>報道部部長(魔王)、二足の草鞋は辛すぎる……!





「巫山戯るな!」
「貴様こそ巫山戯るな!」

 あー、またやってるよ、あいつら。
 俺は引きつった顔で遠い目をしてから、上辺のテンションが高く明るい報道部部長の笑顔を貼り付けて、魔導具のカメラを構えた。被写体は、眼前にいる、生徒会長であるこのレリールラ王国の王太子ガッセルと、風紀委員長である隣のワワルネル帝国の第一皇位継承者フェルナンドの二人である。この生徒会長と風紀委員長は、いつも口論している。しかし俺は知っている。この二人は、付き合っている!

「ちぃーっす、報道部でーっす!」

 俺は明るく声をかけてから、パシャリと二人を撮影した。この二人の熱愛記事を、そろそろスクープしてやろうと思っている。ほぼ同時に振り返った二人は、息もぴったりに、俺に言った。

「「勝手に撮るな!」」
「お邪魔しましたー!」

 俺は、忙しい。この二人の口論(イチャイチャ)は、傍目に見ると威圧感があるため、他の部員が撮影に来られなかったので、俺が来たわけだが、はっきり言って、俺は多忙だ。こいつらのイチャイチャには、あんまり興味も無い。

 ――しかしながら、人間界の偵察に来ている俺の、魔王としての内心は、魔界と人間界の戦争になった場合、攻めてくるのは同盟を組んだこの王国と帝国となるため、次期国家元首である二人は、それぞれ相応に観察対象と言える。でも……どちらかがどちらかに嫁いだら、片方はどうなるんだろうな? 王太子の生徒会長の方は、弟の第二王子がいるが、奴は報道部の副部長のくせに、まったく働かないから、奴が即位したら、王国は潰れることだろう。

 続いて俺は、今回のメインである、転入生のインタビューに行くことにした。この転入生なのだが、非常にモテるらしい。今、この学園は、ちょっとした混乱が起きている。人気者がみんなこの転入生に惚れていくらしい。ただ、学園に馴染めるように、インタビューはしておかなければならないし、なんだか学園新聞の記事のネタの宝庫のような気がする。

 俺は二時間目の休み時間に、転入生のクラス――二年二組へと向かった。

「ちぃーっす、報道部のぶ……」

 ……ちょう、まで俺は言えなかった。何せ目の前にいたのは、先日聖剣を抜いて勇者認定された少年だったからである。唖然としてしまった。

「おう! お前イケメンだな! よろしく! 俺は転入してきたララネだ!」
「……――よろしくな! 俺は報道部部長のルクスだ! いやぁ、ララネくんこそ可愛いじゃないか、ん? 俺、ララネみたいな可愛い奴、だーい好き!」

 俺はテンションをぶち上げた。満面の笑みで、ニコニコと笑う。
 勇者には、俺が魔王だと気づいた様子はない。ほっとしながら、俺は雑談風に、趣味や好きなタイプ、実家で飼っていたペットの話などを聞いた。そして最後に写真を一枚撮らせてもらい、インタビューを切り上げて、休み時間が終わると同時に、教室を後にした。

 うわー焦ったぁ……。ヒヤヒヤした。
 なお、生徒会役員と風紀委員会メンバーと、各部の部長は、特権で授業免除がある。テストで成績さえ落とさなければ、授業には出なくてよい。

 俺は早足で歩きつつ、勇者にはなるべく近寄らないように、けれど遠くから観察しておこうと決意した。しかし勇者、常に聖剣を持ち歩けという神託を受けていたはずだが、持っていなかった。いいんだろうか? 敵ながら気になる。俺としては、持たれていたら怖いのだが。聖剣は、魔王である俺の体も貫ける。それ以外では、せいぜい破壊神でもなければ、俺を殺るのは無理だ。

 ――破壊神というのは、複雑な存在だ。一応俺の部下という名目ではあるのだが、ぶっちゃけ俺より強い。魔王城と人間界の間に独立した城を持っていて、そこを根城に、侵入してきた人間達を排除する役割だ。今まで、一度も人間達は、破壊神に勝ったことが無い。破壊神にみんな負けている。敗北した人間達は、破壊神を魔王だと勘違いしている場合すらあるが、魔王は俺である。この破壊神であるが……カッコイイ。なにせ、俺を守ってくれている状態だ。それに気づいた頃から、俺は密やかに破壊神に恋をしている。魔界にいた頃は、月に一度は連絡会議という名目で、一緒に酒を飲んでいた。俺はその時間が好きだったけど、今の学園生活が始まってからは、そんな時間が取れなくなって、もう長らく顔を合わせていない。

 俺は疲れた心地で、保健室の前を通りかかった。すると扉が開いていたので、中をチラリと見ると、保健医のガカス先生と目が合った。

「やぁ、報道部部長」
「こんにちは、先生」
「今日も疲れているみたいだねぇ」

 この先生には、俺の上辺のテンションが高い明るい笑みが通用しない。何故なのか、いつも俺が疲れていると見抜かれる。実際俺は、かなり睡眠時間も削っているから、疲れ切っているのは間違いない。

「はい、これ。魔法薬――栄養ドリンクだよ」

 そういうと、先生が俺に瓶を渡した。受け取り、俺は微苦笑した。俺は知っている、これの中身は笑い薬だ。この先生は、変な薬を開発しては、俺に限らず生徒に飲ませようとする。教師が何やってんだよ! なお俺は、触れると成分が分かる。また、人間に触れた場合は、人間の気持ちを、意識すれば読み取ることが可能だ。魔族の気持ちは分からないから、たとえば破壊神の考えなどは不明だが。

「後で飲んでおきます」
「そう。どうだったか教えてね」
「はーい」

 俺は返事をしてから、保健室を立ち去った。
 こうして、報道部の部室に一度戻る。部室では、明後日発行の学園新聞作りに、皆が忙しなく取り組んでいる。

 ――副部長の第二王子ミガット以外。この第二王子だけ、何もせずに椅子に座って、ぼーっとしている。もういつもの事過ぎて、怒る気すら起きない。放置だ。構っている余裕は無い。

 俺は、学園新聞に載せる、トップニュースの、転入生インタビューと、裏面にデカデカと載せる予定の生徒会長と風紀委員長の熱愛スクープ記事、さらにコラムにおいて笑い薬の危険性を、爆速で書いた。写真の現像もした。急いだ理由は、昼休み報道部は、放送しなければならないからだ。放課後は、掃除の時間にも、放送しなければならないし、帰りのHRのあとにも放送しなければならない。

 というわけで、俺は昼の放送をするために、放送室に向かうことにした。
 皆が多忙な場合は、俺が一人で放送することにしている。

 マイクをオンにし、BGMを魔導具で流しながら、俺はテンション高く喋った。

「こんにちはー! 今日もお昼休みが始まったよー!! みんな、元気かな? 元気だろ! だって俺の声が聞けるんだもんな?」

 我ながらウザい。だが、報道部部長の顔は、これなんだ。しょうがない。

「今日は、明日の朝から行われる、新入生歓迎会のお話をするぞー!」

 ちなみにこの魔法学園は、中等部からの持ち上がりである。俺は記憶操作をして、さも中等部からいた素振りで、この学園に入った。

「新入生歓迎会は、高等部から外部入学したみんなと、今年に限っては、転入してきた勇……ララネくんの歓迎会だからな!」

 あっぶねー! 勇者って言いかけちゃったよ。

「在校生のみんなで、新しく来た子達が、早く馴染めるように大歓迎しちゃうイベントだからな! 司会は勿論、この俺だ!」

 ……そうなのである。
 例年、報道部部長が、司会進行を務めることになっているのである。見回り警備が風紀委員、企画と商品の用意が生徒会だ。さきほどあのバカップルが喧嘩をしていたのは、生徒会役員とのデート権を商品にするという生徒会に対し、会長が大好きな風紀委員長が、巫山戯るなと駄目だしをしていたという顛末だ。暇そうで羨ましい……。そんな内心は微塵も出さず、俺は明るい声で続ける。

「それで、明後日の学園新聞には、三面記事から部活と委員会紹介が載りまーす! 明後日から、見学解禁だからなっ! 報道部も大募集中だぞっ。俺と一緒には働……楽しく活動しようぜ! 社ち……充実した日々で、報道部は最あ……最高だからな!」

 俺は時々出てしまいそうになる本心を、必死で押し殺した。
 そんなこんなで昼休みの放送を終えた俺は、行儀は悪いが歩きながら食パンをくわえて、角を曲がった。早足だったものだから、前を見ていなかった。その結果、向こうも曲がってきたので激突し、俺は魔王なので普通はびくともしないのだが、まさかの吹っ飛びかけて、かつ腰を抱かれて倒れないよう守られた。え?

「なーにやってんだよ」

 意地の悪い、笑い声がした。聞き覚えのありすぎる声だ。
 驚愕して、俺は目を見開いた。真正面にあるのは、ニヤニヤ笑っている破壊神の顔だった。

「なっ、なんでここに!? 破壊神、どうして……?」
「んー? お前が人間ごっこをしてるって聞いて、見に来たんだよ。いやぁ、いつものテンションと違って、ばっかみたいなノリだなぁ」
「ッ……」

 俺は体制を立て直しながら、真っ赤になった。食パンはくわえたままだ。
 よりにもよって、破壊神に見られてしまった。恋心的に嫌だと言うよりは、破壊神はこういう場合、からかい倒してくるから、本当に辛い……。

「破壊神……さっさと帰れ」

 俺は魔王の顔をして、冷徹な目をして見せた。学園のテンションとは百八十度違い、俺は冷徹で冷酷な表情と目と声に変わった。これが俺の魔王としての顔だ。また、勇者達に気づかれない程度に抑えて、冷ややかな威圧感も振りまく。俺は破壊神に恋をしているが、そんなことも微塵も悟らせない。客観的に見れば、俺達は仲が悪いかもしれない。

 しかし怯えた様子もなく、小馬鹿にするように、破壊神はニヤニヤと笑っている。

「俺は実力で、お前と違って記憶操作も使わずに、外部編入してきたんだよ」
「――へ?」
「いやぁ、楽勝だったぞ、ここのテスト。簡単すぎる魔法試験で、腹筋が痛くなった、笑いすぎて」
「ちょ、ちょっと待て……? お前がここに来たら、誰が魔界に人間が攻めてきた時に、防衛するんだ!?」
「ん? そんなもん、いざとなりゃ、転移で戻る。お前も、毎晩転移して魔王城に帰ってるって聞いてたが?」
「なるほど……一応対策はあるんだな。では、防衛体制を見直す必要は無いか」
「おう。お前って本当、仕事バカだよな。しっかし……普段は絶対零度の冷ややかなお前が、まるで沸騰したお湯みたいな温度で、ニコニコ笑っているのを眺めていると、もっと腹筋が痛くなる。本当何やってるんだよお前」

 破壊神が腹を抱えて笑い出した。俺は内心では泣きたくなったが、睨んでみせる。俺の眼光の鋭さで、並の魔族なら震え上がるし、弱い魔族ならば消し飛ぶことすらあるのだが、破壊神には気にした様子は無い。

「じゃあな。俺は授業があるからもう行く。頑張れよ、報道部部長」

 ポンポンと俺の肩を叩いて、破壊神が笑いを堪えた顔をしてから、歩き去った。
 俺はその背を見送ってから、一人項垂れた。はぁ、学園生活がやりにくくなった……。

 その後俺は報道部部室へと戻った。
 そして部員達が書いた部活動・委員会紹介の記事の確認・ミスの修正・音を上げた、例えば魔女術研究会や猫タワー同好会といった謎めいた小さな会の記事の作成に入った。これが大変かつ俺にしかできないため、本日の午後の放送は全て、他の部員が代わりに行った。

 俺は記事を書き続け、やっと完成したのが午後の十時だった。
 この魔法学園は全寮制なのだが、俺は部長の特権で一人部屋だ。戻ってすぐ、施錠し、俺は転移魔術で魔界の魔王城へと戻った。そこには、泣きそうな顔の魔王軍四天王の姿があった。

「「「「魔王様!」」」」

 唱和された時、俺は冷徹な目をし、疲れている素振りは一切見せなかった。本当は既に右手が悲鳴を上げていたのだが、そんな素振りは一切見せない。

「我の直筆のサインが必要な書類は何枚だ?」
「七百二十八枚でございます」
「……そうか。我の確認が必要な書類の数は?」
「九十八枚でございます」
「我が視察しなければならない街の数と日程は?」
「七カ所、全て魔獣災害です。討伐も必要でございます。即日対応が望ましいです」
「そうか、話を聞いたら最初に向かう。他に何かあるか?」
「まず――」
「これと――」
「あれは――」
「ところで――」

 俺は耳を塞ぎたくなったが、一個ずつ記憶した。
 そしてまず、転移魔術で魔獣の前に転移し、魔力を解放して魔獣を消滅させる作業を七回行った。この時点で、疲労が半端なく、午前三時を回っていた。戻ってから、元から痛い右手に鞭を打ち、俺は直筆のサインを五百枚やったところで、右手がもう限界だったため、左手に魔羽ペンを持ち替えた。俺はちょっと歪んでしまうが頑張って左手で名前を書き続けた。爆速で処理したため、これは四時四十四分に終了した。なんとなく縁起の悪い数字である。その後、五時半まで他の仕事をし、俺は寮に戻った。

 疲れ切って寝台に倒れ込む。そしてぼんやりと、破壊神と会ったことを思い出しながら、毛布を抱き枕にした。はあ。疲れた。そう思った直後、俺は睡魔に飲まれた。

 ――朝六時四十分。
 俺は目覚まし時計の音で起床した。眠くて死にそうだが、朝七時から、朝の放送がある。それも俺の担当だ。涙ぐみながら、俺は身支度をし、それから無理に唇の両端を鏡の前で持ち上げて笑い方を思い出す。頑張れ、俺!

 こうして向かった放送室で、俺は無理矢理テンションを上げた。

「おはよう、みんな! 今日は新入生歓迎会だぞー! 楽しみなっ!」

 この声も、破壊神に聞こえているのかと思うと、心底憂鬱である。
 さて、今日は一時間目から新入生歓迎会なので、俺は部室に顔を出してから、校庭へと向かった。そして音響担当の演劇部と最終調整をしてから、マイクを握って、司会席に立った。こうして、新入生歓迎会が始まった。

「まずは、何をするかの発表だ! それは――ドドドーン! 鬼ごっこ!」

 俺は巻き舌で叫びながら笑った。はっきり言うが、入学式から二ヶ月近くかけて、なんで鬼ごっこ? 鬼ごっこの企画に、二ヶ月かけるって、どんな無能? そう思いつつも、俺はルールを、明るい声で説明していく。テンションをアゲアゲで話ながら、俺は一同の中に、ニヤニヤ笑っている破壊神アークを見つけてしまった……。見つけなきゃよかった……。顎を持ち上げ、腕を組み、こちらを馬鹿にするように見ている。凄く楽しそうだ。今にも噴き出しそうな顔をしている……。

「――よーし、みんな! メインもメイン! 最高の景品を発表しちゃうぞっ」

 ああ、破壊神の視線が痛すぎる……。ニヤニヤ笑って俺を見ている。

「最後まで逃げ切った一位は、好きな相手と一日デート権! ただし生徒会と風紀委員会は除く!」

 おいおい、結局除いたのかよ、あのバカップル。

「二位は、学食一年無料券!」

 俺ならこれが欲しいな。行く暇無いけど。

「三位は、生徒会と風紀委員会の好きなメンバーとの握手券」

 これ一番いらねぇわ。

「さぁ! Let'sごー! 新入生の諸君、逃げまくれーっ、あ、何かあったら救護担当の保健医の先生が、この司会席の隣のブルーシートの上にいるからなっ!」

 こうして鬼ごっこが始まった。
 俺の休憩時間となった。あとは、適宜、『残り何分』と放送するほかは、順位の発表と、一位から三位までにインタビューするのみだ。

「残り後二時間です!」

 最初の放送である。

「残り後一時間です!」

 次のアナウンスである。

「残り、三十分!」

 ここからは、十分おきに放送していき、ラスト十分間は一分おきにカウントダウンしていった。

「終了!」

 こうして鬼ごっこは終わった。
 カウントしていた、鳥類観察部から、俺はメモを受け取った。」

「えー、まずは三位! 三位ですっ、素敵な商品を手にしたのは――一年五組、マミルくん! おめでとー! さぁ、きみは、誰に握手したい?」

 壇上に上がった一年生に、俺は尋ねた。すると真っ赤になって震えながら、彼は述べた。

「ぜ、ぜひ、副会長様に!」

 生徒会長と風紀委員長が目配せし、あからさまに安堵した顔をしていた。もう本当にこいつらは爆発した方がいいと思うよ、俺。俺は腹黒そうなキラキラした副会長が握手しているのを見守った。

「続いて、第二位! えー、転入生のララネくん! おめでとう! 今の心境は?」
「ん? 俺、正直この景品が一番欲しかったから、わざと二位になったんだ」
「なるほどっ、いっぱい食べてねっ!」

 案外、勇者はまともだと思ってしまった。怖いな、攻めてくる時があったら、やっぱり冷静に戦略を練ってくるのだろうか? 観察を強化した方がいいかもしれない。

「ラスト、一年一組……アーク……アーク!?」

 俺は顔を上げて驚愕した。そこに立ってニヤニヤしているのは、破壊神その人である。
 しかし……片想いしている相手が、誰かとデートしてしまうと考えると、ちょっと切ない。誰を選ぶんだろう?

「さ、さぁ! 誰を選びますか!? 好きな相手をデートに誘って構わないんだぞっ、一位だけの大特権!」
「おう。じゃ、報道部部長のルクス先輩、よろしくな」
「へ?」

 まさかの俺が指名された。実年齢は数百歳の俺達だが、ここの学園においては、俺は三年生、破壊神は一年生である。それは、そうだし、誰を選んでもいいのだが……。

「「「「「「「「「「「きゃー! 素敵!!」」」」」」」」」」

 生徒達の声が上がった。俺はポカンとした。
 ま、まぁ、俺が知り合いだから選んだのだろう……うん。客観的に考えて、それしか無い。俺は溜息を押し殺し、報道部部長の笑顔を取り繕う。

「いいぜっ! 俺を選ぶなんて、見る目ありまくりだな!」
「だろ?」
「っ……お、おう! で? どんなデートが希望かなっ? どこでも付き合っちゃうぞ!」
「じゃ、お前の部屋」
「う、うん。いつでも来いよ! 待ってるぜ」
「今夜行く」
「えっ……」

 今夜は、学園新聞の最終調整が俺の予想だと二十三時頃終わる。その後魔王城に行かなければならないから、そちらが魔獣など不測の事態がなく、書類のみなら頑張れば三時に終わるとして……最速でも三時半にならないと、俺は空かない。え? ど、どうしような?

 正直俺は困ってしまった。明るい笑みが引きつりかけた。おろおろとしそうになる。完全に空笑いしている状態だ。

 その時、破壊神が俺の耳元に口を近づけた。

「魔界の魔獣は今日は俺が倒しておいてやる。書類も、俺でいいものと、俺のサインでいいものは、やっておく。だからさっさと同意しろ」
「!」

 囁かれた俺は、感謝の気持ちでいっぱいになりながら、全力で頷いた。神が現れた。そうか、破壊神とは、魔獣を破壊してくれる神であり、書類を破壊してくれる神であったのか。なんということだ。最高じゃないか!

「いいぜ! 楽しみにしてるぞっ!」

 こうして新入生歓迎会は幕を閉じた。



 ――予想通り、学園新聞の最終調整は、二十三時に終わった。
 後は明日の朝一で、他の部員が配布する。俺の仕事はここで一区切りだ。
 安堵しながら寮の部屋に戻り、魔王城に転移する。すると壁に背を預けて腕を組んでいる破壊神と、いつもとは違いニコニコしている四天王がいた。

「……我がやるべき本日の仕事はなんだ?」
「魔王様におかれましては、どうしても魔王様でなければならない直筆のサイン、十二枚ほどでございます」

 それを聞いて俺は感涙しそうになったが、冷徹な表情のままで頷いた。
 もうさ、サインまでほとんど代われるんならさ? 破壊神が魔王でいいじゃん! 俺が魔王である必要性、無くないか??????? と、叫びたくなったし疑問符が乱舞したが、俺は淡々とサインをこなした。最後の一枚を、完了の箱に入れた時である。

「おら、行くぞ」

 いつの間にか横にいた破壊神に腕を引っ張られ、俺はあっという間に寮の部屋に転移させられていた。はぁ。疲れているものだから、俺はすぐにでも眠りたくなった。

「ベッドに行け」
「は?」
「――デート、なんだろ?」
「あ、ああ。だけど、なんで?」

 俺は、魔王の顔をするべきなのが、部長の顔をするべきなのか、よく分からなくなってしまい、思わず素で喋ってしまった。

「俺達は、大人だろ? 学生じゃぁない」
「ああ」
「大人がデートでする事って言ったら、一つだろ。抱かせろ」
「なっ」

 俺は目を見開いた。唖然としてしまう。その意味を理解し、思わず頬が熱くなったので、顔を背けた。

「そ、そういうのは、恋人じゃないとダメだろ」
「純情な魔王様だな」
「な、なんとでもいえ」
「俺は一位だから権利があるんだが?」
「っ」
「そのために、お前の仕事も代わったが?」
「っっ」
「さっさとベッド上がれ」
「……」

 俺は反論する言葉を持たなかった。上目遣いに破壊神を見る。破壊神は俺よりも背が高い。すると破壊神がニヤニヤと笑っていた。それに胸が苦しくなる。

「俺を笑いに来ただけでなく、俺を抱いて……その……我を……ええと……」

 もの悲しくなって、疲れもあって、俺はネガティブな気分になり、思わず泣きそうになりながら破壊神を見上げた。するときょとんとしてから、破壊神が珍しくニヤニヤした笑いではなく、どこか微苦笑するような顔で、優しい目をした。

「ばーか。お前が心配で見に来たんだよ」
「……え?」
「お前と酒が飲めなくなって、俺は寂しかったんだよ」
「!」
「俺はお前が好きだから、お前が誰かとデートするなんて絶対に嫌だから、一位になると決めて、一位になって、まぁ――勇者が二位狙いだったから、そこは話し合ってお互いに選んだが……それで、お前とデートをすることにして、お前を抱きたいから――ようするに、俺だってそんなにチャラくねぇよ。俺はお前と恋人になりたいし、だからお前を抱きたいんだよ。お前の気持ちは? お前は俺と飲みたくなかったか?」
「ッ……あ、あの……え? ほ、本当に……?」
「おう。答え、聞かせてくれ」

 俺は思わず破壊神に抱きついた。胸の中の想いが溢れて、そうせずにはいられなかった。

「俺もお前が好きだ」
「――知ってたよ。魔王、お前、分かりやすいからな」
「へ?」
「ほら」

 破壊神が俺の顎を持ち上げた。俺が目を丸くしていると、首を傾げた破壊神が、俺の唇にキスをした。思わず息を詰める。俺の頬が真っ赤になったと思う。

「ベッド、行くぞ。な?」
「……ああ」

 赤面したまま、小さく俺は頷いた。
 そしてベッドへ向かう。服を脱いだ方がいいだろうかと考えていると、俺を抱きしめるようにして、破壊神が横になった。俺は腕枕をされた。

「寝ろ」
「――え?」
「疲れてんだろ? まずは、寝ろ。ゆっくり休め。俺の腕の中でな」
「……、……」
「俺はお前の寝顔を見てるだけでも幸せだ。休め、ほら」

 いつになく優しげな破壊神の声を聞いていたら、実際疲れていたため、俺はすぐに睡魔に飲まれた。



 翌朝――。
 目を覚ました俺は、ハッとした。昨夜眠ってしまったのだったと思い出すと、俺を腕枕した状態で、破壊神がまじまじと真正面で俺を見ていた。

「お、起きていたのか……」
「おう。お前の寝顔を見てた」
「……そ、そうか……」

 なんだか気恥ずかしいと思った時、不意に破壊神が体勢を変え、俺にのしかかってきた。俺は押し倒される形になった。目を見開いてから、俺はゆっくりと二度瞬きをする。すると破壊神が右の口角を持ち上げて、両目を細めた。その瞳には、獰猛な色が宿っている。

「もうじっくり休めただろ?」
「あ、ああ……」
「じゃ、デートのメイン、もらうぞ。恋人同士なんだから、いいよな?」
「っ」

 完全に俺は赤面した。恋人という言葉に、体が硬直する。恋が叶った嬉しさに胸が満ちあふれている。そんな俺に、破壊神が触れるだけのキスをした。俺がうっとりと破壊神を見ながら、薄らと唇を開けると、今度は深い口づけが降ってきた。

 そうしながら、俺は服を開けられ、裸にされた。破壊神も服を脱ぎ捨てている。
 その間も、ずっとキスをしていた。

 濃厚な口づけの後、胸の飾りを唇で挟まれ、転がされる。
 その後左手で陰茎を握りこまれ擦られると、すぐに俺の体は反応した。

「ぁ……ァ……っッ……」

 俺の口からは、ひっきりなしに甘い声が零れる。時折ギュッと目を閉じると、まなじりから涙が零れる。快楽由来の涙だ。

 それから指を二本口でしゃぶり、破壊神が俺の窄まりに挿入した。
 魔族は性別関係なしに性行為の際、後孔も用いるから、元々挿いりやすくなっている。人間と違って痛みも無い。ゆっくりと入ってきた指が、俺の中をかき混ぜるように動き、解していく。それから指が三本に増えた。

「あぁ、ア!!」

 俺は指先で前立腺を刺激された時、思わず声を上げた。すると気を良くしたように、破壊神がそこばかり刺激する。

「や、やぁ……ァ、ぁ……」

 涙混じりの嬌声が、止めようと思っても出てしまう。気持ちよくてたまらない。

「挿れるぞ」
「んン――!!」

 破壊神が俺の中に挿入した。魔族の陰茎は人間と比較すると、かなり巨大だ。俺は一気に奥深くまで貫かれ、思わず両腕を破壊神の体に回した。すると俺の腰を掴み、破壊神が腰を揺さぶり始める。優しく最奥を責め立てられると、俺の内側から快楽が広がり始める。水の波紋のように全身に広がったそれは、どんどん熱くなっていき、俺の体はびっしりと汗をかいていた。必死で息をする度に、声が零れてしまう。

「あ、あ、あ、イ、イくっ」
「いいよ、イけよ」
「んあ――!!」

 俺の言葉に、破壊神が一際強く打ち付けて、俺に絶頂を促してくれた。射精した俺の白濁とした液が、破壊神の引き締まった腹筋を濡らす。俺が肩で息をしていると、破壊神も果てたようで、俺は内側に長々と熱い飛沫が注がれているのを感じた。

 破壊神がずるりと肉茎を引き抜くと、先ほどまで繋がっていた部分から、精液が垂れていくのが分かった。俺は呼吸が落ち着いてから、潤んだ目で破壊神を見る。なんだか幸せで、俺は小さく口元を綻ばせた。破壊神は俺の隣に寝転ぶと、再び俺を腕枕した。

「これからは、魔王城の仕事、少しは変わってやるから、毎晩一緒に寝るぞ。いいな?」
「……ああ、助かる」
「お前のためじゃねぇから。俺がお前に会いたいって言う、俺の欲望のために、俺自身のためにやるだけだ」

 ニヤっと笑った破壊神のその表情が、どうしようもなく格好良く見えた。
 それから少しして、アラームが鳴ったので、俺は朝の放送のことを思い出した。

「行かないと!」
「おう、頑張れよ」
「とりあえず、シャワーを浴びる!」
「中の処理は清浄化魔術で、できるだろ?」
「それはそうだけどな、体を流したいんだ」
「ふぅん。じゃ、急げ。俺は先に帰る」
「ああ」
「また、夜な」
「……そ、そうだな」
「恋人、なんだからな?」
「あ、ああ、そ、そうだな」

 俺はまた紅くなりそうになりつつ、必死で頷いた。すると今度は優しい顔で笑い、破壊神がベッドから降りた。そして服を身につけ、帰って行った。見送ってから、俺はシャワーを浴びる。すると鏡を見て気がついたのだが、俺の全身は、キスマークだらけだった。一人というのもあって、俺は完全に赤面した。誰に隠す必要も無いから、派手に照れた。

 このようにして、俺と破壊神は恋人同士になり、俺の仕事は少しだけ楽になった。なお、学園新聞は大好評だったが、生徒会長と風紀委員長がスクープ記事に、真っ赤になりながら、抗議に来たのだったりする。

 俺は、その後も魔法学園では報道部部長の顔をし、魔王城では魔王の顔を続けたが、破壊神の前でだけは、素の俺でいることにした。そんな俺を、破壊神は愛してくれる。日に日に、恋人になったという実感がわいてきて、俺は非常に幸せだ。



    ―― 終 ――