【番外】七夕は雨(★)







「明日は、曇りなのか……」

 俺はテレビの天気予報を見ながら、ポツリと呟いた。曇りや雨の日は、依頼案件が増加しがちで、そんな時ほど相手が『いつもよりも嫌な感じ』がする場合は多い。だが、だから小声になってしまったわけではない。明日は、七夕。

 もう俺も良い年だから、お伽噺はただのお伽噺だと理解出来ている。
 だが、織り姫と彦星の話を思い出すと、つい、空が晴れる事を祈ってしまう。
 例えば俺は、ローラと一年に一度しか会えなくなったら泣くと思う。泣きくれて暮らす自信しかない。

 リモコンを手に取り、俺はテレビを消した。さて、今日もこの後は、仕事だ。藍円寺からの坂道を降りた先にある絢樫Cafeで、本日も待ち合わせをしている。俺が立ち寄り、ローラがそこから付いてくるのが、ここの所の仕事スタイルだ。

 店に到着し、扉に手をかける。小さな鐘の音が響く中、店内を俺は見渡した。

「藍円寺」

 するとカウンター席に座っていたローラが振り返った。そして猫のような目を俺に向ける。ローラを見るだけで、相変わらず俺の胸はトクンと疼く。付き合い始めて、俺的には結構経つと思うのだが、今でも慣れない。見る度に好きになっていくのだ。

 今日よりも明日、明日よりも明後日、今以上に好きになっている自信しかない。

「行くか」

 立ち上がり、ローラが俺に歩み寄ってきた。俺は静かに頷き、踵を返す。最近ではなるべく口に出す努力をしている俺だが、あんまり上手くは伝えられている気がしない。俺は、雲の多い夕焼け空を見る。確かにそろそろ雨が降りそうだ。

「どうかしたのか?」
「いや……なんでもない。それよりも、気を引き締めないとな」

 俺は慌てて仕事の話にすり替えた。織り姫と彦星の幸せを願っているなんて知られたら、ローラに乙女だと思われてしまうかもしれない。それはちょっと気恥ずかしい。

 本日の仕事は、廃病院の除霊だ。前に、絆がロケで入った時に、紬が歩き回って浄化したらしいのだが、また沢山の霊がたまっているという話で、心霊教会から依頼があった。強いと言うよりも、数が多いという意味で、中々大変な仕事のようだった。最近では、俺も『視える』事が多いため、想像するだけで、嫌な気持ちになってくる。ローラに危険が及ばないか、いつも俺は不安だ。が――今では、理解もしている。ローラは強い。俺よりもずっと……。

 二人で、バスに乗る。最寄りのバス停まで、乗車予定だ。並んで座ると、ローラが膝の上に置いていた俺の手に、掌を重ねてきた。視線を向けると、微笑まれた。俺はこの顔に本当に弱い。客は俺達しかいないから、誰かに見られる心配は無い。

「藍円寺って、手が綺麗だよな」
「そうか?」

 ごく普通の手だと思うし、圧倒的にローラの方が綺麗だと俺は思うが、ローラに褒められるとそれだけで舞い上がる俺がいる。

「舐めたい」
「な……し、仕事の前に、なんていう事を……何を考えているんだ!」

 瞬間的に、俺は真っ赤になってしまった。するとニッと口角を持ち上げたローラが、俺の左手首を優しく握って、持ち上げた。そして俺の手の甲をペロリと舐めた。俺はローラの端正な唇に視線が釘付けになる。

「本音だ。藍円寺が照れてる所、本当好きだ」
「……揶揄うな」
「揶揄ってなんか、無ぇよ」

 そんなやりとりをしながら、俺達は現地に到着した。外観を見ただけで、寒気がした。だが、玄関から一歩中に入った瞬間に、嫌な気配が消失した。俺が何かを視る前に、最近はローラがこのようにして処理してくれる事は、比較的多い。

「さ、仕事は終わりだ。今日も藍円寺のお前の部屋に、行っても良いだろ?」
「念のため、各地の確認をしないと」
「真面目なお前、本当好きだけど、俺は早くお前の指を舐めたい。俺は自分が手フェチだと思った事は一度も無いが、藍円寺は特別だ」

 ローラがそう言ってから、喉で笑った。俺は頬が熱いのを誤魔化すように、顔を背けた。その後は各地を一緒に見て回り、空が暗くなってから、外へと出た。曇り空だから天の川はあまりよく見えない。それを寂しく思いながら、帰りは徒歩なので、俺は一歩踏み出した。するとローラが、ギュッと俺の手を握った。気恥ずかしさは変わらないが、人気はゼロなので、少しは良いかと俺も握り返してみた。 

「雨が降りそうだな。帰る前に、雨宿りをした方が良いかもな」

 暫しの間歩いた時、そう言ったローラは、繋いだ手に力を込めた。確かに俺達は、傘を持っていない。段々市内に近づいてきた為、立ち並ぶ建造物が見える。どこか無いだろうかと、俺は視線を向けた。するとローラが俺の腕を抱きしめた。驚いて視線を向けると、ローラが楽しそうに笑っていた。

「たまには、違う場所もいいだろう? な?」
「違う場所?」
「ホテルとかな」
「な」

 俺はそばに立っているラブホに気づいて、真っ赤になった。唇を震わせていると、ローラが吹き出した。

「そこの裏手の道を進むと、ビジネスホテルの裏に出るだろ?」
「あ……」

 ラブホしか目に入っていなかった俺は、自分の考えの誤りに気がついて、恥ずかしくなった……。

「俺はラブホでも良いけどな」
「ビジネスホテルに行こう」
「ホテルには行ってくれるのか。ちなみにビジネスホテルの隣は、パスタの店だけどな。少し遅いが、夕食でも良い」
「!」

 意地悪く笑っているローラを目にしてから、俺は空いている方の手で、唇を覆う。俺の煩悩が露見してしまった……。

「どうして俺よりも、新南津市に詳しいんだ?」
「藍円寺を何処に連れて行っても良いように、地図を読み込んでおいたんだ」
「っ」
「いっぱいデート、しような?」

 その言葉が嬉しくて、俺は頷いた。俺達には、今、自然と『これから』の約束が増えていく。明日も明後日も、俺はローラの隣にいて良いみたいだ。

「ローラ。もし俺達の距離が離れても、た、たまには会ってくれるか?」
「距離? それは、物理か? 勿論だけど、基本的に引っ越すなら、俺はついて行くし、きっちり同棲しよう。どれくらいの距離だ?」
「ぶ、物理で……確か、十五光年だな」
「は?」
「た、多分。自信はない。小さい頃に、図鑑で見た気がする」
「百五十兆kmって地球外だろ――……ああ。ベガとアルタイルの距離か。明日、七夕だもんな。この土地は旧暦で祝うみたいだが」

 気づかれてしまった。俺は小学生の頃に読んだ図鑑を思い出した自分に嘆いた。

「藍円寺」
「なんだ……?」
「藍円寺の気持ちが俺から離れない限り、俺はいつだって会いに行く。安心しろ。お前も俺に会いに来てくれ」

 ローラはそう言うと、とても優しく綺麗な顔で笑った。その表情に惹きつけられて、俺は小さく息を呑む。それから軽く頭を振った。

「気持ち的な距離が出来る事なんて、無い。俺もローラに会いに行く」
「約束だぞ? ま、藍円寺が俺を嫌いになっても、絶対に離してやらないけどな」

 クスクスと笑ってから、ローラが横から俺を抱きしめた。ローラの温度が好きで、俺は顔を向ける。すると触れるだけのキスをされた。ああ、幸せだ。

「俺が思うに、織り姫と彦星も、心は常に一緒だ。心に距離が無い限り、二人はいつでも繋がってる。だから、二人は幸せだろうよ。ま、俺と藍円寺ほどでは無いかもしれないが」

 ローラの言葉に、彼の腕に触れながら、俺は頷いた。

 その後、俺達は二人で路地を通り抜けて、ビジネスホテルへと向かった。チェックインするローラの隣に立っていた俺は、ローラの端正な文字を綺麗だなと感じていた。そうしてエレベーターに乗り、俺達は三階の一室へと向かった。

「壁が薄そうだな」

 入ってすぐ、俺を抱きしめたローラが、俺の身元で囁いた。どこか楽しげな声に、俺は目をきつく閉じる。ローラは片手で俺の耳の後ろをなぞると、俺の額に口づけた。

 こうして――小雨が降り出した頃、俺達の夜が始まった。

「ぁ……ッ、ん」

 簡素な寝台の上で、俺は乳頭を舐められて、小さく声を漏らす。ローラの瞳は、いつもよりも獰猛に見える。俺が息を詰めていると、ローラが不意に俺の手を握った。左手を持ち上げられたので、体を震わせながら見ていると、人差し指と中指の間を舐められた。

「っ」

 その箇所から、ジンと快楽が染みこんできたようになる。その後俺の人差し指を口に含み、ローラが舐め始めた。目の毒だ。ローラが艶めかしすぎる。片手では俺の乳首を転がしながら、ローラは俺の指をねっとりと舐めていた。それからは、親指、中指、薬指と、場所を変えて舐められる。ローラの口に触れられているだけで、まるで手が性感帯となってしまったような錯覚に陥る。

「気持ち良いだろ? な、『そうだろ?』」

 ローラの声を聞いた。
 瞬間、俺の思考に靄がかかる。俺は震えながら頷いていた。

「あ、あ、ローラ、気持ち良い……っ、あ」

 口走りながら、どこかで俺は、考えていた。ここは壁が薄いのだから、あんまり声を上げるべきではない、と。だが、ローラに指と指の間を舐められるだけで、体が熱くなっていく。その内に、俺の陰茎は反応してしまった。

「っ、ん」

 俺の手首を握る手に力を込めて、ローラが俺をシーツに縫い付けた。そして獲物を捕るような顔をすると、今度は俺の首筋に噛みついた。

「あ、あ、ああ」
「美味い。感じてる藍円寺は、本当最高だ」
「う、ァ……ローラ、イきたい……ン、ん」
「俺も今日は、すぐにでも藍円寺が欲しい。お前が可愛い事を聞いてきたのが悪い」

 パチンと片手でローラが指を鳴らした。すると、俺の思考を襲っていた靄が晴れた。その直後、ローラの陰茎が俺の後孔へと入ってきた。押し広げられる感覚がするが、痛みは無い。

「あ、ああ! ン――っ、あ!」

 熱い。兎に角熱い。ローラに最奥まで一気に貫かれて、俺は喉を震わせる。

「あ、あ、あ、ローラ!! ん、あ、ッ」

 いつもよりも、ローラの動きが激しい。何度も打ち付けられて、俺は喘ぐしか出来ない。俺の右の太股を持ち上げたローラが、より一層深く陰茎を進める。

「ン――、あ、あ、深い、あ、激し、っ、やぁ……ダメだ、出る、ん――!!」
「安心しろ。今日はいっぱいイかせてやるよ」
「ん、あ、ああ!!」

 そのままあっさり俺は吐精した。しかしローラの動きは止まらない。激しく腰を動かされ、俺は噎び泣いた。快楽以外、何も考えられなくなっていく。暗示などなくとも、いつだって俺はローラの虜だ。ローラの体にしがみつき、俺は涙を零す。

「もっと……あ、あああああああああ!」

 ローラが望むのならば、もっと、と、言おうとしたが、上手く言葉にならなかった。俺の言葉が終わるよりも先に、更にローラの動きが激しくなったからだ。

「あ、あ、ン、あ――……ああ!」

 何度も俺に打ち付けて、ローラが中へと放った。その感覚に、俺は汗ばんだ体で震えた。ローラに注がれると強い快楽が流れ込んでくるからだ。

 その内に、俺は理性を完全に飛ばした。


 ――翌日は雨だった。俺はローラと共に、ビジネスホテルを後にしながら、空を見上げた。ローラといると、俺は元気になれるみたいだ。だから、笑顔で俺は、道を歩く。ローラと並んで歩く。二人だけの未来へ向かい。