【番外】バレンタイン
――ローラは、格好良い。
今更過ぎて、自分が何を考えているのか、俺にはよく分からない。取り敢えず、自分の思考に悶えた。
本日は……絢樫Cafeは、お休みらしい。
二月十三日の夜、バイトの帰り。
明日はバレンタインだなと思いながら、俺は夜道をローラと共に歩み――今日は、その帰りに絢樫Cafeにお邪魔する事になった。その結果、最近では夜も営業しているお店に、閉店の看板が出ていたのである。
だけど……バレンタイン、か。俺もローラも男だ。だというのに、チョコレートを贈るというのもおかしいだろうが……俺達は恋人同士だ。何か渡した方が良いのだろうか。それとも、渡したら変に思われるだろうか。ぐるぐるとそんな事を考えながら、俺は、ローラに促されるがままに、カウンター席へと座った。
「藍円寺、たまには酒でもどうだ?」
「あ、ああ」
俺が頷くと、ローラがリキュールの瓶を置いた。俺には読めないラベルが貼ってある。グラスに氷を手際良く入れていくローラは――やはり、格好良い。ローラを見ているだけで、照れてのたうち回りそうになる。きっと明日になったら、ローラは沢山チョコをもらうはずだ。あ……そう考えていたら日付が変わっている事に気が付いた。俺は腕時計を見てから、改めて顔を上げる。
「どうぞ」
するとローラが、茶色いカクテルを俺に差し出した。俺は、あまり酸っぱすぎるカクテルは飲めないので、漂う甘い香りに安堵していた。茶色い層が出来ていて、白が混じっている。受け取り、俺は口をつけた。
「甘い」
ココアのような味に、俺は思わず頬を緩めてしまった。完全に、俺の好きな味だ。ローラの前では俺もまた恰好良くありたいから、決して甘党だなんてバレたくはないが……これは、美味しい。
「気に入ったか?」
「……そ、その……たまには悪くないな」
本当はいつもでも良い。そのくらいに好みだったが、素直に言う事が出来ない。そんな俺を見ると、ローラが猫のような瞳を優しくしながら、喉で笑った。
「この日のために、俺が特製に作ったチョコレートリキュールだ」
「――え?」
「バレンタインだろう? 愛する藍円寺には、チョコレートを贈らないとな」
「な」
俺は瞬時に赤面した。何か言おうと唇を動かすのだが、何も声が出てこない。
「藍円寺も俺に、何かくれるか?」
「え、あ……悪い……まだ何も用意をしていなくてな……」
「まだ? じゃあ、予定はあったのか」
「その……」
真っ赤のままで俯き、俺はチョコレートのカクテルを口に含む。
「俺はもうもらった気分だけどな」
「え?」
「藍円寺の嬉しそうな表情が見られた。笑顔が見られて、俺は嬉しいよ」
そう言って笑うローラはやはり格好良すぎて、俺はもう何も言えなかったのだった。