【9】――絶対に、ローラをお化け屋敷に誘う!





 俺は――ローラ達を、誘ってみる事に決めた。

 ――絶対に、ローラをお化け屋敷に誘う!

 そう誓いながら道を歩くも、断られたらどうしようかと、内心では不安でいっぱいだった。断られたら、店にも行きにくくなるかもしれないからだ……。しかもコミュ障の俺だ。誰かをどこかに誘った経験などゼロに等しい。上手く誘えるのだろうか……。

 そんな不安を抱えて向かった店で、俺は動転しながら口を開いた。

「その……実は、頼みがあってきた」

 切り出しながら、ギュッと手を握り、爪を掌に立てた。緊張していた。
 ローラは、目を丸くしながら、俺を見ている。その傍らに立つ砂鳥くんは落ち着いた顔をしていた。俺は必死で言葉を続ける。

「明後日、一緒について来てくれ。夕方の三時に、南通りの地蔵前に来い」

 ちょっと偉そうな言い方になってしまった気がした。だが、俺は必死だったのだ。断られたら、死んでしまうような強迫観念に駆られていた。

「ええと……それは、俺と砂鳥で行けば良いんですか?」

 ローラが言った。来てくれそうな気配に、俺は安堵した。
 だが……チラリと砂鳥くんを見る。彼は、未成年だろう。果たして、巻き込んで良いのだろうか? しかし、考えてみると、この少年もまた、絢樫Cafe&マッサージというこの不可思議な店に深く関わっている。彼の存在も、もしかしたら重要なのかもしれない。

「ああ。そうだな。二人で来てくれ」
「え」

 俺の言葉に、砂鳥くんが驚いたような顔をした。

「折角の常連さんのお誘いですしね……店の時間ではありますが……行こうか、砂鳥?」
「へ? あ、うん。そ、そうだね、ローラ。藍円寺さんは、よく来て下さるし!」

 しかし、ローラがフォロー(?)してくれたため、俺は、なんとか無事に約束を取り付ける事が出来た。これだけでも、どっと疲れた気がした。

 そのままマッサージを受けたかったが、この日は、準備があるからと、俺は帰宅した。
 考えてみると、当日のその時間帯は、彼らは本来店の時間であるはずだから、本当に申し訳ない。だが……俺は、お化け屋敷の恐怖に負けていた。

 それから三日間、気合を入れて俺は、準備に勤しんだ。
 彼らがいたら恐怖は軽減されるだろうが――守るのは、俺だ。
 果たして、俺にそれができるのだろうか?
 そもそも自分の身を守れるのだろうか?

 そう考えながら、法具や錫杖を用意し、念入りに僧服の確認をした。これを身に付けるのは、久しぶりだ。寺に代々伝わっている代物である。普段の数少ない葬儀時は、市販の袈裟を俺は身につけているし、お祓いバイト時など、俺は普段着だ。

 こうして当日を迎えた。本当に来てくれるのか、若干不安だったが、ローラと砂鳥くんは、きちんと待ち合わせの場所に来てくれた。ああ……それにしても、怖い。お化け屋敷に近づいている現在……俺の背筋は総毛立っている。ギュッと錫杖を握り締めながら、俺は懸命に足を動かした。努力しないと、逆走して逃げ出しそうだった。怖い怖い怖い。

 そして、いざ……お化け屋敷に到着した。
 ――俺、何にも視えないけど、ここ無理、嫌、帰りたい、泣きたい。
 涙ぐみそうになりつつも、俺は鐘を鳴らしたり、錫杖を床についたりした。
 本当にこんなもので、効果はあるのだろうか?
 俺から見る限り、嫌な感覚は消えない。何も視えないが、何となく嫌なのだ。
 恐怖で膝が震える。それを必死で制しながら、俺は中に入った。
 何度もローラと砂鳥くんが付いてくるのを確認しながら、深呼吸しつつ階段を登る。

 頭痛と肩こりが襲いかかってきた。ドシンと何かが肩に乗っている感覚だ。

 階段を上りきった時、追いついてきた御遼神社の跡取りに言われた。

「このままだと、予定人員で、奥の鏡の部屋には到達できません。俺達は、隣室で待機しているので、藍円寺さん、お願いします」

 微笑している彼を見て、俺は顔が引きつり掛けた。え。
 ローラと砂鳥くんは、お祓い要員では無い。つ、つまり、俺一人で、禍々しさの根幹である鏡に対処するのか……? 全身に震えが走った。

 このお化け屋敷がお化け屋敷になってしまったのは、呪われた鏡が二階の奥の一室にあって、常に呪いを放っているから、だと聞いている。

「ああ。分かった」

 しかし……俺は断れなかった。断ったら、玲瓏院のご隠居に、後でなんて言われるかも恐ろしかったのだ。我ながら虚ろな遠い目をしていただろう俺は、そのまま目的地へと向かい、部屋に入るなり、御札を鏡に貼り付けた。こ、これで、聞いている理論的には、呪いは封じられている……はずだ……。視えないから分からないが。とにかく怖い。不気味な鏡がそばにある。泣きたくなりながら、俺はローラ達を一瞥した。彼らは――平然としているように見えた。壁に背をあずけて座っている。だが、念のため俺は尋ねた。

「怖いか?」
「いや、全く」

 ローラが即答した。満面の笑みである。
 それを見た時――俺は、いつも店に対して感じる、ある種の不可思議な感覚に襲われた。
 ……ちょっと、奇妙では無いか?
 一般人にしろ、不思議な何らかの力があるにしろ……こんなにも禍々しい代物のそばにいるのに、この笑みは、何だ?

 俺は、自分が、とんでもない間違いを犯してしまったような錯覚に囚われた。

「藍円寺さんこそ、怖いんじゃないのか?」
「――なんだと?」

 その時、ローラが言ったから、俺は反射的に眉を顰めた。が、正しくその通りだった。なにせ、俺は今も泣きそうなほど、恐ろしい。寧ろ、気さくに声をかけられて、ちょっとだけ恐怖が和らいだし、直前までローラに感じていた違和も消えた。

「俺には怖いものなんて存在しない」

 俺は、断言した。こう言えば、二人を少しくらいは安心させられるかとも思っていたし、ビビっているとバレたく無かったというのもある……。俺は、見栄っ張りだ。が、緊張していたため、ペラペラと俺の口は、余計な言葉を続ける。

「こんな程度の低い物件に駆り出されて、正直迷惑していた所だ。暇で堪らないだろうと思ってな。退屈しのぎに、お前達を呼んでみようと気まぐれを起こしただけだ」

 何言ってるんだよ、俺!
 折角来てくれた相手に失礼だとも思ったが、俺の口は、黙ってくれない。
だって、だって、だ。怖くて怖くて、緊張感が抜けないのだ。
 震える指先を何度も握って誤魔化すが、いっこうに震えも消えない。

「じゃあ、一つ。退屈しのぎに、肩揉みでもしましょうか?」

 しかし気を悪くした風も無く、ローラが微笑した。

「っ、あ……の、良いのか? 料金は?」

 思わず安堵の息を吐きつつ、俺は首を捻った。実際、肩が死ぬ程重いし、マッサージをしてもらって恐怖を和らげたいという思いもある。

「――いつも通り現物だ。『命令』だ。俺の正面に座れ」

 続いて響いた声。
 俺は、それを上手く認識できなかった。
 気づくと思考が霞に飲み込まれていたのだった。