【9】「さすがは、藍円寺さんですね。俺、怖かったけど、藍円寺さんと一緒だったから、ひと晩耐えられました」(☆)
ローラが、薄い藍円寺さんの唇を舌で舐める。するとピクンと藍円寺さんが震えた。睫毛が揺れている。既に情欲が滲んでいる藍円寺さんの瞳は凄艶で、彼もまたローラを求めているのが、よく分かる。
唇を何度も舐めた後、ローラが藍円寺さんの口を貪った。
ローラは、惚れない限り、キスをしない。ああ、やっぱり本気なんだなぁ。
ニヤニヤしそうになったが、僕は堪えた。
藍円寺さんの頬に手を添え、角度を何度か変えながら、深々と唇を奪っている。震えている藍円寺さんが、小動物に見えた。外見は肉食獣なんだけど。
「ぁ」
木の床の上に、正面から両手首を掴んでローラが藍円寺さんを押し倒した時、藍円寺さんが小さく声を上げた。ローラはそのまま、藍円寺さんの首元を噛む。吸血を始めたようで、されるがままの藍円寺さんが、次第に何かを堪えるような表情になった。吸血時にローラが注入している特有の快楽物質で、体を焦がされているのだろう。
基本的には、藍円寺さんは声を出すのが嫌みたいだし、当初の声も大体小さい。
それが分かっているからこそ、ローラは、無理矢理声を出させ、喋らせ、大きく喘がせるのだろう。袈裟をローラが取り去って、それから和装の上から、乳首を摘んだ。とっくに藍円寺さんの双方の胸は、ローラに開発されてしまっているようで、その刺激だけで、藍円寺さんが涙を滲ませたのが見て取れた。
「止め、止めてくれ、隣に、人……あ、砂鳥くんも……いるし……」
不意に藍円寺さんが言った。どうやら、暗示が緩んだらしい。
暗示というのは、時たま緩むそうだ。そういう時は、体の自由は聞かないし、ローラの言いなりのままではあるのだが、少しだけ理性が戻るという。しかし、問題はない。どうせ完全に暗示を解けば、全てを人間は、基本的に忘れてしまうからだ。余程、力が強くなければ、問題はゼロだ。
「お前が声を我慢すれば、誰にも聞こえない。そうだろ?」
「あ、ああ……」
今の、『そうだろ?』というのも、暗示だ。今回のは、暗示をかけ直すと同時に、一種のプレイだ……。声を堪える藍円寺さんを、ローラは楽しむ気なのだろう。堪えなきゃと頑張るのに、声が漏れる姿――さぞや、ローラにとっては愉快だろう。何せ、僕もちょっとワクワクする。
「ぁ……ふァ」
着物の上から、ローラが藍円寺さんの陰茎をまさぐる。そして合わせ目をはだけて、太ももを露出させた。既に張り詰めている藍円寺さんのものが、ローラが下着をおろすと、プルンと顕になる。
「初回以来だな」
そう言うと、ローラが、藍円寺さんの陰茎を口に含んだ。
「あっ」
藍円寺さんがビクリとする。それから両手で口を抑えた。
「ン、んんっ」
鼻を抜けるような甘い声がする。それを楽しむようにして、ローラが唇に力を込めて、藍円寺さんの陰茎をいたぶる。根元付近まで飲み込んでは、ゆっくりと舐めあげて、それから重点的にカリ首を刺激している。いやいやとするように、藍円寺さんが首を振る。必死で声をこらえているのが、伝わって来る。
「あ、ああっ」
その時ローラが口を離し、指で藍円寺さんの鈴口を意地悪く開いた。パクリと口を開いた先端を一瞥してから、ローラが舌先でその箇所を刺激する。すると藍円寺さんが、体を硬直させた。「止めてくれ」という内心が伝わって来る。快楽が強すぎるらしい。しかしローラは止めないし、どころかそこに――快楽を感じさせる己の体液を流し込み始めた。
「うああっ」
堪えきれなかったようで、藍円寺さんが一際大きく喘いだ。
「良いのか? 砂鳥にも、隣にも、聞こえるぞ?」
「ダメだ、ダメ、ダメ、あ、あ、出る」
「今日は、前でイったら許さない。ダメだ。禁止」
「う、うあ、あ、あ、ああっ」
藍円寺さんが震えながら、涙をボロボロと零した。その雫を、ローラが舐めとる。
それから再び、藍円寺さんの陰茎を唇に含んだ。今度は両手を添えて、激しく扱きながらだ。藍円寺さんが泣き叫ぼうとして、そうして声を必死で飲み込んでいる。代わりに涙だけが伝っている。これは、出したいだろうなぁ。
「いやぁっ、も、もう、ア」
「だーめ」
「ン――っ!!」
のけぞった藍円寺さんの白い太ももが、震えている。ローラが、今度は右側の太ももを持ち上げて、その付け根付近に噛み付いた。今度こそ、藍円寺さんは声を上げた。もう理性が飛んでしまっているようだった。
「あ、あ、挿れてぇ、挿れてくれ!!」
僕は、そろそろ隣の部屋に行く段階だなと、荷物を一瞥した。
「だーめ。今日は、どうしよっかなぁ」
ローラはそう言ってニヤニヤと残酷に笑うと、藍円寺さんの太ももを舐め始めた。付け根から膝の裏側までをゆっくりと舐めていき、そして膝の裏側を重点的に吸い始めた。そこからも吸血している。つまり、藍円寺さん側には、壮絶な快楽が入り込んでいるはずだ。続いて踝まで舐めていき、今度はそこに吸い付いた。その後は、足の指を一本ずつしゃぶり、指と指の間を丹念に舐めてから、再び踝側へと舌を這わせる。そうした往復を何度かした頃には、藍円寺さんがすすり泣いていた。乱れた僧服から覗く肌が上気している。
綺麗な黒髪が白い肌に張り付いていて、いつもは強気な瞳が蕩けきっていた。
「僕、隣に行くね」
「――おう。朝には戻れよ。藍円寺が起きる前に」
「分かってるよ。じゃあね」
こうして、僕は、鏡の部屋を後にした。
隣室に入る時は、「怖くて……」と、口にする事を勿論忘れなかった。
さて、翌朝、僕は四時頃隣室へと向かった。
すると、ローラは藍円寺さんを後ろから抱きしめていた。既に僧服も袈裟も着付けられているが、藍円寺さんの瞳は虚ろだ。まだ、暗示が効いているのだろう。僕は、二人を映し出している鏡を一瞥し、苦笑した。きっと鏡プレイを楽しんだんだろうな。
「ん」
藍円寺さんが身動ぎしたのは、五時半を過ぎてからの事だった。
「あ、あれ?」
素の声で、藍円寺さんが目を見開いた。ガバッとローラから離れた。ローラもすんなりと腕を離す。
「寄りかかって眠ってしまわれたので、俺、一晩中抱っこしちゃってましたよ」
ローラがわざとらしい人の良さそうな微苦笑で告げる。
すると、瞬時に藍円寺さんが赤面した。
「わ、悪い……そ、の、疲れてて……」
「そういう事もありますよね。じゃ、そろそろ帰りますか」
「あ、ああ」
藍円寺さんが慌てたように頷いた。ローラが立ち上がる。既に藍円寺さんは立ち上がっていた。僕は直後、驚いた。ローラが壁に触れたのだが――瞬間、バシンと僕は衝撃波を感じた。人間に感じ取れたかは不明だったが……それと同時に、お化け屋敷自体が浄化されたのが分かった。
ローラは、吸血鬼である。魔の存在だ。
だけど――強い魔は、より弱い魔を、殲滅・消失させられる。
それは、人間のいう浄化と同じ行為だ。
「さすがは、藍円寺さんですね。俺、怖かったけど、藍円寺さんと一緒だったから、ひと晩耐えられました」
ローラがそんな事を嘯く。
こうして、朝の日差しの中へと、僕らは出た。
背後で閉まる民家の扉の音を聞きながら、僕は一つのお化け屋敷騒動の終焉を見たのである。