きっと生きた心地がしない。
青猫族には、オスが少ない。オス、というのは、最近差別表現だとされて、人間と同じように『男性』と呼ぶことになっているが、俺にとってはどちらでも同じである。人間は、男女が半々らしい。若干男性が多いとも聞くが。だから人間同士は男女、青猫は、男女で結婚できるのは富裕層であり、メス――女性は、人間の中の獣人でも気にしない男性と結婚している。つまり――俺は、青猫の貴重なオスなのだが……だが……俺の恋愛対象は、男だ。男なのである。青猫族の男同士なんて、ハードルが高すぎる。
これで特定一人が好きなら良いのかもしれないが、俺はそうではなくて、同性愛者だ。同性にドキリとするのである。だが、人間同士であればごくたまに同性愛者もいるらしいが、青猫族の同性愛者を俺は見たこともなく、ドキリとするだけで終わりだ。
今は好きな人もいない。あちらこちらでときめいている。
しかし口には出せないわけで、俺は素知らぬ顔で、日々仕事に臨んでいる。
「マイス、その試験管、まだ調整できてないのか?」
「……終わりました」
上司の声に、俺はホムンクルスの入った試験管を一瞥した。
紫色の液体の中に、人造青猫族の胎児が入っているのだ。
俺の仕事は、人間との戦争に備えた兵士ホムンクルス作りである。
一応科学者だ。だが、科学は、人間の使う魔術よりも圧倒的に弱い。
最近、錬金術から科学に名前が変わったばかりで、魔術の劣化Verが錬金術と呼ばれているのだが、俺は気にしない。どうでも良い。どうでも良くないのは、俺の熱い体だ。
「そっか。じゃあ今日の仕事は終わりだな。これで今週も終わりだ。明日は休みだ、やっと休み! マイスは、何か予定あるのか?」
「ジェフ主任にお話するプライベートは特にないです」
「冷たいな……その、さ? 今季から同じプロジェクトになったのに、まだ一度も食事とかしてないだろ?」
「必要がないですから」
「そんなこと言うなって! これから長い付き合いになるんだからな、明日予定がないんなら、飲みにでも行かないか?」
俺は沈黙した。なるべく、自分の性的嗜好がろけんしないように人付き合いはしないようにしているのだが――確かに仕事で今後も関わることを考えれば、一度くらいは付き合っておいたほうが良い気もする。というのは自分を落ち着けるための建前であり、本音は、ジェフ主任は非常に俺の好みなので、疲れきった仕事後にちょっとくらい一緒に過ごして目の保養に努めても悪いことはない気がしたのである。
「ええ」
「お! じゃあ、帰り支度をしよう」
ジェフ主任は、明るく笑うと、青緑色の髪を揺らしながら白衣を脱いだ。同色のしっぽが見える。長くしなやかだ。引っ張ってみたい……。耳の色は白金色だ。俺は、黒い髪に黒い耳だが、遺伝的に尻尾は無い。青猫族にも色々な外見的特徴の持ち主がいるのである。
俺の上司は、長身だ。俺の場合は、短く切っているが長毛種のため、体自体が生まれつき大きい。ジェフ主任は違うはずなのだが、そんな俺よりも大きい。ジェフ主任にあって、俺は久しぶりに視線で見下ろさない相手に出会った。別に他者の身長を気にする方ではないが、力強い腕で抱きしめられたいという願望があるのだ。まぁ、いざ誰か同性ににそうされることがあったら、俺は生きたきっと心地がしないだろうが。
そんなことを考えながら俺も帰り支度をして、二人で研究所を出た。
長い下りの坂道を進み、街に出る。
周囲の街灯からは青と黄色の光が漏れていた。
上司がおすすめだと言って俺を連れて行ったのは、一階にある、薄暗い店で、ソファ席が四つとカウンター席がある洒落た店だった。どう考えても仕事帰りにちょっといっぱいという空気ではない。デートで女性を連れて行くというか、このご時世女性に連れてきてもらうお店である。しかしジェフ主任は、なれた調子で、一番奥のソファ席に陣取った。横並びである。距離が近い。店内の客は、俺達だけだ。
「何飲む?」
「……普通に、ビールを」
「俺はお前が普段ビールを飲むというのも知らないからな、勉強になる」
「はぁ、そうですか」
「俺は、どうしっよかなぁ、あー、麦茶かな」
「飲めないんですか?」
「いいや」
「飲まないんですか?」
「まぁな」
「――俺、それなりに弁えて飲むので、気を使ってもらわなくて大丈夫ですよ」
「それは困ったな」
「は?」
「良い潰してお持ち帰りしようと思ってたから」
「へ?」
「その時、勃たなかったら困ると思って俺は麦茶。どうだ、計画的だろ?」
「何言ってるんですか?」
俺は目を細めて、その冗談を流そうとした。だが反面、もしかして俺の嗜好がバレているのかと焦った。これこそ――生きた心地がしない。抱きしめられたら、という妄想よりも、実際問題、俺は凍りつきそうになった。
「一目惚れでした。だから先に言っておいて、お前に逃げるタイミングを与えようと思ってだな。俺、紳士だから」
「からかうのやめてください」
「残念ながら、からかってない。一目見て惚れて、異動願いだした」
「……」
「ここ、俺の妹の店だから、奥に俺の遊び場の部屋があるんだけど、率直に言ってお前とやりたいから、奥に行かないか?」
「あの」
「ん?」
「そんなこと言ったら、これから仕事がやりにくくなるとか思わないんですか?」
動揺していたのかもしれないが、俺は思わず、一番疑問に思っていることを聞いてしまった。すると、ジェフ主任が首を傾げた。
「どうして?」
「どうしてって……」
「告白もできないまま鬱々と過ごす方が、俺は仕事がやりにくい。ダメならダメで、俺はあきらめないで再度頑張る方だけれども、とりあえず惚れたら頑張るけど」
「……同性愛者なんですか?」
「いいや、お前だから好き」
「信じられません」
「別に信じなくても良い。お前は同性愛者なんだろ?」
「え?」
「だったら俺にもチャンスあるだろ? ずっと見てたからわかる。お前、俺が近くに行くと、びくってする。たまに顔が赤くなる。お前も俺を見てた」
この人、すごいプラス思考だな、と、思うと同時に、自分の無意識の行動が怖くなった。言われてみるとそうかもしれない。俺はジェフ主任を見ていたと思う。
その後、運ばれてきたビールを飲み干し、俺は決断した。
確かに、一度くらいプラス思考になってもいいのかもしれない。
これを逃したら、永久に自分の願望は封じられたままかも知れないのだから――一回くらい同性と同じ寝台に入ってみても良いかなと思ったのだ。
酔った風に、俺はジェフ主任について、奥の部屋に行った。
そして貪られるがままにキスをした。ダメだ、本日の中で、これが一番生きた心地がしない……や、ばい――と、思ったときには、押し倒されていた。そこで初めて俺は焦った。ダメだ、雰囲気に飲まれていたが、こんなにいきなり事が進むというのは、心臓が耐えられない。
「主任、やっぱりちょっと待ってください」
「やだ」
「え、あの」
「――怖いか?」
「え」
ポチポチとシャツのボタンを外され、肌に手のひらで触れられた瞬間、俺は背筋にゾクリとした感覚が走ったのに気づいて、思わず目を伏せた。首筋に強く吸いつかれて、思わず震えた。そうだ、これは――恐怖だ!
「すいません、怖いです、無理です!」
「既成事実作ってまた会う計画なんだけどな。どうしても嫌だというなら、これからも毎週定休前の火曜日は、俺と食事に来てくれるって誓うか?」
「……ち、誓……ンっ」
必死で誓うと言おうとしたら、またキスをされた。舌を追い詰められ、先輩はちょっとキスが巧すぎるんじゃなかろうかと思った。手馴れていると思うし、ここまで連れてこられたチョロイ俺が言うのもなんだが、事の運び方がうますぎる。
「俺と付き合ってくれるか?」
「――何人にそういうこと言ってるんですか?」
「男はお前だけ」
ほらなぁと俺は思った。主任のような青猫族のオスを女性が放っておくわけはないのだ。俺は別段それでも良いと思って、遊びでいいから一回経験と思ってここに来たわけだが――……なんだろうか、無駄に胸が痛んだ。
「――その悲しそうな顔いいな。ショック受けられるとは思わなかった」
「別に」
「本当はお前にしか言ってない。俺さ、これでも必死なんだけど」
「冗談は結構です」
「信じさせてやるよ」
そう言うと先輩が、俺の胸の突起を弾いた。不意のことに息を詰める。
そのまましばらくの間、乳頭を嬲られるうちに、俺の体の熱がひどくなった。
目が潤んでくる。出したい。
「じゃあ今から証拠見せるな」
「……へ?」
「俺は男のを舐めるのとか無理だけどお前を愛してるから、今からフェラします」
「!?」
「しかしながらお前以外に経験がないため、どヘタクソの自信があります」
「……」
「かつ、女性とも遊んでいないため、やってもらったこともないので、どうすればきもちいのかすら知りません。いきます!」
「え」
何だその宣言は、と、思っていたら銜えられた。
熱い口の中に、俺はそれだけで果てかけた。
「っ、ぁ」
「……」
「うあっ、ああっ」
そのまま銜えられた後、主任は口を動かさないため、もどかしすぎて俺は泣きそうになった。第一、俺もしたこともされたこともないため、ほかとの比較なんてできない。そんな俺をしばし見守っていた主任は、それから口を離した。
「出したいか?」
「……はい」
「――怖くなくなったか?」
「あ」
驚いたとき、ジェフ主任が、俺の肩を押した。俺は軽く頭を枕にぶつけた。
「最後までしちゃダメか?」
「!」
――結局。
その日そのまま、俺は主任に身を任せた。
結論から言えば、本当に初めてなんですかと聞きたくなるほどの快楽だった。
以後、俺達は、毎週火曜の夜は飲みに行き、翌水曜日の定休日は一日中ダラダラ二人で過ごす関係になった。だが――最近は職場でまで、主任は抱きついてくる。これがまた、生きた心地がしない。
主任と出会ってから、とにかく俺は、半分死んでいる気持ちというか――いいやそれでは語弊がある。どちらかといえば、ずっと天国にいる気持ちだ。夢のようで、たまに夢だったらどうしようと怖くなる。主任との付き合いはおそらく今後も、きっと生きた心地がしない。そうは思うのだが、俺はたった一人の好きな人を見つけられたので良いとしている。最初は体にほだされたのかと思ったのだが、俺はどうやら、先輩の勢いや一途なところや前向きなところが好きみたいなのだ、なんて惚気けられるレベルで惚れてしまった。
その後俺と主任は、幸せに暮らしました!(同棲)