ラブレター・フロム・僧職系男子




実家が寺だというと、必ず浮気をしなさそうだと言われる。
最近、門前の小僧よろしく、般若心経分かる? よりも多く聞かれる。
そんな俺は婚カツ中の社会人、二年目。我ながら社二病に気をつけないと、ついつい学生に、そう言う考えじゃやってけねぇよ、だとか笑いながら説教しそうになる。

ちなみに草食系ではない。どちらかといえば、俺は肉食だ。

ただ大問題がある。俺はゲイよりのバイなのだ。男好きなのだ。こんなんじゃいけないと思って婚カツをしている。ちなみにその事は、現在の恋人である、大城おおきは知らない。知ったら激怒するだろうな。

しかし最初に浮気をしたのは奴だ。
果たして婚カツパーティが浮気に含まれるのか俺は知らないが。
もう一ヶ月も会っていない。最後に会った時は、大城のマンションに行ったら、喘ぎ声が聞こえてきたので帰ってきた。以来、あらゆる連絡手段を絶った。この状態でも恋人だといえるのか俺は知らない。

「柚木ゆずきさんってモテそうですよね」
「全然ですよ。寺の人間には出会いが無くて」

愛想笑いした俺。実際には寺の仕事なんてほとんどしていない。普通の会社員だ。
目の前には綺麗な女の人。ああ、なのに、なのにだ。大城の顔がチラチラして我ながら苛ついた。結局俺は会場を後にし、携帯片手に喫煙所へと向かった。フィルターを銜えて火をつける。全く俺は、なにやってんだろうなぁ。

「やっぱりここにいたか」
「!?」

その時、唐突に響いた声に驚いて顔を上げた。そこでは、大城が引きつった笑みを浮かべていた。大変怖ろしい。ゾクッとしてしまった。俺は心霊現象否定派だが、確実に化け物より大城の方が怖いと思う。

「な、なんでここが……」
「山勢やませに聞いた」

俺は大学時代から顔見知りの同僚のことを思い出した。裏切り者め。誰にも言うなっていったのに。アイツは昨日、休憩時間に俺が本日のパーティ予約をしていたところ、PCを覗き込んできた。俺が婚カツをしていることがばれているのだ。

「ヘビースモーカーのお前なら確実にここに来ると思っていた。一体どういうつもりだ?」
「……別に」

反射的に顔を背けた。どういうつもりかって……見れば分かるだろうと逆ギレしたくなる。
しかし大城は怖いので、やめておいた。

「別れたいんならはっきりと言え。別れてやるつもりはないけどな」
「別れたいのはそっち何じゃないのか?」

ついふてくされて言ってしまった。そうしたら、大城が眉を顰めた。

「どういう意味だ?」
「浮気してるだろ」
「いつ俺がどこの誰と浮気したって言うんだ?」
「あのな、言わせてもらうけどな、お前のマンションに行ったら喘ぎ声が聞こえたんだよ。聞こえたんです! 心当たり、あるだろ? あーあーあー悪かったよ。俺も繁忙期で忙しかったし? 電話なりっぱなしだし? 最近ヤってなかったしな!」
「いっさい心当たりがない。ただしいて言うなら、最近俺の弟が彼氏を連れ込んだ形跡はあったな」
「そんな言い訳信じるか!」
「言い訳も何も事実だ」

きっぱりと言い切った大城に対して、俺は目を細めた。信じられない。だが確かに、こやつはモテるのにコレまで浮気をしたことはなかった。

「大体浮気をするとしたら、絶対にお前にバレないようにやる」
「何の自慢だよ!」
「いいかげんにしないと、怒るぞ」
「っ」
「いいか、柚木。俺がお前以外に手を出すと本気で思ってるんだとしたら、だ。今頃俺はここにはいない。もっと早く、切るか、迷惑承知で、寧ろかけてやるくらいの心境で会社に押しかけたな。とっくにその程度には俺は頭にキてる」

もう怒っているではないか……。俺は思わず俯いた。大城の顔が怖いのだ。鋭い眼光に射すくめられて、溜息がとまらない。ネクタイを緩めながら、俺は煙草を大きく吸い込んだ。
夏だが、空調のおかげで涼しい。
――本当に、浮気をしたわけじゃないのだろうか?

「まぁいい。行くぞ」
「え、どこにだ?」
「お前は約束まで忘れたのか? 今日は二ヶ月前から、空けておけと言っておいただろうが」
「そうだっけ……?」
「俺との約束を忘れるなんて良い度胸だな」

大城が目を細めて、口元だけで笑った。
……本当は、忘れていたわけじゃない。これは、あてつけである。しかし口にしてから後悔した。すごく後悔した。それほど大城の顔には迫力があったのだ。

そんなこんなで三十分後(ようするに現在)、俺は大城が運転する車の助手席にいる。
全く、なんと言うことだ。まだ俺は納得したわけではないのだが。

「しかしまぁ、怒ってくれるんだから愛されているんだな、俺は」
「大城って昔っからプラス思考だよな」
「ポジティブじゃなければ会社なんて興さない」

そうなのである。こいつは、卒業と同時に会社を興したのだ。バイオ系ベンチャーだ。

「いつになったら柚木は俺の会社に来てくれるんだ?」
「上場したら考えてやるよ」
「したぞ」
「え、嘘」
「嘘じゃない」

ニヤリと笑った大城を見て、本当なのだと分かる。どこで上場したのかは知らないが。
そうか、会社の方は軌道に乗っているのか。しかし俺は堅実な人生を歩むのだ……! 今の会社を辞めるつもりはない。いくら引き抜きをかけられようともな。

窓から見えてきたのは、海だ。カモメが飛んでいるのを見て、俺は不意に懐かしさに襲われた。俺が大城に告白したのは、学生最後の夏のことだった。オワハラに悩んでいたのだと思う。そんな時、駄目だったら俺の会社があるぞ、と優しく声をかけられて、元々男が好きだった俺は、惚れてしまったのだ。だから玉砕覚悟で、手紙を渡したのだ。そう、もうすぐたどり着く海で。流石に大城も覚えているだろうな……。しかし羞恥が募ってくるので、俺はここの海の景色を見るのはあまり好きではない。

「もうすぐつくぞ」
「やっぱり目的地って……」
「手紙を渡されたのは夜だったけどな」

やっぱり覚えていらっしゃいました。俺は両手で顔を覆った。よく俺も告白なんて出来たよな。当時の大城は、完全なる異性愛者だった。俺で初めて同性を経験したらしい。まぁ今となっては、女性よりのバイという立ち位置なのだろう。俺と近くて逆だ。

「好きです。付き合って下さい――だったな」
「あーあーあー」
「あれほど人生で驚いたことは未だに一度もない」
「煩いな」
「お前、きっぱり振られると思ってたんだろう?」
「何度もそうだって言ってるだろう!」
「だったら俺がOKした事に驚愕したんじゃないのか?」
「まぁな! それで実はお前は俺に一目惚れしてたんだろ? 人生初の男に恋!」
「その通りだ」

何度繰り返したか分からないやりとりだ。頬が熱くなってくる。何も夏の熱気のせいじゃない。車内も涼しいからな!

「今はきちんと中身も好きだぞ」

大城はさらっとこういう事を言う。いちいち俺はそれに反応してしまう。
それから車は駐車場に乗り付けた。
この海には、あまり人気がない。二人きりみたいな砂浜で、俺は大きく息を吐いた。
宿に帰ってから読んでくれと言ってあの日渡したラブレターを、真正面で読まれた記憶がよみがえる。大城は自分勝手だ。

潮騒が響いてくる。
俺が水平線を見ていると、大城が手を握ってきた。大きい骨張ったこの手が俺は好きだ。

「で? 海に来てどうしようって言うんだよ?」
「初心に返ろうと思ってな」
「は?」
「あの日、俺は確かにドキリとしたし、ときめいた」

恥ずかしくなって唇を噛む。すると大城が微笑した。
手にさらに力を込められる。

「まぁ泳げ」
「え」

そのまま腕を引っ張られて、俺は海にビシャビシャ進んでしまった。なんと言うことだ。着替えなんて当然持ってきてはいない。しかも俺は、背広は脱いだがスーツだったんだぞ!
一張羅だ。普段は白衣なんだからな。しかし抗議する間もなく、俺は太股まで海の水につかってしまった。一気に涼しくなった。

「あの日もこうやって無理に海に入れたんだよな」
「あのな」
「シャツ、透けてるぞ」
「誰のせいだ、誰の!」
「眼福だな」
「意味が分かんないからな」

ムッとしたので、俺は海水を片手で大城にかけてやった。すると喉で笑った大城に反撃された。そのまま俺達は、大人げなく水を掛け合った。いつかの学生時代だった時のように。
髪も体もびしょぬれになるまで、そう時間はかからなかった。

「帰りの車が濡れても俺は責任を取らないからな!」
「そこの上に宿があるだろう。浴衣を着て、コインランドリーを使えばいい」
「よ、用意が良いな……」
「前々からここに来るつもりだったからな。ちなみに宿には、俺の分の着替えは送ってある」
「は? な、なんだと?」
「お前が無視した俺からの連絡の中に、きちんと書いておいたけどな」
「う」

視線を逸らすと、不意に濡れた手で髪を撫でられた。何となくくすぐったいと思っていたら、今度は頬に触れられた。そのまま覗き込まれる。吸い寄せられるように見ていた俺は、気づけば唇を奪われていた。なんと言うことだ! ま、まだ俺は、信じ切ったわけではないというのにな……! しかし大城のキスは優しい。気づけば目を伏せ、自分から強く唇を重ねていた。そのまま暫くの間、口づけをした。何度も、何度もだ。

「そろそろ宿に行くか」

頷いた俺は、濡れたまま、大城のとなりを歩いた。
学生時代も泊まった宿だ。懐かしさがこみ上げてくる。庭に専用の敷地があって、花火が出来る。それに各部屋に小さな露天風呂がついているのだ。

俺達のように濡れてくる客も多いのだろう、入り口にあるコインランドリーの所に浴衣がずらっと並んでいる。俺達は洗濯機に服を入れ、着替えてからチェックインした。この辺りは緩いのだ。俺としては普通チェックインが先だろうと思うのだが。

大城と二人部屋へとはいる。すると確かに荷物が届いていた。本当に計画していたんだな……ちょっと悪いことをしてしまった気分になる。だから俯いた時、後ろから抱きしめられた。力強い腕の感触に、今度は恥ずかしさから顔が上げられなくなる。

「柚木をこうするのも久しぶりだな」
「俺、忙しいからな」
「違うだろうが。俺との連絡を取らなかったからだ。謝れよ」
「……だって」
「お前この前サークル飲みに呼ばれて、社会人になったら『だって』も『でも』も通用しないとか言ってきたらしいな。大演説だったって聞いたぞ」
「な」
「ステイ・ハングリー、ステイ・フーリッシュだったか? お前が引用した言葉は」
「な、な、なんで、なんで知ってるんだよ!?」
「山勢に聞いた」

あの馬鹿――!! 酔ってたんだよ、俺は! 恥ずかしくて穴があったら入りたい……!

「夕食は七時だな」
「だから何だよ」
「暇だな」
「休日だからな!」
「今日は持ち帰りの仕事はないのか? 無いだろうな。暇そうに婚カツだもんな」
「っ」
「というか俺に言わせれば、仕事を家に持ち帰らなきゃならないなんて無能だとしか思えないぞ。もしくはブラック」
「う、うるさい」
「後者だろ? だから俺の会社に来いとこれほど言ってるのにな」

悔しいが言い返せない。
だが大城の会社に行くのは癪だし、今からまた就活……転職活動をする気力はない。軽くトラウマだった。お祈りメールの数々が脳裏を過ぎっては消えていく。

「少し休むか」

そう言って大城が俺から腕を放した。無くなった温度が少しだけ寂しい。
これみよがしに大城は布団の上に座った。イラッとしたので、俺は押し倒してやった。

「積極的だな」
「……脱げよ」
「折角だから脱がせてくれ」

きつく目を伏せてから、俺は大城の浴衣の帯に手をかけた。衣の音が静かな室内に響く。それから俺も下着を脱いだ。今日はのっかてやろう。騎乗位だ。大城に主導権を握られてたまるか。そんな、喧嘩したけどSEXで仲直りしました、みたいな関係は俺は嫌だ。だからこれは、単純に大城の温度が恋しいだけであり、別に許したとか許していないとか、そう言う意味合いの行為ではない。

片手を大城の陰茎に添える。そうしながら、俺はいつもするとおりにもう一方の手で後ろを解そうとした。すると楽しそうに笑われた。

「俺がいないと物足りないだろう?」
「べ、別に!」

図星だった。正直な話、俺は体が疼く日々を送っていた。大城に慣れきった体は、こいつを求めてやまないのだ。二本の指を自分でバラバラに動かし、声は飲み込む。すると大城が少しだけ荒く吐息した。見れば勃ちあがっている。もういいだろう。俺は体を浮かせた。

「おい、もっと慣らした方が――」
「煩いな、黙ってろ……ああっ……ン」
「ほら、っ、キツイ」
「あ、ああっ」

大城の肩に手を置き、俺は強く瞼を閉じた。体が震える。大きく息を吐きながら、それでも体を沈めていった。大城が俺の腰に手を添えてくれる。その感触にすら、ゾクリとした。腰を撫でるようにされた時、体から力が抜けて、一気に体が大城のものを飲み込んだ。

「うあ、あ……っフ」
「熱いな。お前の中」
「そんな実況はいらな――うあああッ!!」

強く突き上げられて、俺は声を上げた。そのまま前後に腰を動かされて、ガクガクと震えてしまう。涙がこみ上げてきた。しかし、負けてはいられない。いつも俺は快楽に負けて飲まれてしまうのだが、今日は怒っているのだ。だから大城の胸に手をつき、自分でも腰を動かしてみる。

「ン……あっ……ア、う……は、な、なぁ大城……あンっ」
「何だ?」
「気持ちいいか?」
「っ、当たり前だろうが……おい、煽るな、出るかと思っただろ」

その言葉に気をよくして、俺は体の動きを早めた。片手では大城の肩を持ち、もう一方の手では乳首に触れてみる。すると大城が舌打ちして、荒い息をはいた。

「ひッ」

押し倒され視界が反転したのはその時だった。息を飲み、中で位置が変わった陰茎の形をはっきりと認識したのと、大城が俺の腰を両手で強く掴んだのはほぼ同時のことだった。

「あああああああ」

そのままガンガンと強く突かれて、俺は声をかみ殺せなかった。嬌声を思いっきりあげながら、喘いだ。息が上がっていく。汗ばんだ大城の体を身近に感じて、俺は腕を回した。

「お前こそ」
「あ、ああっ、や、ア」
「気持ちいいか?」
「う、うん――うア、あ、ンッ――うああ、ひ、あ、ああっ、も、もう出る」

グチャグチャと水音が響く中で、俺は涙で滲んだ視界の中訴えた。
すると大城が、俺の前を片手で擦ってきた。もう限界で、呆気なく俺は放った。
しかし大城の動きは止まらない。

「ま、待って、も、もう」
「お前が悪い」
「なっ……ああっ……ン――!!」
「俺は一途で浮気何かしないからな。どれだけ我慢してたと思うんだ?」
「あ、ああっ!!」
「お前こそどうなんだ?」
「や、あ、ア、大城じゃないと無理ッ、ひ」
「……だから煽るな、馬鹿、ッ、ン、出すぞ」
「うああ――!!」

そのまま中で大城が果てた。俺は情けなく大城の背に爪を立てる。
直後、大城が俺の顎を手で持ち上げて深々とキスをしてきた。行為が終わると、大城はいつも口づけをする。俺はそれが嫌いじゃないし、それがないと物足りない。

それから二人で、布団に転がった。だらだらとしながら、俺は大城の顔を見る。
こやつは溜まっていたようだ。いつもよりずっと早かった。普段はもっとねちっこいのだ。
本当に……浮気はしていないのだろう。
疑った自分を恥じるべきである気がしてきた。こういう場合は、早い対処に限るな……。

「大城、ごめんな」
「全くだ。危うく失恋するところだった」

苦笑した大城が、俺の頭を撫でてきた。俺はと言えば、ばつが悪くて視線を背けるしかできない。

「次からはすぐに言え。寧ろ何ですぐに言わなかった?」
「……浮気してるなんて、本人の口からすぐに聞く勇気がなかったんだよ」
「してないからな」
「ああ、もう、分かった。だから、悪かった。ごめんなさい!」
「それと安心しろ。俺はお前以外の男じゃ勃たないからな」
「何で分かるんだよ?」
「付き合う前に何度か乗られたんだよ。反応もしなかった」
「え」
「男と付き合ったのはお前が初めてだけどな、俺は別にお前以外の男に告白されたことがなかったわけじゃない」
「は、初めて聞いたぞ」
「だから浮気されたくなければ、もっと俺のことをしっかりと見ろ。まぁお前が仕事に没頭してようが何をしていようが、浮気なんてする気も起きないとはいえ」
「……うん」
「後。婚カツも禁止だからな」
「……ごめん」
「悪いがお前が両親にカミングアウトする勇気があるにしろ無いにしろ、家庭を持たせてやる気はないぞ」
「……俺だって、お前が誰かと結婚するのは嫌だ」
「だろうな。当然だ」

それから二人で露天風呂に入った。
体を綺麗にし、浴衣を着直してから、二人で宴会場へと向かった。
海鮮料理に舌鼓を打つ。

結局それから、俺達は、多分仲直りしたのだろう。
――ちなみに俺が、大城を両親に紹介するのは、次の夏のことだ。

この年以来、俺達は毎年、同じ海へと夏に一度は行くようになった。

そして同じ宿に泊まり、チェックイン前には必ず水遊びをする。年甲斐もなく、大人げなく、いつもグチャグチャのドロドロだ。いつも真剣に水を掛け合ってから、顔を見合わせて笑う俺達の関係は、多分一生終わらない。終わらないことを、仏様に祈ろう!

大城が、俺の渡したラブレターを終始大事に持ち歩いていると知って、燃やしてしまおうと思ったこともあったりする。大城が血相を変えて止めるから、俺はその時、ふと思いついて手紙をポストに入れた。今度はこう書いた。

――愛しています。

そんな夏が俺は、大好きである。大城の次ぎに好きなものは、夏かも知れない。
今も隣に大城がいる。そしてこれからもきっと。

また同じ海に行く途中だ。

ああ、また送ってみようかな。俺からのラブレターを。そう考えながら、俺は吹き出すように笑って煙草の火を消したのだった。