【29】告白(★)
キスをする関係性――僕の中でそれは、一つしか思いつかない。恋人だ。
「……もしかして、僕の気持ちがバレていて、あんな風に……」
バスから降りて歩きながら、思わず僕は呟いた。ぼんやりとしながら熱い頬を自覚しつつ、まっすぐに家に帰り、僕は自分の部屋へと戻った。そして鍵をかける。
僕はベッドに体を投げ出して、絆が誕生日になぜかくれた四角いクッションを抱きしめた。顔が……我ながら嬉しすぎて、ニヤニヤしてしまう。
「うわ、嬉しい」
口に出すと、より嬉しさが募ってきた。バシバシとクッションを叩きながら、僕は悶えた。
「夢じゃないよね?」
それから僕は両手で顔を覆った。火朽くんの唇の感触が甦ってくる。僕に優しくキスをしてくれた唇の温度を思い出す。
「だけど、また明日って、確かに大学はあるけど……どんな顔をして会ったらいいんだろう」
僕は改めてそう考えて、硬直してしまった。果たして明日の僕は、火朽くんの隣で、普通の顔をしていることができるのだろうか?
それからは、その事ばかり考えて、あまりよく眠れなかった。しかし一限だったので、翌日は寝不足のまま、早めに家を出た。いつもよりも、早くだ。火朽くんは、今日の講義は、僕が行くとバスの関係でいつも少し早めについている。一刻も早く会いたいという思いと、会う前に心の準備をして今日は僕が待ちたいという思いが重なって、早めに家を出たのだ。
「おはようございます」
「!」
すると、いつもと同じように火朽くんがすでにベンチにいた。
僕は早くきたはずなのに。
「……は、早いね。おはよう」
なんとか僕は、会話をいつも通りにすることに成功した。我ながら挙動不審になりそうなのを抑えた結果、声が硬くなってしまったが、それはもう僕にはどうにもできない。
「紬くんなら、今日は早く来る気がしまして」
「え?」
「実際に来ましたね……そんなに緊張した顔をしないでください」
火朽くんはそう言うと苦笑した。僕は慌てて首を振る。早朝ということもあり、学内にはまだ人気はあまりない。最初はそう思ったのだが……僕は、誰一人歩いていないことに気がついた。そういえば、バスも僕一人しか乗っていなかった。
「ところで、今日は大学全体が、謎の落雷で臨時休校だそうですが」
「……え?」
「ローラもたまには気がきくんです、たまにですが」
「どういうこと?」
「なんでもありません。どうします? たった今連絡が入ったので、僕は来てしまいましたし、紬くんもそうでしょう?」
「う、うん」
慌てて僕はスマホを取り出し、連絡事項を確認した。本当にそこには休講情報があった。連絡がきたのは二分前らしい。
「丸一日空いてしまいましたね」
「そうだね、あ、その……どこか、いく?」
最近では、勇気を出して僕から誘ってみるという流れもあった。だが、昨日の今日であるから、僕はガチガチに緊張していた。
「良いですね。紬くんはどこに行きたいですか?」
「火朽くんの行きたいところでいいよ。どこでも」
一緒に居られるならば、本当にそれでいい。僕はそう考えて述べた。すると火朽くんは、いつもと同じ微笑を浮かべた。
「本当に僕の好きなところで良いのですか?」
「うん」
「では、ホテルに」
「うん、いいよ……えっ!?」
反射的に頷いてから、思わず僕は声をあげた。
「僕は、積極的なんです。昨日、気持ちは伝えました。伝わっていますよね?」
「……う、あ、あの……」
「その真っ赤な顔を見ればわかります。まずはホテルのカフェで返事をもらい、そのあとは部屋へ」
「返事……」
「なんなら今でも構いませんよ。どうします?」
微笑したままの火朽くんを見て、僕は真っ赤のままで俯いた。
「僕は、その……火朽くんが……好きです、付き合って下さい」
なんと言おうかずっと考えていたので、すんなりとその言葉は出てきた。昨日寝ないで火朽くんについて考えていた甲斐があった。
「……」
すると、火朽くんが無言になった。僕をじっと見ている。それに気づいて僕は焦った。
「ご、ごめん。こういう意味じゃなかった? あ、あの……」
「いえ……正しくそういう意味ですが……」
火朽くんはそれから、顔を背けて唇を手で覆った。
「まさか紬くんに、先に正式に告白されて、そのように言われるとは思っていなくて……今日このまま僕から告白してまるめこもうと……つくづく気があって困るというか、この僕がまるめこまれそうといいますか……いえ、あの……」
ツラツラとそう言ってから火朽くんが、ちらりと僕を見た。
「嬉しいです。嬉しくて……今ここにクッションがあったらバシバシ叩いてにやけそうです」
「ごめんそれ、昨日僕がやった」
すると火朽くんが噴き出した。その頬を見たら、少しだけ赤く思えた。
「ホテルまで我慢できるかどうか」
「あの、それって……」
「実は隣の市のホテルで、民俗学と精神医学の中間にあった歴史書のフェアがあるそうで、そこにローラの書いた霊能学の写本もあるそうなんです。見学がてら、そのホテルで食事をしてから宿泊をと考えていたんです。紬くんはあまりこの市から出たことがないと聞いていたので――この話をしたら、とある吸血鬼が落雷をもたらしてくれたようなのですが、それはまた別の話です」
僕はそれを聞いて、自分が恥ずかしくなった。僕はてっきり、ラブホテルというような場所の話だと勝手に考えていたからだ。やっぱり最近の僕は、欲求不満なのかもしれない。火朽くんにあったのは、多分純粋な学術的興味だったのだろう。
「――休講ですから、保健室も無人ですしね」
「具合が悪いの? 鍵、開いているかな」
「僕にとって、人間の鍵など、あってないようなものです。それに体調は万全です。そういう意味ではありません。行きましょう」
火朽くんは、そういうと立ち上がった。そして僕の手を取り歩き始めた。無人とはいえ、誰かがいるかもしれない場所で、僕らは手をつないでいる。それにど緊張しながらも、僕は必死で火朽くんについて行った。僕らの間には、会話はない。
別棟の一階にある保健室の前に着くと、火朽くんが手をかけた瞬間、扉が開いた。そのままなかに入ると、今度は勝手に鍵がしまった。
「紬くん」
「っ、あ」
気づくとその勢いのままに、僕は一番そばにあった寝台に押し倒されていた。
「ン」
唇を昨日のように貪られながら、僕は服をはだけられていく。あっという間の出来事で、僕には心の準備が全く無かった。
「ぁ、ぁ……ひ!」
火朽くんの指先が、僕の胸の突起を撫でた時、僕の背筋を快楽が走り抜けた。指のはずだというのに、まるで鳥の羽に撫でられたような感覚だった。さらにいうと……バスの中で最近感じたことがある感覚に近かった。
「ゃ、ぁ、ァ、あああああっ、うあ」
両胸の乳頭をいじられただけで、僕の腰からは力が抜けた。柔らかな毛先で擦られているような感覚がする。
「あ、あ、何、あ」
「――僕の根本的な本体は、鳥ですから」
そう言って喉で笑うと、火朽くんが唇で僕の右胸の突起を吸った。
「!」
その瞬間、僕の皮膚の内側に、鳥の羽が蠢くような快楽が満ちた。快楽に、僕の全身が撫でられていく。
「あ、あ、あ」
既に僕のものは勃起していて、先走りの液が滲み始めている。ゾクゾクと、果てたいという欲求が募ってくる。
「ひ、あア!」
その時、僕の陰茎全体を、何かが覆う気配がした。まるで口淫されているかのような感覚だったが、それはかつて経験したことのある透明人間のような何かの感覚に近い。視覚的には、何も見えない。
「あ、あ、あ、ああああああ!」
何かが、僕の鈴口をチロチロと嬲っている。
「こちらが、狐火の力を用いている形です」
クスクスと火朽くんが笑った時、僕はようやく気づいた。
「え、え? まさか、バスも、この前の家のも」
「さぁ? 何かあったのなら、詳しく聞かないとなりませんね」
「やあああ」
全身の内側を鳥の羽に撫でられるような快楽が強くなり、同時に陰茎を嬲る見えない何かの感覚がより強まった。火朽くんが端正な指先を僕の内側に進めたのはその時のことだった。それだけで僕は果ててしまいそうになる。
「まだ、ダメです。許しません。僕がまだですから。僕のもので、イって下さい」
火朽くんが僕の中に楔を進めたのは、僕の射精を、陰茎の根元に巻きついた目に見えない狐火が阻止したときのことだった。
「ああああ、うああああ!」
僕を抱き起こし、乳首を舌先で嬲りながら、火朽くんが突き上げてくる。それが尋常ではなく気持ちの良い場所にあたり、僕はむせび泣きながら声をあげた。
「これからはゆっくり教えて差し上げますが、まずは何を教えたものか……くっ、紬くんの中が熱すぎて、僕も余裕を失いそうです」
僕には余裕なんてとっくにない。結合部分がただただ熱くて、体が熔けてしまいそうになる。しかし果てられないから、全身を炙られているような感覚がする。
「僕のことが好きですか?」
「うん、あ、あああああ!」
僕が頷いた時、ひときわ強く僕を突き上げて、火朽くんが僕の中に放った。しかし僕は出せないままだ。さらに、すぐに火朽くんの硬度も戻る。そのまま正面に押し倒されて、激しい抽挿が始まった。
「あ、あ、あああ、あ、あ、ン――!!」
「すみません、持っていかれてしまいました。紬くんがあんまりにも可愛いのと、中が僕を離さないというように締め付けてくるもので」
「だめ、あ、いく、出る、やああああ!」
「弱りましたね。紬くんの泣き顔を見るともっといじめたくもなるのですが……甘やかしたくもなる」
「ひ!!」
ダイレクトに陰茎を掴まれ、そこを擦られながら、僕は再び胸を嬲られた。中の感じる場所を含めて三箇所を、同時に刺激される。
「ああああああああ!」
ばちばちと白い快楽が僕の意識を埋め尽くしていく。
「いやああああ!」
「嫌ですか?」
「気持ちよすぎて死んじゃ……ああああああああっ!!」
気づくと前の狐火が消えていて、僕は感じる快楽のままに放っていた。ぐったりとベッドに体を預けた僕を、火朽くんが反転させる。そして後ろから抱きしめる形で、僕を上に乗せた。
「もっともっと、いくらでも気持ち良くして差し上げます。もっと、僕を求めてくれるならば」
「火朽くん、あ、ああ」
肩で息をし、喘ぎながら、僕は頬を伝う涙を自覚した。呼吸は苦しいが、もっとずっと一緒にいたい。火朽くんの温度を、ずっと感じていたい。
「もっとぉ」
「いいですよ、いくらでも」
この日、僕達は、誰もいない大学で、お互いを求めあった。僕はいつ自分が意識を失ったのかは、覚えていない。