【6】今日こそはマッサージに行きたいのに!







 翌週、火曜日。今日こそは、絢樫Cafe&マッサージに行くぞと俺は思っていた。
 だが、火曜日というのは――数少ない、次兄のバイトの休日でもある……。
 一応一緒に暮らしているのだが、病院やクリニックに泊まり込みが多い、二番目の兄である昼威が、この日は帰ってくるというので、俺はまっすぐに帰宅した。理由は分かっている。

 俺を出迎えた昼威は、非常に不機嫌そうな顔をしていた。俺とコイツはよく似ていると言われているが、だとすると、俺はこんなにも俺様風な外面なのだろうか? たまに怖くなる。

「遅かったな」

 先に帰っていた昼威は、居間で立ち上がり俺を出迎え――バシンと俺の肩を叩くようにして、手で払った。

「ホコリが付いていたぞ」

 いつもの事なのだが、瞬間的に体が軽くなった。以前は、これが神様に思えていたが、今の俺には、ローラという天使がいる。

「洗濯には気を遣ってるんだけどな」
「へぇ」

 そう言って、昼威が座った。俺も対面する席の座布団の上に座る。畳を何となく眺めてから、卓上の缶ビールを見た。

 昼威は、一応、開業医だ。精神科・心療内科クリニックを開いている。
 俺と顔は似ているが、髪型は全く似ておらず、前髪を後ろに撫で上げ、今時珍しい細いフレームの銀縁眼鏡をかけている昼威は、実年齢もあるだろうが、俺よりも大人っぽく視える。なんか、格好つけてる感じで、俺の好みではない。まぁ、大人びて見えるだけで、中身は我儘な子供と変わらず、俺の中では、斗望よりも幼く思える時さえあるが。

 明らかにスーパーから買ってきたお惣菜(パックもそのまま)を一瞥し、俺は手を合わせた。意外と、美味しいので、俺は嫌いじゃない。

「――今日も、除霊のバイト帰りか?」
「まぁな」

 俺は適当に頷いた。
 そもそもの話、俺が住職になったのは、コイツのせいだ。朝儀に関しては、多分視えないのだろうし、お寺とかに最初から興味が無かったんだと思う。それに歳も離れているし、俺が高校生の頃には既に就職していたから、何も思わなかった。

 だが、俺としては、てっきり、昼威がこの寺を継ぐのだと、幼心に思っていた。
 しかし。

「馬鹿馬鹿しい。幽霊なんて、いるわけがないだろう」

 吐き捨てるように言って、昼威が、麦酒の缶を傾けた。
 昼威は……多分、視える上、それだけでなく、除霊等が出来るだろうに、オカルト現象を全否定している、テレビでよく見るある種の常識人なのだ。俺は、中学三年生の時、進路希望書を前に悩んでいた際、耳にして衝撃を受けた。父と昼威が大喧嘩したのだ。

「寺なんか継がない。俺は、医者になる」
「――!? 何のために、鈴仙大学の付属高等部に進学したんだ!?」

 父の言葉は、もっともである。
 まぁ、この騒動があって、俺の進学先も、鈴仙大学付属高等部となった。レイセン、という大学名は、少なくともこの界隈では名前が通っている。通称霊能学部と称される文学部仏教科と民族学科が存在しているからだ。日本全土から、霊能力者や民俗学者希望者が集まってくる。だから全国的にも、知る人ぞ知る大学らしい。

 俺は、目を据わらせて昼威を見た。すると、昼威が続けた。

「お前の仕事なんて、葬式だけだろ。それすらほぼ無く、怪しいバイト」

 カチンときたので、俺も、用意してあった自分の分らしき麦酒の缶を開けた。
 ぐいっと一口飲んでから、昼威を睨めつける。

「あー!? 誰の金でご飯食べてると思ってるんだ、このヤブ医者! お前のクリニック、ほとんど人こないだろー!
「……うるさい」
「葬儀だって大切な仕事だ!」
「俺は死んだあとじゃなく、生きてる人を救いたいんだ」
「ご立派なことだな! けどな、だったら――救急のバイトで入った金、さっさと家に入れろこのバカ! お前は大人しく外科にいけー! 人を切り刻む才能に長けてるんだからそれを伸ばせー!」

 俺は叫んだ。昼威と俺は、別段仲が悪いわけではないのだが、この土地の方言というか……後は、何だか気軽に兄弟喧嘩が出来る関係なのだ。朝儀より、距離感が近い。

 ちなみに次兄のクリニックは、月・水・木・土の午前十時から十二時と午後三時から夕方七時まで開店している。しかしながら、患者は、二週間に三人来たら良い方らしい。だから専ら、兄は、救命救急で、バイトをしているのである。そちらでの方が、兄の腕は買われている。だから、週末は特に、平日もクリニック終了後には、ほぼ救急のバイトをして、昼威は食いつないでる。しかし、寺に金を入れてくれない。光熱水、払っているのは、俺だ。その鬱憤もあって、俺は昼威の服を一瞥してから続けた。

「第一、手術着でうろうろすんなって言ってるだろ!」
「……汗をかいた時、手術着の方が楽なんだ。今、夏だし」
「どんな言い訳だ!? この三十路独喪男!」
「独身貴族と言い直してくれ。それに、それだけは、お前には言われたくない」

 俺に、ブーメランが直撃した。三十路にも俺は迫っているのだった。
 それにしても、顔がよく似ている俺達二人がそろってモテず、似ていない朝儀が子持ちの寡夫という事は、もしや……考えたくないが、俺達の顔が悪いのだろうか? 鏡を見る限り、ごく普通だと思うのだが……。

「それより……その、悪い、二万円程、貸してもらえないか?」
「あーっ、やっぱりそれで帰ってきたのかよ! 昼威! お前、使いすぎ!」
「頼む……!」

 実は、俺の次兄は、俺よりもある種高給取りなのだが、浪費癖があるのだ。迷惑防止条例に訴えたいレベルで、俺に金を要求してくる……。

「今度は何に使ったんだよ?」
「……フロイトの直筆の原稿がオークションに出ていてな……」
「そんなもん贋作だろ、どうせ」
「落札してしまった……」
「あーもう……」

 ……まぁ、使い道が、俺には分からない学問関連であるため……俺は、ついついお金を貸してしまう。そんなこんなで、お惣菜を食べながら、夜が更けていった。