【2】絢樫Cafeの再始動



 僕はお茶の淹れ方は学んだが、あまり珈琲の豆を挽くのは得意ではない。  しかしローラや火朽さんは、珈琲を好む。  人間のお客様も、おそらく紅茶党と同じくらい珈琲派がいるだろう。  そう考えて、僕は水出し珈琲の専用器具を手配した。手配というのは、紙に書いてローラに用意してもらうだけで良い。ポタポタと器具からは水が落ち、豆を濡らしていく。お客様に珈琲を頼まれたら、溜まった冷たい珈琲を、鍋に入れて温める。  今までは市販のクリームと砂糖を出していたが、そちらにもこだわった。白い小さなポット型の磁器に入れて、ミルクを出す。砂糖も洒落た角砂糖を用意した。アイスの場合のガムシロップもある。  紅茶やフレーバーティーに関しては、淹れ方を覚えたから問題は無い。こだわったのはそれこそ、カップやポットといった器具だ。他には新鮮な檸檬を用意してみたり。  ショウケースには、駅前のケーキ屋さんから、毎日ケーキを仕入れる事にした。人気店だったが、ローラが暗示をかけて、運んでくれる約束を取り付けてきた。吸血鬼であるローラは、人間に暗示をかけられるのだ。他にも、ガレッドやサブレを中心とした各種のクッキーを洒落たティスタンドに乗せて各処?に飾った。  こうしていくと何かと店内が気になって、それまでの蛍光灯からシャンデリア風の照明に変えてもらい、床は白とうす茶色のギンガムチェック柄に変更した。一つ一つのテーブルはローラが北欧にいた頃の年代物の高級なものを用意してくれて、ソファも上質になった。観葉植物や生花を各処?に飾る。店内だけではなく、外にはテラス席を用意し、お手洗いまで綺麗に整えた。そうしていたら、マッサージスペースがほとんど見えなくなった。  お茶を用意する厨房側の前には、小さなカウンター席も一応ある。だが、一人で訪れたお客様も基本は個別のテーブル席に促す形に決めた。カウンターは、ローラの専用席と言える。  僕は、再オープンの初日、鏡の前に立った。  十代後半――高校生くらいの見た目の僕は、瞳が黄味が混じった緑で、髪の色は薄い茶色だ。日本人離れしているが、最近の日本人は衒気な見た目の人も多いし、クォーターといった海外にも縁がある人間にも好意的になりつつあるから、問題がないと思う。  上は白いシャツ、下は自由だから、本日は焦げ茶のボトムスにした。そこに、黒いギャルソンエプロンをつける。  ――果たしてお客様は来てくれるだろうか?  胸が躍る。ドキドキしながら僕は店舗に降りて、朝の日差しの中、外へと出た。  そして、久方ぶりに看板をcloseからopenに変える。  清々しい冬の空気の中で、僕が吐いた息が白く登っていった。  この土地は、今は雪がそれほど降っていない。  どちらかといえばまだ紅葉が見える。降雪は二月頃が本番らしい。  だから雪かきはまだ不要だったが、氷を溶かす水を地面に流している。  それから店内に戻り、僕はカウンターの奥の席に座った。ここで待機し、これからはお客様を待つのだ。メニューを再確認しつつ、僕は足元の扉の下に入れてある妖怪薬の確認もした。茶葉形態が多いが、香水瓶に入れた物や、火をつけるお香型、各種の――人間が言うパワーストーンを砕いた粉、名前のハーブなどがある。  覚(サトリ)という妖怪である僕は、人の心を読み取る事ができる。その力を駆使して、お客様の問題点を見て、最適なお茶及び妖怪薬を勧めたいと考えているのだ。  僕は、ローラ以外に、「あなたは覚ですね」と言われた事は無いが、これまで――ローラ以外の全ての相手の心が読めた。意識しなければ、火朽さんくらい強い場合は読めないが、意識してもローラは見えない。だから……語り部である僕にとっての主人公がローラだ。  なお、覚という妖怪は、鳥山石燕が描いた今昔画図続百鬼にも出てくる妖怪だ。あちらに描かれた存在は、僕ではないと思うのだが。なにせ僕には、そんな記憶はない。  ――ああ、早くお客様が来ると良いな。  僕がそんな事を考えたこの日、絢樫Cafeが再始動する事となった。  朝の十時にお店を開けてから――暫くの間は、誰も来なかった。  ま、まぁ、いきなり繁盛したりはしないか。  それにあんまり忙しいのも、考えものだろう。  そう思いながらティースタンドの上のチョコレートの位置を直していると、十一時半過ぎに扉が開いた。視線を向けると、火朽さんと紬くんが立っていた。 「いらっしゃいませ」  openしていない場合も常連さんだった二人である。茶色い髪に焦げ茶色の瞳をしている火朽さんは、柔和に微笑むと僕を見て頷いた。多忙時はバイトとして手伝ってくれる事になっていたが、本日はお客様としてここへ来たらしい。  伴っている紬くんも、髪の色が茶色だ。瞳の色も同じだ。なんでもこの、日本人ながらに薄い茶色の色彩は、この土地にたまに生まれる天然のものらしい。茶目というそうだ。  二人は本日も、方向性がよく似た私服を着ている。趣味が非常に合うらしい。お揃いではなく、偶然でいつもカブるそうだ。