愛は即落ち二コマから






 俺がお仕えする陽詩(ひなた)様は、平安の頃から代々続く陰陽道の家系のお方だ。令和の現代においても、密やかに魑魅魍魎に対峙する陰陽師は存在している。陽詩様は、大藤(だいどう)家の次男で、一見女性と見紛うかのような繊細な美を誇っている。長めの艶やかな黒い髪をしていて、少しだけ釣り目の大きな瞳は、見る者を惹きつける。

 大藤家に代々お仕えし、お守りするのが、俺が生まれた鷹椛(たかはな)家の人間の役割だ。

「悠彌(ゆうび)、しっかりとお守りするのだぞ」

 年の離れた当主である兄から、俺は幼少時に陽詩様を紹介された。あまりにも綺麗な顔立ちをしている陽詩様を一目見た時から、俺は、生涯お守りしようと誓った。凛とした気配を放っていた陽詩様は、十八歳となり大学生となった現在も、美しいままだ。二歳年上の俺も、お守りするために、陽詩様と同じ大学に編入し、現在は三年生となった。

 陽詩様とは事なり、俺は短めのツーブロックにしている髪を、右手で撫でた。それなりに身長もあり、トレーニングを怠らないから適度に筋肉のある俺の体つきは、中性的な陽詩様の隣に並ぶと、男らしいと評される事が多い。

「悠彌? 行きましょう」

 ぼんやりとしていた俺に気づいた様子で、陽詩様がそっと俺の腕に触れた。百七十四センチの俺よりもずっと背が低い陽詩様は、百六十二センチだ。清廉な空気を放っていて、多くの場合、氷のような無表情をしている。ただもう長い付き合いであるから、俺はその無機質な表情の中に、陽詩様の感情を読み取れるようになった。

 もうすぐ、大学は夏季休暇となる。夏は、鬼が騒ぐからと、大藤家には依頼がいくつも来る。今年の夏も、退魔の旅に出る陽詩様に、俺は同行する事になっている――と、表向き、身内には周知されている。だが、今回は実際には、別の一大行事がある。それは、陽詩様のお見合いだ。

 ただ、お見合いといっても、女性と人間的な法律上の意味合いで婚姻を結ぶわけでは無いようだった。大藤家と付き合いがある、人間に良くしてくれる鬼の一族の次期当主が、陽詩様を望んでいるらしい。人ならざる鬼であるから、子は男性同士でも生まれると聞いた。その鬼の一族――鬼柳(きりゅう)家の津嵩(つかさ)様と陽詩様は幼馴染だ。俺は、二人が長きに渡り、恋情を育む姿を、誰よりも間近で見てきた。

 お二人には幸せになって欲しい。

「ええ、参りましょう」

 俺は微笑してから、陽詩様の鞄を預かって、帰路についた。帰りの道中も、魑魅魍魎が跋扈していたが、陽詩様の強い力の前には、近寄ってくるでも無かった。



 ――こうしてその年の夏、俺は陽詩様と表向きは討伐……実際には、津嵩様との縁談を進めるために、東北の寒村である鬼隠(おにかくれ)村へと訪れた。人口は少ないが、比較的大きな村で、集落が点在している。その一角にある温泉付きの旅館に、俺と陽詩様は暫くの間、滞在する事となった。

「会いたかったぞ、陽詩」

 出迎えた津嵩様は、俺よりもずっと長身で、百九十センチを越える、体格の良い――鬼だ。人目があるにもかかわらず、津嵩様は陽詩様を抱きしめた。その場に漂う甘い気配に、俺は苦笑しそうになる。しかし表情筋を引き締めて、周囲を確認した。何人もの村人や鬼が出迎えてくれた。この村は、人と人ならざる者が共存している、日本でも数少ない土地だ。

「僕もお会いしたかった……」

 普段は表情を変えない陽詩様も、嬉しそうに津嵩様を見ている。

 その後は鬼柳家へと向かい、そのままお見合いが始まった。とは言っても二人の意志は固いので、結納についての打ち合わせなどが行われた形だ。陽詩様側の付き人は俺だけなので、しっかりと俺は確認作業を行った。

「結婚に際しては、ほかには村の儀礼で――華燭の式の前に、村の者の確認がある」

 津嵩様が僅かに愁いを帯びた瞳をし、ポツリと述べた。華燭の式というのは、婚姻の儀式だという知識が俺にもあった。

「村の者の確認?」

 俺が聞き返すと、津嵩様が頷いた。

「肌着金を支払う必要がある。それが村に鬼を受け入れる際の掟でな。年貢の名残りだ」
「大藤家に仕える者として必要な費用はご用意いたしますが――」

 そう伝えると、津嵩様が首を振った。そして傍らに座っている陽詩様の華奢な肩を抱き寄せた。

「こればかりは、用意が不可能だろう。とにかく、この夏の内、今夜にでも村の者が出向くだろう。八度ばかり、耐えて欲しい」

 具体的な事は何も分からなかったが、風習は村の数だけあるので、俺は頷いた。
 こうして結婚の話を終えてから、俺は陽詩様と共に旅館へと戻った。

「有難う、悠彌」
「いえ。ご婚約、おめでとうございます」

 俺が言祝ぐと、実に嬉しそうに陽詩様が両頬を持ち上げた。陽詩様がこちらに嫁がれたら、俺の役目は終わりとなるのだが、鬼柳家の許可が降りれば、使用人としてこちらに来ようと俺は考えている。

 その時、声がかかり、宿の部屋の入口が開いた。返答してそちらを見れば、旅館の女将が、正座をして頭を垂れていた。

「村の青年団のものが見えました。媒酌人八番(なこうどはちばん)の担当の者です。肌金の確認でございます」

 それを聞いて俺は頷きつつ、内心では首を傾げていた。

 女将がそれから脇に逸れると、でっぷりと太った青年……というには、少し年嵩の男が入ってきた。三十代後半から四十代前半くらいだろうか。眼鏡をかけていて、顎の下の肉もたるんでいる。白いTシャツの腹部がはちきれんばかりで、同より足の方が短い。だが身長は俺と同じくらいか、わずかに俺よりも高そうだった。

「こんばんは、いやいや、この度はおめでとうございます。私は青年団の者で、中洲和朗(なかすかずろう)と言います。これでも一番若いんですよ。もう三十八歳ですが。何分田舎なもので、若い者は都会に出てしまっていて、いやいや。はっはっは」

 右手で眼鏡の位置を直しながら、中洲という男が俺を見た。俺もそちらを見ていたので視線が合う。なんだか俺の背筋が粟立った。それは中洲が舐めまわすような眼で俺を見たからだと思う。嫌な汗をかいてしまった。

「――それでは、早速、隣へ行きましょうか」

 中洲が笑いながら、視線を陽詩様へと向けた。陽詩様が蒼褪めている。隣には、布団が敷かれている。

「なぁに、怖い事は何も無いですからねぇ。正当な儀式ですよ」

 立ち上がった中洲が、隣の襖の前に立った。困惑しながら、俺が問う。

「何をするおつもりですか?」
「何? 何とは? 結婚前の確認の儀式ですがね?」

 それを耳にし、確かに津嵩様もそのような事を話していたと俺は思い出した。すると陽詩様が立ち上がった。震える指先をギュッと握ってから、陽詩様がその後に従ったのを俺は見た。ついていこうと俺も立ち上がろうとすると、中洲が振り返った。

「二人きりで行うものだ。それ以外は失敗となるが、良いのですか?」
「っ……分かりました」

 俺は座りなおした。俺のせいで、結婚が破談となってしまうのは困る。何せ、漸く思いが結ばれたお二人だ。その後、女将も下がっていったので、俺は一人緑茶を淹れて湯呑を持っていた。

『いやぁ!』

 悲鳴が聞こえたのは、それから十分ほどしてからの事だった。目を剥いた俺は、慌てて寝所の扉を開ける。すると服を強引に開けられている陽詩様と、のしかかっている中洲の姿があった。震えながら泣いている陽詩様を見て、俺は思わず険しい顔をして、中洲にとびかかった。すると尻もちをついた中洲が、叫んだ。

「何をするんだ! これは正当な初夜権の行使なんだぞ!」

 何を言っているのか、最初俺は意味が理解出来なかった。殴りかかろうとした拳を途中で制止させた俺は、目を見開いて、中洲と陽詩様を交互に見る。

「よ、嫁入り前のオボコの確認を、村で一番若い者が行うのがシキタリだ」
「な」
「結婚前に八度、鬼の伴侶のその体を貰うのが、鬼と人との約束事だ。例外は、それ以外の者の体を年貢で納めた時のみだ。鬼柳の当主と結婚したいんだろう? だったら素直に私に抱かれなさい」

 憤慨したような中洲を見て、俺は冷や汗をかいた。それから陽詩様を見れば、ポロポロと泣いていた。

「いや、嫌です。津嵩様以外に抱かれるなど、嫌です」

 普段感情を押し殺してばかりの陽詩様が、絶望したように涙を零している。すると中洲が気を取り直した様子で、ニタリと笑った。

「ではこの結婚は無しですねぇ」
「ま、待ってくれ。お待ち下さい」

 俺は慌てて口を開いた。すると姿勢を正した中洲がじっと俺を見た。その瞳には卑しい笑みが宿っている。

「だが私に抱かれるのは嫌なのだろう? じゃ、しょうがないねぇ」
「っ、か、代わりの者がいれば良いのだろう?」

 俺が言うと、中洲が大きく頷いた。そして再び、俺のことを、つま先から頭まで舐めまわすように見た。ぞっとしたが、唾液を嚥下してから、俺は陽詩様に振り返った。陽詩様は俺と目が合うと、ボロボロと大粒の涙を零した。その姿があんまりにも不憫で、俺はお守りしなければならないと改めて思った。

「……代わりの者を用意します。どうか、今宵はお引き取り下さい」

 俺がそう告げると、中洲が鼻息を荒くして笑った。

「代わりの者には、条件が二つあるんだが、知っているのかね?」
「……存じません。教えて頂けますか?」
「一つは処女である事。そしてもう一つは、媒酌人八番役に選ばれた人間が――つまり私が指定した人間となる。君、名前は?」
「俺ですか? 俺は、鷹椛悠彌と申します」
「決めた。では悠彌くん、その体、私に差し出す事だねぇ」

 ニヤニヤ笑われながらそう言われて、俺は息を飲んだ。ダラダラと冷や汗が伝ってくる。俺は、自分で言うのもなんだが、男らしい男だ。抱かれるなんて、想像した事もない。

「一目見た時から、好みだったしねぇ、丁度良いねぇ。利害の一致だ」
「……」

 その言葉に蒼褪めた俺は、チラリと陽詩様を見た。すると陽詩様は、縋るように俺を見ていた。

「……お願い、悠彌。僕、津嵩様と結婚したい……」
「……承知しました」

 陽詩様のお願いを、俺は断る事が出来ない。だから一度目を閉じてから、俺は改めて睨むように中洲を見た。

「……俺が代理となります」
「そうかそうか。物分かりが良くて何よりだねぇ。では、二人きりにしてもらおうか」

 こうして、俺は陽詩様の代わりに、中洲に抱かれる事となった。

 儀式は二人で行われるため、陽詩様は隣室へとお戻りになった。俺は震える手を、着ていた浴衣の首元に添える。

「……」
「さっさと脱ぎなさい。それとも脱がせてほしいのかな?」
「っ、じ、自分で脱げる」

 眼の奥が熱くなるような感覚のまま、俺は帯を解いて浴衣を脱いだ。胡坐をかいて、中洲はそれを見ていた。

「下着もだ。早くしなさい」
「……」
「いやぁ、しかし、想像以上に引き締まっている好い体だねぇ。さぞかし締まりそうだ」
「……」
「見ているだけで、はぁ、勃起してしまったよ。ほら、舐めろ」

 中洲が赤黒い陰茎に手を添えて、俺をじっと見た。悔しい事に、俺の陰茎よりも太く巨大に見える。正面に膝をつき、俺は嫌悪を覚えながら、中洲の肉茎に両手を添えた。むせかえるような雄の臭いがする。

「ほらほら、早く咥えなさい」
「っく」

 自尊心がズタボロだったが、これも陽詩様をお守りするためだ。そう念じて、俺は口に中洲の陰茎を含んだ。しかし口淫などした事もされた事も無いため、悔しくなってくる。これまでに彼女を作った事もない。陰陽道に身を置く者は、女性と交わり汚れると力が弱まるせいだ。そうなれば陽詩様をお守りできないからと自制してきたというのに。

「下手くそだねぇ」
「っ、は」

 顎が疲れるほど頑張った時、そのように言われて、思わず俺は睨んでしまった。するとニタニタと笑ってから、中洲が俺の後頭部をグイと押し付け、腰を動かし始めた。深くまで咥えさせられ、強引に動かれ、俺は涙ぐんだ。抵抗したかったが、そうすれば、陽詩様の結婚のお話が潰れてしまうかもしれない。どんどん中洲の陰茎が太さと硬度を増していく。俺は涙ぐみながら耐えるしかない。

「出すよぉ、全部飲み込むようにねぇ」
「んぐッ、は!」

 口腔に射精され、俺は濃い精液を飲み込んだ。それから肩で息をしていると、中洲が俺の体に触れた。

「八度というのは、勿論射精の回数ではないんだよ? 分かっているね?」
「……」
「八日間、私がその体を味わうという事だ。途中で悠彌くんが拒んだり根を上げたら、この結婚の話は立ち消えだ」

 優しい声音だったが、実に意地の悪い響きだった。俺は中洲を見て、小さく頷いた。

「さて、それでは君の体を味わおうかなぁ」

 中洲が俺の体を、布団の上に押し倒した。震えながら、俺は見上げるしかない。二本の丸い指を口に含んだ中洲は、それから迷う事なく俺の菊門に指で触れた。

「う」

 一気に二本の指が、俺の中へと差し込まれた。第一関節、第二関節と進んできて、中洲はそれから指を開くように動かした。限界まで俺の窄まりが開かれる。硬直していると、更に指が根元まで進み、その後弧を描くように指を動かされた。

「あ!」

 気持ち悪いと思っていたのだが、揃えられた指先が俺の内部のある個所を刺激した瞬間、自分でも驚くような高い声が漏れた。

「ほう、ここかぁ。ここ、覚えておきなさい。ここが、悠彌くんの大好きな場所だよぉ」
「な……あ、ああ!」

 グリグリとその個所を刺激され、俺は脳髄までが痺れたようになり、驚いた。前立腺らしきその場所を刺激されると、前を触られているわけでもないのに、射精感が募ってくる。

「そ、そこ止め――」
「聞こえないなぁ」

 中洲の荒い吐息が俺の肌に触れる。こんなのは嫌だと思うのだが……これまで肉欲を自制してきた事も手伝っているのか、俺の体がじっとりと汗ばみ熱を帯び始めた。そのまま指で内部を蹂躙される内、気づくと俺の陰茎は反応していた。

「勃っているねぇ、若いなぁ」
「ぁ……っッ……」
「本当は欲しかったのかなぁ?」
「ち、違」
「どうだかねぇ。ほら、ほら、挿れてあげようねぇ」

 そう言って中洲が指を引き抜き、そそり立つ赤黒いものを、俺の菊門へとあてがった。

「あああ」

 そして一気に貫かれて、俺の腰が引けた。しかし容赦なく根元まで進めた中洲は、大きく吐息してから、涙ぐんでいる俺の頬を舐めた。

「締まるねぇ。うん、良い体だ」
「あ、あ、あ」

 中洲が腰を揺さぶる。その度に、俺の口からは嬌声が零れる。嫌悪感しかないはずなのだが、体はすぐに快楽を拾い始めた。硬い亀頭が、俺の内側で、どんどん奥を探り出すように動いている。

 緩急をつけた動きで、中洲が俺を穿つ。抽挿される内、俺の頭が真っ白に染まり始めた。こんなのは嫌なはずなのだが――気持ち良い。はじめは陽詩様のためだと我慢していたはずなのだが、気づくと俺は快楽の虜になっていた。ぶよぶよの中洲の腹部が、俺の体に触れている。

「あ、ぁア!」
「出すよ」
「ンん――!」

 そのまま一際強く動かれ、俺は内部を白液で染められた。その衝撃で、俺もまた果てた。必死で息をしながら、俺はぐったりと体を布団に預ける。するとずるりと中洲が陰茎を引き抜いた。タラタラと俺の後孔からは、精液が零れていくのが分かる。

 喪失感が酷くて、思わずギュッと目を閉じると、目元から涙が零れていった。

「まだまだ夜はこれからだよぉ?」
「!」
「それも、今回は、一度目だ。さぁ、今度は私の上に跨ってもらおうかなぁ」

 力が抜けてしまった体を起こされ、俺は目を見開く。そしてその後、下から貫かれる事になった。拒む事は出来ない。それを理解しながら、俺はボロボロと泣いた。嗚咽こそ堪えたが、こんなのは本意では無い。だが許される事はなく、この初回の夜、俺は散々体を貪られた。



 二日目が訪れた。

 陽詩様は中洲の相手をする必要がないと決定したため、午後になってすぐ、迎えに来た津嵩様と共に、鬼柳家へと移られた。現在、この旅館の一室には、俺しかいない。俺があと一週間耐えれば、陽詩様の結婚は成立だ。抱き潰された俺を見ると、朝陽詩様は泣きながら謝って下さったが、悲しいお顔をさせたかったわけではないので、俺は平気だと伝えておいた。事情を聴いた津嵩様は、俺にお礼を述べてから、陽詩様を連れて行った。

「……」

 陽詩様が汚れなくて良かったという思いと、自分自身の喪失感のはざまで、湯呑に両手で触れながら、俺は深く吐息した。腰に違和感がある。朝方中洲が帰っていく時、今夜は六時ごろ来ると話していた。重い体を引きずり大浴場で体を清めた俺は、体を洗う段階になって、己の首筋にキスマークを発見して蒼褪めた。幸い他の客はいなかったから誰に見られたという事も無いが……怖気がすごい。

 時計の秒針の音が嫌に耳につく。こうして午後六時が訪れた時、ほぼ同時に部屋の扉が開いた。首から白いタオルを下げた中洲が、肥えた腹部を揺らしながら、室内に入ってきた。丸く太った足から、僅かに薄く見える頭部までを見上げていき、俺は座ったままで一礼した。後七晩……たった一週間。陽詩様をお守りするのが俺の使命なのだから、耐えなければ。

「今日も男前だねぇ、悠彌くん」
「……」

 寝所の扉を中洲が開けたので、俺は静かに立ち上がった。
 薄暗い室内に入り、扉を閉める。

「布団の上に座りなさい」

 命令するなと叫びたい心地だったが、これも陽詩様をお守りするためだ。言われた通りに布団に座ると、俺の背後に中洲が回った。そして後ろから、浴衣の中へとまるまると肥えた手を差し込んでくる。

「っ」

 左の乳首を右手の指でギュッと摘ままれ、俺は震えた。気持ちが悪い。鳥肌が立っている俺の首筋を、後ろから中洲が舌で舐める。そうしながら指先で、俺の乳首を弄りはじめた。痛いほどの刺激だったが、普段意識をあまりしないその場所で感じたりするわけがないと思っていたら、不意に中洲の手つきが優しくなり、乳頭を転がすように弾かれた。

「ン」

 気づくと俺の口から、鼻を抜けるような声が零れていた。狼狽えて俺が目を見開くと、気を良くしたように中洲が笑った。

「ぁ……」

 今度は右手で俺の右の乳首を、左手で俺の左の乳首を、ギュっと摘まんだり優しくはじいたりと、中洲が愛撫した。浴衣の前が開けた状態で、俺は胸から沸き上がり始めた疼くような感覚に怯えるしかない。

「……ッ、ぅぁ……」
「ほらほらぁ、朱く尖ってきたよぉ? 敏感だねぇ、悠彌くんは。それとも私が巧いのかなぁ? ふっふっふ」
「……ァ……あ、あ!」

 再び中洲の手つきが変わった。親指で両方の乳首を擦られると、俺の腰に熱が直結し、背筋を快楽が走る。信じがたい気持ちで、俺は涙ぐんだ。

「ん、フ」

 すると俺の耳の後ろをねっとりと舐めながら、中洲が再び笑った。

「前がきつそうだねぇ。出したいかい?」
「っ」

 言われて下腹部を見れば、俺の陰茎は持ち上がっていた。ハッとして俺は視線だけで振り返る。その時、頬をべろりと舐められた。

「四つん這いになりなさい」
「……」

 手が離れたので、俺は言われた通りに、布団に両手をつき、臀部を突き出した。中洲は俺の尻の左右に掌をあてがうと、掴んで揉むようにしながら、鼻を菊門へと押し付けてきた。そして匂いを嗅ぎ始めたものだから、羞恥で俺は震えた。思わずギュッとシーツを手で掴む。

「ひ」

 中洲の指が二本、本日も容赦なく内部に入ってきた。昨日散々穿たれたせいでまだ解れていた内部が、あっさりと指を受け入れる。そして少し慣らされてから、この日は性急に挿入された。グッと根元まで挿入した状態で、俺の腰を掴み、中洲が動きを止める。

「んンっ、うァ」

 昨日は知らなかった角度から、俺は内部の感じる場所を押し上げるように貫かれた。そうされている内に、俺の体が小刻みに震え始め、汗ばみ始める。残酷な事に――気持ちが良い。次第に、もっと激しく打ち付けられたいと体が訴え始めた。

「どうして欲しいんだね? ん? ハァハァ、っ、蠢いてるよぉ、悠彌くんのナカ」
「っう……う、動いてくれ……」
「それが人にものを頼む態度なのかなぁ? うん?」
「お、お願いだから、も、もう、ァ、あああああ!」

 すすり泣きながら俺が懇願すると、激しい抽挿が始まった。俺の腰をギュッと掴み、中洲が打ち付けてくる度、ぶよぶよの脂肪とそれに反して固く凶悪な肉茎が俺を苛む。あんまりにもそれが気持ち良くて、俺の思考は白く染まった。頭がバカになりそうだ。

「やぁあああ!」

 中を存分に貫かれて、俺は射精した。しかし中洲の動きは止まらず、俺の最奥を責め立て続ける。もう腕をついていられなくなって、俺は布団に上半身を投げ出した。すると俺の背中に体重をかけた中洲が、荒く息を吐く。脂肪が俺の背中に当たっている。

「いやああああ!」

 そのままグリと感じる場所を押し上げられて、俺は連続で絶頂を体験させられた。ピクピクと俺の両手の指や足の先までに、快楽が漣のように広がっていく。

「待ってくれ、今動かれたら――うああああ!」

 容赦なく中洲が俺の中を突き上げる。バチバチと快楽で思考が真っ白に染まり、俺はそのまま意識を手放した。次に目を開けると、俺は後ろから抱きしめるようにされ、下から貫かれた状態で、胸の突起を摘ままれていた。

「う、うあ……」
「目が覚めたかい?」
「やぁ、やぁあああ、あ、あ、ダメだ、も、もう、もう許してくれ、ああああああ!」

 俺の口は呂律が回らなくなってしまっていて、最早気持ちが良い事しか理解できない。

「即落ち二コマ。いいねぇ、実にいいねぇ、悠彌くんのカ・ラ・ダ」
「あ、あああ! あ、あ、あ!」

 勝手に俺の腰は動き、頬は涙で乾かない。両方の乳首をギュッと摘ままれた瞬間、俺は射精し、白い液が飛び散った。内部にも何度も出されているようで、結合箇所からはぐちゅりと音が響いてくる。しかし巨大な中洲のものは、封をするように俺を貫いたままだ。

 この夜、俺は何度も意識を飛ばした。

 ――事後。

翌朝目を覚ますと、既に中洲の姿は無かった。代わりに書置きがあって、仕事に行くから、また夜来ると書いてあった。俺はそれをじっと見てから、思わず赤面した。昨夜の己の痴態が甦る。中洲のまるまると肥えた手と巨大な肉茎に翻弄され、今も俺の肌には情事の感覚が残っているようだった。気怠い体を引きずり、俺は人がいないところを見計らって、大浴場へと向かう。そして鏡を見れば、全身にキスマークが散らばっていた。

 真っ赤になった俺は、右手で口元を覆った。昨日はあれほど嫌悪感を覚えたキスマークが、不思議と今日は嫌ではない。その痕を見ると、中洲の事が頭に浮かんできて、俺は気づくと呟いていた。

「早く夜になれば良いのに」

 そしてハッとした。ギュッと目を閉じて、より真っ赤になった俺は、自分が何を考えているのかと焦ってしまった。快楽の虜になるなんて、人生で考えてみた事も無かった。

 この日の夜、中洲は九時半を過ぎた頃にやってきた。表情を引き締めて、入ってきた中洲を見る。

「朝はごめんねぇ。仕事に遅れるわけにはいかないから」
「……いや、真面目なんだな」

 ポツリと俺は呟いた。すると中洲が僅かに驚いたような顔をした。

「その……何の仕事をしているんだ?」

 重ねて俺が尋ねると、チラリと寝所の襖を見てから、改めて中洲が俺を見た。そして、黒い漆塗りの卓を挟んで、俺の正面に胡坐をかいて座った。

「村の役場で働いているよぉ」
「そ、そうか」
「悠彌くんも、昨日一昨日は疲れただろうし、今日は少し休むかい?」
「え?」
「勿論、一日ほど工程は伸びる事となるけどねぇ。無理をしてもねぇ」
「……あ、いや……陽詩様の結婚を早くまとめてしまうべきだから……俺に休みは不要だ。た、ただ……その……中洲……さんが、疲れているのなら、今夜は――」
「悠彌くんを抱けば疲れなんか吹っ飛ぶよぉ!」

 ニタリと中洲が笑った。昨日の今頃までは確かに気持ち悪いと思っていたはずのその笑顔が、何故なのか今日は違って見える。どころか、俺の胸はトクンと啼いた。中洲の笑顔が自分に向いているのが、何故なのか嬉しい。気遣われるような言葉も、疲れが消えるといった発言も、全てが俺の耳を喜ばせた。なんだろう、この感覚は。俺はこんな感覚は知らない。気づくと俺は、赤面していた。今日の俺は、顔を赤く染めっぱなしだ。

「悠彌くん?」
「……っ、なんでもない。さっさと行くぞ」
「うんうん。そうだねぇ」

 中洲が立ち上がったので、俺も静かにその後に従う。
 こうして三日目の夜も、俺は散々喘がせられた。

 ――四日目は土曜日だったからなのか、目を覚ますと中洲が隣に寝転んでいた。

 瞼を開けてぼんやりとしながら、俺は俺を抱き寄せてこちらをじっと見ている中洲を見た。中洲は俺が起きた事に気が付くと、俺の額にキスをした。不思議と嫌悪感は無く、あっさりと俺はそれを受け入れた。

「悠彌くん、おはよう」
「……ああ」
「今日と明日は、朝から晩まで可愛がってあげるからね。他に宿泊客もいないし、一緒に大浴場に行こうかぁ。いやぁ、露天風呂で啼かせてあげられるなんて、今日は晴天だし最高だねぇ。泡で沢山、朱く尖っちゃった胸も洗ってあげるからねぇ」

 発言だけ切り取れば、やはり中洲は気持ち悪い。だが、体を重ねて情がわいてしまったのか、不思議と俺の中にあった嫌悪は消失している。我ながらそんな自分を不思議だと考えつつ、朝は二人で、運ばれてきた朝食を口にした。その間も、ニタニタ笑いながら、中洲は気持ちの悪い言葉を紡いでばかりだったのだが、俺はやはり嫌だとは思わなかった。

 己の心境の変化についていけないままで、意外と中洲の箸使いは綺麗だとか、そんな事ばかり考えていた。

「悠彌くん?」
「ん?」
「――私の話は退屈だとは思うけどねぇ、もうちょっとねぇ、反応とか」
「あ、ああ、いや……その……中洲さんは、ええと……結婚はしているのか?」
「一切私の話を聞いていなかったと分かったよぉ。大浴場の話から、私の家族生活になるとはねぇ。うーん、ううーん。私が結婚ねぇ。村には適齢期の女性は少ないしねぇ」
「も、もとは、女性が好きなのか?」

 女性という言葉に、思わず俺は聞き返してしまった。

「私は愛があればどちらでも構わないとは思うよぉ。何せこの鬼隠村は、人と人以外という種族差すら気にしない、おおらかな土地だからねぇ」
「そ、そうか」
「悠彌くんみたいな男前がお嫁さんに来てくれると嬉しいんだけどねぇ、出会いもないしねぇ」
「……」

 男前……容姿を中洲に褒められたのが嬉しい。中洲に好かれたい、と、考えて、俺は思わず顔から火が出そうなほど恥ずかしくなり、俯いた。一体どうしてしまったんだろう、俺は……。

「悠彌くんは、カノジョはいるの? 後ろは初めてだったみたいだけど」
「い、いない!」
「ふぅん。じゃ、おじさんなんか相手にどうかなぁ? 夜はいっぱい気持ち良くしてあげるよぉ」

 中洲が笑み交じりの声を放った。俺はより真っ赤になってしまった。

「……」
「悠彌くん?」
「……そ、その……俺で良いのか?」
「ええ? 悠彌くん……それは、私の台詞だけどねぇ? うん? 悠彌くんは、おじさんの事、もしかして好きになっちゃったのかなぁ?」
「……」
「若いねぇ。それは、体が快楽に慣れてないってだけだと思うよぉ。それに悠彌くんは、儀式が終わったら、陽詩様を置いて、元々の家に帰るんだよねぇ?」

 俺は顔をあげて、軽く頭を振った。

「いいや。俺は生涯陽詩様をお守りするから、ご成婚後は、鬼柳家で使用人として働くつもりだ。それが困難な場合は、村で仕事を探す」
「そうなんだねぇ。じゃあ、これからも私と悠彌くんが顔を合わせる事もあるかもしれないねぇ。そうだ、本当におじさんの所のお嫁さんになるかい? 永久就職って奴だねぇ。おじさんの奥さんになるのはどうだい? 毎日いっぱい可愛がってあげるよぉ」

 つらつらと語る中洲は、気持ちの悪い顔で笑っている。正直、表情が気持ち悪い。醜いというわけではないし、見慣れてくると愛着もわいてくるが……伸びきった鼻の下など、酷いありさまだ。が、そんな事よりも、俺にはプロポーズに聞こえて、瞬間的に真っ赤になってしまった。

「……なる」
「ええ?」
「中洲さんの所に嫁に行く」
「悠彌くんも、冗談を言うんだねぇ」
「お、俺は真面目だ!」
「確かにそれだけ真っ赤な顔で言われると……おじさん、照れちゃうなぁ」

 薄い髪をポリポリと中洲がかいた。それからチラリとつぶらな瞳で俺を見てから、口元に笑みを浮かべた。

「嬉しいよ。じゃあ、一緒に暮らそうか。ただ、儀式は儀式だからねぇ、あと三日。もっともっとその体、可愛がってあげるよぉ。よし、今日はまず、大浴場に行くとしようか」

 こうして食後、俺達は大浴場に向かった。

 そして露天風呂の岩の影で、俺は正面から抱き合う形で、中洲に下から貫かれた。自分で腰を振りながら、俺は痺れるような快楽に、涙を零した。その後は泡まみれの中洲の手で、全身を愛撫されたりもしたが、快楽だけでなく、中洲の体温が愛おしく感じた。

 そのように、四日目、五日目と、土日は一日中繋がり、六日目と七日目も一緒に過ごし、そして最終日の八日目の夜を迎えた。この頃になると、俺の脳裏は、中洲一色だった。時折見せられる優しさに、胸が疼く。与えられる快楽も勿論大好きだが、俺は何故なのか、無性に中洲が好きでならない。そこに理由はない。ただ、これが『恋』なのだろうと理解している。理屈では説明困難なのだが、俺の胸は、中洲の事を想うと激しく高鳴る。

「今日で儀式も最後だねぇ。あっという間の八晩で、私は寂しいよぉ」
「……中洲……さん。あの、話がある」
「私も伝えたい事がある。この前の話だけどねぇ、本当にお嫁さんに来てくれるなら、おじさん嬉しいよぉ。真面目に言おう。悠彌くん、私の奥さんになって下さい!」

 中洲が真剣な顔をした。俺は思わず破顔し、何度も頷きながら涙ぐんだ。胸が満ち溢れてくる。

「俺で良ければ」
「悠彌くんが良いんだよぉ。いっぱい啼かせてあげたくてねぇ、これからも」
「ああ……」

 俺が頷くと、中洲がそれから俺を見た。

「悠彌くんの話というのは?」
「俺が妻になるからには、中洲には健康でいてもらいたい。食生活の管理を俺にさせてもらいたいし、筋トレを俺の指導の下に行ってほしい」
「う、うん?」
「ダイエットに励み、健康的な生活をしなければ、生活習慣病ですぐに中洲は逝ってしまうかもしれない。俺はこれからもずっとそばにいたい」
「え、ええと……」
「三食、俺が食事を作る。そして、俺と一緒に毎日走ろう!」

 頭の中で組み立てておいた結婚後の生活を俺が語ると、目を丸くした後中洲が笑った。

「私は良いお嫁さんに恵まれたようだねぇ」

 この最後の夜、俺達はお互い笑顔を向けあいながら、睦みあった。深く最奥まで穿たれる度、俺は幸福を感じた。



 儀式が終了したその日、陽詩様と津嵩様が、旅館へと訪れた。正座して待っていた俺と、その隣にいた中洲を見ると、二人が顔を見合わせた。

「中洲殿ご苦労であった。そして――悠彌もよく耐えてくれたな」

 津嵩様の声に、俺は顔をあげる。すると陽詩様が、津嵩様の腕に触れながら、憐れむように俺を見た。

「ごめん、ごめんね、悠彌」
「いえ。おかげで俺は、真実の愛に目覚めました」
「え?」

 俺が笑顔で断言すると、陽詩様が虚をつかれた顔をした。形の良い眼で、何度か瞬きをした後、俺と中洲を交互に見た。

「え……?」
「どういう事だ? 悠彌」

 津嵩様に問われたので、俺は中洲の腕を取って、両頬を持ち上げる。

「俺は、中洲さんの妻になります。法的には結婚できませんが、よき嫁となるよう尽力します!」

 俺の宣言を聞くと、陽詩様と津嵩様は呆気にとられた顔をした後、顔を見合わせた。

「ゆ、悠彌がそれで良いというのなら、僕は応援するけど……え?」
「――ま、まぁ、人間同士であるし、既に互いの体を知っている上での決断であるし、特に鬼柳家が何か口をはさむ事も無いが……そ、そうか」

 このようにして、俺と中洲が夫婦になる事は、第三者――そうしてすぐに、村中の知る所となった。


 その後。

 俺は大学を卒業してから、鬼隠村に嫁いだ。結納がちょうど終わった陽詩様は、大学を中退した形だ。俺は朝起きると食事と愛妻弁当を作り、中洲に振る舞い、中洲が役場の仕事に出かけてからは鬼流家で使用人として働き、午後には帰宅して、夕食の用意をし、ほかの家事を片付けている。そして定時を少し過ぎた頃に中洲が帰宅してからは、一緒に筋トレなどをし、夜は同じ布団で眠っている。

 人生とは、分からないものである。中洲は俺を愛してくれるし、俺も中洲を愛しているから、幸せなので良いと思う事にしている。

「しかし私のようなモブおじさんを選んでくれるとはねぇ……ふふふ」

 本日も、中洲はちょっと気持ちが悪いが、そこもまた愛おしい。俺だけが気づいた魅力だ。他の者に知られて、中洲が盗られたら大変だ。

 最近、中洲の体は少し引き締まってきたが、まだまだ健康診断では色々とひっかかるので、油断は禁物だ。中洲は俺の隣に立つから、植毛に励みたいというが、俺は薄毛も嫌いでないので、それは止めている。

「即落ち二コマまでは兎も角、そこからダイエット生活が始まるとはねぇ。世の中分からないものだねぇ」

 中洲がそう呟いて、俺を背後から抱きしめた。俺はその温もりに浸ってから、首だけで振り返る。すると肉厚の中洲の唇が迫ってきたので、俺は静かに目を伏せた。直後触れた柔らかなキスの感触に、ああ幸せだなと、俺は感じた。







【完】