう言う行為をしたことはない、同寮だったけれど。
書籍が出回っていると聞いたから、僕の図書館のどこかにはあるのだろうから、その内読んでみようかとは思う。
「あのぐらいはして、理性をとばさなければ弟子にはしてくれないと思ったからだ」
「そっか」
僕は今までの人生で、転生前から一度も、たったの一度も愛があるSEXと言うモノをしたことがない。一生の内に一人くらい一度くらいそう言うこういう、恋みたいなモノをしてみたい。だが、多分僕にそれは出来ない。
いつも、どこかで、相手に対して、一本の線を引いてしまうからだ。
あえて言うならば、僕の心得というモノはそう言うモノなのかもしれない。
そして弟子になりたい彼だって、愛が無くても性行為におよべるのだ。
ならば、本当に心得なんてモノは教えることが出来ない。
「多分君は十分強いから、後は経験だよ。それに心得なんて僕にはない」
無かったことにしようと決意した。
「じゃあ此処でその経験を積ませてくれれ。食費も用意してきたし、先ほどの部屋を貸してくれるならば、代わりに洗濯を俺の分もしたいから手伝う。そもそもさっき弟子にしてくれると言ったじゃないか」
「……分かったよ」
恐らく二つの属性を合わせた攻撃魔法や、各攻撃魔法と合わせた結界だとか、そう言う点が欠けているのだろう。後は問題は文献だ。僕は基本的に日本語で翻訳しているから、日本の言語の文字を教えることと、初歩の魔術や、異国の魔術を学ぶ時には不便だ。彼が使えるのは、確かに大きいとはいえ、あくまでもこの国のものに限定されている。
後は、時間の配分だ。
そんなこんなで、僕は弟子を取ることになったのだった。
その後魔法使いのでしが、大陸一の魔法使いと呼ばれるようになるのはまた別のお話だ。