【32】聞き取り



「よし。では、絢樫Cafeに行くとするか」

 昼威が言うと、三人が視線を向けた。お茶など飲んでいる場合ではないと、昼威は正確に判断していた。すると、彼方が頷く。

「俺も賛成です。行くべきですが――万が一を考えて、朝儀さんはこちらに残ってください。一人では不安なので、侑眞さんも」
「彼方さんが行くなら、僕も行くよ!」
「六条さんを信用しないわけじゃないですけど、昼威先生が行くなら俺も行きます。六条さんが待っていて下さい」

 朝儀と侑眞の声に、昼威は複雑な心境になった。しかし、冷静に考える。

「まず、絢樫Cafeの者に面識があって、享夜がいるのだから、朝儀よりは俺が適任だ。それで、侑眞と六条さんであれば、万が一何かあった場合、市内の各所に連絡可能な侑眞がこちらに残ってくれる方が良いし、絢樫Cafeの怪異に対する知識がある六条さんの方が、侑眞より同行者としてはふさわしいだろうな」

 昼威がそう言うと、侑眞が項垂れた。朝儀は片目を細めた。

「昼威。君じゃあ、万が一の時、倒せないでしょう? 僕は殺れるよ」
「不穏な事を言うな。それを聞いただけで、朝儀には行かせたくなくなる」
「昼威は甘いんだよ」
「お前に言われたくない」
「――朝儀さん。弟さんの事は、朝儀さんの弟なのだから、俺が守るよ」
「彼方さん……」

 そんなやりとりがあった。


 こうして――昼威と彼方は、彼方が運転してきた車に乗った。助手席に乗ってシートベルトを締めた昼威は、発車させた彼方を見る。

「別れさせ屋業は順調なのか?」

 何か話そうと思ったら、上手い雑談が出てこなかった。

「まぁまぁですかね。ただ――確かに、あの時、先生に言われたことは心に残っていますよ。引き裂くべきではない者達もいるのかもしれない」
「何が心境を変化させたんだ?」
「お兄さんの存在ですよ」

 それを聞いて、昼威は目を丸くした。

「本当に朝儀が好きなのか?」

 すると、彼方がすっと目を細めた。

「そうですね。ずっと観察をしていましたから」
「観察?」
「――俺は、元々は同性愛者では無いんだ」
「……そうか。という事は、飲みにいた朝儀に声をかけたのは、職務上か? 六条総合サービスの」
「俺の仕事は、あくまでも内閣情報調査室庶務零課の下請けに等しいです――一応。その中で、本家の当主が、藍円寺朝儀さんと玲瓏院縲さんの動向を『監視』するようにと、課長命令を出していたので、それに従った形で――俺の担当は、朝儀さんでした」
「どういう事だ?」
「情報漏えいが起きないようにという配慮です。ただ、見ていたら、純粋な朝儀さんに興味を抱いてしまって」
「それを朝儀は知っているのか?」
「いいえ。俺のことは、運命的にbarで出会ったと確信していると思いますよ」

 昼威は腕を組みながら、険しい顔をした。

「兄を弄ぶつもりなら、即刻やめてくれ」
「それはありません。どっぷりとはまりこんでしまったのは俺ですから」
「……変態プレイをしていると聞いたぞ」
「元々男が好きなわけではないので、どうすれば喜んで――もらった上で、俺にのめり込んでもらえるか考えた結果がアレです」

 彼方の言葉に、昼威は何も言えなかった。
 その内に、車が絢樫Cafeに到着した。二人で車から降りて、扉を開ける。

「いらっしゃいませ」

 すると砂鳥がそう声をかけた。昼威は、それに一応微笑を取り繕ってから店内を見渡した。結果、錫杖を握り締めて、この世を滅ぼしそうな顔をしている弟の姿を見つけた。

「享夜、ちょっとそこの吸血鬼など存在しないが、ローラという名のマッサージ師に話があるんだが」
「出て行け、ローラは俺が守る!」
「危害を加えるつもりはない。少なくとも俺は」

 そう言いながら、昼威は傍らに立つ彼方を見た。こちらは下ろした手に呪符を持っている。しかし微笑していた。

「お話さえ伺えれば、俺にもそういった意思は無い。そもそも――ブラックベリー博士と敵対して勝利できるとは思っていない」
「え!?」

 それを聞いて、昼威は目を見開いた。

「ブラックベリー博士!? 誰が!? どこにいるんだ!? 直筆のサインが欲しい! 名だたる心理学者じゃないか!」
「「「……」」」

 すると、ローラと砂鳥と彼方が沈黙した。享夜は首をひねる。

「昼威、何の話だ? なぜそんなに、俺に金を借りに来るときに似た、キラキラした目をしているんだ?」
「享夜! ブラックベリー博士だぞ? 知らないのか!?」
「知らない……ただ、この店内には、俺を除くと、ローラと砂鳥くんしかいないのは分かる」
「え!? ま、まさか……」

 享夜の冷静な声で、昼威は、ローラがブラックベリー博士だとようやく理解した。

「で? 藍円寺、怖い。守ってくれ」
「あ、ああ……とにかく昼威! ローラに近づくな! 砂鳥くんにも、だ!」
「享夜、違うんだ。縲さんが行方不明なんだ」

 昼威が言うと、享夜が目を見開いた。そこへ昼威が続ける。

「その犯人として、夏瑪夜明という吸血鬼が浮上しているから、居場所を知らないかと思って聞きに来たんだ」

 それを聞くと、ローラが藍円寺の背中の服を掴んだ。

「俺は知らない。怖い……」
「ローラ、安心しろ。俺が必ず守るから!」
「お前ら、ふざけてるのか? まともに答えてくれ!」

 昼威が声を上げると、砂鳥が不意に息を飲んだ。

「え? そ、そうだ……そこにいるのは、六条彼方さん?」
「ん? ああ、そうだけれど」
「あ、あの……北斗さんが来ていって……」
「ああ。俺がこの絢樫Cafeの調査報告を提出した時に、自分で出向くと話していたからね。そうか。その時、夏瑪夜明について、何か伝えていったか?」

 彼方が聞くと、砂鳥が複雑そうな顔をした。
 その場に沈黙が横たわる。すると、それを区切るようにローラがポツリと言った。

「夏瑪は、喰い殺すタイプだからな。急いだほうがいい」

 昼威が息を飲んだ。彼方は無表情に変わる。

「あいつの本当の研究室は、大学じゃない。あいつは、駅前の繁華街の雑居ビルの地下に、自分の研究室を持っているらしかったぞ。十中八九そこだが、お前らの力で発見して入れるかって考えると、微妙だなぁ」

 続いたローラの声に、享夜が振り返る。

「縲さんが仮に囚われているならば、助けないと。俺も行って――っ、いいや、それじゃローラが守れない……昼威、俺は行けない。で、でも……縲さんが……」
「藍円寺……俺よりも、そいつが大切なのか?」
「そんなはずがないだろう! だ、だけど……ローラを守って、縲さんを助けるためには、どうしたらいいんだ……」

 昼威は、悩んでいる弟を見て、虚ろな眼差しになった。それからローラを見る。

「どうすれば発見できる? かつ、侵入して、縲さんを救出できる?」
「夏瑪だろ? んー、昼威先生が、藍円寺を俺にくれるって誓うんなら、場所の地図くらいは書いてやる」
「それはダメだ」

 昼威が即答すると、ローラが深々と溜息をついた。

「藍円寺と一緒に暮らしたいなぁ」
「ローラ……」
「俺も藍円寺と寺に住みたい」
「け、けど、力がなくなったのに、お寺に入れるのか?」

 享夜が問うと、ローラがちょっと目を惹く笑みを浮かべた。

「そうだなぁ……ダメかもしれないから、藍円寺が俺の家に来てくれ」
「で、でも、俺には朝にお教を読む仕事だとか……」
「それはほら、昼威先生とか朝儀というお前の一番上に兄に頼んだらどうだ? 斗望くんだっているだろう?」
「え……」

 ローラがぐいと顔を近づけると、享夜が赤面した。それから――真っ青になった。

「い、い、いや。怖いし……あ、違う……ええと、あ、あの、ローラの家はちょっと……い、いや……だ、だから!」

 享夜は、ローラの暮らす本物のお化け屋敷が怖いため、狼狽えた。だが、ローラとはともに暮らしたいようにも思っていた。

 そんな二人のやり取りを、遠い目で昼威が見やる。

「縲さんの命の危機なんだ。享夜、そこのローラという存在に、居場所を吐かせろ」
「……昼威……あ、ああ……あの、ローラ? 知っているなら、教えてくれないか?」
「藍円寺の頼みなら、任せろ!」

 ローラはそう言うと、パチンと指を鳴らした。すると一枚の羊皮紙が、昼威の正面に落ちてきた。

「場所はそこだ」
「感謝する。しかし、出向いても入れないのでは意味が無い。入る方法は?」

 昼威が問うと、気怠げな顔でローラが言う。

「さぁなぁ。六条彼方だっけ? 縁切りと同じ方法で、夏瑪の構築空間を切り裂けば入れるかもなぁ」

 それを聞くと彼方が腕を組んだ。それから小さく頷いた。

「感謝します。が、我々がここに来たことは内密に願えますか? 夏瑪教授に」
「んー、俺は藍円寺と過ごすのに忙しいからな。藍円寺以外と今話をする余裕は無い。砂鳥は例外だ。そろそろ火朽も帰ってくるだろうが、こいつらは夏瑪をほぼ知らん」

 ローラの言葉を同意と捉えて、彼方が頷く。
 こうして――昼威と彼方は、絢樫Cafeを後にした。