干された小説家の俺、人気作家のハウスキーパーになり、頭を抱えさせる。恋愛的な意味で。




 俺は貧乏だ。
 というのは、仕事を干されたからで、最近はずっと日雇いをアプリで見つけて、なんとか食費とスマホ代と水道光熱費、そしてたまに遅れる家賃を払っている。かなり生活が苦しい。俺は、これでも一応専業作家である。小説を書いている。

「……」

 だが、仕事が来ないのに小説家を名乗って良いのか? という葛藤もゼロではない。
 しかし俺は生涯の仕事を作家だと思っているし、それが多分、アイデンティティなんだと思う。何をしてでもしがみつきたくて、仕事で疲れきって帰ってからも、ちょっとずつだが小説を書き進めて、最近は公募に出したりしている。営業もかけている。

「ん?」

 すると――ある出版社の編集さんからメッセージが来ていた。仕事の依頼かと期待したが、曰く、

『実はとある作家さんが、住み込みの助手を探してるんだけど、どう? 日給二万円で、食住は保証されてるよ。取材の手伝いと原稿チェック、あとは家事をお願い出来る人を探してるんだけど、|砂原《さはら》くんだったら適任かと思って。前にハウスキーパーのバイトしてたでしょ?』

 それを見て、俺は日給二万円に惹かれた。
 家賃を払わなくていいことにも、食費を払わなくていいことにも惹かれた。

『やります。作家さんって、どなたですか?』
『砂原くんならそう言ってくれると思ったよ。ええとね、|行永《ゆきなが》先生』

 俺はきょとんとした。行永晴信は、俺と同じ頃にデビューした売れっ子作家だ。

『なんで|昌波《まさなみ》さん経由で?』
『なんかねぇ……難しいんだけど、行永先生のお子さんが、あまり外部業者とあわなかったり、過去にもこちらで紹介した助手がいたんだけど、行永先生と揉めちゃったりしてね。信頼できる男性を探してるんだよ』
『男性?』
『ほら、行永先生モテるから。女性関係のトラブルだね』

 大変だなぁと俺は思った。
 子供がいると言うことは、不倫だろうか? 俺はそういうのは好きじゃない。
 だが、生活がかかっている。

 そのまま俺は仕事を引き受けた。



「こんにちは、砂原先生」

 いざ、行永の家へと行くと、にこやかに出迎えられた。俺は身長178cmなのだが、行永は見上げるくらい背が高かった。かつ俺は見切り品のお弁当ばかりの生活なので貧弱だが、とても筋肉質に見えた。もう一人、そっくりな顔の、大学生くらいの青年がいる。

「こちらは息子の|青真《あおま》」
「宜しくお願いします、砂原です」

 俺がそう言うと、ぺこりと青真くんが頭を下げた。

「敬語じゃなくて構わないよ、砂原先生」
「行永先生こそ、俺のこと『先生』なんて呼ぶのやめてください」
「じゃあお互い気楽にいこうか、砂原くん」
「そうか? 宜しく、行永……さん」
「呼び捨てでもいいよ?」
「……はぁ」

 俺は曖昧に笑った。それから家の中の一通りを案内され、最後に俺の自室をあてがわれた。既に俺はアパートを解約済みだったので、今後出て行けと言われたら、路頭に迷う。

「じゃあ家事とかよろしくね」

 そう言うと、行永は仕事場だという部屋に消えた。
 青真くんは欠伸をして二階にのぼっていった。

「……」

 とりあえず、食事の用意や作り置きをするかと考える。俺は実家が料理店なので、多少は料理が出来る。それから色々と作っていると、二時間半ほどした時、行永が出てきた。

「ちょっと出てくるよ」
「おう、分かった。あ、え、あ、えっと、分かりました」
「だから敬語じゃなくていいよ」
「何時頃帰る? 飯の用意――」
「今夜は帰らないかも」
「はぁ。取材か?」
「違うよ、風俗」
「――へ?」
「妻が亡くなってから、色々と寂しくてね」

 にやっと笑った行永は、そのまま出て行った。

「……」

 事実なのだろうか?
 それとも冗談か?
 俺は、金も無いし、なんというかあんまり興味もなくて、風俗には行ったことがない。なお……彼女がいたこともない。生粋の童貞だ。もう三十四歳なのに。別に後悔とかはないが……過去に機会はなくはなかったが、俺は乗り気では無かったりしたり、色々とあった。たしか行永は三十代後半だったと思う。俺より少し年上だったと聞いたことがある。同じ出版社で出していたから、誰かの雑談で聞いた。

 その後俺は料理を終えたので、青真くんに声をかけた。

「後で食べるんで。これからもずっと。呼ばなくていいです」
「あ、わかった……」

 ぴしゃりとそう言われた。
 俺は自分でも食べていいことになっていたので、一人で夕食をとり、残りは冷蔵庫に入れた。

 こうして日々が始まった。青真くんは出てこない。行永は仕事をしているか、出かけてばかりだ。あまり二人とは接点がないが、掃除をしたり洗濯をしたりと、やることはあるので、それらをこなしつつ――充分に執筆時間が取れるようになったので、俺は小説を書いている。

 この日も没頭していると――……

「砂原くん、ってばぁ」
「!」

 急に肩を叩かれて、俺はビクリとした。驚愕しながら振り返ると、そこにはあきれ顔の行永の姿があった。

「今日は家で夕食を取るから、用意してもらえる?」
「あ、ああ……分かった」

 ブツンと集中力が途切れた俺は、上書き保存してからパソコンを消した。
 そして部屋を出ると、行永がついてきた。

「小説、順調かい?」
「あ……ま、まぁな」
「今は何処の出版社の仕事受けてるの? 守秘義務を厳守するなら別に言わなくていいよ」
「……公募の原稿だよ」

 俺が乾いた笑い声を出すと、行永が何度か頷いた。

「ふぅん。まだ干されたままなんだ」
「っ」

 第三者に直接的に言われると、クるものがある。俺が唇を引き結びながら歩くと、行永が俺の隣に並んだ。

「有名だもんね。きみがあの大物作家|笹猶静佳《ささなおしずか》のお誘いを断ったっていう話」
「っ、え? な、なんで知って……どういうことだよ……?」
「ん? ああ、笹猶先生がきみを気に入って誘ったのに、きみが『自分を大事にしろ』って説教して『そういうのは恋人とだけやるべきだ』とご高説を――それで、笹猶先生が『どうせ私はビッチですよ』って激怒して、きみが出す出版社ではもう書かないって大声で言って回った話。他の先生がたは、笹猶先生と寝て、仕事紹介してもらってたのに。いやぁ、潔癖だねぇ」

 行永がにやにやした。そんなことは全然知らなかった俺は驚愕してから青ざめた。
 確かにその事件はあった。内容もそのままだ。
 それが過去に俺が童貞を捨てる機会があったが気が乗らなかった件だ。だって、そうではないか。SEXは本来、恋人とするものだ。

「……」

 だが、だとすると俺にはもう、仕事は来ないのだろうか?
 いいや、俺に実力が無いから来ないだけかもしれない。
 都合の良い言い訳に縋るべきではないだろう。

「今夜は、急だから作り置きと、冷凍しといた料理でいいか?」
「うん。いやぁ、助かるよ。僕も息子もアレルギーが多いから、市販品選びが大変でね」

 こうして、この日は行永と一緒に俺は食べた。行永は、俺がスルーした内容については、それ以上語らなかった。



 その三日後、行永の亡き奥さんの七回忌があった。
 俺は出席するといったことはなかったので、朝、出かけていく行永と青真くんを見送ってからは、掃除をして過ごした。夕暮れ時に二人は帰ってきて、青真くんは部屋に行った。行永は俺がいたリビングでソファに座ると、はぁっと溜息をついた。

「なんだかな」
「行永?」

 やはり、奥様を亡くしたというのは、悲愴がつきまとうのだろうか。いつもより表情が暗い行永を見て、俺は声をかけてみた。

「寂しいものだね」
「そうか……」

 しかし俺には、語彙力がなかった。なんと声をかければいいのか分からない。

「こういうときは、人肌が欲しくなる」
「っ、なんというか……法事の日くらい、風俗とか女遊びは止めたらどうだ?」
「そうだね。そういう部類のところで発散する気にはなれない。でも無性に寂しいな」
「そっか……」

 俺が俯くと、立ち上がった行永が、俺の隣に立った。窓を拭いていた俺が振り返ると、俺の隣のガラスに、トンっと行永が手をついた。

「鈍いね、砂原くんって」
「え?」
「誘ったんだけど、きみを」
「――へ?」

 俺は何を言われているのか分からなくて、目を見開いた。

「ねぇ、砂原くん。癒やしてよ」
「……、……いや、俺男だし」
「それが? 男女だって後ろでする人、いるでしょ」
「え……そ、それは、そうかもしれないけど……俺が、お前を抱くのか?」
「冗談。僕がきみを抱きたいって話」
「!? 冗談だろ、それこそ。法事の日に不謹慎な」
「本気だよ。ねぇ、砂原くん、同情してくれないのかい?」
「いや、その……で、でも、だから、そういうのは心から愛する人と――」
「僕は寝る相手は、その時、その夜は、全力で愛するよ?」
「……」

 俺は唇を震わせたが、何も言葉が出てこない。すると、顎を軽く持ち上げられ、少し屈んで顔を覗き込まれた。

「お願い」
「……」
「寂しいんだよ」
「……」
「――合理的に言って、僕は女性じゃないから、別に体を大切にする必要性はない」
「えっ」
「でも、きみのことはきちんと優しく抱くよ」

 どんどん行永の顔が近づいてくる。唖然としているうちに、俺は掠め取るように唇にキスをされた。瞬間、初めてのキスにドキリとしてしまって、俺は行永を押し返そうとした。だが手首を逆に掴まれて、引き寄せられる。そして抱きすくめられた。耳元に吐息が触れる。

「お願いだ。砂原くんにどうしても癒やしてほしいんだよ。今、すごく僕は、辛いんだ」

 悲しげな声に、俺はギュッと目を閉じる。

「……本当に、俺で慰められるの、か?」
「ああ。きみ以外には無理だ」

 俺は目を開けて、行永を見上げた。すると切ない目をして笑っていた。



 ――俺の部屋に、行永が入って、それですぐに俺は寝台に押し倒された。膝を折ってうつ伏せになるように言われて、行永が持ってきたローションを指につけて、ずっと俺の後孔を解している。くちゅりくちゅりと卑猥な音がして、俺の鼓動はドキドキと煩い。

「んぅ」

 時々、知識としては知っている前立腺を、行永の指が掠める。

「ぁ、ァ……」

 とんとんとそこばかりを刺激したかと思えば、指をかき混ぜるように動かしたりと、行永はじっくりと俺の中を解した。本当に、男同士で交わるのかと、俺は少し混乱していた。正直、同情で同意した。俺だったら、きっとこんな夜は悲しいと思ったからだ。でも、どんどん体が熱くなっていくと、これがSEXなのかと思いつつ呼吸に必死になってしまう。

「ぁ、ぁあ」

 ぐりっと少し強めに前立腺を刺激された。
 既に俺の前は勃ち上がって、ガチガチだ。先走りが垂れているのが自分でも分かる。

「挿れるよ」
「ン――っ、ぁあ! あァ!!」

 行永がゴムをつけて、俺の中へと挿入した。ゆっくりと、雁首まで入ってから、行永は荒く吐息し、さらに深く進めた。あんなに慣らされていたのに、俺の中がキツキツで、行永のものに絡みつき、行永の形に広げられていくのが自覚できる。

「あっ……う、ぁァ……ああ……ンん」
「もっと声、聞かせてもらえるかな?」
「は、恥ずかし……あァ、あああ!」
「じゃあ堪えられないようにしてあげようかな」
「あ、あ、あ、あ」

 行永の動きが激しくなる。俺はすぐに声を堪えられなくなり、快楽にすすり泣きながら、幾度も喘いだ。

「あ、あ、イく、っ」
「いいよ」
「あ――!!」

 そのまま激しく打ち付けられた時、俺は放った。ほぼ同時に、行永も果てたようだった。


 これが契機だった。
 翌日の夜、行永は俺の部屋に来た。

「砂原くん、欲しいな」
「えっ……昨日だけじゃ……」
「昨日、あんまりにも可愛かったから」

 俺は真っ赤になった。最初は焦って青ざめたのだが、可愛いなんて言われると、昨日の己の痴態を思い出して、赤くなるほかない。

 この夜は、俺は正常位で交わるということを教えられた。
 その次の夜は、行永が俺の耳朶の下に口づけると、薄く笑った。

「今日は、自分で俺の上に乗って欲しいな?」

 俺は呆然とした。
 だが――押し流されてしまって、断れなかった。行永の肩に手を置き、ボロボロと泣いた。

「やだぁ、ぁ、深いッ」
「もっと深く出来るけどね?」
「やぁあああ、あ、あ、あ、だめだ、やっ」

 散々下から貫かれて、俺は理性を飛ばした。この頃になると、俺はもうSEXが気持ちが良い物だという認識に支配されていて、行為の前はよくないと思うのに、途中からは意識が快楽しか拾わなくなるようになっていた。

「さて、今夜は、コレ」

 数日後の夜、行永はコックリングを手に笑って訪れた。
 俺が怪訝に思っていると、あっさりと俺の陰茎に嵌めた行永が、俺に挿入した。
 そして――最奥を激しく貫いた。

「やだやだやだ、イく、あ、イけないっ、うあ、あ、ダメ、ダメだっ、お願いだ、イかせて、イかせてくれぇ」
「中だけで、ね?」
「うあ、あ、ア……、……ッああああ!」

 この日俺は、ひたすらドライを教えられた。
 そんな日が続いて、三ヶ月ほどがあっさりと経過し、もう七月も終わり、八月が来た。この日は対面座位で交わっていると、部屋のドアがいきなり開いた。俺は咄嗟に理性を取り戻した。ドアを開けたのは青真くんだ。

「父さん、お金欲しい」
「ああ、抽斗の二番目のを使って構わないよ。今、忙しいから、自分で持っていって」
「ん。了解」

 俺は青ざめていたが、気にせず行永は動く。俺は焦って口を両手で覆う。
 青真くんはすぐに出ていった。俺の事には何も触れなかったが、俺は見られた衝撃で萎えた。しかしすぐに行永が俺の感じる場所を激しく突いたため、体が熱くなる。

「あ、あ、やっ、待ってくれ、今、見られ――」
「気にすることはないよ。青真はもう二十歳で分別がある」
「そういう問題じゃ――やぁあああ」

 結局そのまま、俺は行永に抱き潰された。


 いつ意識を飛ばしたのかは分からなかったが、起きると行永の姿はなかった。俺は気怠い腰を引きずってシャワーを浴びた。そして外に出ると、キッチンでジュースのペットボトルを傾けている青真くんがいたものだから、俺は硬直した。

「あ、青真くん、き、昨日――」
「はい? お金の話?」
「そ、そうじゃなくて、俺と行永が、その……」
「ああ、父さんが愛人を連れ込むのは珍しくないんで」

 青真くんはそう言うと退屈そうな顔で、部屋に戻った。
 残された俺は、呆然とした。

「愛人……」

 そうか、と、思った。亡くなったとはいえ行永には奥さんがいるわけだし、最近夜出かけないのは、風俗嬢の代わりに、俺という近場の性処理相手が出来たからで……そうか、愛人か。

「男でも、愛人っていうんだな」

 ぽつりと呟きつつ、あまり現実感は無かった。ただ、俺は行永と自分がどういう関係なのか分かっていなかったから、愛人という言葉が胸にストンと落ちた瞬間だった。


 その夜、俺は小説を完成させた。推敲まで終わった。

「うん。俺は好きな感じ。我ながら良い感じだな」

 この作品が結果を出すかはともかく、一つ俺は満足していた。すると音もなく入ってきた行永が、後ろから俺の印刷した紙を覗き込んだ。

「へぇ。面白そうな出だしだね」
「っ、あ」
「僕、明日、昌波さんと打ち合わせだけど一緒にいくかい?」
「え?」
「今の僕なら、笹猶静佳なんか怖くないから、読んで面白ければ推薦してあげるよ。読ませて。つまらなかったら、まぁ、僕の家のハウスキーパーの報告でもすればいいさ」

 そう言うと、行永が俺の原稿を取り上げた。
 その場で読み始めたため、俺はなんとも気恥ずかしくなって、キッチンから珈琲を二つ持ってきて、その場で待機した。片方を飲みつつ行永が目で活字を追っている。そうして三時間。行永が顔を上げた。

「紹介したくないな、これは」
「……つまらなかったか?」

 どんよりと俺は落ち込んだ。すると行永が吹き出した。

「逆だよ。残念ながら、面白すぎる。やっぱりいらつくほどに、砂原くんには才能があるよね」
「へ?」
「僕より少しデビューが早かっただろ?」
「うん?」
「僕はきみのデビュー作を読んで、絶対に負けないって思ったよ。ただ、勝ったと思ったことは一度も無い。きみが書かなくなったというか、干されちゃったからではあるんだけどね――悪いけど、きみの考えるミステリーは最高に面白い」
「……」
「僕の場合は、恥ずかしながらトリックが思いつかなくていつもホラーだ。ただ、仮にきみにホラーを書かせたとして、僕はきみに勝てるかは分からない」
「創作は勝ち負けじゃないと俺は思う。でも、褒めてくれてるのは分かった。お世辞、じゃないよな? 信じていいんだよな? 俺が、そ、その、お前に抱かれてるから、お情けで言ってるとか、そういうんじゃ……」
「勿論違うよ。僕は越えるべき目標をいくつも持ってる。その最初のハードルがきみだっただけだ。でも、まだ越えられていない。他はたやすかったんだけどな」

 微苦笑して見せた行永と、その日俺は、小説について語りあった。
 この日、行永は俺を抱かなかった。



 出版社に行くのが久しぶりで緊張していると、出迎えてくれた昌波さんが、俺と行永を小さな会議室へと案内した。ソファに座っていると、珈琲を出された。行永は、角砂糖を二つ入れている。俺はブラックだ。昌波さんは、扇子で顔に風を送りながら俺達を見ている。

「上手くやれてますか?」
「ええ、砂原くんはとても料理も上手で、青真も僕も助かってますよ」
「そうですか。ところで行永先生、次作の件なんですが――ええと、砂原先生も同席していいんですかね?」
「はい。次回作は――」

 と、こうして打ち合わせが始まった。俺が黙って聞いていると、最後になって行永が、俺の原稿が入った封筒を取りだした。

「これ、砂原先生が書いた原稿なんですけど、面白かったですよ」
「――おお、行永先生が、推薦文と解説を書いてくれたりする感じですかね?」
「僕の方がキャリアは短いですが、それで良ければ喜んで」
「ほうほう。まぁ、砂原先生は才能がありますからね」

 にこりと昌波さんが笑った。俺は複雑な心境で、曖昧に笑う。本当に才能があったら、ここまでにも仕事の話が来るだろうと思ったからだ。

「ん」

 その時、俺と角あわせに座っていた昌波さんが俺を見た。

「砂原先生、唇荒れてますよ」
「え、あ……」
「ほら、かさかさだ」

 呆れたように昌波さんが、俺の唇を親指でなぞった。それから、ポケットからリップクリームを取りだした。

「どうぞ」
「え、あ、あ、っと、ありがとうございます」

 昌波さんは美容に気を遣う男子なので、俺は過去にもリップクリームを渡されたことがある。素直に塗っていると、行永が咳払いした。

「それでは、そろそろ僕と砂原くんはお暇させて頂きます」
「ええ、ええ。また」
「行くよ、砂原くん」
「ん? おう」

 俺は昌波さんにリップクリームを返してから立ち上がった。何故なのか、行永は目が笑っていない。冷たい表情だ。口元だけ、無理に唇を持ち上げて笑みを作っているように見えた。


 ――帰り道、俺はラブホに引っ張り込まれた。男でも入れるラブホらしい。

「あ、あ、あああああ、やっ、なに、ぁア!」
「どうしてリップクリームを借りたりするの? それって普通なの?」
「ひゃっ、ぁァ……ああ! やぁ!」

 俺はうつ伏せになって臀部を突き出し、ギュッとシーツを掴む。しわくちゃだ。
 ボロボロと快楽由来の涙を零す。

「あ、あ、あ、頭馬鹿になる、まってくれ――うああ、深、っ」
「いつもは手加減してるからね。もっと深く出来るから」

 ズクンっと、行永が俺を穿つ。容赦なく結腸を責められると、じわりじわりと俺の内側から快楽が弾ける。

「やぁあああ、あっ――、――!!」

 そのまま中だけで果てさせられ、俺は長い射精感が全身を襲うのに必死で耐えた。

「うあ、ぁッ待って、まだ、イって――やあああ」

 だというのに、追い打ちをかけるように打ち付けられて、俺の意識はブツンと途切れた。事後、目を覚ますと、俺の体からはトロトロと白濁が零れていた。

「ああ、目が覚めた? 挿れるよ」
「え」

 すると俺を正常位の体勢にして、行永が俺の太ももを持ち上げて挿入してきた。

「まだ解れてる。中、トロトロだよ」
「あ……ぁ、ァ……そ、そういうこと、言わないでくれ、っ」
「どうして?」
「恥ずかしいから――やぁ、ぁァ……ああ」

 緩急をつけて動かれて、俺の体はすぐに再び熱くなった。
 そのまま――この日は、日付が変わり、どころか夜が白むまでの間、俺は抱き潰された。事後、再び意識を飛ばし、やっと目が覚めた時、俺の体は綺麗になっていた。行永が処理をしてくれたみたいだ。行永は、椅子に座って膝と腕を組んでいる。とても不愉快そうな顔をしているので、俺は不安になった。今回だって、今までに無いくらい啼かされた。手酷くされたと思う。気持ちよかったのが、なんとも言えないのだが……。

「あ、あの? さ? なんか怒ってるのか?」
「そりゃあね。きみが、僕以外に唇を触らせたり、リップクリームで間接キスしてたりしたら、不愉快にもなる」
「……? でも、昌波さんはいつもああだぞ?」
「だからそれが気に食わないという話だよ」

 吐き捨てるようにそう言ってから、行永は立ち上がると、俺の方へとやってきた。そしてやっと上半身を起こした俺の頬に触れた。そして、俺に触れるだけのキスをした。

「きみの唇は、僕のだから」




 多分、そう言われてから、かなと思う。
 俺は、行永を――自分が明確に意識していることに気がついてしまった。多分、これは恋だと思う。行永にとって俺は愛人で、都合の良い性処理相手なのだろうから、俺が好きな状態で関係を維持するというのは、いいやそもそも元からダメだったのかもしれないが、本当に誠実ではないと思う。青真くんの教育にも悪いだろう。

 今日、行永は作家仲間に誘われたそうで、飲みに出かけている。
 帰ってきたのは、俺が皿洗いを終えた時だった。

「こっち、おいで?」

 そう言われた俺は、今日こそ行永に、関係を終えようと告げるべく、行永の前に立った。女性ものらしき香水の匂いがする。

「あ、あの、行永――」

 言いかけた時には抱きすくめられていた。俺が切り出したら、この体温に触れることはもうなくなるのだろう。今だって、女を抱いてきた帰りだと思うし。

「ん?」
「もう、止めにしよう。な?」
「なにを?」
「だ、だから……その……ヤるの」
「……どうして?」

 すると行永が、片腕で俺を抱き寄せたまま、じっと俺を見た。

「愛人とか、よくないと思うんだ、やっぱり」
「――は?」

 俺の精一杯の言葉に、行永が呆気にとられたように目を見開いた。

「俺は、やっぱり恋人としか、シちゃダメだと思う。俺、さ――その……困らせるかもしれないけど、行永のこと、好きになっちゃったんだ。だから、片想いしたまま抱かれるっていうのは、結構精神的にクるし、だから……日給ためてたし、ネカフェとかいけるから、俺、なんなら出てくし。その、今までありがとうな」

 色々話し方を考えていたはずが、結局上手く言えなくて、直接的に伝えてしまった。

「待って、ねぇ、待って。どういうこと? 僕は砂原くんを恋人だと思ってるけど?」
「いや、いい。お前、今日も女抱いてきたんだろ? それに、愛人をちょくちょくここに連れ込んでるんだろ? 俺がいると、連れ込みにくいだろうし」
「だから待って。なにそれ、どういう事かな? 誰がそんなこと言ったの? ちなみに今日行ったのは風俗じゃないけどね? クラブだよ。若干女の子との座る距離が近かったのは認めるよ、残り香かな」
「……青真くんが言ってたんだから、事実だろ?」
「青真のやつ……あいつは、まったく」
「子供を責めるなよ」

 俺が俯くと、強引に行永が俺の顎を持ち上げた。

「誓って僕は、愛人をこの家に連れ込んだことなんてない。妻が亡くなってから、何度か恋人がいて、その相手を連れてきたことはあるけれどね。僕は、外ではともかく、家では本当に好きな相手以外を抱いたりしない。だから僕に迫ってきた過去のハウスキーパー達と揉めて、昌波さんに紹介を頼んだ次第だよ」

 つらつらと語ってから、行永がぎゅっと俺を抱きしめた。

「繰り返すけど、僕は砂原くんを恋人だと思ってる。砂原くんもそう思ってくれてると思っていたよ」
「……」
「一番最初に誘った夜、僕は本気できみにそばにいて欲しいと思った。思って、ああ、好きみたいだと思ったから、誘ったんだよ。その夜だって、僕はきみをきちんと愛していた」
「……」
「だけどさっき、きみだって僕を好きだと言ってくれたんだから、もしまだ恋人じゃなかったんだとすれば、僕らは両想いなんだから、今から恋人になって問題は無いよね? お願いだ、出て行くなんて言わないでほしい。僕は、きみがいないとダメだ」

 ……。
 果たしてこの言葉は、信じていいのだろうか?
 俺は自分の気持ちには正直だから、確かに告白をした。だが、遊び歩いていた行永の言葉には信憑性がない。信じる根拠もない。

「ねぇ、砂原くん……っ、あのさ、本当に僕は、今、きみ一筋だし、きみと寝て以来きみ以外と寝たこともない。どうしたら信じてくれる?」

 俺の不安が伝わっていたのか、切実そうな目をして、ギュッとより強く行永が俺を抱きしめた。

「弱ったな、どうすれば伝わるんだ? とにかく、僕はきみが好きだ。言葉ではなんとでも言えるかもしれないと言われたらそれまでだけど――なんだろうな。ああ、どうしよう。そうだ。じゃあ、こうしよう」
「?」
「砂原くんが信じてくれるまで、僕はきみを抱かない。その代わり、恋人らしいことをいっぱいする」
「へ? たとえば?」
「そうだな、花火大会にでも行こうか」

 俺の目を見て、行永が困ったように笑った。果たして花火が恋人らしいのか、俺には分からなかったが、俺は小さく頷いた。



 こうして出て行くこともなく、俺は花火大会の日を迎えた。

「ほら、砂原くん。浴衣」
「えっ、これ……買ったのか?」
「うん。きみの浴衣姿が見てみたくてね」

 俺を後ろから抱きしめて、優しく行永がいう。近い距離に、俺の心臓は高鳴る。
 その後、俺は黄緑色、行永は紺色の浴衣を着て、男二人というのもどうかと思うが、近くの花火大会へと出かけた。曲にあわせて花火が上がる。俺はお好み焼きのパックを手にしながら、空を見上げた。

「綺麗だな」
「そうだね。砂原くんと見られて僕は幸せだよ」
「……そ、そうか」

 なんだか擽ったい。そもそも俺はデートといったものをしたことがないので、こういうのが恋人同士の普通なのかは分からないが、ただ一つ分かるのは、決して嫌ではないと言うことで――この夜の花火大会は、とても楽しかった。

 車で帰宅し、俺は浴衣のまま部屋でベッドに座った。すると同じく浴衣の行永が、苦笑した。

「似合うだろうと思ってはいたんだけど、似合いすぎて困るな」
「へ?」
「押し倒したくなる。あ、いいや、なんでもないよ」
「……」

 きちんと聞こえていた俺は、羞恥に駆られて瞳を揺らす。
 すると行永が歩み寄ってきて、俺の頬に触れた。

「今日、楽しんでもらえたかい?」
「ああ」

 それから行永は、指で俺の首の筋をなぞった。背中がゾクリとした。正直毎夜繋がっていたから、それが消失したここ数日で、俺は溜まっていた。だが、シないことになったのだから……そもそも俺が肉体関係を止めようと言ったのだから、行永にシたいなんて言えない。しゃがんだ行永が、上目遣いに俺を見る。

「まだ、僕の気持ちは信じてもらえないかな?」
「……悪い、信じられないけど……でも……な、なぁ、その触り方やめ……ッッッ」

 行永が、俺の浴衣の合わせ目から手を入れ、乳首を弾いた。俺は息を詰めつつ仰け反る。すると押し倒された。

「最後まではしないから」
「!」

 行永の目は獰猛だった。そしてきっと、俺の目には情欲が宿っていただろう。
 俺の浴衣を開けると、行永が俺の陰茎に手を添え、先端を舐めた。それから口に含み、唇に力を込めて、口淫を始めた。

「あ、っ……」

 俺は片手で口を覆う。久しぶりの快楽に、腰が蠢く。巧みにフェラされると、すぐに俺の陰茎はガチガチに固くなった。側部に添えた手を、行永が激しく動かす。

「あ、あ、出る。行永、口離し――うあっ」

 ギュッと目を閉じ、俺は射精した。行永が、俺の出したものを飲み込んだ気配がして、焦って目を開く。するとくすりと行永が笑った。

「ごちそうさま」
「お、おい、そんな」
「――ごめんね、手を出してしまった。気をつけるよ」
「……」
「おやすみ、砂原くん」
「お前はいいのか……?」
「好きな相手が感じてくれたら、それだけで満たされることもあるからね」

 そのまま行永は、部屋を後にした。残された俺は、一人赤面していた。




「ねぇ」

 青真くんに声をかけられたのは、翌日のことだった。

「ん?」
「――愛人は、せいぜい二・三回だよ。父さんが恋人だって言っても、二・三回でいなくなるから。そうじゃない人は、本当に恋人だと俺は思ってる」
「っ」
「確かに父さんは女遊びも男遊びも激しいよ。俺から見たら下半身ゆるゆるのクズで、今更その口で人を口説くなんてゲスいと思う」
「いや、実のお父さんをそんな風に辛辣に言っちゃダメだぞ?」
「聞いてくれ。黙って」
「はい」

 俺は大学生に萎縮した。

「ただ、一途なのは本当だよ。恋人として紹介された時は、父さんはきちんとその相手を好きなんだって分かる。愛人の場合だって、少なくとも二・三回は愛してたと思う――でも、別れたのは理由もある」
「え?」
「俺が気に食わなかったんだよ」
「へ?」
「母親面されてキレたんだ。父さんは、愛人じゃなくて俺を優先した。そういう意味で、父さんを俺は家族として好きだよ」

 青真くんはそう言うと腕を組んだ。

「ただ長く続いた恋人を見てると、一途なのはいいんだけど、父さんには悪癖があって、囲うんだよ」
「囲う?」
「家から出さない。出すときは自分もついていく。嫉妬深い」
「? 俺は嫉妬されたりというのは特に――」
「ふぅん? そう。じゃあこれから嫉妬されすぎてウザくなるかもね」
「はは……」
「ま、気をつけてね。俺は、砂原さんなら、家にいてもいいと思ってるから。じゃ、それだけ」
「えっ?」

 俺がきょとんとすると、青真くんが二階に行ってしまった。首を捻っていると、打ち合わせに出かけていた行永が帰ってきた。

「ただいま」
「おかえり……あ、ちょっと買い物にいってくる」
「僕も行くよ」

 にこりと笑った行永。俺は青真くんの言葉を思い出しつつ、微苦笑してしまった。
 もう……信じてみてもいいのかもしれない。なにより、信じたいという自分の気持ちに素直になりたい。

「なぁ、行永。やっぱり」
「ん?」
「……俺の部屋、来ないか?」
「っ、それは――」
「鈍いな」
「冗談。僕は聡いよ。誘われたと正確に認識しているよ」

 行永はそう言って笑うと、唇を舌で舐めた。

「僕の愛を信用してくれるんだね?」
「……うん」
「僕達は恋人同士だ。それでいいかな?」
「……ああ、いいよ」
「きみは押しに弱いけど、肝心なことでは芯があると知ってる。その上で、OKを貰ったと僕は考えている」
「……おう」

 俺が頷くと、行永が正面から俺を抱きしめた。カバンが床に落ちた。
 俺はおずおずと腕を回し返す。それから目と愛で見つめ合い、どちらともなく唇を重ねた。


「ぁァ……ああ、もう、っ……あ、もういいから、ぁ」
「じっくり優しくされるのが好きだろう?」
「で、でもっ……体、熱い……あ、ゃャ……だ、だめ、イきそうだっ、ぁ」
「一回出しな?」
「いやだ、行永と一緒がいい」

 三本の指で後孔を解されながら、俺は快楽にポロポロと涙を零す。
 自分でも中がトロトロなのが分かる。

「っく、可愛いこと言うなぁ。煽ったのは砂原くんだからね」

 その直後、行永の陰茎が挿いってきた。
 ぐっと固い陰茎で実直に貫かれ、俺は腕を行永の首に回し、ギュッと目を閉じて衝撃に耐えた。久しぶりの行永の体温が、愛おしくてたまらない。

「優しく抱きたいと思ってたんだけどな。悪い、だめだ、堪えきれない」
「んぁ――!」

 行永が激しい抽送を始めた。肌と肌がぶつかる音がする。
 ぐちゅりとローションが立てる水音と、それが混じっている。
 俺は行永に抱きついたままで、必死に息をする。俺の持ち上がった陰茎が、行永のよく引き締まった腹筋で擦れる。

「あ、あ、あ」
「悪い、出すよ」
「俺もイく――んぁあああ」

 そのまま一際激しく打ち付けられた時、俺は放った。行永は陰茎を引き抜くと、俺の腹部に射精した。


 事後。
 行永は俺を腕枕し、俺の髪を撫でながら優しい目をした。

「愛してるよ」

 その言葉に、俺の胸が満ちあふれる。俺は両頬を持ち上げて、しっかりと頷いた。

「俺もだ。だから、信じる」

 このようにして、俺と行永は恋人同士となった。
 その後は日給は貰わなくなり、お財布は別々になった。というのも、本当に俺の原稿が出版されて、なんとか俺のお財布も潤ったので、俺は養われるなんて嫌だったから、別にしようと告げた結果である。なお、青真くんが前に借りていたお金は、シナリオスクールの月謝だったそうで、青真くんも将来は作家になりたいそうだった。全然興味が無さそうな顔ながら、俺の著作にサインが欲しいと言ってくれたとき、俺は胸が温かくなった。

 なんとか文壇にちょこっとだけ復帰した俺であるが、それでも家事は担当している。
 だが最近は、行永も家事をする。俺が料理をしていると、必ず横にいるし。
 出かける時は、常に一緒だ。一緒に打ち合わせに行ったら、昌波さんが、不思議そうにしていた。

 紆余曲折、色々あったが、とりあえず今、俺は幸せだ。行永は、俺を愛してくれていると思う。

「本当に、確かに僕は遊びまくっていた自信があるけれどね、砂原くんに信じてもらえなかったらどうしようかと頭を抱えていたんだよ」

 俺を後ろから抱きしめながら、今日も行永が笑っている。
 俺は完成したカレーを見ながら、笑って返した。

「なぁ、行永」
「なんだい?」
「――来年も、花火行こうな」
「! っ、来年と言わず、再来年も、これからずっと、きみの予定は予約させてもらうよ」

 それから俺達は、啄むようなキスをした。
 これが現在の、平和で幸せな日常である。




 ―― 終 ――