淫乱の諦めていた倖せ




 嗚呼、首が絞まる感覚がする。気分が悪い。気怠い肩が激しく自己主張をしていて、体全体が鉛のように重い。僕は、だけどこれがいつものことだと知っている。

 もう何時間ここにいるのだろう。
 瞼が落ちてきそうだ。
 だけど眠れない。僕はもう、駄目なのかも知れない。抜け出せないループ。
 きっと堕ちるのは奈落の底だ。

 僕は、ありきたりな人間だ。平々凡々な十七歳。時折スクリーニングがある他は、レポートを提出すればいい定時制高校に在籍している。

 全ての原因は、肩の重みと頭痛だった。
 それが契機で学校に行けなくなったから、転校した。
 ――他にも理由がある。

 両親の海外赴任で、一人暮らしになった僕は、多分人が恋しかったんだ。
 同時に元々の性癖を自覚した。

 僕は同性愛者だ。

 今日も今日とて、新宿でぼんやりと立っていた所を捕まえ、捕まえられて、一夜限りの相手を見つけた。

「ンあ……ふッ……」
「具合良いね。いつもあそこに立ってるのを見るけど、恋人はいないの?」

 余計なことなど聞かないで欲しかった。どうせ一夜限りの相手なのだから。
 僕は正直誰だって、もう良い。もうどうでも良かった。

 嘗ては好きな相手がいた。綾瀬あやせ だ。勿論叶わない相手だと知っていたから、いつも隣で笑っていた。カノジョが出来ただなんて言う幸せな報告を聞いた時、僕はにこやかに笑って返したけれど、無力感で消えたくなった。以来だ、肩の重みも頭痛も消えてくれない。SEXをすると、それが少しだけマシになる。

「ァ……ああっ……んア」
「ねぇ、教えてよ」
「ひッ、あ、あ、あ」

 中をゆるゆると動かされ、感じる場所から少し逸らされたもどかしさに、僕は啼いた。
 今日の相手は、黒い髪をしたサラリーマン。二十代半ばくらいだろう。高級そうなスーツをびしっと纏っていて、10万でどうかと声をかけられた。金払いが十分良いなと思う。名前は、早月さつき と言ったか。それが上の名前なのかも下の名前なのかも興味はない。ただ与えて欲しいのは、求めているのは快楽だ。

「俺、結構君のこと、気に入った」
「あ、ああっ、うッ……も、もう」
「こっちを突いて欲しいんだ?」
「うあア――……!!」

 中を刺激され僕は果てた。飛び散った白濁とした液が、僕の乱れたシャツの下、腹を汚した。いつも僕は、前の学校で着ていた黒い学生服の下と、ベルトから出した白いシャツ姿で立っている。現在は、シャツだけ羽織っている。僕は上を脱ぐのが嫌いだった。

 ――手首に傷があるからだ。多分リストカットみたいな名前をした、自殺未遂の痕がある。誰にも見られたくなかったし、見せて相手の志気をそぐのも嫌だった。

 僕の手首の烙印は、幾重にも重なっていて、その箇所だけ皮膚が硬く変色している。
 切っていたのは昔の話だ。
 何故同性を好きになるのか分からなかった頃に、与えた罰だ。

 柄がピンクのカミソリで肌を切り裂く時、脂肪を裂いて、そして溢れ出てくる血の紅を見ていると、不思議と気分が楽になっていった過去がある。

 一夜限りのその男とは、一応連絡先を交換して、ホテルを後にした。

 歌舞伎町の雑踏を歩く午前四時。
 まだ客をひく青年達の姿が見える。その中で、僕が向かった先は、一番長いセフレのもとだった。

「なんだよ、ヤりたりなかったのか?」

 煙草を銜えてエントランスの扉を開けた彼は、夏紀なつきと言う。黒い短髪は、染めた僕の少し長めの髪とは対照的だ。背の高さも、向こうは180cmを超えている。正確な身長なんて興味がないけど。ただ痩せ形だ。

 夏紀は僕に、僕が同性愛者だと自覚させた、初めての”男”だ。


 ――今でもその時のことを思い出す。

「お前、素質有るよ」

 肩を抱かれそんなことを言われた時、僕の肌はゾクリと見知らぬ感触に半ば怯えた。もう半分は紛れもない期待だった。

「脱げよ」
「……下だけで良い?」
「なんで? 乳首は嫌いか?」
「し、知らないよ……やった事なんて無い」
「じゃあ羽織ってろ。無理強いは好きじゃないんだ」

 シャツのボタンに手をかけられた時、僕は多分震えていた。僕の震える指先では、ボタンなんてはずせなかったから、静かに夏紀がはずしていくのを見守っていたのだっけ。

 それからベッドに仰向けにされて、乳頭を舐められた。
 ピクンと動いた僕の体は――……多分、未知の感覚に歓喜していた。
 骨張った指で触られるたびに、転がすように、擦るように触られるたびに、今まで意識したことがなかった胸の突起から、甘い疼きが広がっていくようだった。それから丹念に乳首を愛撫されていたら、半分ほど僕の陰茎が立ち上がった。

「次は前な」

 陰茎の筋に沿って、夏紀が指でなで上げる。それから両手を添えて、唇に含んだ。
 粘着質な水音が響いてくる。

「ん……あ……」

 思わず声を漏らしてしまい恥ずかしくなる。がちがちに緊張していた僕は、ただなされるがままに、夏紀の口腔に翻弄されていた。唇で雁首を扱かれて、舌先では鈴口を嬲られる。すぐに完全に起ち上がり、僕は頭を振った。

「も、もう良いから……っ……出る……出ちゃ――」
「そうか。じゃあもう少しお預けだな」

 僕の声にあっさりと口を離し、夏紀は吐息に笑みを乗せた。その妖艶な瞳に、僕は唾液を嚥下する。ゴクリと自分の喉が鳴った気がした。

「ひ!!」

 直後、夏紀が僕の両太股を折り曲げて持ち上げた。そして菊門に舌を這わせた。

「あ、ああっ、そんな所」
「此処を使わないでどこを使うんだよ」
「ひャ、あ、あンあ――!!」

 襞の一本一本を舐めるように丁寧に、そして時折内部へ舌を差し込まれ、僕は見知らぬ感覚に怖くなった。思ったよりも固い湿った舌を差し込まれる度、自分とは異なる温度に鼓動が騒ぎ立てる。それから夏紀は舌を離して、ベッドサイドにおいてあったローショ
ンの瓶を手に取った。たらたらとそれを二本の指先へと垂らす。

「一本目、な」
「う、ッ――、――!!」

 入ってきた異物感に、僕は目を見開いた。
 喉で酸素が凍り付いたようになり、声が上手く出てこない。夏紀は指の第一関節まで入れると、ぐるりと入り口を丸くなぞった。それから緩慢な動作で、ゆっくりとゆっくりと中へと指を進めてきた。どろどろとぬめる感触が手伝っているのか、すぐに指は入ってきた。

 ――そして。

「ああ!!」

 僕は背を撓らせて、思わず声を上げていた。

「ここが好いのか」
「ひゃ、あ、あ、あ、ああああ!! そ、そこ、嫌だ!!」

 全身に痺れるような感覚が走り、視界が白く染まった気がした。僕は無我夢中で夏紀の神を掴もうとしていたのだが、彼の指は止まらない。中の一点を規則的に強く刺激していく。ガクンと体から力が抜けそうになる。

 その時、二本目の指が、今度はするりと入ってきた。

 同時に感じるのだろう場所への刺激は止んで、今度は押し広げられるように二本の指を開かれた。それがバラバラに動き始めるまでに、そう時間はかからなかった。

「ンあ、あっ、ああっ」

 僕はもう、声を出す羞恥など忘れ去り、僅かな痛みと、確かに快楽から疼く内部に夢中になっていた。

「絡みついてくる」
「う……あ、……はっ、ああン」
「気持ちいいか?」
「わ、分からない」
「分かるだろう、自分が男にされて、よがる体だって」
「フ……ンんん――うあああああ!!」

 今度は二本の指で、最早感じると認めるしかない一点を刺激されて、僕は悶えて涙した。
 ――気持ち、良い。気持ちいいよ。気持ち良くて仕方がない。
 どろどろしたローションがもたらすぬめりが立てる音、指が抜き差しされるたびに奏でる音、それらの全てが、僕の官能を煽っていった。

「そろそろ挿れるぞ」
「あ、はァ……――ッ!!」

 言うが早いか指が引き抜かれた。その感触が少しばかり名残惜しかった。
 しかしかわりに圧倒的な質量を持つ熱が、僕の中へと入ってきた。

「――、――!! んああああああああああああああ!!」

 僕は押し広げられる感覚と、先ほどまでとは異なる痛みに叫んでいた。
 前は完全に萎えかけていたのだが、それを見計らうかのように、夏紀が僕の陰茎をなで上げた。すると体から一瞬力が抜けて、さらに奥へと楔を押し込まれる。

「此処が気持ちいいんだったな?」
「へ? あ、え……うああああン!!」

 僕は頭を振りながら泣いた。ボロボロと温水が頬を伝う。ゾクゾクと体が震え、腰が震えた。太股もひっきりなしに震えている。質量ある熱に突き上げられるたびに、今度はあきらかに内部から、悦楽が広がっていった。未だ押し広げられる感覚がするから、中身はいっぱいいっぱいで、ゆるゆると揺さぶられても、ただそれだけで感じる場所が刺激された。

「どうだ? 男同士」
「あ、ハっ、ン……」
「俺普段は、初めては断ってんだけどな。たまには悪く無ぇな」

 繋がったままそんなことを言われ、直後陰茎を撫でられながら、奥深くを突き上げられて僕は果てたのだった。

 ――夏紀との付き合いは以来だ。


「ヤりたりない」
「今夜はどんなのやったんだ?」
「ごく普通。リーマン。優しかったよ。僕のことが気に入ったって」
「へぇ」

 夏紀は、僕が誰と寝ようが興味など内容だ。
 僕も、夏紀が誰とSEXしようが興味はない。
 だからこそ、気楽な関係を築くことが出来ているのかも知れない。

「じゃ、ヤるか」

 その言葉に、気怠い肩が、少しだけ楽になるような錯覚に襲われた。


 翌朝――朝と言うにはもう遅い時間、午後四時だ。

 リビングまで出て行くと、夏紀がPCで仕事をしていた。僕にはよく分からないが、投資らしい。株、だろうか。傍らには珈琲と灰皿。僕も勝手に珈琲を淹れた。

 頭にわっかを填められたような緊張性の頭痛が酷くて、その緩慢な鈍い痛みを少しでも鎮められたらと、僕は珈琲を飲むのだ。ああ、朝の薬も飲まなくては。いいや、夜の薬の方が良いのか。僕は精神科のクリニックにかかっている。

 軽い躁と、作り笑いが出来るくらいの鬱が続く病気だ。
 躁の時は、誰でも良くなる、ただこの体を満たして欲しくなる。
 鬱の時は、誰でも良いから側にいて欲しくなる、そして罰を与えて欲しくなる。
 どちらにしろ性行為に及ぶわけだから、SEX依存症なんじゃないのかなんても思う。

「冷蔵庫にクロックムッシュが入ってるから、温めて食べろ」
「有難う」
「ミネラルウォーターもあるから、ちゃんと薬も飲めよ」
「分かってるよ」

 夏紀は僕の病気を知っている。結局僕は、珈琲で甘い薬を舌の上で溶かして飲んだ。
 まだ睡眠導入剤の苦さが残る舌の上で。
 珈琲は美味しい。
 薬の苦みも甘みも嫌いじゃない。

 だけど何よりも美味しいのは睡眠薬だった。あの体の力を少しばかりは奪ってくれる薬を飲むと、頭痛が少しだけ和らぐ気がするのだ。眠気は相変わらず来ないけど。

 それから電子レンジで温めて、僕はパンを食べた。僕が来た時には既に夏紀は、起床していたのだろうから、これは朝食の残りだと思う。夏紀は昼食は食べない。夜は酒をたしなんでいる。

 ――さて、そろそろ僕も出る時間だ。

「行くのか?」
「うん」
「今日は満足させてもらえる相手だと良いな」
「夏紀は行かないの?」
「ちょっと立て込んでるから、明後日辺りには誰か誘う」

 そんなやりとりをしてから、僕は夏紀のマンションを後にした。



 その日の相手は、茶色い革の四角いバッグを持った青年だった。

 春岡と名乗った。三十代前半と言った所か。人の良さそうな顔をしていたから、今日もツマラナイSEXなのだろうと思った。

 ――しかし連れて行かれた高級ホテルの一室には、本格的なSM道具がそろっていた。

「安心して、初心者には酷くはしないから」
「っ」
「シャツを脱がせないって約束も守るし――まずはこの首輪をつけてもらおうか」

 僕は黒い革製の首輪を手渡されて、しばし瞬いた。それから頬を持ち上げて静かに笑った。本当に酷いことをされないのであれば――あるいはされたとしても、シャツさえ着ていられるなら、何でも良かった。

「ん、ふ……ウ……ッ」

 口元を拘束され、耳栓をされ、今僕はひたすら蝋燭の火を鎖骨の下辺りに落とされている。巧妙な蝋の垂れ具合、熱。唇を噛んでその刺激に絶えた。太股はM字に固定されていて、僕の菊門が震える様も、肉茎が起ちあがっていく様も、全てが丸見えだ。

 僕は涙で滲んだ瞳で、視姦ばかりしている春岡を見た。彼は唇で弧を描いている。
 すると耳栓を外された。

「そろそろ感覚が鋭敏になってきたんじゃない?」
「はっ……ううッ」

 頭上で拘束された手首を揺らすと、鎖の音がした。シャツ一枚は織った姿の僕は、未だ垂れ続けている蝋燭にたえるしかない。

「君はね、もう人間じゃないんだよ。僕に飼われるんだ」

 そう言うと春岡は、鞭を持って歩み寄ってきた。
 そして口布を外される。

「うああああ――……ひッ、あ!!」

 鞭が僕の肩から腹部までを打った。痛みしかないはずだった。なのに蝋燭なんかでまで感じてしまった僕の体は、そこに走った熱にも確かに気持ちの良さを覚えていた。

「あああン――ひァああ――!!」

 バシンバシンと音がする。空気を斬るひゅんひゅんとした音もする。
 僕の貧弱な体には、幾重もの赤い線が走っていった。
 それだけで僕のモノは、勃ちあがっていく。我ながら淫乱な体になったと思う。痛みは僕の中で快楽と等しい。無論、心じゃない。体の痛みだ。心なんて何にも感じなくなって久しい。ただ明るい気分か、無気力か、それだけだ。

「触って欲しいかな?」

 鞭の紐で陰茎の側部をなで上げられて、先走りの液が漏れた。
 何度も何度も往復されて、その液は側部を塗らしていく。

「も、もう、挿れて……ひッ」

 僕の言葉に、再び鞭が跳んできた。

「言葉がなってない。『ご主人様、挿れて下さい』だよ? それに僕は、触って欲しいのかと聞いたんだ」
「あ、うあ、あ……さ、触って、くださ……うッ……ご主人様」
「まぁ初心者ならこんなモノかな」

 溜息をついた春岡は、僕に歩み寄ってくるとしゃがんだ。
 そして左足の拘束だけをほどくと、太股を持ち上げた。

「初めてのご褒美だよ」
「うああああああああ」

 慣らされるでもなく、勢いよく春岡の肉茎が入ってきた。
 僕の体も慣れたモノだったから切れたりはしなかったけれど、まだ狭かったから、ありありとその肉感を感じて、息が詰まった。

「君の淫肉は、一体何人を咥えこんできたのかな?」
「あ、ハッ、き、きつ……ンぅ」
「答えて」

 僕の返答が気にくわなかったのか、太股に噛みつかれた。そこに走ったズキリとした痛みに、僕は目を見開く。コレだ、嗚呼、コレだ、僕が求めていた痛みは。鞭なんかじゃ全然足りなかった――罰だ。

 一気に全身が熱くなった気がして、僕は身悶えた。

「淫乱すぎて言えない?」
「あ、は、覚えてな……――んアあ――!!」
「飼い甲斐があるな。僕は駄犬を躾るのが好きなんだ」

 それから耳朶を噛まれ、僕は首を振った。

 その時、春岡の動きが強くなった。内部を遠慮無く熱の暴力で暴かれて、僕は荒い吐息をつく。体ごと揺すぶられる感覚だった。内部全体が性感帯になってしまったようで、どこを刺激されても、先ほどのじれったさに比べれば感じてしまう。

 そのまま僕は、後ろだけで果てた。

 ――その日春岡とは、月に一回のSM契約を結んだ。



 久しぶりに悪くなかった。
 そう思った帰り際、不意に頭痛の存在を痛感させられた。
 紐が、赤い紐が、僕の額から後頭部までを締め上げている感覚だ。

 嗚呼、薬を飲まなくては。空にはまだ星屑が煌めいている。
 さっき薬を飲んだのはいつだっけ?

 鈍い頭痛はいつだって僕を解放してはくれないのだ。

 僕は久しぶりに自分のマンションに帰った。
 だが――嗚呼、眠れない。不眠は年中だ。あるいは珈琲の飲み過ぎかも知れない。
 額に指を添えて、頬杖をついた。

 半分ほど開いた遮光カーテンの向こうからは、満月が見える。妙に大きな青白い月だった。

 ――嗚呼、自分は何をやっているのだろう。
 自分の存在は迷惑なのではないか。全世界の人類に謝って消失したい。
 ある時死にたいと言ったら、死ぬほど辛かったんですねと言われた。

 そんな言葉など求めていなかったのに、その一夜の相手は僕の髪を撫でた。
 名前なんてもう忘れてしまったけど。

 僕は寝室に乱雑に散らばった玩具を眺めた。

 最近のお気に入りは、エネマグラだ。手に取り、じっと眺めてみる。
 それを中に入れて、電マを陰茎に当てると、気が狂いそうになる。
 それが心地良い。手首を切るのを止めた僕の、唯一の娯楽だ。赤い血は見えないけど。

「ン……ううう」

 直接的に前立腺を押し上げられて、僕は立っていられなくなって、フローリングの床に膝を突いた。それから必死でマッサージ器をたぐり寄せる。電源は弱だ。

「ひぁあああ、あ、ああああ、あ、あああ、気持ちいいよぉ!!」

 一人で泣き狂い、よがり狂いながら、僕はガクガクと震える全身に歓喜した。
 形がはっきりと分かるエネマグラ。
 何も考えさせられなくしてくれる電マ。
 どちらも、夏紀に教わった代物だった。

「あ、あ、あっ!! ひぅあ!! やだやだやだ、また出る!!」

 いつも煩いほどに好き勝手に啼いているだけだけれど、此処では、一人だけの時は、心から涙できるのだ。これは、罰だから。同性に恋をした僕への罰だ。

「い、イくッ、うあああ、あああン――!!」

 すぐに三回果てた所で、僕は電マのスイッチを切った。
 しかし中で押し上げてくるエネマグラの感触は止まらない。寧ろありありと実感できた。
 もう誰かにむちゃくちゃに貫いて欲しくなって、嗚呼、訳が分からなくなっていく。
 そうしたら、もしかしたら、安眠できるかも知れない。
 意識を喪失できるかも知れない。

 だけど今日はもう、体が疲れてしまった。三日も寝ていないからなのかも知れない。

 誰かに抱きしめて欲しかった。今だけは、性交渉なんか持たずに、腕枕をして貰って、穏やかに。だけど僕にはそんな価値はない。体だけが取り柄だ。

 嗚呼、嗚呼、規定量以上の睡眠薬を飲んだのに、全く眠れない。
 永遠に深い眠りに落ちて、目覚めなく立っていっこうに構わないのに。


 ――結局その日も、僕は眠れなかった。




 次の日は、スクリーニングだった。

 みっちり数時間、勉強ずくしだ。僕は、眠い頭で、休息時間にぼんやりと体育館の奥にある倉庫にいた。此処にはマットがあるから、仮眠くらいなら取れるかも知れないと思ったのだ。

「柚木?」

 するとそこへ声がかかった。見れば二十代後半の体育教師、須藤の姿があった。
 最悪なことに、僕はそこでも自分の陰茎を弄っていた。

「なにをしているんだ……」
「……」

 教師に見られた。これはまずい。どうしようかと考えていたら、須
 藤がスッと笑った。

「若い証拠だな」
「ははは」

 空笑いを返すしかなかった。もうすぐ果てそうだったのにと言う恨みがちょっとだけわいた。しかし歩み寄ってきた須藤を見て、僕は首を傾げた。

「手伝ってやろうか?」
「え? ――ッ」

 その時寝技を決められて、黒い帯で、手首を拘束された。
 素早いその動作に、僕は身動きが取れなかった。

 ――そして。

「ひ……ああっ……」

 背後から抱えるようにされて、乳首を両手で捏ねられている。
 夏紀に嫌というほど開発されていたから、それだけで僕の中心は熱くなった。

 後ろからは巨大な陰茎に貫かれていて、奥深くまでを暴かれている。
 巨大な亀頭が時折脈打つ感覚までが、リアルに伝わってきた。

「一目見た時から、お前、絶対こういうたちだと思ってたんだ」
「ふぁ……先生っ……も、もう」

 触られてもいないのに僕の前からは、ダラダラと先走りの液が零れている。
 奥深くの感じる場所を激しく突き上げられて、僕は啼いた。

「あ、あ、あハ……ひッ」
「可愛いな」
「イ、イきたっ……」
「乳首だけでイけるだろう? こんなに柚木が淫乱だとは思わなかった」
「あ、あう、あ、ああ……ッ、や、やぁ」

 しかし限界なのは本当だった。だけど乳首への刺激だけで達したことなど無い。
 もどかしい、もどかしいよ。
 だけどツキンツキンと疼く乳首のこと意外に何も考えられなくなっていく。

「ン――!!」

 そのまま結局僕は、乳首だけで果てた。僕の出したモノを手で受け止めた須藤は、その指先を艶めかしく舐める。それを見た瞬間、僕には唐突に眠気が来た。瞼を伏せれば、そのまま眠ってしまったのだった。



「……!?」

 突然の衝撃に呆然として瞼を開ける。
 するとまだ、須藤の陰茎が、僕を貫いていた。

「起きたのか」
「せ、先生抜いて」
「まだ俺は満足してない」
「うン、あああああああ!!」

 途端に激しく体を揺さぶられ、僕は嬌声をあげた。弛緩しきっていた体には、その衝撃は強すぎた。だけど。どうしようもなく気持ちが良かった。

「あ、あ、気持ちいいよぉ」
「本当にこういうのが好きなんだな」

 そして本日二度目の絶頂を僕は迎えたのだった。



 帰り道。
 僕は電車に乗りながら、一人ぼんやりと考えていた。どうして僕の体はこんなにも快楽に弱くなってしまったのだろう。壁に手を預けて、横の窓を見ていた。満員電車は混んでいて、動く隙間がない。

 だけど久しぶりに眠ったからなのか、いつもの気怠さが少し和らいでいて、立っているのが苦痛ではなかった。


 ――その時だった。

「っ」

 誰かに、ボトムスの上から陰茎を撫でられた。ビクリとすると、背後で忍び笑いが聞こえた。視線だけで振り返ると、そこにはクラスメイトの塔賀が立っていた。

「体育倉庫の見てた。お前ああいうの好きなのな」

 そういうと塔賀は、携帯電話で撮った動画を音声無しで、俺に見せてきた。
 そこには悶える僕が映っていた。

「俺にもヤらせてくれよ」
「ッ」

 息を飲み言葉に詰まった僕だったが、そしてまだ眠気は消えていなかったが、気づけばテンションを高く返していた。もう何人とやろうが関係ない。だったら楽しまなければ、そんな思考だった。

「……――いいよ」

 ポツリと答えた時、塔賀の右手がボトムスの中に入ってきた。満員だから密着していて、誰もこの光景には気づいていない。下着の上から陰茎を撫でられると、僕はピクンと震えた。

「可愛いな」
「リップサービス的なモノはいらないよ……っ……はッ」
「じゃあ好きにさせて貰うわ」

 今度は塔賀の手が、下着の中へと入り込んできた。
 直接陰茎を触られる感覚に、一気に悦楽が這い上がる。
 しばし撫でられ、もどかしくなってきた時、塔賀が僕の肉茎にゴムをはめた。

「痴漢されるってどんな気分なんだ?」
「っ……バレたく……ない……ひッぁ」

 声を抑えることに必死で、僕は思わず片手で唇を覆った。その時、カチリと音がして、僕の陰茎の根本に輪がはめられた。

「!」
「次は後ろな」

 塔賀は僕の耳元だけに聞こえるほどの小さな声で囁くと、ローターを押し入れてきた。
 全然感じる場所には届かなかったけれど、その振動だけで、体が震えそうになったから、きつく瞼を閉じる。それから塔賀の手は再び前へと戻った。それも下着の上だ。ゆっくりと、ゆっくりと、なで上げられ、揉みしだかれる。

「っ……塔賀ァ」
「次の駅まで十分弱だな」
「あ……ぅ……ひぁン」

 必死で僕は声を噛み殺しながら、内部の振動と、塔賀の手に耐えた。けれどすぐに僕のそれは勃起して、ギチギチと根本のリングにはまった。嗚呼、出したい。もうそれしか考えられなくなる。

「何人かお前のこと見てる」
「!」
「顔真っ赤。涙ぐんでるしな、単純に具合悪そうだとは、誰も思ってないだろうな」
「!!」

 その時ローターの震度を上げられた。背を撓らせた僕は、壁に両手をつく。その腰を支えるようにして、塔賀が僕の後ろに、がちがちに反応している陰茎を押しつけてきた。

「次の駅、降りるか?」
「フっ……う、うん……」

 それから僕は十分ほど我慢してから塔賀に手を引かれ、男子トイレへと向かった。

「あ、あああああ!!」

 一気にローターが引き抜かれた。しかし根本のリングは外してもらえない。その状態でフェラをされた。グチュグチュと淫靡な音が谺する。

「は、あ、塔賀、僕、もう……――うあああん、イきたっ、お願い出させてッ」
「じゃあ後ろの穴、ローターでほぐれてるだろうけど、自分の指でほぐして見せろよ」
「っ」

 僕はもう無我夢中で、指を二本唇に含むと、自分の後孔に差し込んだ。
 感じる場所を何度も何度も自分で刺激してしまう。

「あ、あああっ、気持ちいいよッ」
「本当、須藤も言ってたけど、淫乱なんだな」
「もうイかせて……挿れて……」
「おう」

 それから長い塔賀の陰茎が入ってきた。立ちバックの姿勢で、僕は必死で壁に手を添えた。塔賀のそそり立った先端の曲がり具合が、僕の感じる場所にピンポイントで当たる。こんなに気持ちが良いのは、久方ぶりだった。


「あ、ああっ、うあ、あ、ヤダ」
「嫌なのか?」
「気持ち良すぎて、も、もう、限界ッ」

 僕が泣き叫ぶと、苦笑した気配を醸し出しながら、塔賀が前のリングを取ってくれた。
 それとほぼ同時に、僕はつけっぱなしだったゴムの中に射精した。


 そんなこんなで帰宅した僕は、本当に何をやっているんだろうと思ってしまった。
 気持ちいいは正義だ。
 それで良いのかも知れない。それだけが、僕に今となっては生を実感させてくれるのだから。

 それでもたまに、初恋をした綾瀬の事を思い出す。
 今頃何をしているんだろう。彼女と幸せに暮らしているのだろうか。

 最後に聞いた時は同棲すると言っていた。
 だなんて考えていた時、珍しくマンションのインターホンが鳴った。

「はい」
『俺だ』

 映っているのも声も、夏紀のモノだった。
 すぐに鍵を開けると、そこには相変わらず気怠そうな顔をした夏紀が立っていた。

「どうかしたの?」
「なんだか無性にお前のことが気になってな」
「僕、何かしたっけ?」
「シてんだろ、毎日」
「夏紀だってそんなようなものじゃん」
「ああ、まぁな。けどな、勃たなくなった」
「え」

 とりあえず立ち話は何だからと、リビングまで夏紀を通した。
 珈琲を二つ淹れて、テーブルに置く。
 対面したソファに座ろうと思っていたのだが、その時夏紀に腕を引かれた。

 ――抱きしめられている?

 自体が上手く把握できなくて、僕は目を瞠った。

「お前のことが頭を過ぎって、勃たねぇんだよ」
「?」
「そろそろセフレ止めないか?」
「え、それは……」

 夏紀に会えなくなるのは寂しい。そんなのは嫌だった。夏紀は僕の中で特別だからだ。
 多分それは、初めて体を重ねた相手だからじゃない。
 夏紀の側に行くと、いつでもその温もりに癒されるからだ。これは依存なのかも知れないが、下手な精神安定剤よりも効く気がした。

「もうお前、他のセフレも全部切れよ」
「どうして?」

 それじゃきっと僕の体はもう持たない。誰かと肌を重ねていなければ、きっと呼吸が出来ない。

「俺が側にいてやるから」
「!」
「いつだって望むなら、俺が抱いてやるから」
「夏紀……」
「これって一応愛の告白。好きだわ、俺、お前のこと」

 その言葉に胸がドクンとなった。心臓が耳に接着したかのようになる。

「だけど僕は、手首とか、薬とか、色々ないと駄目な人間だし」
「全部知ってる。そんなのお前が思うほど、誰も気にしてない。少なくとも俺はな」
「本当に……?」
「お前に嘘ついてどうするんだよ」

 腕の力がこもった。僕は抱きしめられて、思わず赤面した。本当……なのだろうか?
 本気、なのだろうか?

「――僕、淫乱だよ」
「知ってる。いくらでも満足させてやるよ」
「夏紀……あの、その」
「返事は急いでる。断られたら、飲みに行って誰か捕まえる」
「僕、多分夏紀のこと好きだけど……こういうの、初めてでどうして良いのか分からない」
「今まで通りで良い。抱きしめたりスキンシップは増えるかもしれないけどな」

 喉で笑いながら夏紀が言った。僕は緊張して真っ赤になりながら、小さく頷いた。

「うん……分かった」
「切れよ」
「うん」
「俺のこと、愛してるか?」

 そう言われて、僕は動揺した。その時唇に温かな感触が降ってきた。
 酸素を求めて口を開けると、そこから舌が入ってくる。ぴちゃぴちゃと音がして、角度を変えて何度も貪られた。歯列の裏側をなぞられるたびに、快楽が這い上がってくる。それから舌を絡め取られ、強く吸われた。


 そんなこんなで。

 僕は体が熱くなった日も、寂しい夜も、明るい気分の夜も、無気力な日々も、全部全部受け入れてもらって――夏紀と過ごすことにした。

 それは多分、とうに諦めていた幸せだった。