“今”はここまで
朱雀、そんな名前の菅谷朱雀は、自分の名前がコンプレックスだった。
平々凡々な黒い髪に黒い目、顔立ち。
名前がキラキラしている以外、目立つところは無かった。
四神の名前なんて恐れ多すぎないか、と、思っていた人生。だが、大学時代、松波久義が、ある言葉をかけてくれた。
『かっこいいじゃん!』
人生で初めて言われた朱雀は、それから久義のことが気になるようになった。
お互い、文学部心理学科。同じ学部で学科で、なにかと関わりが多かった。だから、話をする機会も多くて、それが朱雀には嬉しかった。
久義は、なんというか、王子様……いいや、もっと威厳があるような、なにか高貴な存在のような外見をしていた。クォーターらしくダークブロンドの髪と薄茶色の瞳をしていて、堀が深い顔立ちで、背が高く綺麗に筋肉がついた体躯をしていた。その点も、貧弱な朱雀とは異なる。だが、だからといって、コンプレックスを刺激されることはなかった。久義は朱雀にとって、憧れの存在だったからだ。
服の趣味、センス一つとっても最先端で、それがまた、似合っている。流行の髪型ではなく、流行を創り出すような造形美を誇っていた。
なにより性格も、柔和で優しい。いつも微笑を湛えていて、学科の皆に優しかった。
――転機が訪れたのは、専門職大学院への入試試験のことだった。
朱雀と久義は同じ大学院が志望だったけれど、朱雀だけが合格した。久義は母校の大学院……第二志望に合格した。そこだって底辺ということはない。だが、それから……お互い大学院にいる最中は、実験実習が多かったけれど、修士論文では――比較されることになった。その時の、久義の目。メラメラと闘志を燃やされていると知った。茶色い、大好きな瞳に宿る敵意に、朱雀は耐えられなくなった。きっと、ライバルなのだと思う。でも、それを受け入れることが辛かった。
だから朱雀は、カウンセラーになろうという気が失せた。敬愛する久義に敵対視されるのならば、平穏に。いつかは同窓会なんかで顔を合わせたならば、笑顔で笑い合えるかも知れない。と、いうことで、朱雀はその後精神保健福祉士の専門学校に行った。
それでも久義のことが諦めきれず、卒業後同じ病院に就職した。どうしても、忘れられなかった。敵対されていても構わない。同じ空間にいたかった。
――そして、現在。
カウンセラーは認知症の検査ばかりで、どちらかといえば人の話を聞くのは、精神保健福祉士……ワーカーの仕事だ。つまり、朱雀の。結果、久義とは病院でもギスギスした関係になってしまった。それが辛い。だから……朱雀は、決意した。自分の体調不良……が、あったならば、久義にカウンセリングを希望すれば、よほどで無ければ通る。仮病人、それを装い、朱雀は久義の元へと通うことに決めた。同じ病院だから、希望は通りやすかった。そして、実際に、まさに今日から、久義にカウンセリングを担当して貰えることになった。
久義は少し大人びていたけれど、二十代後半のお互いだけれど、そこに大人の色気が加わっていた。別に肉体関係を求めているわけではないが、胸が疼く。
「っ、朱雀……あ、いや、菅谷さん……」
「朱雀でいい。その方が俺も気が楽だから」
「……でも、“仕事”だしな」
「やめてくれよ。別に陽性転移するつもりはないけどな、気楽に話してくれ」
「……そうか」
久義は優しかった。
「今日はどうしたんですか?」
「……眠れなくて」
「なにか原因に心当たりは?」
「特に……ただ、胸が苦しくて」
「理由は?」
お前にライバル視されていることだよ、とは、朱雀は言えなかった。
「わからないんだ」
その日から、朱雀は久義の前で、うつ病の仮病を装った。親身になって聞いてくれる久義。相変わらず優しい。だが、だからといって、この想いは墓場まで持っていこうと思っていたし、だから本当にどうにかなりたいと思っていたわけではない。
こうしてカウンセリングは、週に一度行われることになった。
「朱雀は、休みの日はなにをしてるんだ?」
「んー、好きな相手のことを考えて、ヌいてる」
「へ」
朱雀の言葉に久義が目をまん丸にしてから赤面した。初々しい反応だなと思った直後、不意に久義が悲しげな顔をした。久義ほどモテそうな奴が、こんな反応をするだなんて、正直朱雀には意外だった。
「好きな奴、いるのか……」
「ん?」
「……ま、そうだよな。朱雀はかっこいいもんな」
悲しそうに笑われた時、ドクンと朱雀の胸が脈打った。もしかして、脈がある……?
朱雀は知っていた。
横にベッドがあることではない。
この後、久義にクライアントがいないことを、だ。
立ち上がり、朱雀を扉を見る。
「違う、ま、まってくれ! 変な意味じゃ――」
必死な様子で久義が述べる。完全になり行きであるが、朱雀に逃す気は無かった。ガチャリとドアを施錠する。
「朱雀……?」
「俺、さ。元々お前の事が好きだったんだよ」
「!」
「だから――お前にライバル視された時は、もうこの分野やめようと思った」
「な」
「……でも結局、お前に会えない方が辛すぎて、ここに就職した。なぁ、俺に流されてくれよ。俺は、お前が好きだ。付き合ってほしい」
立ち上がった朱雀は、座ったまま呆然とした顔をしている久義を抱きしめた。
すると――腕を回し帰してきた久義が、朱雀の耳元で囁いた。
「堕ちてきたのは、お前だからな」
――完全になり行きである。朱雀は久義に押し倒されていた。
「あ、待っ……俺は、そんな……ァ……んン――や、ぁ」
「ずっと屈服させたかったんだよ」
存分に朱雀の後孔を慣らしてから、問答無用で久義は挿入した。ぐっと根元まで突き入れる。そしてはぁっと吐息すると、目の前で白い朱雀の肢体が震えていた。これは、朱雀には完全に想定外だった。元々どうにかなるつもり――肉体関係を結ぶつもりはなかったわけであるが……まさか、自分が突っ込まれるとは、と、喘ぎながら思う。
「お前さ、分かってないよね、本当。そんなに艶っぽいの。卑怯」
「あ、あ、あ」
「俺より頭が良くて? 論文も最高で? なのにあっさり学会から出て、専門? ワーカー? 俺のプライド、がらがら崩れた」
「ンぁ――!」
「でも、な? 俺が本当に欲しかったのは、成果じゃない。お前自身なんだよ。一目惚れだった。俺がゲイだなんてお前は知らなかったんだろうけどな」
久義はそう言って笑うと、激しい抽送を始めた。ねちゃりぐちゃりと、次第に肉の立てる音が響き始める。喉を反らせて、涙ぐみながら朱雀は喘いだ。
「ぁ、ン――ああ、ァ……ぁあ! あ――っ」
その時、久義が引き抜き、朱雀の腹部に射精した。はぁはぁとお互いの息がその場に谺する。
「職場だからな。“今”はここまでだ。今日、家に来いよ?」
「ンは……」
「もう離さないからな」
――このようにして。片想いを元々していたとはいえ、ライバル視されていた相手に、告白されたらまさかのひっくり返されて抱かれてしまった朱雀は……それでも、幸せだった。なにせ、大好きな人と、結ばれたのだから。
そしてその夜。
マフラーを締め直し、手袋を嵌めて、病院終わりに朱雀は久義と待ち合わせた。
「ほら」
ついていくと、久義のマンションの部屋の前で、鍵を開けた久義に中へと促された。びくびくしながら中へと入ると、後ろから抱きしめられる。
そして朱雀の顎を掴んで久義が、荒々しくキスをした。舌で舌を絡め取り、濃密な口づけをする。唾液の交換をするような、深い深いキスだった。
その後ワンルームのその部屋に入るなり、寝台へと押し倒される。
ド緊張していた朱雀の服を手際よく開けた久義は、朱雀の後孔を慣らすと挿入した。
「ンぁ……あああっ」
「はぁ。いやしかし、お前が俺のものになるとはなぁ。最高」
「あ、あ、あ……や、っ、激し、ぁ」
「俺に慣れろ。俺はもう、お前を離してやらないからな」
そう言って久義が激しく抽送する。ポロポロと朱雀は泣いた。あんまりにも気持ちが良かった。肌と肌がぶつかる音が響く。はぁはぁと荒い息が重なり、部屋に響く。
「あァ――っ!」
その時、一際強く久義が打ち付けた。朱雀は、その衝撃で果てた。
「まだまだこれからだからな? 俺はまだイってないぞ」
――この夜。
散々朱雀は体を貪られた。
こうして「カウンセラーと仮病人」になってしまっていた二人は、「ライバル関係から成り行きで始まる」という流れを経たのだけれど、その後は幸せになった。だから、朱雀に後悔はない。
―― 終 ――