感じる。




 その日俺は、新しい自分の部屋に向かった。

 俺は近々、皇帝陛下の正式な配偶者に与えられていた部屋から移り、こちらに引っ越すのだ。俺はもう、皇帝陛下の配偶者ではないからだ。皇帝陛下は俺の息子のウィルになるなのだ。

 ――夢が叶ったのだ。息子を皇帝にするという夢が。

 女性皇帝に輿入れすると最初に聞いた時は、母国で王位継承権争いに敗れた己の不運を呪った。だが、今にして思えば、息子が大陸で一番の強国の統治者になる方が、俺の人生は恵まれたものであると感じられた。

 相応に、妻を愛することもできた。
 可愛い息子と娘と四人で暮らしてきたのだ。
 だから、彼女が亡くなった時は、純粋に泣いた。

 けれどすぐに、息子の即位の感動に、俺は震えた。

 なんだか気分が清々しい。
 新しいこの部屋は、俺が死ぬまで残る。
 国父に宛われた部屋だからだ。

 俺は長生きすれば、その後、公爵の位を貰うことになる。
 それが皇帝陛下の実父の扱いだ。
 俺は死ぬまで、ナイトレイ陛下と呼ばれるが、今後は場合によってはナイトレイ公爵と呼ばれることもあるだろう。なんだか慣れないだろうなと思う。

 この部屋には、侍従や侍女は、まだいない。
 近衛騎士達には、部屋の外で待っていてくれるように告げた。
 一・二時間一人にして欲しいと告げたのだ。

 彼らが着いてくるのが嫌ではないが、少し一人になりたかったのだ。
 理由は――自分の性的な能力について考えていたからである。
 最近、再婚を勧められているのだが……勃起するか不安だったのだ。

 亡くなった皇帝陛下が、長らく病床に伏していた事も手伝い、俺はもう何年も、性交渉を他者と持っていない。どころか、自慰すらしていなかったのだ。

 そこで、久方ぶりに、祖父から貰った小瓶を取り出した。
 これは、妻であった皇帝陛下との初夜に用いた媚薬だ。

 帝国のものではなく、俺の母国のものだ。帝国の媚薬も使ったことがあるが、あちらは強すぎて気が狂ってしまうほどだから、選択肢には無かった。妻は性に積極的だったから、あれを俺に用いるのが好きだった。数少ない嫌な思い出だ。帝国の媚薬は、帝国皇族の愛液か精液に触れなければ、いくら果てても体の熱が収まらないのだ。

 一方の俺の母国のものは、飲むと、男性器に勃起を促す薬だ。
 香油として女性に用いることも可能である。
 その場合は、女性をその気にさせるのだ。

 これを飲んだら、反応するだろうか……?

 悩みながらそれを見ていた時、不意に後ろから抱きしめられた。
 ――息子のウィルだ。顔を見なくても分かる。

 彼は、亡くなった皇帝陛下に教わったらしく、気配を消すことが出来るのだ。
 俺は最近までそれを知らなかった。
 気づいたのは、度々こうして、後ろからギュッと抱きしめられるからである。

 皇帝陛下の葬儀で俺がボロボロと泣いて以来、彼はこんな風にして、俺を抱きしめ、優しく慰めてくれるのだ。

 自然と笑みが浮かんでくる。
 俺が視線を向けると、ウィルも微笑していた。

「何をしているんだ?」
「ああ、その――……」

 言いかけて俺は言葉に詰まった。
 俺は笑みはかろうじて維持したまま、慌てて視線を逸らした。
 手にした小瓶をポケットに押し込もうとしたのだが、その前に手首を掴まれた。

 息子は短く息を飲んでいた。

「父上、これは?」
「えっと……」
「その気にさせる香油だよな。俺も曾祖父様に貰った」

 俺は息を止めそうになった。
 言葉を探していると、ウィルの瞳が冷ややかになった。
 じっと俺を半眼で見ている。

「誰か呼びつけてあるのか?」
「え? いや、そういうわけじゃないけど」
「じゃあなんでその瓶を持ってるんだ? 別に隠さなくても良い。父上が望むんなら、俺は今、止めないし出て行く」
「本当に隠しているとかじゃなくて、実はさ、そのね、だから……勃つかなって……」
「……は?」

 思わず正直に言ってしまった俺は、羞恥に駆られて俯いた。
 ウィルが理解できていない様子で、首を傾げてポカンとしている。
 俺は息子になんて言う台詞を放ってしまったのだろう……。
 よりにもよって息子にバレたくなかった。


 それから三十分。

 この件に関して、ウィルがぽつりぽつりと確認するように質問を投げかけてくる。
 俺は情けない小声で答えながら、頷いたり否定したりした。

 笑われることを覚悟したが、ウィルは、途中からとても冷静で真剣な顔に変わった。
 真面目に俺の話を聞いてくれる。

「――そう言うことなら、勃起を促す刺激をしてみた方が良いな」
「うん。だから、そうしてみようと思って」
「もっとも有効な対応法としては、内側から前立腺を刺激することだ」

 出て行って欲しいと言おうとした俺は、ウィルの声に動きを止めた。
 内側?
 俺は首を傾げた。

 前立腺は治癒魔術を習った時に覚えたから、人体の器官として知っている。しかしどういう意味なのか、よく分からなかった。ウィルは俺を心配して真剣に治療方法を考えてくれているのだという点は理解できたけど。

「どうやればいいの?」
「……試してみる気があるか?」
「有効なら知っておいて損はないと思う」
「そうか。最初に一人で刺激するのは難しいから、俺が手伝う」
「いや、ウィルにこういうのを手伝ってもらうのは悪いし、誰かに頼んでみるよ」
「誰かに? それは、許さない」
「ウィル?」
「その……父上の体について余計な噂が広がっては困るから」

 一瞬不機嫌そうな声になった息子は、俺が首を傾げると、慌てたように顔を背けた。

 ――確かにその通りだ。
 やはり勃起しないと露見すれば、国父であることを疑われる可能性が高いのだ。
 なんだか息子と性的な話をするのは、ひどく恥ずかしいが、俺は頷くことにした。

「ごめん、分かった。手伝って。俺はどうすればいいの?」
「……ああ。そうだな、服を脱いでくれ」

 思わず顔が引きつりそうになった。
 服の上からでは刺激できないのだろうか。

 俺は人体構造を思い出してみるが、やはりよく分からない。魔術か何かで、臓器に刺激を与えるのだと勝手に考えていたのだが、違うのかも知れない。

 俺は服に手をかけた。それから首を捻った。

「上着だけで良いの?」
「全部だ」

 ウィルが俺をじっと見た。
 思案しているような顔だ。
 彼も手伝いたくないのかも知れない。

 あまり手をわずらわせたくなかったので、俺は下着以外全部脱いだ。
 すると、「だから全部」と苦笑された。
 息子の前で全裸になった俺は、非常に複雑な気分になった。

 俺は入浴時も人に手伝ってもらわないので、誰かの前でこんなふうに体を晒したことはほとんどないのだ。男同士の肉親とはいえ、俺は見られるのは、恥ずかしい。

 ウィルが上から下まで、俺をじっくりと見ている。
 俺は思わず視線を逸らした。
 それから着替える時に、俺から受け取った小瓶を手に、ウィルが寝台を見た。

「うつぶせになってくれ」
「う、うん」

 俺がやわらかなベッドの上にのると、ウィルもあがってきた。
 そしてバチンと指を鳴らした。

 ちなみに俺が我が子に最初に教えたのは、指の鳴らし方だ。
 最近では、魔術を教えている。
 俺はこれでも一応、それなりに有名な魔術師なのだ。

 そんなことを考えていると、俺の両手首に、音を立てて太い手錠がそれぞれはまった。
 なんだろうか?

 俺は少し驚きながら、手錠から伸びる太い鎖を見た。
 枕とは逆側の寝台の端に、それぞれ鎖がはまっている。
 長い鎖だから、俺は手を自由に動かすことが出来るのだけど、突然のことに混乱した。

 ウィルを見ると、俺を安心させるように微笑していた。

「慣れなくて、暴れられたら困るからな。父上に全力で抵抗されたら、俺は危ない」
「そんなことはしないけど……抵抗しそうになるほど、その刺激は危険なの?」
「大丈夫だ。あくまでも念のためだからな。膝を立ててくれ」

 彼の言葉に俺は頷いた。
 それから俺は膝だけを立てて、両腕は寝台に預けた。
 そしてすぐに、体を固くした。

 ――ぬめる感触がしたからだ。

 湿っているのだが、熱くて、少し固い。
 俺の肛門のすぼみを刺激している。
 水音に、俺は気づいた。ウィルが俺のそこを舐めているのだ。

「え」

 思わず声を上げて、頭を向ける。
 そんな俺の太股を、両手でウィルが軽く掴んでいた。

「刺激する前の準備だ」
「準備……え……え? 刺激って、まさか」
「勿論、中だ。父上は、まさか中を刺激された経験が無いのか?」
「あるわけないだろ!」

 俺は思わず声を上げてから、視線を揺らした。
 母国では、例えば健康診断などでも、肛門内部を調べられたりはしない。
 さらにいうと、刺激される事があるとすれば、それは男性同士の同性愛が筆頭となる。

 男性の後ろを弄る趣味の女性がいるという話も聞いたことがあるが、異性間であっても基本的には、男性が女性の後穴を刺激するものだ。

 男女間で、勿論男性が刺激するという形式なら、母国では全くないが、他国では比較的よくあるという事は聞いたことがある。女性の純潔は守り通さなければならないから、代替行為として肛門で性交する事があるらしいのだ。母国ではそれもありえないが。

 だから俺にとっては、肛門から内部を探られるなんて言うのは、あり得ないことだった。倫理的に忌避してしまう。

 俺は真っ青になってしまった。
 けれどウィルは、経験があって当然だという口調だった。
 俺の答えに驚いているのが分かる。

 そして俺は気づいた。
 ここ――帝国は、公的に同性愛が許されているのだ。
 周囲には一人もいないから、俺はその事実を忘れていた。
 ウィルは全く抵抗のない様子で、俺の襞を舐めている。

「ウィルは……あるの?」
「男ともある」
「え」

 俺は狼狽えた。帝国では同性愛が許されているとはいえ、勿論同性間では子供は生まれない。ウィルの女性関係は、俺もいくつか把握しているから、彼が女性を受け付けないわけではない事は分かるが、愕然としてしまう。

 彼は、これから、自由恋愛で結婚するとしても、子供を望まれるのだ。皇帝陛下になった現在は、なおさらだ。勿論養子を迎えることは可能だが、俺はまだそう言うことを具体的に考えていなくて、いつか孫が生まれるんだろうと漠然と考えていたのである。

 ウィルが口を離して、小瓶の蓋をひきぬいた。
 指にたらしているようで、俺の肛門の上にまでそれは垂れてきた。
 俺が渡した小瓶だと、この時は思った。

「父上、帝国ではよくあることだから、なんの心配もいらない」
「そ、そうなんだ……」
「体の力を抜いてくれ。指を入れるから」

 それは無理だと思った。清浄化魔術で体内を綺麗にされたのが分かる。

 俺が口を開く前に、ぬるぬるとした指が、すんなりと内部に入ってきた。
 ゆっくりとだったが、指の根本付近まで突き立てられた。
 香油の効果で痛みはないし、体は少し弛緩し、逆に緊張がほどけていく気がした。

 しかし精神的に俺は大きく動揺していたから、眉を顰めて目を見開いていた。
 怖くなって、思わず両手でシーツを握る。ウィルは指を少し動かした。それから、円を描くように、ゆっくりと動かす。その違和感と異質感に、俺は息を詰めた。

「もう良いよ……刺激は十分でしょ……?」
「まだ刺激をしていない。これからだ」
「え」
「この辺か?」

 ぐちゃりと香油の音がした。ウィルが俺の内部のある点を強めに刺激した。俺はビクリと体を震わせた。陰茎が、内側から刺激されたような感覚になったのだ。そこが前立腺なのだろうと、驚きながらも判断した。ぐっ、ぐっ、と指でゆっくり押される。

 不思議な感覚だ。俺は吃驚しすぎて、何度も瞬きをする。

 声を失った俺から、一度指を引き抜き、香油を追加で垂らしてから、ウィルが今度は二本の指を内部へ進めてきた。先ほどよりも、香油のぬめりが強い気がする。俺は思わず呻いた。顔が引きつる。まっすぐに突き入れられて、今度は二本の指で、内部の一点を刺激された。

「あ」

 俺は気づくと呟いていた。信じられない思いで俯く。俺は、確かに反応していた。

 快感はないが、刺激されるたびに陰茎がゆっくりと温かくなっていくような気がした。
 なんだこれ。
 ウィルが指を振動させ始めた。

 俺の内部が、少し緩くなっていくようで、次第に指が大きく動くようになっていく。ウィルはそれから、小さく抜き差しをするように動かし始めた。差し込む時に、刺激するのだ。その動きはどんどん大きくなり、早くなっていく。

 その内、俺の体は、半分ほど勃ち上がった。自分の意志には関係なく、刺激によって反応した。少し怖いが、ウィルが言うとおりに、これは反応させる刺激なのだと理解した。

 俺はまた、「あ」と声を上げてしまい、唇をひき結んだ。
 事態が衝撃的すぎて、俺は泣きたくなった。体が弛緩していく。

 緊張が大分ほどけていた。
 だが精神的には、緊張は解けない。

 ただ異物感が少しずつ消失し、指の温度が熔けていく感じがした。そうなってきたら、その刺激が不快なだけではなくなった。奇妙な感覚だ。俺は唾を飲み込む。反応したし、もう良いだろう。

「ウィル、俺は大丈夫みたいだから、もう良いよ」
「そうみたいだな」
「ありがとう。シャワーをあびてくる」
「シャワー?」
「その……」

 俺は自分の手で吐精し、処理しようと思ったのだ。体の反応からして、もう少し刺激すれば、きちんと勃起して、快楽を得られるような気がする。

 放てることも確認したいのだが、さすがにそれは、ウィルの前では嫌だ。

 その時、ウィルが喉で笑った。
 指の動きを止めた彼は、首を向けた俺をまじまじと見ている。
 俺は恥ずかしかった。
 ウィルは俺の言いたいことを察したのだろう。カッと頬が熱くなってくる。

「指を抜いて」

 ウィルは何も言わなかった。
 ――俺の体を快楽が駆け上がったのは、その時だった。
 背筋を稲妻が走りぬけたような感覚だった。

 俺は目を見開いた。「あ」と、再び唇を震わせた。
 息を飲んだ直後、俺は喉をそらせて、思いっきり声を上げた。

 ――体が、おかしい。

 俺はこの熱を知っている。肩に力を込めた時、全身が震えていることに気がついた。
 冷や汗が止めどなく浮かんでくる。息が苦しくなって、俺は大きく何度も息を吐いた。

 瞳を歪めて、俺は唇を噛む。
 この感覚は、いつか媚薬に長時間さらされた時に感じたものと同じだ。
 帝国の媚薬である。俺の母国のものとは違う。

 ウィルの手が動き始めた。激しく強く内部の前立腺を刺激されて、俺は逃れようと前のシーツを掴んで腰を引く。だが、その瞬間射精していた。頭が真っ白になる。ウィルの指の動きは、そのまま止まらない。

 ガンガンと前立腺を突かれ、俺は叫んだ。視界が白く染まり、すぐにまた放った。
 それから俺は、はっきりと理解した。
 ――気持ちが良い。
 俺の眦から、生理的な涙が垂れた。

 熱く固いものが俺のすぼみに触れたのはその時だった。
 めりこむように押し込まれ、俺は最初それがなんなのか分からなかった。
 あまりの存在感に体が硬直した時、無理に俺は深々と内部を貫かれた。

 それが入りきった瞬間、その熱に俺は顔面蒼白になった。

「嘘だ、待って、やめ――うああ」

 俺は震える声を上げた。現実認識が上手くできない。
 ウィルが彼の腰を揺さぶった瞬間、俺はその嫌な考えを認めさせられることになった。

 俺は、息子の陰茎に貫かれているのだ。
 俺達は、実の親子だ。
 男同士なんていう事以上に、それは倫理的にあり得ない。

 誰にとってもそれは間違いない。喘ぐ以外の言葉を失った俺の腰を、強くウィルが掴む。痛みがあり、血が流れた気がするが、治癒魔術ですぐに戻る。

 それでも残った血と香油で、俺のそこはぬめっているようだった。
 直後、ガンガンと激しくウィルが打ち付け始めた。

「きつっ。狭い」
「嫌だ、ウィル、駄目だ、これは――」
「本当に初めてなのか。信じられない。みんな父上を放っておいたなんて。少なくとも母上は、こちらにも手を出していると思っていた。大体、父上は、周囲にどんな目で見られているか気づいていないんだ。父上を抱きたい人間は多いのにな。男も女も、父上をそういう目で見てる。俺もずっとこうしたいと思ってた」

 ウィルの恍惚としたような声が響いた。俺は泣きじゃくった。
 その内に、俺は絶望した。
 気持ちが良いのだ。そんなのは、認められない事実なのに。

 媚薬がもたらす熱が、俺の全身を蝕んでいく。突き上げられるたびに、俺の体がゾクゾクと快楽で染まっていく。混乱して何度も頭を振ったが、どんどん快感が酷くなっていく。

 号泣しながら声を上げる俺を、ウィルは許さず、腰をさらに激しく打ち付け始めた。
 背徳感と、はっきりいって嫌悪で俺は、彼を殴り飛ばして逃げようとした。

 その瞬間、手錠に邪魔をされ、鎖が啼いた。
 媚薬で体に力も入らない。
 俺は、ウィルの意図に気づいた。

 この手錠は、この状況をみこしてのものだったのだ。
 ――ずっとこうしたかった?
 ウィルは、俺を初めから犯すつもりだったのか? どうして?

 混乱で何も考えられなくなっていったが、俺は必死で前へと体を動かした。

 するとウィルが、俺の背中に上半身を預け、俺の動きを封じた。
 俺の陰茎へと手を伸ばし、容赦なく扱き始める。

 外部と内部の感じる場所を同時に刺激され、俺は目を伏せ涙をぼろぼろこぼこぼしながら、強すぎる快楽に飲み込まれた。深く内部を抉られた瞬間、俺はまた達した。

 ウィルが力の抜けた俺の体を、抱えるように起こす。陰茎がさらに深く突き刺さった。

 ウィルが俺の脇の下に腕を回す。
 そして両手で、俺の乳首を摘んだ。
 俺は震え、久しぶりに感じる胸から染み入るような、快楽に目をうつろにさせた。

「乳首は開発された経験がありそうだな」
「嫌だ、駄目だ、ウィル、ウィル! これは、俺達は――」
「親子だから? 男同士だから? 父上……アルト。体は正直みたいだけどな。ただそのまま流されればいい。安心しろ、俺達にしか入れない結界をはってある。声も漏れない。誰も気づかないさ」
「そう言う問題じゃない、やだ、嫌だ、やめろ、ウィル!」
「そうしたらどうなるか分かってるのか?」

 ウィルが俺の乳首を弄りながら、俺の耳元で囁くように言った。
 胸への刺激がもどかしすぎて、俺は震える。
 耳に触れた吐息にさえ感じた。

 最初、俺は意味が分からなかった。

 俺は、この行為が人の道に反することだという意識と快楽の狭間で、兎に角ウィルを拒否することしか考えていなかったのだ。

 同時に、俺は、本能的にこのままでは、犯し殺されるかもしれないともどこかで考えていた。

 だが、俺はウィルが言いたいことに気がついて目を見開いた。
 まさかと思って首を動かし、ウィルを凝視した。

「この媚薬、覚えがあるんじゃないのか? 効果も知っているだろう? 皇族の体液がなければ解放されない。残念ながら、もう俺と妹しかいない。母上はいないし、俺の他の兄弟はみな死んでいるんだからな。実の息子の俺に暴かれるのと、実の娘の純潔を奪う事、父上はどちらを選ぶんだ?」

 頭の中で、何かが砕け散るようにバリンと音がした気がした。
 ウィルがうっとりしたような顔で笑っている。
 ジェイド陛下に似た表情だった。どうして。どうして?

「どうしてこんな」
「俺が父上を、アルトを愛しているからだ。初めて会ったその時にはもう心を奪われていた。ナイトレイ陛下」
「何を言って」
「俺は最初から、そう言う意味で、性的な意味合いでアルトを見ていた。全然気づかなかったけどな。何度無理矢理その唇を奪いたいと思ったことか。俺は母上を許せないと思った。それはアルトを独り占めしていたからだ。アルトを犯したいとはっきり自覚したのは、五歳の冬だ。アルトが母上に快楽を叩き込まれているところを、俺は見たことがある。俺自身でそうしたいと思った。懐かしいな。ただ、そのチャンスが来るとは思っていなかった。本当に無防備だな。この分じゃ、いつ誰に犯されていたとしても不思議じゃない」

 俺はウィルの言っていることを、ほとんど理解できなかった。
 名前を呼び捨てにされたことだけはわかった。
 分かったのは、妻との媚薬を使った交わりを、見られていたと言うことだけだ。

 ――彼は、俺を父親だと思っていないのだろうか?
 するとウィルが見透かすように苦笑した。

「勿論、俺にとってアルトは良い父親だよ。そう言う意味でも愛してる。ただな、それだけじゃないんだよ」

 ウィルがゆっくりと俺を突き上げた。
 俺は再び快楽に全身を絡め取られ、情けなく声を、動きにあわせて漏らした。

 駄目だ、やっぱりこんなのは、駄目だ。
 体の感覚と理性が完全に乖離した。

 自分が気持ち良くて泣いているのか、背徳感と絶望感から泣いているのか分からなくなっていく。俺の陰茎は萎えることはなく、先走りの液をたらたら零している。どころか、俺の腰が動き始めた。

 俺の体は、もっと内部にウィルを感じることを望んでいる。
 いやなのに、体が勝手に動くのだ。

 時に前立腺にウィルのものがあたると、全身が歓喜した。
 これは、ウィルが果てるまで続くのだ。
 彼は固く太く存在感を主張しているのに、放つ気配がない。

「アルト。どのみち俺に身を任せなければ、媚薬は効果を失わないぞ」

 ウィルが、皇族に伝わる媚薬を両手にたらし、そのぬめる手で、俺の胸をなでた。
 それぞれの乳首を指で挟まれ、振動される。ツンと快楽が全身にしみこむ。
 こらえきれずに、俺は声を漏らした。

 するとウィルもまた動き始めた。俺は目を見開くしかなかった。内部の前立腺への刺激が、強制的に射精を促していく。俺の意志など関係ないのだ。ウィルはそのまま、媚薬に濡れた指を俺の口腔へ突っ込み、舌を嬲る。甘い味がした。

 帝国の媚薬は、飲み物に入れ薄められていても、体は限界を訴えることになるのに、これは原液だ。

 下からも上からも、皮膚の表面からも、媚薬は俺の体を熱くする。俺は、きっとこれが亡くなった妻相手ならば、とっくに理性をとばしているだろうとはっきりと理解していた。

 しかし、そんなわけにはいかない。今繋がっているのは実子なのだ。

 ウィルが体を動かす。俺はガクガクと震える。
 どうしてこんな事にと、そればかりを考える。鎖が音を立てる。
 俺はだらだらと涙をこぼしながら、唇の端から伝う涎に気づいた。

 俺の思考が霞んでいく。限界だった。後少しでも刺激を強められれば、俺は達する。そんな俺の様子に気づいたようで、ウィルが動きを止めた。

「アルトは本当に可愛いな」

 ウィルが熱い息を吐く。二人とも時折、気持ちよさそうに喘ぐ。
 俺は、最初ぼんやりとしていた。
 しかしそれからすぐに――さらなる刺激が与えられない事実に、絶叫した。駄目だ、あ、駄目だ、焦らされ、俺は理性を失いそうになった。

「お願いだから、もう……嫌だ……嫌だ! 駄目だ、あ、ああ。お願いだから、もう、出して――っ、ちがう、違うんだ、離して、離せ」

 哀願しようとして、俺はなんとか最後まで言うことはやめた。俺は中に出してくれと言おうとして、必死に首を振った。首を振って泣き叫ぶ俺に、ウィルがクスクスと笑いかける。

 ウィルが激しく俺の前立腺を突き上げた。
 俺はあっけなく射精し、その現実にたえきれなくて意識を失った。



 俺は、目を覚ました時、悪夢であることを願った。

 だが、両手首の手錠の痕を一瞥し、すぐにその願いは打ち砕かれ、首筋の噛み痕と鬱血痕に気づき、絶望した。

 なによりも、暴かれた後ろ側にウィルの存在感がまだ消えずにある気がした。

 俺の体は綺麗になっていたし、服もしっかりと着ていたし、シーツも新しいものになっていたし、鎖も瓶ももうない。きっと、俺が言わなければ、誰も何も気づかない。気が遠くなりそうになった。

 生理的な嫌悪で吐き気がした。倫理観念の基盤を破壊されようとしていて、必死に俺の思考がそれに抵抗している。俺はどうすればいいのだろう。

 ――きっとウィルは、幼かったのだ。子供だから、好奇心が先行してしまったに違いない。ならば、俺が対処するべきだ。俺は必死で冷静になろうとした。ウィルの口止めは、一体どうすればいいのだろう。口止めをしたら、口をつぐむだろうか?

 兎に角、事が露見した時の対応は一つだ。
 俺が無理矢理犯したことにするしかない。
 子供の名誉は、俺が守るしかない。
 俺は、何を失っても構わない。だけど子供の未来を潰すわけにはいかない。

 ああ、どうしてこんな。俺が悪いのだろうか。きっと俺が悪いのだろう。だけど何が悪かったのかが分からない。駄目だ、行為のことが、脳裏を過ぎる。

 俺は気を取り直して、床に降りた。





 部屋から出ると、俺の護衛の副団長が首を傾げた。

 俺は眠ってしまっていたのだと誤魔化した。
 ウィルは、彼に俺が眠っていると話していたそうで、聞いていると言われた。
 それは嘘ではない。

 副団長は、俺の目元を不思議そうに見ていたのだが、多分俺の目が赤いからだろう。
 目が重い。俺は、もうすぐ俺のものではなくなる部屋へと戻った。

 じきにウィルと夕食をとる時間になる。来るだろうか。来るような気がする。俺は自分の考えを、ナイトレイ家の人間のみが使える魔術文字で紙に綴った。すぐに行動するべきだ。時間はないのだ。すぐに子供は育つのだ。

 食事に出ると、ウィルが驚くほど明るい顔で、楽しそうにしていた。

 すごく良いことがあった時の顔だ。俺は、必死に作り笑いを浮かべ、自然であろうと振る舞ったが、頬が引きつるのが自覚できた。幸い彼は、周囲に露見するような言動はしない。ただ嬉しそうにしているだけだ。明るい食卓だ。しかし俺には、全然会話の内容が入ってこない。たわいもない雑談だとは分かるのだが。食事の味が無くなってしまっていたが、俺は無理に食べた。吐き気がした。こんな食事は久しぶりだった。

 それから俺は、口止めすべく黙秘するよう綴った紙をウィルに渡した。

「父上、この件は、食事の後で一度話し合おう」

 ウィルがそう言って、ワインを飲む。微笑している。俺も頷いた。

 その後、二人でウィルの部屋に移動した。俺の引っ越し前の部屋は人払いが不可能だからだ。部屋に入ってすぐに、俺は結界をはった。誰も入れないし、聞こえない。

 祖父でも無理だろう。さらに外側には、ウィルも展開した。少し安堵した。彼にも隠す気があるのだ。まずいことをしたと、思ってくれていると思ったのだ。

 しかし、それは俺の思い違いだった。

 入ってすぐ、俺は後ろからウィルに抱きしめられた。
 硬直した時には、服の中に彼の手が忍び込んできた。
 息を飲む間に、服を乱された。

 ただ今度は、俺はふりほどく余裕があった。
 ウィルを気絶させるべく、手を持ち上げる。
 ――そして硬直した。俺の足下で魔法陣が光を放つ。

「うあ」

 俺は短く呻いて、その中央に崩れるようにしゃがみ込んだ。高い耳鳴りがする。
 魔力が一気に奪われた。魔力欠乏症に陥った俺は、この魔法陣が、俺の魔力に反応して起動したことを悟った。ウィルに変化はない。

 そしてこの部屋にしか魔法陣は展開していないから、外に異変を伝えるのは無理だ。
 仮に伝えることが出来ても、息子に服を乱されている現状で、その選択肢はあり得ないのだが。

 俺の魔力を限界まで奪った魔法陣が、光を収束させる。

 ドクンドクンと心臓が煩い。
 俺は罠に誘い込まれたのだ。
 事前にこれは、展開されていたのだ。

 俺は、自分の子供のことを信用しきっていたから、全然気を配っていなかった。
 狼狽えた俺を、後ろからウィルが抱き留めるように抱きしめた。
 彼は俺の陰茎を露出させ、指で静かに撫でる。

 俺は勃起しなかった。心底安堵していた。
 俺の理性はきちんと、薬を用いられなければ、子供を拒否するようだ。

 上下を脱がされ、俺は裸にさせられた。
 何を言えばいいのか分からなくなる。嫌悪が全身を襲っている。
 唇に力を込めたが、ふるえがとまらない。

「アルト。俺はお前を配偶者にしたい」
「な、馬鹿な。そんなことはありえない。誰も同意しない!」
「皇帝である俺にはそれが出来る」
「ふざけるな」

 確かにウィルにはその力がある。彼が宣言し法を変えれば、そうなる。俺の意志よりも、ウィルの意思が尊重される。俺は声を上げつつ、それを知っていたから真っ青になった。

「冗談じゃない。俺は君の実の父親だ。君は自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「本音だ」

 その声に、俺は目眩がしてきた。
 今もウィルに乳首と陰茎を撫でられている。だが俺の体は反応しない。
 ただただ俺は、受け入れられない息子の言葉に、眉を顰めて憤りを感じていた。

「もう一度言うが本気だ。もっとも、アルトの態度次第だけどな」
「態度? どういう意味?」
「俺の配偶者にならないために、何が出来る?」
「そんなの、何だって出来るよ」
「そうか。じゃあ俺にキスしてくれ」
「は?」
「俺に抱いて欲しいとねだってくれ」
「何を言って……?」
「アルトが俺に体をずっと許してくれるのなら、俺は口外しないと誓う」

 俺は衝撃で目を見開いた。
 理解することを理性が拒む。そんな俺に、ウィルが苦笑した。

「別に俺は、アルトが周囲に、俺に乱暴されたと正直に言っても、何も困らない。アルトは、犯されたと公言すればいい。きっと周囲はお前に同情する。アルトを疑うこともないだろうな。だからといって、俺が退位させられるまでの事態にもならない。自分の身の保身を考えているとは思えないが……俺の名誉を考えているんだとして、アルトは本当に優しいな。俺を憎んで糾弾しても良いんだ。それとも、もう憎みだしたか?」

 俺はさらに表情を無くした。憎んでいるか?
 そんなことは、できない。
 別に俺は優しくない。

 だけど、周囲に言うなんていうのは、考えられない。

 本気で、ウィルは言っているのか?
 そうだとして? 俺は、ウィルと寝るのか?
 体を今後、ずっと重ねるのか?

 それだって、できっこない。できるはずがない。俺は言葉を失った。

「本当は元々、アルトが誰かと再婚するのは嫌だった」

 ウィルは俺を愛していると言った。俺だって家族としては、愛している。だが、いくら俺であっても、彼の言葉が家族愛をさしているわけではないと分かる。

「アルト。俺の愛は知っていてほしいけどな、別に今すぐアルトに俺を愛せとは言わない。時間は腐るほどある。アルト、もう国内外の外交にも、政治経済にも、人脈作りにも、何にも関わらなくて良い。本当はあんまり好きじゃないんだろう? アルトはこれからは、ただ俺に体を差し出せばいいんだ。何も考えなくて良い」

 俺は気づくと泣いていた。
 頬を温水が濡らしていく。

 それから声が漏れた。俺は嗚咽を堪えた。その内体が震えだして、息が苦しくなってきた。もう嫌だ。俺は、死んでしまいたい。俺は耐えられない。二度、首を振った。何もかも受け入れられない。

「アルトの涙は、本当に美しいな。泣き顔にすら、見とれてしまう。本当に綺麗ね……もっともっと泣く姿が見たい。葬儀の時に、そう思った。少し嫉妬したけどな」

 恍惚とした表情と声だった。俺は視線に堪えきれずに目を伏せて、睫を震わせた。
 涙が大きく零れた。声を押し殺して俺は泣いた。
 だけど完全には堪えきれなくて、嗚咽が漏れる。


 その後俺は、犯された。ウィルに後ろへと突き立てられた。
 気持ちいいとは思わなかった、だが――それから、俺は、毎日体を重ねることになった。

 結果、無情にも俺は、内部だけで感じ、射精するようにもなった。
 媚薬を使われていないのに。

 俺は、最低だろうが、思考を停止させていた。
 最初は何も考えられなくなり、今では、何も考えなくなっている。
 無力感だったものが、無気力にすり替わった。

 俺は、拒絶すべきなのだと正確に理解していた。
 だが、それができなかった。
 できないというのは、きっと言い訳だ。

 俺は引っ越し、新しい部屋から出なくなった。

 立場が変わったから、近衛騎士の数は元々減る予定だったのだが、理由をつけて、部屋の外までしか護衛して貰わないことにした。侍従や侍女も不要だと言った。彼らは食事の対応と掃除や洗濯対応に日中くるだけだ。中に入ってこず、基本的にみんな外にいる。

 そして俺は、外には出ない。
 俺は、元気がないと言うことになっているそうだ。実際元気はないのだが。

 それを心配して、ウィルが見に来る、という形になっている。俺に元気が無くなった理由は、ウィルの結婚について悩んでいるからという事にもなっているようだ。

 ウィルは、ほぼ毎夜訪れた。
 俺は、自分の体が、男性を受け入れることになれていくのが最初は怖かった。
 だが今では、確かに快楽を感じているのを知っている。

 俺はその内に、射精せずに中だけで達する感覚を覚えさせられた。ドライオルガズムを感じる時、俺はその永久に続くような長すぎる射精感に、いつも震えて目を見開く。

 その時はいつも、何も考えられなくなり、快楽以外を意識しない。
 一瞬、解放された気分になる。
 考えないことを、許された気になる。

 ウィルは頻繁に俺を焦らし、俺に言葉でウィルの体を求めさせる。

 俺は最近、ウィルを自分から抱きしめ、上にのり、受け入れて腰を激しく動かす場合もある。多分俺は、悶えながら、快楽に喘ぎ、情欲に目を潤ませているのだろう。

 震える時も泣く時も、気持ちいいからなんじゃないだろうか。
 ウィルの手で、俺の体が作り変えられていくようだった。


 ――そして、俺は息子との関係から、抜け出せなくなっていったのである。

 もう、息子が皇帝になった喜びなど、感じることはなかった。
 感じるのは――……体を苛むほどの、狂おしい快楽だけだった。