【番外】おいしいごはん





 本日も絢樫カフェは平和だ。僕もそこそこ忙しい。

 本日、ローラと藍円寺さんは、昼から怪しい(失礼)バイトらしい。怪しいと言っても十八禁という意味合いではなく、除霊≠竍浄霊≠ニいったそれだ。

 火朽さんと紬くんは、カフェの片隅でレポートをしている。ここは、別に長居してもらっても問題のないカフェだし、注文して味わってくれる二人は、有難い存在だ。

 そこから少し離れた席には、斗望くんと芹架くんが座っている。中学生になってから、斗望くんも少しだけ背が伸びたけど、見た目は幼い。一方の芹架くんは相変わらず、実年齢を知らなければ、僕よりも年上にしか見えない。

 そんな二人の臨席には、二人の保護者代わりなのだろう――実際に、斗望くんのお父さんである朝儀さんとその恋人の六条さん、四人掛けの席なので、その正面には、法的に芹架くんの保護者である侑眞さんとその恋人の昼威先生というお医者さんが座っている。コチラの四人は、上辺だけの笑いでしれっとした空気で話をしている。双方、二人きりになりたいというのが、ありありと分かる。しかし、何故嫌々彼らがここにいるかといえば、さらに近隣の席に、縲さんと夏瑪先生が座っているからだろう。この二人の間にも一応愛はあるらしいが、夏瑪先生は立派な監視対象の吸血鬼であるし、縲さんも口では二人きりになりたくないとして、朝儀さんを呼び出したりする。そして朝儀さんと昼威先生と藍円寺さんこと亨夜さんは兄弟だ。

 と、まぁ今名前を出したメンバーと、他に御遼神社の妖狐である、僕の恋人の水咲が、だいたいこの絢樫カフェに来るメンバーである。お店はそんな感じだ。本日は日曜日。最近は月曜日を定休日と決めているから、今日の夜は水咲と会う約束をしている。

 ――とはいえ、芹架くんの護衛をしている水咲も、今も店内にいて、僕が奥にいるカウンターの前に座っているのだったりする。グリーンティを飲んでいる水咲を僕はチラチラ見ている。僕たちが恋人同士になって、早一年。時が経つのは非常に速いし、僕にも段々、恋人だっていう自覚が芽生えてきたのだったりする。そんな僕は、サトリという妖怪で、名前もそのまま安直な、砂鳥という。命名したのは、ローラだ。ローラもまた吸血鬼である。僕と水咲は人外同士の恋であるから兎も角、ローラと藍円寺さんは人外と人間だ。ハードルが高い……わけではない。あの二人は、そこに座っている六人と中学生二名といった人間のカップル達より、甘い甘い恋人同士である。僕にはちょっとマネできないけどね。別段、マネをしたいとも思わないけどさ。

 その後、閉店まで彼らは、絢樫カフェにいた。
 そして僕がCloseの看板を出した時、帰っていった。残ったのは、水咲だけだ。

「今日も一日、お疲れ様」

 水咲に声をかけた僕は、静かに瞼を伏せて、唇の両端を持ち上げる。すると和装にマフラー姿の水咲が、静かに微笑した。

「働いている砂鳥を見ていると、時間が早い」
「そうなの?」
「ああ。愛しい相手が同じ空間にいるというのは、幸せだ。違うか?」
「――そうかもね」

 僕だって水咲の事をチラチラ見ていたのだし、同じ気持ちだと言える。

「明日は休みだろう?」
「そうだよ。知ってるのに、わざわざ確認するの、なんで?」
「久しぶりに、俺の家に招きたいと思ったからだ。アヤカシのテリトリーの側の、御遼神社に」

 水咲の言葉に、僕はゆっくりと頷いた。確かに最近、遊びに行っていない。
 なお水咲は、この新南津市のアヤカシの中において、将軍様みたいな存在だ。僕はさしずめ御台所といった扱いなのかもしれない。しかし水咲は、普段僕には、重い任は背負わせない。だから僕も気軽に遊びに行ける。

「行こっか」
「ああ」

 こうして僕達は、水咲の家へと向かう事になった。徒歩ではない。水咲が時空をゆがめて道を開いてくれたから、瞬間的に移動した。霊能力が根付く新南津市においては、アヤカシの力も強まるみたいで、移動もその力を持つアヤカシであれば簡単だ。

 水咲の家にあがると、良い香りが漂ってきた。
 僕は首を傾げながら、台所の方を見る。

「なんの香り?」
「ん? ああ、朝、バターをたっぷり使ったオムレツを作って……」
「洗い物をせずに、そのままにしたんだ?」
「……まぁな。護衛の時間が早まったものでな」

 そんなやりとりをしながら、僕は勝手知ったる台所へと足を運ぶ。それから、何気なく冷蔵庫を見た。夕食はまだだ。中を覗けば、おいしそうな食材が入っている。アヤカシは必ずしも食事を必要とはしないけれど、僕は水咲と囲む食卓が嫌いじゃない。

「何か作る?」
「良いのか?」
「うん。そうだなぁ、何が食べたい?」
「ある食材で、何ができる?」
「ええと、ピーマンにハム、玉ねぎと……ケチャップ! パスタはある?」
「横の棚にスパゲッティがある」
「じゃあナポリタンにしようよ」

 僕が提案すると、水咲が両頬を持ち上げた。普段は和食を好む水咲だから、たまに僕が洋食を作ると、物珍しそうに喜んでくれるのが常だ。こうして僕は、パスタを茹でながら、フライパンを洗う作業をし、その後、具材を炒めて、ナポリタンを完成させた。二つの皿に盛りつけて、粉チーズを持ち、隣の居間のテーブルに運ぶ。ローテーブルの前の座布団にいた水咲が、顔をあげた。そして僕から皿を受けると、瞳を輝かせた。

「料理が本当に上手なんだな」
「ううん。僕が料理をするようになって、まだ二年だよ。勉強中」
「そうか。俺は食べる方が好きだ」
「僕も前はそうだったんだけど――誰かが喜んでくれると、すごく嬉しいって知ったんだよね」
「俺は嬉しい。いただきます」
「いただきます」

 こうして手を合わせてから、僕達はナポリタンを食べ始めた。庶民的なナポリタンの味は、ほっこりとしている。僕は、この焼きケチャップの味が、嫌いじゃない。

「美味い」
「でしょ?」
「ああ。砂鳥と食べるからなおさらだ」
「そうやってまた甘い言葉をはく」
「好きな相手には、甘い台詞も告げたくなるものだろう?」

 水咲がクスクスと笑っている。僕は気恥ずかしくなりつつも、幸せだなと感じた。
 さて――今夜は、他のみんなは、何を食べているんだろう?
 僕はそんな事を考えてから、改めて水咲を見た。
 すると水咲が、僅かに瞳を獰猛に変えた。

「だが、本当に食べたいのは、砂鳥だ」
「――お家にお呼ばれした段階で、布団が用意されてるかと思ってた」
「悪いな、気が回らなくて。しかしそれは、同意でいいんだな?」
「うん。じゃなかったら、来ないよ。断るよ」

 パスタを完食してから、僕らは視線を交わす。

「一緒に風呂に入るか?」
「それは別々。僕は、歯磨きをしてくる」
「そうか。では先に入る」

 こうして僕は、浴室に消える水咲を見送った。僕が食べられるまで、もう少し。ある意味、おいしいごはんは、僕なのかもしれない。水咲にとって、水咲限定のお話だけどね。そしてそれが僕は幸せだったりする。なにせ、僕は水咲が大好きになっちゃったからさ。そう考えながら、僕は静かに瞬きをしてから、お皿を片付ける事にした。水咲を待つ間、その時間を愛おしく思う。今夜は、ずっと一緒にいようと、僕は決意したのだった。



 ―― 了 ――