幼少時パンツ下ろしをした俺、逆にパンツをおろされる。




 俺は小学生の頃、我ながらいじめっ子だった。
 しかも陽キャな感じのいじめっ子で、クラスではそこそこお調子者の一人として人気だった。さて、そんな俺が一時期熱中していたもの、それがパンツ下ろしである。

「パンツ下ろせよー!」

 そんな調子で声をかけ、俺はズボッと体操着の下を無理に引っ張り、下着ごと級友達のパンツをおろしていった。それはもう、その日は気が狂ったようにおろしていった。トランクス、ブリーフ、ボクサー、様々なパンツを引っ張り下ろした。そんな俺から頑なに逃げていたのが、最後の一人、稲田(いなだ)である。稲田さえ制覇すれば、全員クリアだ!! 俺は息まいて、稲田を壁際に追い詰めた。稲田は、どちらかといえば陰キャだった。気弱そうで大人しい感じだった。

 ズル、っと。
 俺は稲田の下衣を引っ張りおろした。そして、硬直した。
 稲田が身につけていたのは黒のランジェリーで、当時の俺には女性の下着に見えた。

「?」

 クラス中の視線は、露出した稲田の陰茎の大きさチェックの方に走っていたが、俺は思わず下をガン見し、体操服の下と共に床に落下した黒いランジェリーを凝視してしまった。

「え、ええと……」

 女装趣味だと、当時俺は思った。そしてこれは、からかってはいけない部類だと判断し、俺は何も言わなかった。そんな俺を、非常に気まずそうに稲田が見ていた。


 ――放課後。

「父親の趣味なんだ」

 稲田に公園へと呼び出された俺は、そう告白された。

「あれはれっきとした男物なんだけど、メンズランジェリーって言って――……」

 そこから俺は、稲田に説明を受けた。生地が優れていて触り心地がいいだとか、デザインも様々なものがあるだとか。俺は真顔で頷いていたと思う。

「あ、安心しろよ! 誰にも言わないからさ!」
「ありがとう、高嶺(たかみね)」

 こうして俺達は別れた。
 ただ俺は、元からそこまで仲良くは無かったが、その後密やかに稲田を避けた。
 当時の俺には、メンズランジェリーについての理解は難しく、やはり女装だと思っていた。女装の何が悪いのかを論理的には説明できないが、当時はそれこそ変態だと思っていたのだと思う。

 その後、中・高・大と――付属の持ち上がりの受験戦争に、俺達はくしくもどちらも勝ちぬき、同じ進学先となった。そして、現在。大学三年生の俺は、稲田の前に立っている。正確には、ぴたりと壁に背を押し付けて、稲田を見上げている。なんだか距離が近いせいなのか、胸がドキドキする。

 二次性徴後、稲田は背が伸びた。そして陰キャではなく、クールで寡黙な男前という評価を得て、非常にモテるようになった。確かに顔も整っている。一方の俺は、背はあまり伸びず、顔は平凡である。女子達や時々男子にも囲まれている稲田を見ると、なんとなくモヤモヤするようになってもいた。

「高嶺」
「な、なんだよ?」

 現在俺達は、大学の実験室の一つにいる。実習の後片付けを教授に頼まれた結果だ。俺達は学科と必修のクラスまで同じなのである。俺はチラリと真横のベッドを見た。その上には、コンドームの箱とローションが無造作に置いてある。実を言えばこの実験室は、密やかな『ヤり部屋』として、構内で噂になっていたりする。

 さて、何故俺が壁際に追い詰められているかと言えば、俺が何気なく聞いたからだ。

『お前まだ、女物の下着、つけてんのか?』

 出来心だった……。

「確認してみるか?」
「け、結構です!」
「じゃ、俺が復讐させてもらう」
「――え?」

 俺の顔の横に手をついていた稲田が、その時少し屈んで、もう一方の左手で、俺のベルトを引き抜いた。稲田は左利きだ。俺が呆然としていると、ずるっとボトムスをおろされた。下着ごと、だと気づいたのは、俺の下腹部が空気に触れたからだ。ポカーンと俺は口を半開きにした。

「お前はトランクス派か」
「ま、まぁな……っていうか、なんだよ。やめろよ。もういいだろ!」

 俺が慌てて服を拾おうとした時だった。
 唐突に俺の手首を取り、強引に稲田が腕を引いた。その結果、すっぽりと俺は、稲田の腕の中に収まった。

「高嶺」
「は、はい」
「俺は、お前が誰かに言わないか気になって、ずっとお前を見ていたんだ」
「そ、そうか……」
「そうしたら、明らかにお前は俺から距離を取っているのに、俺を気にしてチラチラ見ている事に気が付いた」

 バレていた……。
 俺は泣きたくなった。稲田の言う通りで、俺は時折――というにはちょっと多いくらい、稲田を気にしてみていたと思う。だって、気になるではないか!

「その内に、お前から俺は目を離せなくなったし、たまに目があいそうになってお前が顔を背けると残念に思うようになった」
「……?」
「高嶺が気になるようになってしまったんだ。あのパンツ下ろしの日から。責任を取ってくれ」
「え? どうやってだよ? 責任?」
「とりあえず、俺のパンツを見てくれ」
「は!?」

 やっぱり、稲田は変態さんという認識でいいのだろうか……?
 俺が腕の中で悩んでいると、稲田がベルトに手をかけ、自ら下衣をおろした。

「……あ」

 そこには――さらに進化したメンズランジェリーがあった。繊細なフォルムでレースがついている。だがそれ以上に目を惹いたのは、もっこりとしている非常に、端的に言うなら巨根としか評しがたい陰茎だった。俺が見ていると、それが少し大きくなった。即ち、少し勃起した。ほ、本当に変態さんなのだろうか……? 見られて興奮するのか……?

「どう思う?」
「臨戦態勢だな」
「ああ。高嶺に突っ込みたくて仕方がないからな」
「えっ!?」

 まさかの言葉に、俺は目を見開いた。今、コイツはなんて言った……!?

「好きになったんだ、高嶺の事が」
「そ、そっかぁ! わ、悪い。お、俺は、お前の事、別に普通。もう下、穿いていいか?」
「ダメだ」
「なんでだよ! 腕離せよ!」

 いまだ稲田の片腕は、がっちり俺を抱いたままだ。

「後ろを向いて、壁に手を突いてくれ」
「へ?」
「解すから」
「なっ」

 俺が狼狽えた声を出した時には、稲田に体を反転させられていた。唖然としていると、稲田がローションのボトルを手に取り、タラタラと手に垂らし始めた。そして俺が目を瞠っている間に、俺の後孔に左手の人差し指と中指を突っ込んだ。

「んぅ……お、おい……待って……え? こ、こんな、無理矢理だ……!」
「そうだな」
「えっ……あ、あの――っン! んン!!」

 揃えた指先を軽く折り曲げられた瞬間、ジンと体に快楽が響いた。思わず俺は、壁に手をつく。すると自然と、臀部を突き出す姿勢になった。そんな俺の後孔を、丹念に稲田が解し始める。ぬちゃぬちゃとぬめるローションが時折増量され、指が三本に増える頃には、俺は涙ぐんで、熱い吐息をついていた。

「あ、あ、あ」

 バラバラに動いていた指が引き抜けれ、俺の菊門により熱く硬いものがあてがわれた。手早くゴムは装着したらしく、その感触がする。

「ま、待て! ほ、本当に挿れる気か!?」
「そうだ」
「なんで――あ、あ、あ、挿いってくる、や、ァ!!」

 そのまま巨大すぎる亀頭が、俺の中に挿入された。押し広げられる感覚に、俺は必死で壁に手をつきながら震えた。熱い。交わっているところが熱くて熔けてしまいそうだ。

「あン、ん……っ、ぁ……」
「中、絡みついてくるな」
「ああっ、ッ、ぅァ……あ、あ、ンん」
「ほら、根元まで挿いった」

 俺の腰を持ち、ぐっと奥深くまで腰を進め、稲田が言った。俺はそもそもSEX自体が初めてだというのに、それが立ちバック……人生って予想外過ぎる。

「動くぞ」
「ああ――っ、んア――!! あー!! あ、あ、あっ、激しっ、うああ」

 ガンガンと稲田が打ち付けてくる。指とは圧倒的に異なる質量と硬さだから、動かれるとそれだけで甘い熱と快楽が、全身に響いてくる。動かれる度に満杯の中は、気持ちのいいところの全てを刺激される。

「や、あっ、ンあ!! あ――!!」

 その時、激しかった抽挿が、一度止まった。
そして今度は、限界まで引き抜き、より奥深くまで貫く動きに変わった。
 これが――死ぬほど気持ち良かった。俺の体はドロドロに蕩けてしまった。もうグズグズで、腰骨が熔けた。

「あ、ああっ、んァ!! あ、あハ……あ、あ!!」

 俺は快楽に喘ぎながら、ポロポロと涙を零した。

「そろそろ出すぞ」
「うん、あ、うん――ひゃ、ぁアあ!!」

 再び動きが激しくなり、肌と肌がぶつかる音とローションが立てる水音が、室内にこだました。

「ああああ!」

 一際強く貫かれた時、内部で脈打つ感じがして、どうやら稲田が出したらしいと分かった。ほぼ同時に俺は、稲田に前を握って緩くしごかれ、射精した。

 ――事後。
 ぐったりとその場に頽れそうになった俺を、稲田が抱き留めた。その結果、俺達は床に座り込んでいる。俺は稲田に後ろから抱きしめられる形で、稲田の厚い胸板に、背中を預けていた。

「好きだ、高嶺」
「好きな相手に無理矢理するのがお前の信条なのか!?」
「良くなかったか?」
「そ、それは……え、で、でも、それとこれとは別で……そ、そうだよ! 生理現象だ!」
「じっくりHow to本で研究したからな。男のイかせ方」
「へ?」
「だって、高嶺も俺を見ていたし、どう考えてもお前、俺の事好きだろう?」
「は!? 無いから!」
「じゃあ、高嶺は好きでもない男にヤられてあんあん気持ちよさそうに喘いじゃうビッチって事でいいか?」
「なっ」

 俺は驚愕のあまり目を真ん丸に見開いて、口をポカンと開けた。
 犯罪者は、稲田である。そのはずなのに、俺が悪いみたいに言われるのはなんなんだ? 今は女装もビッチもそういう人々がいると受け入れられるようになった俺だけど、今のは悪口だよな!?

「違うよな? 高嶺は純情だもんな?」
「そ、そうだよ!」
「俺に生理的な嫌悪が無かったし、ずっと見てた俺に触られて感じちゃったんだもんな?」
「そ、そうだ――……え!? そ、それは、違――」
「違うのか? じゃあやっぱりビッチなのか?」
「え……? い、いや、俺は……」
「気持ち良かったんだろう?」
「そ、それは……」
「俺の事が好きだから気持ち良かったんだ。じっくり考えてみろ」

 そう言うと、稲田が俺から腕を離した。

 ――その後俺は一人暮らしのアパートに逃げ帰り、一人真っ赤になって熟考した。
 確かに俺は、ずっと稲田を見ていた。で、でも! 性的な目で見ていたつもりはない! パンツが気になっていただけだ。い、いいや? パンツは性的なものか? ど、どうなんだ!? 俺は、自分で自分の事が分からなくなった。

「これからどんな顔をして会えばいいんだよ……」

 不思議と警察に通報するような気にはならなかった。昔馴染みという事もあるし、昔俺は確かにパンツを下ろしたので、復讐されても仕方がないのかもしれないとも感じていたからだ。

 さて、翌週の必修の時間、顔を合わせた直後俺は赤面したが、稲田は至極いつも通りだった。ツキンと俺の胸が痛んだ。なんでだよ!

 俺はその日から、遊ばれたのだろうかと考え始めた。考えれば考えるほど、小・中・高・大で見た様々な稲田の顔が、頭の中を過ぎっていく。俺は、完全に稲田を意識していた。

 そこで一ヶ月後の八月二日――大学が夏季休暇に入るその日、俺は稲田を必修の最後の講義後に呼び止めた。

「な、なぁ」
「ん?」

 稲田はなんでもないように俺を見た。本当に背が高いから、俺は自然と見上げる形になる。

「そ、その――……お前まだ、女物の下着、つけてんのか?」

 俺の口はバカだ。何を言っているんだ俺は……。
 先日と同じ事を訊いた俺を、虚を突かれたように稲田が見た。それから――クスりと笑った。

「確認してみるか?」

 稲田の返答も同じだった。
 俺は一気に緊張して赤面した。頭の中に、前回の快楽が過ぎってくる。正直俺は、また気持ち良くなりたいというのもあった。

「お、おう」
「じゃ、俺の家についてこい」

 そう言うと稲田は歩き出した。俺達は同じバスに乗り、最寄り駅のバス停で降りて、稲田の住むデザイナーズマンションへと向かった。細長いそのビルのようなマンションに入り、六階の稲田の部屋へと連れていかれた。室内は1Kで、八畳だった。お香の良い匂いがする。床に置かれた照明も洒落ていた。俺はラグの上に座り、ローテーブルの前で、稲田を見る。すると稲田が俺の隣に座り、グイと詰め寄ってきた。俺は我ながら真っ赤になった自信がある。

 そのまま俺は押し倒された。

「ああっ……」

 本日も丹念に解されてから、俺は挿入された。正常位が初めてというのも、もしかしたら珍しいかもしれないとも思ったが、俺は世の中の人の体位など知らない。

「あ、あ、あ」

 俺は奥深くまで挿入され動きをとめられた時、快楽からポロポロと涙を零した。

「ンん――あっ!!」

 稲田の体に無意識に腕をまわしてしがみつくと、稲田が動きを再開した。

「ひゃっ、んァ!!」

 こうして、この日、散々俺達は交わった。
 ぐったりとしていた俺に、事後稲田は麦茶を振る舞ってくれた。その日、俺は最後のバスで、自分のアパートがある駅へと戻った。

 ……。
 俺は、その後悩んだ。二回もSEXしてしまった。二度目なんて、俺は誘われてついていったと言えるだろう。それに、気持ち良かった。今じゃ、何をしていても稲田の事ばっかり考えている。だが、最初の日に稲田は俺に好きだと言ったけれど、付き合うとか恋人になるといった話は一度も出ていない。これ、どうしたらいいんだ?

 俺はスマホに向き合った。そしてトークアプリで稲田の連絡先を表示した。
 なにか、メッセージを送ってみようと考える。文面を思案した。
 結果……。

『今日はどんなパンツだ?』

 って、俺こそ変態みたいじゃないか! だが勢いあまって送ってしまった!

『確かめに来るか?』

 稲田からはすぐに返事があった。

『行く』

 俺も即答した。
 こうしてこの日も稲田の家に行き、俺達はSEXした。
 以降――俺は合言葉のように、稲田に会いたい時は、『今日はどんなパンツだ?』と訊くようになり、稲田はいつも『確かめてみるか?』といった内容を返してくるようになった……。なんだよこれは、どういう状況だ! 俺達の関係の名前が、俺には分からない。何度も何度もSEXを夏休み中はバカみたいにしたけれど、甘い話にはならない。

 ……俺から言ってみようか。俺も、好きだと。
 でも、もしも稲田は、俺を現在ではセフレだと思っていたら……?
 体で満足していたら……?
 ああ、分からない。俺はどうすればいいんだ?

「ちょっと連絡するの、止めてみようかな。あっちから来るか、試すというか。そういうの、姑息かなぁ……でもなぁ……これじゃあ逆に俺ばっかり好きみたいだしな……」

 結果、俺は一週間と決めて、連絡を断つことにした。あちらからの連絡を待つ事にしたのである。すると四日目に、稲田からメッセージが来た。

『パンツを確かめに来ないのか?』
『行く!』

 俺は即答してしまった。
 だけど、これってSEXのお誘いだよな……? そう思うと憂鬱な気持ちになった。それでも会いたかったので、俺は稲田のマンションへと向かった。すると出迎えてくれた稲田が、扉の鍵を閉めてすぐに、俺を抱きしめた。ふわりと良い匂いがした。

「飽きられたのかと思った」
「――え?」
「俺は高嶺の事が好きなんだ。体だけでもいいって思うくらい。だからあんまり不安にさせないでくれ」
「ま、待ってくれ。そ、その! 今は俺も好きだ……!」
「――知ってた」
「へ?」
「いつ言うか待ってたんだ。顔を見れば、お前が俺を好きだって事はすぐに分かった。いいや、最初からお前は俺を好きだったと思う、最近はより意識しているだけだ」
「う……さ、最初から……?」
「そうだ。間違いない」
「その自信は何処からくるんだ?」
「いつもお前を見ていたから分かるんだよ」

 そういうものなのかと思いつつ、俺は腕の温もりに嬉しくなったので、稲田の胸板に額を預けた。暫くそうしていると、稲田が俺の頬に触れた。

「好きだ、高嶺。俺と付き合ってくれ」
「うん……!」

 その言葉を聞いて、俺はホッとしてしまった。良かった、遊ばれていなかったし、セフレだとも思われていなかったし、恋人同士になる事が出来た!

「これからは、毎日俺のパンツを確認してくれ」
「さすがに毎日ヤるのは体が持たない。稲田はただでさえ巨根の絶倫だしな」
「じゃあ、俺がパンツを確認させてもらう」
「おいおい」

 そんなやりとりをしつつ、俺達は視線を合わせてお互い笑った。
 このようにして――パンツ下ろしから始まった俺達の縁は、不思議な形に帰結し、今、俺達は幸せな恋人同士となった。俺は稲田に流され押しきられたような気もするが、今ではその部分にも後悔はない。

 その後俺も、稲田の勧めでメンズランジェリーを着用するようになるのだが、それはまた別のお話だ。さて、俺は今日も稲田に聞く。

「今日はどんなパンツだ?」




 ―― 終 ――