殿下! 残念ながらそれ俺です!!



 公爵令息なんてものには、生まれるもんじゃぁない。
 幼少時、王家の威光を盤石にするためにと、第二王子殿下の許婚にされて、早二十有余年。俺も今年で二十四歳だ。ちなみに第二王子殿下のヴァルファス様と俺は、実を言うと一度も顔を合わせた事が無い。

『男の婚約者なんて嫌だ!』

 と、ヴァルファス様は言っていたそうだ。そのため、俺達の仲が悪化しないように、周囲は俺達を遭わせないようにしてここまで来た。最初の発言がそれだったそうで、以後、十歳頃からは礼儀として招待状が届いても、俺は気を遣って『病弱なので今回は不参加とさせて下さい』と返事をするように周囲に伝えていたし、王家の側も断るのを当然だと思っていたらしい。

 この国では、別段同性愛は珍しくないが、個人の指向ばっかりは変えられない。
 そこはしょうがないだろう。

 まぁそんな状態の俺だが、決して不貞を働かないようにと、周囲の監視の目は厳しい。ギチギチの息が詰まりそうな生活に置いての、唯一の俺の息抜きは、お忍びで街へと出る事だ。当然、そのままの姿で出かけたら、誰に見咎められるかも分からないから――として、母の発案で、俺は女装をして出かけている。勿論、一人では許されないから、母がお茶会に招かれた時に、『病弱な末娘のフリ』をしてひっそりとついていく感じだ。俺は一人っ子なので、当然妹などいない。

「さぁ、参りましょう」

 こうして本日も母が呼びに来たので、俺は笑顔で頷き、二人で馬車に乗った。
 茶会の行先は、ドルフェル伯爵家だった。
奥方が茶会をするのが趣味らしく、最近では週に二回は、俺はこの茶会に出席している。俺以外は、八割が母と同世代のマダムだ。俺が浮気をする心配もないと、母は考えているようだ。赤いドレス姿で唇に桜色の紅をさした俺は、侍女が引いた椅子に、本日も座る。なお、他の二割は、初めて見る客であったり、最近だと内一名は、伯爵家に滞在中だという遠縁のルーファという子爵令息だったりする。

 ルーファは金色の髪に、深い緑色の目をしている。
 俺と同世代なのもあり、よく隣に座らせられる。だが俺は、体格はゆったりとしたドレスで隠す事が出来るし背も低い方だからどうにかなっているが、喋るといくら低い声の女性がいるとしてもさすがにバレるだろうと判断し、喋る事はせず、扇で口元を隠している事が多い。

「きょ、今日も綺麗だな」

 席につくと、ルーファが挙動不審になった。俺の黒髪(カツラ)と青い瞳(魔法で変更している色彩)を褒め称え、ドレスの刺繍について話題に挙げている。俺は微笑し頷いたり軽く首を振ったりしながら答えた。周囲はそんな俺達を微笑ましそうに見ているが、俺は男だ。

「あ、あの、サリュ。今日は、ここ――ドルフェル伯爵家で夜会があるだろ?」

 サリュというのは、俺の偽名だ。本名は、リュサロという。俺は頷いた。

「よ、よ、よ、良かったら、俺と一緒に夜会に出ないか?」

 俺は第二王子殿下の伴侶となるべく育てられたので、女性側のダンスを強制的に覚えさせられてきた。王族は同性婚でもあまり女性側のダンスは踊らない。

「あら、いいじゃないの。サリュもたまにはいってきたらいいわ。私も旦那様と出席しますし」

 すると母がそんな事を言った。え? 俺は第二王子殿下の婚約者だぞ? 本当にいいのか? と、ぐるぐると悩んだが、正直興味はあった。第二王子殿下の婚約者であるから、第二王子殿下がいないと夜会には行けないので、俺は実はまだ夜会デビューをしていない。俺の歳でそれは珍しい。母がいいと言っているのだし、と、俺は頷く事にした。

 そのまま夜会の始まる直前までお茶をし、幸いドレスはよそ行きのものだったので、俺はそのままルーファに先導される形で、会場に入った。そして招かれていた音楽家達の演奏にあわせて、ルーファと共にホールの中央へと向かう。

 俺の手の甲にルーファがキスをし、ダンスが始まった。正直胸が、キュンとした。ルーファは非常に優しいのである。その上、俺を見ると真っ赤になる。俺を女性だと信じているからこその反応だろうから、隠しているのは申し訳なくなるが、実は俺は最近、ルーファが気になっている。

 こうして二曲ほど踊った時だった。
 ルーファが俺の腰を抱き寄せて、耳元で囁いた。

「愛している。俺と結婚してくれないか?」
「……」

 答えたかったが、それは無理だ。俺が俯くと、丁度両親が馬車で帰るからと、俺を呼びに来た。それを幸いにと、俺は名残り惜しかったが、その場を後にした。俺だって、ルーファと結婚できるものなら、そうしたい。だが、王家と公爵家が婚姻騒動で揉めることは、国難を招くから、避けなければならない。



 ――王家に呼び出されたのは、翌日の事だった。
 それも第二王子殿下からの呼び出しで、俺は王宮の応接間で、なんだろうかとそわそわしていた。ここのところドレスばかり着て女装していたこともあり、久方ぶりの男子の正装が落ち着かないという悲劇もあった。

 俺が俯いていると、扉がノックされ、開く音がした。
 顔を向けると、そこには……え? ルーファが立っていた。俺は愕然として、目を見開いた。

「好きな女性ができたから、お前との婚約を破棄する」

 開口一番そう言われた。俺は半分ほど口を開け、多分非常に間抜けな顔で第二王子殿下……だったのだろう、ルーファを見ていた。なるほど、ヴァルファス様の、ルファから取った愛称なのだろう。

「ね、念のため伺わせて下さい。どのような女性ですか……?」
「茶会で出会った女性だ。寡黙で口を開く事はほぼ無いが、昨日愛を告げた」
「昨日の詳細を具体的にお願いします」
「ドルフェル伯爵家で催されたダンスパーティーだ」

 それを聞いて俺は、頭を叩かれたような衝撃を受けた。完全にそれは、それは……!

「殿下! 残念ながらそれ俺です!!」

 思わず咄嗟に俺は叫んだ。
 すると。
 大きく頷き、ルーファ――……ヴァルファス様が頷いた。

「知っている」
「は?」
「元々俺は、全然会う事が無い己の婚約者がいかような人間か見てみたくなり、無理を言って伯爵家の遠縁という事にし、お前が参加しているという茶会に顔を出すようになったんだ」
「えっ」
「会った事が無かったのだから当然だが、お前は俺に気づかなかったな。俺は女装しているお前の様子を観察していた。そして……書面上の許婚としてのリュサロ、お前ではなく、俺を見て時折優しく笑うサリュに惚れたんだ。だから……やり直してほしい。これまでの関係を一度破棄し、きちんと恋愛をしたいとそう思ってる」

 つらつらと語ったヴァルファス様は、俺のもとへとやってくると、昨日と同じように俺の手を持ち上げた。そして手の甲にキスをした。

「昨日の返事を聞かせてもらえないか?」
「っ」

 瞬間的に、俺はカッと赤面した自信がある。

「愛している、サリュ」
「……お、俺も、ヴァルファス様の事は全然分からないけど……ルーファの事を愛してる」

 小声で俺が答えると、ヴァルファス様が俺の唇を奪った。
 人生で初めてのキスは、柔らかな感触がした。
 ――以後、俺達はオシドリ夫婦と呼ばれるようになるのだが、それはまた別のお話だ。


(終)