それはまるで砂糖のよう




「ねぇ、かまって」

 お皿も無事に食器洗い機に入れたため、僕はリビングに向かって声をかけた。
 本日は、恋人の梓眞が来ている。

「悪ぃ、今無理」
「……」

 梓眞は熱心にスマホを見ている。
 食事中も何やら見ていた。
 僕がいるというのに……なんて言ったら嫌われるかもしれないので、僕は言わない。
 僕は梓眞が大好きだ。

 出会いは二年半前、職場だった。それまで僕は、自分が同性愛者だと思った事は一度も無かったのだが、梓眞の格好良さに惚れてしまった。顔もまぁ控えめに言って天使だが、仕事に打ち込む姿勢が格好良かった。

 梓眞は現在、二十三歳。僕は三十一だ。年の差がある。

「ねぇねぇ、何してるの?」
「うるさい」
「……」

 僕、拗ねそう。
 だが梓眞に別れるなんて言われたら耐えられないから、そっと隣に座る事にした。

「ちょっと、おい! くっつくな! 邪魔だ!」
「……」
「今イベントで忙しいんだよ!」

 梓眞の言葉に、僕は素直に頷き距離を取った。
 この『イベント』は、僕の敵だ。
 イベントとやらで忙しい場合、梓眞は僕が抱きつこうとしたりしようものなら本気で怒る。

 僕はゲームは、テレビゲームを高校生くらいまで人並みにやったっきりの知識と腕前しかないが、最近のスマホのアプリゲームには、イベントがある場合があるようだ。梓眞は課金代を稼ぐために就職したと話していた。ちょっと個性的だと思う。そこは可愛い。

 ……でも寂しい。

 僕は自分のスマホを取り出した。

 それからチラっと梓眞を見た。梓眞の遊んでいるゲームは、『フーリッシュ』というタイトルだったはずだ。僕もゲームをしたら、梓眞と一緒に遊べるのだろうか?

「よし終わり。さすが俺。本当やりきった感がある」
「そう」
「反応薄くないか?」
「……と、ころ、で……僕もゲームをしてみたいと思うようになったんだ」
「ふぅん? いいんじゃないか? やれば? ガチャゲか? カードな感じか?」
「梓眞と同じゲームがしたい」
「? 俺はゲームはしてないぞ。遊びじゃないから、フーリッシュは」
「そ、そうだったね。僕もその、フーリッシュをやってみたいと思って――」
「あっそ。どうせすぐ止めると思うし好きにすれば」
「あ、ああ」

 どうやら一緒に遊んではくれないようだ。
 いいや……僕が止めずに続けたら、いつかチャンスはあるかな?

「早速はじめてみるよ」
「――俺が来てるのに、他のことをはじめるって事か?」
「あ」
「いいよもう、俺帰る」
「ま、待って! 明日にする」
「所詮その程度の覚悟で開始するようじゃ、絶対続かないな」
「……梓眞。そろそろ寝る?」
「お前、俺の体目的なのか?」
「断じて違うよ。ただもっと一緒にいたいんだ」
「……」

 梓眞が顔を背けた。ちょっと照れているようだ。格好良くもあり可愛くもあるのが僕の彼氏だ。

「梓眞」

 僕は隣から梓眞の体に腕を回した。本当好き。
 もう無理、我慢出来ない。

「ちょ、ここでする気か?」
「ダメ?」
「ダメだ」
「嘘。勃ってる」
「!」

 僕は片手で、下衣の上から梓眞のモノを撫でた。そのまま服を脱がせにかかり、すぐにそれは完了した。そのままリビングで一回、寝室に移動して一回シた。僕が抱かれる側だ。梓馬のモノはすごい。

 シャワーを浴びてから、僕は寝室へと戻り、寝入っている梓眞を見た。
 本当好き。

 思わず頬が緩んでしまった。僕も少し眠ろうか――と、思った時、着信が入った。現在深夜二時過ぎ。見れば弟からの電話だった。

「もしもし?」

 寝室をそっと出て、僕は電話に出た。

『大至急、ツクヨミの株を買え』
「どうしたの? 急に」
『話は後だ。では』

 それだけ言うと、電話が切れた。

 ……ツクヨミ? 聞いた事が無いなと思っていたら、直後資料が添付されたメールが届いた。見れば、なんでも、日本国内で初めてのVRシステムの販売権を得た会社だと書いてあった。VR――仮想現実は脳への影響が問題視され、一昔前の普及が止まった後、米国の会社が再開発して、現在は簡単な装置の利用で、どこにいても他の土地にいるような体感を得られるものとなっているとは聞いた事がある。ただ国ごとの認可せいらしい。

「まぁあの子の勧めに間違いは無いよね」

 ポツリと呟いてから、僕は株を買った。弟は株が趣味だ。僕も弟と仲良くなろうと、勧めてもらってちょっとだけ買っている。株の話以外、あまり僕達の間に雑談は発生しない。それでも、いい子だと僕は思っている。

 その作業を終えてから、僕はふと思った。スマホを見る。今日中にフーリッシュを始めてみようか。いいな。悪くない。早速ダウンロードし、僕はゲーム画面を見た。

 最初はキャラクターを作るようだ。

 名前……名前を入力? 僕だといつか分かってもらうためにも、わかりやすく本名をつけておこう。性別は男。なんでもキャラクターは一体しか作成出来ないらしい。

 その後も操作を進め、僕はキャラクターを完成させた。
 そして早速ログインしてみる事に決めた。



 ◆◇◆



「なぁアズ。今日機嫌良くないか?」
「まぁな。今恋人の家だから」
「例の、美人で可愛くて金持ちで優しいとかいう彼氏か?」
「おう。そう。本当にヤバイ神々しいぞ、実物」
「お前がリア充になるとはなぁ……最近、一日十時間くらいしかINも無くなったしな」
「好きすぎて死にそうだ」
「惚気るなよ……俺は孤独死しそう……」
「チャットでは言えるんだけど、リアルでは言えないんだよな……」
「わかる」
「あ、アイツが朝食作ってくれた。食べてくる」
「またなー」



 ◆◇◆



 朝食後、梓眞が帰っていった。僕は本日は休日出勤なので、出社だ。
 現在僕は、副社長をしている。一族経営の我が家で。

 車から降りると、ずらりと並んだ社員が頭を下げた。この時間が無駄だから僕は廃止を何度か要求したのだが、昔からいる社員達は廃止後も集まってくるし、若手も巻き込まれていて可哀想だ。その後副社長室まで向かいながら秘書に指示を出し、もうこれだけで僕の本日の仕事は実は終わりだ……。ただ、いる事に意義があるという雰囲気である。

 はっきり言って、暇だ。

 基本的にパソコンで動画ばっかり見ている。しかし本日は、やる事が出来た。フーリッシュだ。僕は攻略本が無いとゲームが出来ないタイプなので、ネットでまず情報を得る事にした。

「ええと……いくつか職業があって……」

 意外と情報量が多かった。

「……」

 確か、梓眞はいつも「俺は大司教ランキング三位なんだぞ!」と話していたと思う。大司教という職業は、回復役だそうだ。という事は、いつか遊ぶためには、回復されやすい職業が良いだろう。回復されやすいというのは、やはり敵に攻撃されやすい職業なのだろうか? と、考えながら検索したりしていき、僕は、壁役というらしい、『聖騎士』になる事に決めた。

「ええと……レベルを上げてスキルを習得して職業につくのか」

 やる事が分かってきた。早速僕はログインした。現在、レベル1だ。完全に初期装備しか持っていない。ネットに載っていた装備は、ゲーム内通貨で買うか、自分で敵を倒して入手するか、という事のようだった。ゲーム内通貨も持っていない。

 レベル上げで検索すると、『初心者はメインストーリーを進めましょう』と出てきた。公式サイトだ。このゲームは、レべル500が最高らしい。ただ、多くはレベル300もあれば十分に遊べるからレベルはガチ勢と呼ばれる人々しかあげないそうだ。

 梓眞はきっとガチ勢だ。梓眞と遊ぶためには、僕もガチ勢と呼ばれるようにならなければいけないと思う。ガチ勢は月に家賃分くらい課金をするそうだ。僕のマンションは、僕の持ち物だから家賃はない。

 五億円で買ったから、とりあえず五億円くらい課金してみるか。

 ショップ画面を開くと、経験値アップアイテムなどが出てきた。アイテムガチャを回すと出るらしい。何を買ったら良いのか分からないから、とりあえず全部買っておいた。アイテムガチャも、ラインナップに表示されているものが一通り出るまでやった。

「……五十万円ちょっとか。まぁ初日だし無理に使わなくても良いな」

 さて、問題は装備とレベル上げだ。僕はランキング一覧表が閲覧可能だと気づき、迷わず大司教ランキングを開いた。そこには、三位の場所に梓眞の名前がある。『アズ』という名前で遊んでいると知っている。レベルは500だ。やっぱりな。

 次に僕は聖騎士ランキングを開いた。一位は『竜胆』という名前だった。リンドウさんだろうか? レベル500だ。二位は『にぃと氏』で、レベル500だ。三位が『ユジ』という名前の人でレベル498とある。四位はレベル302だ。僕の目標はレベル500と三位になる事なので、ユジという人物に勝てば良いという事だろう。

「梓眞に遊んでもらうためにも頑張らないとな」

 僕は一人大きく頷いた。

 そしてメインストーリーを進める事にした。なんでも、内容は、竜を討伐していくゲームらしい。和洋折衷のストーリーで竜という名前の蛙もいた。ネットでやり方を調べながら進めていき、この日僕は、レベル9になった。レベル9になると、レベル上げ用のクエストを受けられると書いてある。試しにやってみたら、レベル11になった。結構大変だ。

「多分これ、パーティでやるんだろうなぁ……――そうだ、使っていないタブレットがあったな」

 僕は早速、タブレットにもフーリッシュを入れた。パーティは四人まで組めるそうなので、四台用意した。クエストの内容は素材集めだったので、四キャラでやって、スマホのキャラで経験値を貰ったら、すぐにレベル30になった。良いペースだ。

 レベル30でまた新しいクエストが受けられる事になった。
 そちらも素材集めだった。素材は敵を倒すと貰える、武器などの素材だという。
 ――と、このようにして僕は、フーリッシュを開始し、気が付くとハマりこんでいた。



 ◆◇◆



「……」
「……」

 現在、梓眞は真剣な顔でスマホを見ている。以前だったら僕は寂しさに内心で泣いていたと思う。だが現在は、僕も隣で体育座りをしながら、スマホと向きあっている。なんとか現在では、攻略を見なくても自力でゲームを進められるほどには成長した。

 僕は今、ひたすらに最近実装された新ボスを倒している。何度も何度も倒して、レアアイテムのドロップを待っている。それに集中しすぎていた思考は、炊飯器が立てた音で途切れた。ログアウトして顔を上げ、チラリと梓眞を見る。

 すると――梓眞がじーっと僕を見ていた。

 いつから見ていたんだろう? 全然気づかなかった。恥ずかしさと照れから、僕は思わず赤くなった。

「な、何?」
「……」
「梓眞?」
「……最近、お前俺に抱きついてこないよな」
「え? だ、だって、邪魔をしちゃダメなんだよね?」
「俺がいても、スマホばっか弄ってんのな」
「? うん?」
「……」

 不機嫌そうな梓眞は、僕の手からスマホを奪ってテーブルに置くと、僕をその場で押し倒した。以前は僕から誘って、渋々と梓眞が僕を抱いてくれるというのが、最初の頃を除けば定番だったから、僕はこれに驚いた。押し倒されるのなんて、最初に出会った頃以来だ。あの日はたまたま会社のパーティがあって、僕はホテルの廊下で梓眞に遭遇し、部屋に連れ込まれて、そのまま押し倒されて、抱かれたという経緯だ。あの日は、『一目惚れしました、付き合って下さい』と言われて、僕は驚いた記憶がある。誰かにそんな事を言われた事が無かったから、嬉しくて戸惑っている内に、あっさり抱かれてしまって、そうしたらなんだか自分も好きだと思い始めて、僕からも告白して付き合ってもらう事になったかたちだ。でも、僕がスマホを弄るのは、梓眞と一緒に遊びたいからだ。それに梓眞の邪魔をして嫌われたくもないから、僕も何かしていた方がいいと思ったんだけど……?

「ぁ」

 その時、強引に服を開けられ、首元に強く吸いつかれた。ジンと疼いてキスマークをつけられた事が分かる。

「ああっ!」

 今度は乳首を甘く噛まれた。こうしてなし崩しにSEXが始まった。
 性急に解されてから、梓馬に挿入される。

「んン――あ、あ、ああ」
「力抜けよ、キツイ」
「ひ、ひぁあ、そ、そこ、そこばっかり、あ、あああ」
「ここが好きなくせに」
「う、うぁ、ァ……ひぁっ」
「――俺の事だけを考えてろ」
「う、うん。うん。いつだって僕、梓眞の事しか……あああ!」

 グッとさらに深くまで進んできた梓馬の陰茎に、最奥を突き上げられる。肌と肌がぶつかる音が響き始める。ガンガンと打ち付けるように、激しく犯されて、僕はむせび泣いた。激しいが、とても気持ちいい。獰猛な眼をした梓眞は、僕を捕食するように、肉食獣のように体を貪ってくる。必死で快楽に耐えながら、僕は喘いだ。

「あ、あ、イく。イっちゃう――ああっ!」

 僕は一際強く貫かれた瞬間に、放った。ほぼ同時に内部にも、梓眞のものが飛び散った感覚がした。それを認識した直後、僕は意識を飛ばしてしまった。機能も遅くまでゲームをしていたせいだろう。



 ◆◇◆



「はぁ」
「どうしたんだよ、アズ。文字で溜息の表現をするなんて」
「恋人がさ、最近俺を構ってくれねぇんだよ」
「あ、フラれるフラグ?」
「……絶対に嫌だ。ってか、フーリッシュをやってるっぽいんだよなぁ」
「だったら一緒に誘えばいいじゃん? 初心者なんだろ? 手取り足取りプレイで惚れなおさせろよ」
「俺は出会い厨じゃないから、そういうのは苦手なんだ」
「もう出会ってる恋人だろうが」
「……今も隣で寝るよ」
「爆発しろ! そういえば、聖騎士ランキングが入れ替わったぞ、さっき」
「へぇ。四位が変わったのか?」
「それがさ、三位。俺が抜かれた」
「ユジ……お前が抜かれたって……真面目にか?」
「真面目にだ。すげぇよ相手。史上最速でカンストしたプレイヤーが現れたんだよ。『イオ』って名前で、噂によると――魔課金者だ。やばい」

 このゲームは、武器素材と言った有料アイテムが出るガチャが存在するので、使用している武器で、課金者か否かや、おおよその課金額も分かる。

「いくらくらい課金してるんだ? なみの廃課金とは違うんだろ? 魔って」
「そうなんだよ、アズ。開始してまだ三ヶ月くらいらしいんだけど、二千万円はいってそうだった話」
「は? っていうか……『イオ』?」
「おう。心当たりがあるのか?」
「……ちょっとな。あ、恋人が起きた。ログアウトする」



 ◆◇◆



「伊央(いお)」

 目を開けると、珍しく、優しくそっと頬に触れられていた。梓魔がスマホを手から離して、僕を見ている。

「ん……」

 行為後の気怠さが、まだ体に残っている。

「お前、職は?」
「え? 会社の副社長だけど?」
「――フーリッシュの中で」
「聖騎士だよ。そ、そうだよ! だから! あ、あの、梓眞は大司教なんだよね? 僕、一緒に遊べるかなって思って、そ、その……」
「いくら課金した?」
「へ? 今、一億にはならないくらいだけど?」
「……課金は家賃までだって知らないのか?」
「この家、家賃ないし……だ、だから、買った時の金額くらいならと思って……あとね、この前株を買った会社が、このゲームのVR移植を進めているという話で、今度そちらをやろうと話しているんだけど、一緒にどう?」
「VRだと!? やる。絶対やる。今すぐやりたい。頼む、俺にもやらせてくれ!」
「う、うん」
「それはそうと、話を戻すが、ランキング三位になったのは、お前か?」
「そうだよ! 梓眞と対等になりたくて! そうしたら一緒に遊んでくれるかと思って……!」

 僕は断言した。そしてしっかりと座りなおしてから、床に散らばっている服を見る。その時、深々と梓眞が吐息した。そうして正面から僕を抱きしめた。

「リアルでいくらでも遊べるだろ。なんでフーリッシュの中でなんだよ?」
「え? だ、だって、梓眞は僕よりフーリッシュが大切なのかと思って……」
「は? 本気で言ってるのか? そんなわけが無いだろ!」
「え……? でも、いつもフーリッシュで忙しいって……?」
「確かにフーリッシュは大切だ。でもな、そんなのはただの照れ隠しだ! 廃人の俺には、二人っきりで恋人にかける言葉なんてスキルは無ぇんだよ。分かれ!」
「!」
「お前がフーリッシュを好きになってくれたのは嬉しいし、ゲームの中でもいくらでも遊ぶけどな、俺は二人の時に、俺のことを切なそうに見ていたお前が好きだ。俺の事を一番に気にかけてくれているお前が好きだ。別にフーリッシュをやって欲しいと思っていたわけじゃないんだよ!」
「梓眞……」
「悪かった。隣でゲームばかりされると寂しいと俺は気づいていなかった」
「うん。僕寂しかった……」
「これからはフーリッシュは『たまに』『二人で』『一緒に』やる事にして、もっと俺を見ておくれ」
「分かった! 僕、梓眞は塩彼氏ってやつかなと思っていたけど、熱いし甘いって今よく分かった、大好き!」
「塩彼氏……確かに俺の対応は塩だったかもしれないけどな、最近じゃお前こそ塩だったぞ……」
「僕が? 僕、じゃあもっと砂糖な面を出していい? いかに梓眞を好きか、語りたい!」

 この日僕は、愛を再認識した。

 また廃人としかいいようがなかった梓眞は、この日からゲームの画面ではなく、僕を見てくれるようになった。相変わらず言動がしょっぱい時はあるけれど、塩彼氏から甘々になりつつある。僕は梓眞が大好きだ。

 その後、VR版が配信された時、接続システムが僕の家にしかないため、梓眞が引っ越してきた。結果として、仕事とプライベートの公私ともに、またプライベートでもゲームの内外ともに、僕と梓眞は常に一緒にいるようになった。ベタベタだ。それはまるで、砂糖が溶けたように。なお、VR版をベータテストから開始した僕達は、VR版が正式配信後、『伝説のパーティ』と呼ばれるようになるが、それはまた別のお話だ。


 ―― 了 ――