雪祀のクズ





僕は今日もへらりと笑う。
みんなは世界の滅亡を恐れて逃げ惑う。
だけど。

「あは、あーね。世界ね。世界とかどうでも良くない?」

僕がそう言って空を見上げると、隣でユーリが目を細めた。
彼のことも僕はどうでもよかった。
僕にとって興味があるものは、金だけだ。

今この世界には、《雪緋病》という病が蔓延している。
18歳以下の少年少女だけがかかる病なんだって。
だから僕らのような未成年は、"保護"され、保護教育管理施設ガッコウに入学させられる。親の顔を知っている者は少ない。何故ならば、とにかく罹患する前にガッコウに入れられるからだ。病の広がりは女性の方が広い。女の子がかかりやすいのだ。だからガッコウの生徒も男子が多い。

僕はそんな世界で、珍しい転校生だ。

大抵の少年少女は18歳になった後、経過観察で20歳になるまで保護されてから、社会へと参画させられる。ーー一度閉じ込められたら、そこにずっといることになるのだ。名目は人類がいなくなり、世界が滅亡してしまわないため。
ここへは転校してきて三週間になる。そして最初に僕にお金を積んだのがユーリだ。以来昼休みは大抵、ビッチな僕はユーリにつっこまれている。あんあんよがって見せるのだ。実際に気持ち良くないわけではないけれど。

罹患者は、影でこう呼ばれている。
『魔族』と。
彼らは、白い髪に緋色の瞳となり、人間を食べる存在になるのだ。
学校のうち一握りのエリート校では、魔族に対抗するために《魔術師》を育成している。魔術師だけは特例的に、未成年でもガッコウの外へと出ることができる場合がある。例えば魔族討伐の時だ。魔族は周囲に特殊な磁場を巡らせるのだが、場合によっては未成年しか近づくことができない磁場があるのだ。
ユーリもその一人だ。

このガッコウーー私立雪祀学園高等部の最優秀生徒なんだって。

もう本音では誰も、魔族を"人間"だなんて思っていない。
多分、僕以外。
だから病気を治す研究なんて全然されていない。どうやって"駆除"するかだけが研究されている。だけど僕は違う。病気にかかってしまった弟を絶対に助けようと思っている。そのために研究費がいるのだ。

「世界平和が再び戻ることは、俺が生きる存在証明だ。俺はかつて存在したという自由なニホンが見たい」

ユーリが、ゴムの封を開けながらいう。
銀色の薄っぺらい箱だ。

「へぇ」
「……こんなところで遊んでいないで鍛錬に行けと思っているか?」
「別に。被害妄想じゃないかな」

誰もいない保健室。誰も来ない保健室。

「ん」
「きついな」

それはそうだ。あんまりならされていないのだから。
僕はユーリに対して思う。人殺しだと。しかし人々は言う。ユーリは英雄だと。
そして僕らの関係は金で割り切られている。

「あ、ああ」
「お前の中にいると、俺は生きている気がするんだ。不思議だな」
「やっ、んァ」

馬鹿げていると言おうとしたが嬌声でかき消えた。

「戦うたびに感情が磨耗して行く気がするんだ」

突き上げられて中にはっきりとユーリの形を実感した。
腰を揺すぶられるたびに、じわりじわりともどかしさが広がり始める。だけどそんなことを僕は言わない。問題はユーリが出すかどうかであり、僕の快楽じゃないし、ユーリがいかに気持ちよかったかで報酬は上乗せされる。
すでに魔術師としての名声を得ているユーリには、支援者が多い。支援者が多い魔術師の年俸は、国を一つ買えるほどだ。

「う、ぁ、あ」
「俺にとってお前はなんなんだろうな」

そんなことは知らない。ただそのまま激しく抽送されて、僕は息苦しさからユーリの肩に手を置いた。

結局僕が出すことはない。
それから時間差を開けて、教室へと戻った。遅れて戻った僕は先ほどまでの無表情ではなく、優しい笑顔を浮かべて、クラスメイトに囲まれているユーリを一瞥する。僕は机にゆりの花が入った花瓶が置かれた席に座る。イジメだ。
閉鎖空間ではいじめが起こりやすい、というわけじゃない。
僕は1000万円でいじめられっ子の役を買ったのだ。全員に無視されている。
机の表面は彫刻刀での落書きでボロボロだ。
教科書類のデータが入ったタブレットは水びだし。

それから放課後になるまで、僕は窓の外に降りしきる綿雪を眺めていた。
放課後、エリートの皆様は世界を救いに行った。
僕はあてがわれた寮へと帰る。
傘はささない。
正面から雪が吹き付けてくる。路面は踏み固められて凸凹としていた。

部屋へと戻って、僕は巨大なモニターを起動した。
そこには違法だがユーリがつけてくれているカメラの映像が流れる。魔族を殺す映像だ。ユーリはカメラをつける代わりに、僕に他の人間とsexするなと言った。
汚いのは嫌なのだそうだ。
汚れ切っている僕をだきながらそう言った彼に僕は笑ってカメラを要求したものである。この学園は二人一部屋だ。ユーリクラスになると一人部屋だが。だから転校生なんていう珍しい生き物の僕には、空きがそこしかないという理由で、ユーリと同室になった。2LDKだ。
一緒になった初日にユーリを誘ったのは僕だ。

ユーリが帰ってきたのは、深夜の二時ごろだった。
僕はずっとモニターを見ながら作業をしていたので、当然起きていた。
一度だけ外出したけれど。
ギシリと部屋の扉が空いたから視線を向けると、乱暴に入ってきたユーリに正面から強く抱きしめられて、強引にキスをされた。

「っ、ちょ」
「死ぬかと思ったんだ」
「ん、あ」
「怖かったのかもしれない。分からないんだ」

そのまま性急にボトムスの中に手を入れて扱きあげられ、僕は声を上げた。

「前払いだよ」
「……バカが」

僕の言葉に、近くの机の上に、ユーリが乱暴に三万円おいた。
そしてすぐそばにベッドがあるのに、その場で床に僕を押し倒して、服を剥いた。

「うっ、んあ、あ、ああっ」

無理やりそのまま突き立てられて、思わず僕は手を握りしめた。
痛みと熱の暴力に、生理的な涙がこみ上げてくる。
そのうちに僕の体も熱くなり始める。

「ひっ」
「出すぞ」
「うあああ」

そのまま内部に熱いものを感じてから、僕はぐったりと床に体を預けた。

「もう俺はお前がいないとダメかもしれない」
「ユーリは大丈夫だよ」

僕はそう言ったが、声はかすれてしまった。
しかし、本当に大丈夫なのだ。僕にとって彼に利用価値があるうちは。
僕が彼を殺させない。別にそれは、好意なんかじゃない。ただの金の問題だ。僕にはニホンの人脈はないし、支援者と談笑し合うような時間もないのだ。

僕はひたすら様々な国で、病気を治すために魔族の研究をしてきた。
だけど僕にとっては弟以外はどうでも良いので、皆殺してきた。
多分も何も絶対的に僕はユーリよりも強い。

「ーー今日も《蒼衣の魔術師》に助けられた」

それは僕だ。ユーリが死にそうになったから、魔族を殲滅しに出たのだ。

「そんなことはどうでもいいんじゃないかな」
「ああ、そうだな。ベッドに座れよ」

ユーリの目は鋭い。まだ戦闘の興奮が冷めないのだろうか?
ただどうでもよかったので素直に座ると、ユーリが床に膝をついた。

「え」

そして僕のものを咥えた。

「う、んぁ」

思わず声をあげてしまい、両手で唇を覆う。
筋に沿って舐め上げられて、それから雁首を唇で刺激され、僕は肩が震えるのを止められなかった。僕自身の快楽を煽られたのなんて初めてかもしれない。どんどん余裕がなくなって行く。嫌だ。

「やだ、いやだ、あ、ああ、やめ、っ」

しかしユーリの舌は止まらない。彼は片手でローションの瓶を手繰り寄せると、それを器用に指にまぶして、僕の後孔へと入れた。そしていつもとは異なりひどくゆっくりと指を進めてきた。まだほぐれていたそこは、二本の指をすぐに飲み込む。その指先で、僕は感じる一点を不意に刺激されて、目を見開いた。

「あ」

思わず声が出た。全身を快楽が走っていく。こんなことは初めてだった。
甘く前立腺を刺激され、すぐに僕は出してしまいそうになった。そこで口が離れた。

「はっんぁ、あ、あああ」
「ここが好きか?」
「や、ちがっ」
「嘘だな」
「ああああああああ!」

何度もその場所ばかり指でなぶられ、僕の陰茎は限界まで反り返った。

「やだ、あ、やだ、も、もう……」

気づくとつぶやいていた。イかせてほしいという欲求がはっきりと僕の中に生まれた。僕は快楽にはどうしても慣れられない。だから怖くなってくる。痛い方がずっと良かった。今日のユーリは変だ。

「終わりだ」
「っ」
「金が不要なら続けてやるぞ」
「……別にいいよ。お金がないんなら」

僕がそう言って冷静さをいくばくか取り戻して顔を背けた時だった。
今度は寝台に縫い付けられた。

「お前は本当にバカだな」
「うあああああ」

中へと腰を進められ、その衝撃で僕は果てた。気持ち良かった。

「や、あ、ああ」

そのまま、何度も何度も感じる場所を暴かれていつしか僕は理性を飛ばしてしまったのだった。
目を覚ますと、丁度ユーリがシャワーから出てきたところだった。
僕は何と無くバツが悪くて、寝たふりをした。
すると頬に柔らかな感触がしたけれど、その意味がわからなかったのでそのまま眠った。そして弟の夢を見た。

弟と僕は、元々魔術師育成の研究材料として、ガッコウ外で育てられたのだ。
いつも僕の後をついてきて、幼い弟は笑っていた。
両親はそんな僕らを温かい眼差しで眺めていた。しかし発病した弟は、研究所ごと施設を破壊した。泣きながら。そう泣いていた。こんなことはしたくないと。だが磁場が強制的に全てを破壊した。僕だけが生き残った。その時に、絶対に助けるからと僕は約束した。以来僕は、様々な研究施設へと旅をし、いつしか最強の魔術師なんてうたわれるようになったのである。いつも蒼い外套をきている。フードを目深に被り、口に白いマスクをして魔族を屠る。弟以外を。

目を覚ますともうガッコウが始まっている時間で、優等生のユーリはいなかった。

僕もとりあえず学校へと行く。
そしてなんとはなしに屋上へと向かった。雪が積もっていたから踏んで足跡をつけてみる。それが思いの外面白くて遊んでいると、後頭部に雪がいきなり当たった。何事かと振り返ると、ユーリがやはり無表情で立っていたのだがーーそれからにやりと笑って雪玉を作り始めた。そしてそれを僕に投げてくる。

「一玉五百円。当たれば、一回につき500万」

ユーリのその言葉に、僕は必死で雪玉を作ることになった。
当てるのはーー以外と難しかった。それでも僕は二千万円は稼いだ。どんな雪合戦だ。謎だった。
息切れがしてきた頃それは終わり、ユーリが歩み寄ってきた。
そして僕の手を取ると、ぎゅっと握った。

「冷たいな」

当然だろうと思っていると、その手を取られて口付けられた。突然のことに驚いた時、その手を引き寄せられる。そのままユーリの胸の中に僕は倒れこんだ。

「ここは寒いから3000万くらいもらうよ」
「そういうんじゃない。ただ抱きしめたかったんだ」
「抱きしめ料はいくらにしようかな」
「お前の身元を調査したぞ。偽装だな」
「それが?」

いつかはそうなるものだ。ああ、また転校先を探さなければ。

「今日の放課後、お前の弟を殺すぞ」
「っ」
「討伐対象のプロフィールを見た」

僕の弟は強いから、ユーリが手を下すというのは予想外だった。
嫌な汗が浮かんでくる。冷や汗が背筋を伝った。
まだ、まだだめだ。時間がない。無くなってしまった。研究成果が出ていない。予想ではあと一年は、弟は無事だと思っていたのに。だから昨年からこの国に戻ってきたのだ。僕が何も言えないでいると、ユーリが僕の肩に手を置いた。
それからじっと僕を見た。
そして何も言わずに帰って行った。

僕はその日は教室に戻らず、部屋にも帰らないことにした。

ユーリたちが向かう先に、先回りした。
そして街路樹のかげに身を潜め、ぼんやりと現れた弟と、魔術師の武器である杖を突きつけているユーリを見た。見ているだけでわかる。弟の方が強い。良かった、良かったのだ。そう思うのに、ユーリの腕が磁場で切り裂かれた瞬間、心臓が凍りついた。僕は、気づくと躍り出ていた。
僕は、弟を救う。救うんだ。それだけのために生きてきた。そうだろ? 僕は、僕はーーなのに、ユーリをかばって、魔術を使っている。矛盾している。どうして、どうしてなんだろう。

そうして僕は、弟を殺した。

気づくと周囲には何も無くなっていた。それからどうやって僕は、移動したのかも覚えていない。気づくと一人で、部屋にいた。
ただ、立ち尽くしていた。


「……帰っていたのか」
「……」
「帰ってこないかと思っていた」

ユーリは僕に声を掛けると、ため息をついた。
それからゆっくりと歩み寄ってくる。

「お前は世界を救ったんだ」
「……違うよ」
「違わない」
「僕の"世界すべて"は、もう終わっちゃったんだ」

気づくと僕は笑っていた。ああ、ああ、もう、どうでもいい。そのはずなのに。
気づくとユーリの腕の服をぎゅっとつかんでいた。
気づくと抱きしめられていた。
気づくと、涙を拭われた。笑っているのに、だ。
それ以上は、もう気づけなかった。

「ああ、ああ、死んじゃった」
「俺がいる」
「ユーリは僕の家族じゃない、僕の弟はもういないんだ、僕が、僕が」
「家族になるから」
「ダメだよ僕はもう」

本当に僕はただのクズだ。一時の感情で弟を殺してしまった。
多分、だけど。
それは恋みたいな名前をしたくだらない感情をユーリに対して抱いていたからだ。
僕を金で買って遊んでいて教室では無視するこの最低な、そしてどこにでもいる僕以上のクズなのに。なのに僕の涙でユーリの服は濡れて行く。

「魔族からお前を守れるほど俺は強くない」
「知ってるよ」
「だけどそれ以外の全てからはお前を守る」
「無理だよ。じゃあ絶望から僕を守れるの?」
「いくらでも悲しみを拭ってやるから」

そう言って改めて力強く抱きしめられた時、僕はその温もりに今度は泣いた。
そしてすがりついた。

「う、ぁ、ああっ、やぁ」
「愛してるから」
「うん、あ、ああ」
「お前の愛は金で買えるか?」
「ひ、ぅあ、ひゃ、ああああ」

その日は貫かれて、僕はただ快楽に喘いで泣いた。思う存分泣きつくした。何も考えたくなかった。お金なんかもうどうでもよかった。ドロドロに溶けてしまいそうな感覚がした。もう何も考えられなかった。

翌日も雪だった。
目を覚ましたのは、ユーリに起こされたからだった。体が重い。
起こされたのは初めてだった。

「行くぞ」
「どこに?」
「学校に決まってるだろう」

そう言ってユーリは僕を無理やり着替えさせると、連れ出した。
綿雪が降る中、手を繋がれる。

「これなら冷えないだろう」
「……別に」

冷えたって構わない。それよりもだ。

「どうしてガッコウに僕が行かなきゃならないのかな」
「目を離すとどこに行かれるかわからないからな。次の転校先には断りを入れておいたぞ」

世の中金だなと改めて思う。だが、だからと言って何かを告げる気力がわかない。
その日は、いや、それからは、ずっとユーリが僕のそばに四六時中いるようになった。ユーリと一緒にいない時間がなくなった。教室でさえもだ。ドロドロに僕は甘やかされている。クラスメイトの視線が痛い。

「もう平気だよ。どこにもいかないし」

僕は何度もユーリにそう告げている。だけどユーリは言う。

「家族は一緒にいるものなんじゃないのか?」

そして僕は返す言葉が見つからない。そのうちに僕は、自然と素のままで魔術を使う頻度が増え、ユーリとは恋人同士だなんて囁かれるようになった。ガッコウ公認らしい。馬鹿みたいだ。馬鹿みたいにそれが、幸せなんだ。そんな自分にいやけがさして行くのに、ユーリのそばにいたいと思う。その上、もう僕にはお金は不要だったし、支援者すらついたのに、ユーリと体を重ねている。
最近のユーリは、異常なほど僕を焦らして、僕の体をおかしくする。

「うあああん、ん、っぁ、あ、ああああ」

内部で緩慢に腰を揺すぶられてその日も僕は泣いた。

「お前は」
「ぁ、ああ、ん」
「俺のことが好きか?」
「ひぅっ、んぁあ」

最近よく聞かれる言葉だった。そして僕はーーいつも口に出すのが恥ずかしいから、必死で頷くのだ。それを見るとユーリはいつも柔和に笑う。ただちょっとだけ苦笑にも見える。

「絶対に俺の方が好きだな」
「な」
「お前はバカだから俺の深い愛に気づいてない」
「うあ、ああああ」

抱きしめられながら僕は果てた。それが僕の、新しい日常だった。
そして僕はーー人殺しになって行く。
世界を、救うんだ。最低のクズだ。だけどただもうそれでよかった。今度はユーリが僕の全てになって行く。ただそれが少し怖い。もしも今度はユーリがいなくなってしまったら、僕はどうなるのだろうか? 最低最悪の依存症。

そして僕は思うのだ。この雪祀の一番のクズは、本当に僕だなと。