魔法薬屋の主人 ――『個人により効果や感想は異なります』




 俺は、魔法薬(ポーション)屋を営んでいる。曾祖父の代から店があって、俺で四代目だ。絶好調に売れると言うことはないが、客足が絶えるということもなく、細々とまぁぼちぼちと、それなりにそこそこの生活を送っている。

 売れ筋は傷薬だ。冒険者がちょくちょく買っていく。

 他の品も扱っていて、変わった物だと惚れ薬なんかもあるが、基本的に『ちょっと気分を盛り上げます程度の効果で、個人により効果や感想は異なります』と注意書きしている。

 恋愛くらい、自力で頑張れよと俺は思うが、これも意外と売れている。
 そんなことを考えながら、カウンターでぼーっとしていると、店の扉が開いた。
 視線を向けて、俺はちょっと狼狽えそうになった。

 入ってきたのは、王国騎士団の正装姿の青年だったからだ。即ち騎士だ。年の頃は二十代後半くらいだから、俺の少し上くらいだろうか。違法な魔法薬の摘発という名目で、たまに騎士はこの店に来る。違法な薬を作るには、高価な素材がいるのだが、俺にはそんな素材を入手するほどの収入もないし、罪を犯すような間違った度胸もないから、全くの誤解で、すぐに彼らは帰っていくのが常ではあるが。

「邪魔をする」
「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」
「――自白剤を探している」
「? そういう尋問系の品は、騎士団の専属の魔法薬職人に依頼した方がいいのでは?」
「個人的に探しているんだ」
「ほう」
「あるか?」
「ありますけど――その……『個人により効果や感想は異なります』」
「構わない。一つ欲しい」
「どうぞ」

 俺は棚から小瓶を取り出して、カウンターに載せた。そして魔導レジの前に立つ。

「7000ゴールドです」
「これでいいか?」
「はーい。3000ゴールドのおつりです」

 ゴールドというのは通貨の名前であるが、金貨ではない。紙幣だ。
 この王国も、昔は金貨を使っていたようだが、俺が生まれた頃には既に紙だった。
 10000ゴールドをレジに入れて、俺は商品を眺める。

「袋はどうなさいますか?」
「不要だ。用法は?」
「飲ませたい相手に、ぐいっと一気に全部飲ませる感じですね」

 とはいえ、効果はせいぜい『なんかちょっと言いたいような気持ちになったかなぁ』くらいの気分の盛り上がりしかもたらさないだろうが。

「そうか」

 すると青年が、俺の目の前で瓶を手に取り、蓋を引き抜いた。

 ――え?

 虚を突かれて俺が目を丸くしている前で、青年がそれを一気に飲み干した。

 は? 自分で飲むのか? 斬新だな?

 と、内心で俺は呆気にとられていた。しかし何故ここで? 確かに既に支払いはしてもらったが、せめて店の外で飲んでくれれば――……

「俺は、王国騎士団のアルトという。実は店の前を通りかかる度に、掃除をしている君を見かけてずっと気になっていたんだ。つまりその、す、好きだ! 俺と付き合ってくれ」
「へ!?」
「……確かにこの自白剤には効果があったらしいな。話す勇気が出た」
「……あ、はい。ありがとうございます。ご愛顧感謝します……けど、え? 俺を好き?」
「ああ」
「告白するために自白剤を買ったのか? 普通そこは惚れ薬じゃないのか?」
「別に俺は君の気持ちを無理に変えたいわけじゃなく、俺の気持ちを伝えたかったんだ。伝えないと苦しいのに、言う勇気が出なくて。だ、だからそのだな……まずは友達からで構わないから、名前を教えてくれないか?」
「はぁ……俺の名前はルイスといいますけど……はぁ……」

 こんなこともあるのかと、俺は驚いた。

 これが俺とアルトの馴れそめである。

 以後、ちょくちょく騎士が自白剤を買いに来るようになったのだが、なんでも「これを飲んで告白すると成功するらしい」という噂が構築された結果のようだ。だが、繰り返すが――『個人により効果や感想は異なります』としか、言い様がない。


   (終)