火螺旋鳥の呪紋


 最初は、階段から突き落とされるアルクスを、僕は呆然と下から見ていただけだった。大好きな甥、即位したばかりの二十一歳の若き新国王陛下、それだけではない。近い血族ながらに、僕はアルクスを愛していた。慌てて走り寄り、動かないアルクスを抱き起こす。頭部からは血が垂れてきて、僕は何度も名前を呼んだ。アルクスの瞼は固く閉じられており、艶やかな黒髪は、血で肌に張り付いていく。

 それを確認した直後――僕の世界は巻き戻った。これは、呪いだ。

 先程まで二十四歳だった僕は、十六歳に戻っていた。俯き、左脚を確認すれば、そこには蔦のような緑の痣が見える。本当に植物の蔦が絡みついて、肌に染みこんでいるようなこの紋は、ロベアム紋と呼ばれていて、僕が生まれたイルフェナード王家の血筋に、稀に出現する呪いの証だ。

 そう、呪いだ。

 イルフェナード王国の始祖王は、|火螺旋鳥《イグラルアウェス》から火を盗み、人にその知恵を齎して、国を興したのだという。火の羽を持つこの不死鳥は、その時始祖王を呪った。その結果、時折王家には、ロベアム紋の持ち主が生まれるようになった。この紋の持ち主は、『なにかの拍子に時が巻き戻り、ロベアム紋が消失するまで未来に進むことができなくなる』という呪いをかけられている。つまり、僕の足からロベアム紋が消失しないかぎり、僕の時間は巻き戻る。過去には、それに耐えられずに自殺した王族も多い。その者がどんな時を経て巻き戻っているのかは、他者には分からない。他者にとっては、時間軸は一つなのだという。なお、ロベアム紋の出現位置は様々だとされている。

 ただ、僕にとってこの呪いは、僥倖以外の何ものでもなかった。

 理由は簡単で、僕の時が巻き戻るのは、いつもアルクスが死んでしまった時だったからだ。時が巻き戻る度に、僕はびっしりと汗をかきながら安堵する。

 ――これでまた、アルクスの死を阻止する機会ができた、と。

 階段から突き落とされた後、十六歳の僕は、いつもの通り遊びに来た十三歳のアルクスの姿を見て微笑した。内心は嫌な胸騒ぎに襲われていたけれど、とにかく彼が生きていることが嬉しくて、思わず抱きしめた記憶がある。

 必ずアルクスを助ける。そう決意し、年老いて病を得た、年の離れた兄である国王が亡くなった後、僕はアルクスが階段から突き落とされるその日、犯人の前に立った。するとアルクスが不意に振り返り、僕を抱き寄せ微笑した。驚きつつも、僕の姿に犯人が離れていったから、僕は安堵した。

 だが残酷なことに、その日の夜の晩餐会で、アルクスは毒の入った杯を傾けた結果、吐血して亡くなった。口を押さえて、僕はガクガクと震え、ボロボロと泣いた。するとまた時が巻き戻った。今度こそ――そう考えて、僕は次に二十四歳になったその晩餐会にて、杯をアルクスの手から奪った。すると驚いた顔をしたアルクスが、テーブルを一瞥し、僕に新しいグラスを渡して、『せっかくだから二人で新しいワインを飲もう』と誘ってきた。ほっとしながら、僕はその夜、アルクスが生きていることを喜びながら、感涙しそうになるのを抑えて、ずっと談笑していた。その夜更け……僕達がそれぞれの部屋に戻ろうとした時、階段でも見た犯人が突進してきて、僕を庇うようにしたアルクスの腹部に短剣を突き立てた。僕は、アルクスの腹部が紅く染まっていくのを見た。こうしてアルクスは刺殺され、僕はまた巻き戻ったのである。

「絶対に……今度こそ、僕はアルクスを助ける」

 再び十六歳に戻った僕は、硬くそう決意をした。

 犯人の目的は、アルクスを国王の座から引きずり落とすことだったというのは、巻き戻る前に自供を聞いたから、僕は知っている。ならば、アルクスは、即位すれば必ず命を狙われるということだ。即ち、アルクスを即位させなければいい。

 一番年若い王弟である僕は、幸いにも国民に人気があり、僕を次期国王にと推そうとする貴族の数も多い。僕も若いが、アルクスはもっと若く、特に十六歳と十三歳という年の差がある今は、アルクスはただの子供だと思われている。アルクスが王太子になるのは二十歳の時、僕の兄である現国王陛下が寝たきりになった時だ。

「僕が、国王になる」

 そうすれば、僕がきっと暗殺される。僕はそれで構わない。巻き戻りに耐えられず死を選んだ者達と同様に、僕は間接的な自殺、緩慢な死の予定を立てただけなのかもしれないが、アルクスを助けられるか、アルクスよりも早く死ねるのならば、どうでもよかった。それにどのみち、僕が死ねば、次の国王はアルクスになるはずだから、少し即位が遅れるだけだ。

 大好きなアルクス。

 叔父甥婚は認められているが、国王となるアルクスは後宮に王妃を迎えるだろうから、僕と結ばれることはない。王妃は、一番愛している者を選ぶと決まっているから、側妃とは立場が違う。僕はそもそも親しいけれどそれはきっとアルクスにとっては家族愛だろうから恋情ではないと思うし、第一王族が後宮に入った例はない。

 僕はいつも、アルクスへの恋心を抑えることに必死だった。
 アルクスのためになら、僕はなんだってできる。
 だから今回は、僕自身が即位することで、アルクスを救う決意をした。

 ――コンコン。

 巻き戻った本日も、僕はソファに座っていて、午後三時ぴったりになると、控えめなノックの音が聞こえた。来訪者がアルクスだと、僕はもう三度も巻き戻っているから知っている。

「はい」

 僕が答えると、アルクスが入ってきた。微笑しているアルクスは、とっくに二次性徴を迎えていて、僕と同じくらいの身長だ。将来は、僕より頭一つ分大きくなることも、僕は知っている。

「ライナ叔父上。マフィンを持ってきたんだ」
「ありがとう、アルクス」

 僕は膝の上に載せてあった本をテーブルの上に置き、テーブルの上にあった茶器に手を伸ばす。そしてポットから紅茶をカップに注ぎ、歩み寄ってきて座ったアルクスの前に置いた。

 明日からは、即位するための根回しをしなければならないだろう。
 だからこの一時が、今世で最後の、アルクスとの穏やかな時間となる。
 僕はそれを、自分に許した。

 ――僕は今度こそアルクスを助ける。僕が身代わりになって死ぬことによって。

「叔父上、なにを読んでいたんだ?」
「建国神話だよ」
「ああ、始祖王と鳥の話か」

 この会話も、繰り返している。
もう内容を僕は記憶してしまったほどだ。

「叔父上は、どうして鳥が、こんな呪いをかけたと思う?」
「――愛する者を、助けるためじゃないかな?」
「そうか。俺は残酷だと思うぞ。何度も好きな相手が死ぬ場面を見なければならないなんて」

 なにも知らずにそう述べるアルクスの、純粋そうな濃い紫色の瞳に、僕はドキリとしてしまう。嫌な胸騒ぎが再び襲いかかってくる。

 イルフェナード王家の者は、紫色の瞳をしていることが多い。濃淡は様々だから、僕の場合は薄い紫で、アルクスの瞳は濃い色だ。その両目で見据えられる度、僕の恋心は大きく盛り上がるが、将来の死を予見するような言葉に胸が締め付けられる。

「……マフィン、一つ貰うね」
「ああ。一つと言わず、たくさん食べてくれ」

 微笑しているアルクスの、声変わりの最中の声。この声は、将来聞き心地の良いテノールになる。今はまだあどけなさが残っているが、性格も容姿も男前になることを、僕はよく知っている。どちらかといえば痩身で背の低い僕は、金髪で色素も薄く、あまり男らしさはない。

 この日はその後も雑談をし、僕達は笑顔を向けあった。

「叔父上」

 帰る時、扉に片手で触れ、正面を見たままでアルクスが言う。僕は彼の背中を一瞥する。

「俺は必ず国王になる。即位する。叔父上は、見ていてくれ」
「――きみの決意は、分かったよ」

 そう述べて、僕はアルクスを見送った。
 迎えに来た近衛騎士と共に彼が帰るのを見守ってから、僕は俯き表情を消す。

 決意は分かっている、即ち僕の行為は、今よりアルクスの敵に回ると言うことだ。アルクスの夢を壊すと言うことだ。だが、それでも構わない。アルクスが、生きているのならば。将来、幸せに過ごし、寿命を迎えて死ねるのならば。



 ――早速僕は、貴族に根回しをした。

 有力な貴族に次々と、僕を推す派閥に入るよう働きかける。腹の黒い者は、僕にもアルクスにも恩を売っているが、僕はそれを知りつつ、一人、また一人と派閥に貴族や大商人を引き込んでいった。王宮の文官や騎士に働きかけることも忘れず、大臣の内の幾人かは、既に僕を擁立すると決意してくれている。これらに二年ほどを費やし、僕は十八歳になった。アルクスが十六歳になったこの日、アルクスの生誕祭が行われることになった。

 僕は、過去に一度も欠席をしたことはない。

 だが今回は、僕がアルクスを優先しない証明として、別荘である側妃だった母に与えられた王都の隣の海辺にある城で、『薔薇が咲いた記念日の夜会』などという、誰がどう見ても重要ではない夜会を開き、そこにアルクスが生誕祭に招いた人々全てに招待状を送るという嫌がらせをした。

 同時に、そこに将来アルクスを暗殺する犯人を招き、僕は暴いた罪状を突きつけて、僕の配下の近衛騎士に捕らえさせた。この城の地下へと放り込み、以後、出さないと決めた。これで、少しだけ未来が明るくなったように思う。三回とも犯人は同じだったからだ。

 なおこの結果、アルクスの生誕祭には予定より参加者がなく、代わりに僕のどうでも良い夜会が大盛況だった。本当は、胸が痛くてたまらない。僕はアルクスを祝いたかった。けれど――王位争いというのは、こういうものなのだ。ちなみにアルクスの夜会でも、捕らえられた者がいたらしい。そんな噂が流れてきた。

 ――夜会の翌日。

 僕が王宮に戻ると、謁見の場でアルクスと顔を合わせることになった。老齢の兄は、何度も咳き込んでいる。肺を患っている上、腹部に腫瘍がある。もう長くはないのは誰の目にも明らかで、実際僕が巻き戻る場合、必ず僕が二十三歳の時に現国王陛下は没している。

 謁見が終わり、僕が踵を返して扉に向かおうとすると、足早にアルクスが歩み寄ってきた。

「ライナ叔父上」
「なに?」

 僕は生誕祭のことだろうと思い、無表情で顔を向ける。するとあちらも非常に険しい顔をしており、その目は僕を睨めつけていた。胸が再びズキリと痛んだ。愛する顔に浮かんだ表情が僕に嫌悪を示している。それがどうしようもなく辛い。だが、それを見せるわけにはいかない。だから僕は、余裕があるフリをして、嘲笑するように唇の右端を持ち上げた。

「必ず……俺が国王になる。そう告げたこと、覚えているな?」
「なんの話? さぁ? そんな記憶は無いけれどね?」
「――では、覚えておけ。国王になるのは、この俺だ」

 小声の僕達の会話を聞く者は、誰もいなかっただろう。断言すると、僕より先に歩きはじめ、アルクスは扉から出て行った。立ち止まった僕は、アルクスは権力欲旺盛なのだろうかと考える。だとしても、僕は今回は、譲れない。アルクスを、愛しているからこそだ。

 その日を境に、僕とアルクスの仲は冷え切った。

 お互いに知謀策略を駆使し、派閥に有力者を引き込んでいく。僕達の王位争いは国民にとってすら知れ渡り、僕達の不仲を知らない者はいなくなった。すれ違えば、お互いに目も合わせない。視線が交わった時は、お互いに睨み付けている。もう僕達の間には、過去のような穏やかな時はなく、優しい空気は流れない。

 どちらが国王になるのか。
 皆が注目し、どちらが即位してもいいように笑いながら見守っている。

 そうして――ある初秋の朝、今回も兄である現国王陛下が、謁見の直後、血を吐いて大理石の床に倒れた。僕もアルクスもその場にいた。周囲が駆け寄る中、僕はチラリとアルクスを見た。すると、アルクスがじっと僕を見ていることに気がつき、虚を突かれて息を飲む。何故、いつから、アルクスは僕を見ていたのだろう?

 そんな疑問はすぐに打ち消し、僕は心優しい王弟の顔を取り繕って、兄に駆け寄った。


 ――新国王は、選帝侯の判断後、即位することを本人が受け入れてはじめて決定されて、即位することになる。五名の選帝侯の中で、僕は三名に推されている。このままいけば、僕は無事に国王になる。二十三歳となったその夜、ゆっくりとワイングラスを傾けながら自室にいた。全て、計画通りに物事が進んでいる。

 コンコンと、ノックの音がしたのはその時だった。
 視線を向けて、僕は声をかける。

「入れ」

 すると扉が開き……入ってきた人物を見て、僕は目を見開いた。険しい顔で訪れたのは、アルクスだったからだ。

「叔父上」
「……なに?」

 動揺しながら僕はグラスをテーブルに置いた。アルクスがこの部屋に来たのは、巻き戻った十六歳のあの日以来だ。立ち上がり、僕はアルクスを見た。するとゆっくりと歩み寄ってきたアルクスが、僕の正面に立った。随分と背が高くなった。濃い紫色の瞳が、僕を見下ろしている。

「即位するな」
「今さらなにを――」
「国王になってはならない」
「そんなに王位が欲しいの?」
「違う。王位になんて、興味は無い」

 叫ぶようにそう言うと、焦燥感に駆られたような顔にかわったアルクスが、不意に僕を強く両腕で抱きすくめた。僕は驚いて硬直する、瞬きをしながら、僕はアルクスに抱きしめられているのを認識し、動揺した。過去、一度もこのように直接体温に触れたことはない。

「急に、なにを……」

 僕の声は震え、小さくなってしまった。好きな相手にこのように抱きしめられたら、胸が疼くのがとめられない。

「俺が国王になる。だから叔父上は、身を引いてくれ」
「……い、嫌だよ。僕が即位する」
「それはダメだ」
「っ……離して」
「嫌だ。俺は、叔父上が大切なんだ。だから――もう見たくないんだ」
「なにを?」
「叔父上が死ぬところをだ」

 そういうと僕を抱く腕の力を緩め、まじまじとアルクスが僕を見た。

「俺は、呪われている」

 そしてそう言うと、右腕の袖を、捲り上げた。その綺麗に筋肉がついた右の二の腕を見て、僕は驚愕して目を見開いた。そこには、ロベアム紋があり、服で見えない肩の方まで広がっているようだった。息を飲み、僕は凍り付く。ロベアム紋があることは、本人のみあるいは本人が伝えた者のみしか知らない。

「呪われているんだ。そして――叔父上が即位すると、必ず叔父上は暗殺される。ならば、俺が身代わりになって、国王になって、殺される方が、どんなにいいか。俺はもう見たくないんだ。愛する叔父上が血に濡れる姿を。叔父上……ライナ。俺は、ライナを愛している。家族愛じゃない。ずっと――一度目の、まだ巻き戻る前からずっと好きだった。惹かれていた。ただ、お互いに立場があるからと、気持ちを殺していただけなんだ。でも、もう、俺は堪えきれない」

 切実な声でアルクスが早口に述べた。呆然としてから、その意味を理解し、僕は涙ぐみながら顔を上げて、思わず首を振る。

「ダメだよアルクス。僕だって、僕だってきみが好きだ。好きなんだよ。僕の方こそきみを愛してる。ねぇ、これを見て?」

 僕は屈んで、左脚の服の裾を捲った。そしてロベアム紋が見えるようにした。

「僕も、呪われているんだ」
「!」

 するとアルクスが息を飲む。僕は涙ぐみながら続ける。

「アルクス。きみが即位すると、きみが暗殺されるんだ。僕はそれを見たくない。だから、僕が身代わりになろうと思って……」
「……」
「……」

 僕達は沈黙しながら、視線を合わせる。僕は服を正してから、ゆっくりと姿勢を正した。そうしたら、再びアルクスが僕を抱き寄せた。そして目を伏せ、僕の額に口づけた。その柔らかな温度に、僕の眼窩から温水が滴った。

「そうか。俺達は、互いに互いの身代わりになっていたんだな。だから――叔父上は何度も即位したのか。俺が何度止めても」
「僕の意識の中で、僕が身代わりになろうと思ったのはこれが初めてだけれどね」

 僕は苦笑しながら泣いた。すると僕の後頭部に手を回し、アルクスが深々と口づけてきた。うっすらと開いた僕の唇から、口腔へと舌を忍び込ませる。僕の舌を追い詰めたアルクスは、それから絡め取り、濃厚なキスをした。

「叔父上。頼む。即位しないでくれ」
「嫌だよ。僕はきみが死ぬのを見たくない」
「俺は、叔父上を守りたいんだ」
「僕だってアルクスを守りたいんだよ」
「ならば――俺は、俺自身も守り、死なないように気をつける。身代わりになるのではなく、害敵に注意し、生きて、そして必ず俺の手で、叔父上のことも幸せにすると誓う。だから、俺が国王になる」

 力強い宣言と腕の感触に、僕は額をアルクスの厚い胸板に押しつけて、ギュッと目を閉じた。涙がこぼれ落ちていく。

「本当に? 本当に死なない?」
「ああ。もう叔父上を殺害する犯人も分かっている。既に対処したが」
「僕も、きみを殺した犯人を分かっているから、対処したよ」
「ならば、少しは心配が減ったな」
「そうだね」
「なぁ、ライナ。俺はライナが欲しい。だから――王妃になってくれないか?」
「そんなこと、可能なのかな……」
「法は王が決めるものだ。そして、俺が国王になる。俺は、愛する者を王妃に選ぶ権利がある。俺はライナに、隣にいて欲しい。いつまでも横にいて欲しい。そして、守らせて欲しい」

 胸が満ちあふれてきて、僕は恐る恐る両腕をアルクスの背中に回しかえした。
 僕達は抱き合いながら、視線を合わせる。

「……信じていいの?」
「ああ。俺は死なず、死なせない。今度は、二人で生きよう」

 そういって困ったように笑ったアルクスの笑顔は、泣いている僕には歪んで見えた。大好きな顔に浮かんだ久方ぶりの笑みに、僕の涙腺は壊れてしまった。嗚咽を堪えて泣きながら、この日長いこと、僕達は抱き合っていた。



 選帝侯に辞退の意向を告げた半年後、アルクスの即位の日。同日僕は、王妃となると発表され、それから一ヶ月の時をおいて、僕達の結婚式が行われることになった。丁度前国王の喪が明けた時期だった。

 式において僕達は指輪を交換し、聖職者の前で口づけをした。
 厳かな空気の中、二人で大聖堂を出る。

 結婚式の日は、二人はすぐに戻って寝室に入るというのが、この国の風習だ。僕達は手を繋いで馬車に乗り、王宮に戻ってその足で寝室に向かった。結婚式用の特別な衣装。僕が室内に入り首元を緩めようとした時、後ろからアルクスが僕を抱きしめた。その体温が嬉しくて、僕は微笑む。もう巻き戻りたくないと思ったのは、初めてだ。子の幸せが、ずっと続いて欲しい。もしこれが壊れてしまったら、その時こそ僕は自死を選択するかもしれない。

「ライナ」

 もう叔父上とは呼ばれなくなって久しい。僕の服を後ろから開けていくアルクスに、首だけで振り返る。すると触れるだけのキスをされ、それからその口づけは深くなる。その間もするすると服を乱されていき、僕はすぐに一糸まとわぬ姿になった。

 寝台へと促され、僕は上がってから、四つん這いになるように言われる。

「慣らすぞ」
「う、うん」

 最初から何度巻き戻っても、ずっとアルクスに恋をしていた僕は、誰かを受け入れたことはない。香油を指にまぶしたアルクスが、人差し指をゆっくりと僕の後孔へと差し入れる。最初は第一関節を入れ、浅い場所を確認するように解した。

「ぁ……」

 続いて第二関節まで入ってくる。するとその指を、振動させるようにアルクスが動かした。僕の息に、甘い声が混じり始める。人差し指が根元まで入った時には、僕は両手でギュッとシーツを握っていた。弧を描くように指を動かされる。次第に僕の体が熱を孕み始める。

「ぁ、ァ……っ……」

 人差し指が抜けていくのが切ない。だが続いてすぐに、今度は二本の指が入ってきた。
 探るように動いていた指先が、その時僕の内部のある箇所を刺激した。

「あ、ぁ!」

 思わず大きく声を上げてしまう。

「ここか」
「や、ぁァ……ンん!」

 僕が反応するそこばかりを、指先で優しくアルクスが刺激し始める。そこを押し上げるようにされると、陰茎に体の熱が直結し、僕のものが反応を見せた。そして先走りの液を零す頃まで、ずっとそこばかりアルクスが刺激していた。

「あ、ハ……ン、ふァ……」

 その後、指が三本に増えた。今度は指がバラバラに動き、僕の内壁を広げていった。
 何度も香油を増やし、僕の内部がぐちゃぐちゃになるまで、アルクスが解した。

「そろそろ、いいか?」
「う、ン……早く。僕は、早くアルクスと一つになりたい」

 僕が言うと、アルクスが僕の体を反転させた。正面からのしかかられた時、僕は彼の右肩にあるロベアム紋を見た。緑の蔦が二の腕から肩まで、巻き付くように存在している。僕の足首から膝までの、ふくらはぎの辺りの紋と同じだ。

 精悍な顔立ちのアルクスは、獰猛な光を宿した瞳で僕を見ている。肩幅が広く、筋肉があり、引き締まった体躯をしている。

「んぅ――!」

 僕の窄まりに、アルクスの陰茎が挿いってきた。十分に慣らされてはいたけれど、押し広げられる感覚が強い。ぐっと雁首まで進んだ時、一度動きを止めて、アルクスが荒く息を吐いた。

「少し力を抜けるか?」
「んン、ぁ……」
「そうだ、良い子だな」

 僕は言われた通りにしつつ、小さく笑った。アルクスの方が小さい子だったはずなのに、今では僕よりよほど大人びている。『良い子』だなんて僕を子供扱いするほど余裕も見えて、余裕が欠如している僕には眩しい。

「あ、あ、あ」

 ぐっと中を擦りあげるようにし、アルクスの陰茎が進んでくる。
 前立腺を尖端で押し上げられた時、僕は喉を震わせた。

「ああッ!」

 腰を揺さぶるようにして、アルクスがそこを刺激する。僕はポロポロと涙を零しながら、快楽に浸る。暫くそこを責め立てていたアルクスが、ゆっくりと腰を引いた。無くなった刺激が切ないと思っていると、ギリギリまで引き抜いてから、それまでより億夫悪までアルクスが陰茎を進めた。貫かれた僕は、背を撓らせる。

「あ、あン……っ、ひゃ、ぁ!」

 次第に抽挿が早くなっていく。僕は必死で息をする。

「清艶だな。ライナは、本当に艶がある。なのに貞淑で、いつも俺は、欲していたんだ」
「ンぅあ……あ、あぁ……っ、ン!」

 アルクスが激しく打ち付ける度、香油が卑猥な水音を立てる。
 僕の中で、どんどんアルクスの熱く硬い陰茎が、存在感を増していく。

「出すぞ」
「僕も、あぁ……もう、イく、っあ!」

 腰を掴まれ、一際強く打ち付けられた時、その衝撃で僕は放った。ほぼ同時に、中に飛び散る熱い飛沫を感じた。ぐったりとして僕はベッドに沈む。すると陰茎を引き抜いたアルクスが、深く息を吐いた。そちらを見て、そして僕は瞬きをした。快楽が去り、繋がれた幸福感でいっぱいだった思考が、アルクスの肩を目にした瞬間、一気に晴れた。

「アルクス……!」
「ん?」
「肩、消えてる。消えてるよ! ロベアム紋が消えてる!」
「なに?」

 驚いたように、アルクスが己の右腕を見た。そうして目を見開いた。それから瞬きをしたアルクスは、僕の右足首を手に取った。まじまじと見ている。

「ライナのロベアム紋も消失している」
「え?」

 驚いて僕は、体を起こした。僕は恐る恐る確認し、そして息を飲む。

「本当だ……」
「俺達二人の呪いが晴れた。ということは……――今までとは違うこと……ああ、そうか」

 アルクスは呟いてから、柔らかく笑った。

「俺達が繋がって、消失したんだ。恋心の交換は、そして体を重ねた結果、か。呪いが消えたということは、俺達は二人並んで未来に進むことを許されたと言うことだな」
「っ」
「何かの拍子に――お互いの死をきっかけに巻き戻り、お互いに身代わりになっていた俺達は、きちんと自分達の気持ちを伝えて、二人で身代わりにならずに幸せを掴む努力をしたから、未来に進むことを火螺旋鳥に許されたのだろう」
「そうかもしれない。そうかもしれないね……」

 僕が頷くと、アルクスが僕の隣に来て、僕を横から抱きしめた。

「これからも、ずっと一緒に、二人で幸せになろう。そして、未来へと進んでいこう」

 このようにして、僕達二人の、身代わりになるという日々は、幕を下ろした。

 ロベアム紋が消失し、呪いが消えてから、僕達はもう巻き戻ることが無くなり――少なくとも僕自身は断言して無くなり、そして今のところ、お互いが誰かに暗殺されるという出来事もなく、巻き戻る前には体験したことのない二十七歳を僕は迎え、アルクスは二十四歳になった。新国王陛下として、アルクスは毎日頑張っていて、その治世は落ち着きを見せ始めている。僕も王妃として隣に立ち、いつもアルクスを見守っている。ほぼ毎日、執務を手伝いながら。

「王妃が国王業もこなせるというのは、心強いな」
「そう?」

 アルクスと僕は笑い合い、本日も執務室にいる。こんな日々が、幸せでたまらない。
 その後も僕達は、二人で未来へと進んでいった。



    ―― 終 ――