【31】いつか所伝になる稀有な日常
今日は火朽くんと待ち合わせをしているから、僕は駅前に向かった。
そして噴水に腰を下ろして、周囲を見る。
もうすぐクリスマスだから、様々なお店で電飾が煌めいている。
噴水の正面には、巨大なクリスマスツリーもある。
人工物だから、青い木に見える。
その色が、少しだけ火朽くんが時折見せる狐火の色に似ている気がした。
僕は穏やかな青い色を見ると、落ち着くようになった。
禍々しいと感じる事は少ない。
それは僕が火朽くんを恐怖しなくなったからではなくて、火朽くんがそこに負の感情を込めないからであるらしい。狐火には、確かに悪い伝承だけではなく、良い言い伝えもある。
ただ僕は、そういった怪異に限らず、火朽くんと一緒に見る風景は大体好きになる。趣味が合うから、多分火朽くんも好きなんじゃないかなと考えている。
火朽くんとの出会い――最初は見えなかったが、あの夏から半年が経過し、こうして冬が訪れた。それまでの間に、僕達は何度か喧嘩をしたが、今も……恋人同士だ。
最近の僕は、時々自己主張をするようになったし、火朽くんに反論する事もある。
だが、しっかりと火朽くんは耳を傾けてくれるし、そうしても僕を嫌ったりはしない。
ま、まぁ、怒りっぽいというのが事実だというのは、僕も今では知っている。
理由は、この半年の間に、僕にもう一つの変化があったからだ。
僕はこれまでの間、オカルト現象を否定して生きてきたのだけれど、今ではテレビの中の常識よりも、この土地のみんなと同じように、自然と様々な怪異を受け入れられるようになった。別段、視えるようになったわけでも、感じるわけでもないのだが。
思い返してみると、僕は玲瓏院の跡取りという重圧があったから、それが嫌で、認めるのが嫌なだけだったのかもしれない。
それに――共存できるなら、それは幸せな事なんじゃないのかなと考えている。
動植物と人間が共に住まうように、そこに妖が共存していても、何も悪い事などないのだ。無論、有害な存在もいるのだろうけれど、幸いな事に僕は今の所、一切遭遇していないと感じている。
これは、一つの成長なのかもしれない。
もし僕が、成長できたとするならば、それは紛れもなく火朽くんのおかげだ。
「紬くん、待ちましたか?」
そこへ声がかかったから、僕は顔を上げた。青いマフラーを巻いている火朽くんを見て、同じものを先日購入した僕は、思わず苦笑してしまった。何せ現在僕も、同じものをつけている。本当に趣味が合いすぎる。これじゃあお揃いみたいだ。
「ううん。僕も今来た所だし、というより、待ち合わせまで、まだ二時間もあるよ?」
「そうですね。では、その二時間を有意義に過ごしますか」
その言葉に、頷いて僕は立ち上がった。
僕は今では、隣を歩く火朽くんの存在に慣れつつある。それが自然な事だと思えるし、これからもそんな日々が続いていくような気がしている。
勿論、卒業したらお互い別の進路があるのかもしれないが、物理的な距離程度では、僕達の関係が壊れない事を祈っている。
「どこに行く?」
「どうしましょうか」
歩きながら、僕達は視線を交わす。
目的地は特に無い。
だが、僕らが未来に向かって歩いているのは、間違いが無いと思う。
――いつの日にか、僕達のこんな日々、一瞬の時間は、懐かしいものに変わるのかもしれない。何せ、火朽くんは、僕とは違って、悠久の刻を生きる存在だ。だからもしかしたら、僕の事など忘れてしまう日も、来るかも知れない。
けれど、僕は生涯、火朽くんの事を忘れないと思う。
この一瞬が、一秒が、僕にはかけがえがないのだから。
「火朽くんと一緒なら、どこでも良いよ」
なにせ、共に歩んでいるのだから――そう僕が考えていると、火朽くんが微笑した。
「気が合いますね。合いすぎて嫌になります。僕も同じ心境です」
僕は、その言葉に、胸が暖かくなった。
もう僕は、孤独感を長らく感じていない。
それは――その後の日々も同じだった。
僕達の日常は、そうして穏やかにいつまでも、続いていったのだった。