【1】子持ちのシングルファーザーに需要はありますか?(★)



 ――藍円寺朝儀は、週末になると、息子の斗望を末の弟に預ける。
 そして多くの場合は土曜の夕方、時には日曜日の朝まで出かける事がある。

 弟の享夜は、就職活動だと信じているらしい。
 朝儀は現在無職だ。
 失業保険と遺族年金と街からの支援費で生計を立てている。

 大学を卒業してすぐに、とある公務員になった先で、出会った妻との間に子供をもうけたのは、もう十年以上前の事だ。斗望も来年には中学生である。

 妻の望美の事を、朝儀は愛していた。だが――彼女が例外だっただけで、朝儀には、人には言えない秘密がある。ゲイよりのバイなのだ。

 寡夫となった現在、毎週末、朝儀は……俗に言うハッテン場にあしげく通っている。
 職探しではなく、男探しをしているのだ。


 こうしてこの日も、息子や末の弟には絶対にバレたくないと思いつつ、カウンターで朝儀はロックでズブロッカを飲んでいた。すると早速、隣に二十代前半くらいの青年が座った。ネコだと分かる。残念ながら、朝儀もネコだ。

「お兄さん、一人?」

 声をかけられて、自分より若い相手に『お兄さん』と呼ばれて、複雑な気分になった。
 なにせ朝儀は、もう三十六歳である。

 年嵩のネコには、そもそもあまり需要がない。同年代はタチばかりだが、皆、若いネコを追い求めている……。

「うん」

 そんな内心を抑えて、朝儀は柔和な微笑を浮かべた。茶色い髪と細い瞳が揺れる。顔立ち自体は悪くないし、年齢よりは若く見える。それからしばらく雑談をし、家族の話になった。

「え? シングルファーザーなんですか?」
「そうだよ」
「って事は、お子さんがいるんですか?」

 青年の言葉に、朝儀はイラっとした。
 シングルファーザーと言ったら、普通は子持ちである。
 なのに度々、世間の人々は、「お子さんがいるんですか?」と聞いてくる。

 一体、何なんだ? 内心でそう毒づきつつも、朝儀は笑顔を保った。
 その後、ネコであると話すと、さらっと青年は他の席へと移動していった。
 不貞腐れながら、朝儀は強い酒を煽る。

 急逝した妻が恋しい。ただ次第に大切な思い出に昇華してきた――というのもあるが、体が切ない。そのため、朝儀は、現在、絶賛恋人募集中である。

「あーあー。どこかに僕の理想の相手、いないかなぁ」

 そう嘆息しながらグラスの中身を飲み干して、次は何を頼もうかと考える。
 すると――目の前にマスターが、細いカクテルグラスを置いた。

「あちらのお客様からです」

 顔を上げた朝儀に、顔なじみのマスターが笑顔で告げた。
 マスターが手で示した方を見ると、カウンターの端に、一人の青年が座っていた。

 二十代後半くらいで、非常に体格が良い。
 肩幅が広く、身長が190cm以上ありそうに見えた。
 ただ、纏っている高級感溢れるスーツの線を見る限り、均整のとれた体つきだ。

「良かったらどうぞ」
「ありがとうございます」

 微笑されたので、愛想笑いを返し、明らかにタチの好青年が振舞ってくれたマンハッタンを飲む。定番のカクテルを飲むのは、久しぶりの事だった。飲みながら、チラリと再度見る。高そうな腕時計、ネクタイ、ピン。

 黒い髪に、切れ長の瞳、すっと通った鼻梁。イケメンと称するしかない。
 ちょっと自分には釣り合わないなと、朝儀は考えた。
 弟二人はそれなりに整った顔立ちなのだが、朝儀は目が細めで、平凡な顔立ちだ。

 気を使って見た目を整えてはいるが、お世辞にも造形が良いわけではない。
 その上年齢も行っているし、子持ちだ。
 一方の相手は、二十代半ばから後半に見える。

「良かったら、隣、良いですか?」

 つらつらと考えていると、にこやかな笑顔で、青年が近づいてきた。

「え、あ、は、はい」

 動揺して、カクテルを取り落としそうになりつつも、朝儀は何度も頷いた。


「――可愛いな」
「え?」

 朝儀が狼狽えていると、青年が隣に座った。

「良かったら、名前を教えていただけませんか? 俺は六条と言います。六条彼方」
「朝儀です」

 あえて苗字は名乗らなかった。藍円寺の名前は、この界隈では通っているからだ。ただ幸いな事に、高校から遠方に出ていた朝儀が藍円寺の長男である事は、あまり知られてはいない。

「いくつ?」
「三十六ですけど……」
「ふぅん。俺の一番好きな歳だな」
「え?」
「俺、年上が好きで」

 そう言うと、六条と名乗った青年が、冗談めかして笑った。

「良かったら、この後、ホテルで食事でもどうですか? ご馳走したいな。朝儀さんに」

 ホテル、という言葉に、朝儀は何度か頷いた。世間は梅雨であるが、朝儀は深刻な男日照りの真っ最中だった。


 互いに酒を飲み終えてから、連れ立って店を出る。
 六条が拾ったタクシーで、朝儀は高級なホテルへと連れて行かれた。

 前に、享夜から、「高級ホテルの初夜を求めるようなタイプって昭和臭だよな」と言われた事を思い出す。しかし六条は、享夜と同じくらいか少し上に見える。昭和臭の高級ホテルは、バブル期の名残の成金思考なのかもしれないが、六条の場合は、身なりからして金が有り余っているように見えた。

 ――ハッテン場には、金に困ってウリをしている若い子もいる。
 年上が好みだとは言うが、六条なら選り取りみどりじゃないのだろうかと朝儀は考えた。

 受付で鍵を受け取り、高級な部屋へと朝儀は連れて行かれた。

 レストランではなく、ルームサービスでゆっくりと、二人だけで食事がしたいという話だったからである。朝儀としては、とりあえず体を重ねたいという思いがあった。

「あの、六条さん」

 品を頼んでから、朝儀は聞いた。

「彼方で構わないよ。朝儀さんさえ良かったら。砕けた口調で良い」
「――彼方さんは、どうして僕を誘ってくれたの?」
「好みだったからだよ」

 その言葉に、信じていいのか不安になったが、朝儀は照れた。
 届いた料理を前に、それから二人はワインを開けた。

 マッシュポテトが添えられたローストビーフを食べながら、朝儀は六条彼方をじっくりと見る。立ち上がって並んで歩いた時に確信したが、176cmの自分より20cmは背が高い。どこか日本人離れした体格だ。

「先にシャワーを浴びてきてもいいかな?」

 彼方はそう言うと、立ち上がりシャワールームに向かった。体を重ねるというのは、あの場で出会ってホテルに来た以上、暗黙の了解である。一人静に待ちながら、朝儀は舌鼓を打った。それから出てきた彼方と入れ違いに、朝儀もシャワーを浴びる。期待で体が熱くなった。バスローブをまとって外へと出ると、ベッドに彼方が座っていた。

「おいで」
「……優しくしてね」

 そんな言葉を交わしてから、静かに近づく。
 顎に手を沿え持ち上げられ、じっと覗き込まれた。

 それからすぐに、押し倒された。バスローブのひもを彼方が解く。

「う、ァ」

 そして口に朝儀の陰茎を含み、両手で乳首を嬲った。

 乳首を触られただけでも下半身に直結するほど、体が熱い。だが彼方の口淫は止まらない。朝儀は身悶えた。

「や、ああっ、ン」
「本当に嫌なら、止める」

 朝儀は反射的に首を振った。体は、もっと触れられたいと求めている。
 それを見て、彼方が喉で笑った。

「ひゃッ、う、あ」

 その後すぐに、ぬるぬるとしたローションで濡らした指を、彼方が押し入れた。

「あ、あ、ァ、やぁ……あ、ひ、ああっ、ン――そ、そこは、」

 朝儀の言葉に反応するように、内部の好いところを揺らすように刺激した後、不意に彼方が浅い場所で指を抜き差しした。朝儀の体が震える。

 ――慣れている。

「や、あ、ううッ、嫌っ」
「やっぱり嫌なのか?」
「ち、違ッ」
「じゃあ何が嫌なんだ?」
「気持ちよすぎて――ふぁ……おかしくなりそう………ンぅ」

 朝儀が告げると微笑してから、彼方が中へと腰を進めた。

「う」

 その圧倒的な質量と衝撃に、朝儀の体はのけぞった。
 今までの人生で、ここまで太く凶暴な楔を受け入れた記憶はない。

「ひゃ、あ、ああっ、や、あ、ああッ」
「動くぞ」
「待って、待って、今されたら僕、僕……」

 泣きながら朝儀がそう言うと、彼方が苦笑した。

「分かった、少し待つから。息を吐いて、きつい」
「ん、うん」

 言われるがままに朝儀が深く吐息した時、彼方がユルユルと内部で揺さぶった。
 そうしながら、朝儀の陰茎を撫でる。

「あ、ンは、も、もう」
「大丈夫か? いい加減動くぞ」
「ンあ――ひぁ、ひゃ、ああっ」

 そのままガンガンと腰を打ちつけられる内に、朝儀の体がビクリと震えた。
 涙が止まらない。同時に前と中から与えられる刺激が気持ち良すぎて頬が濡れていく。

「ここが好きなのか?」

 意地悪く笑った彼方は、朝儀が感じる内部を突き上げる。

「イヤ――あァ、あああ!! こ、壊れ……っ、ひ」

 そんな朝儀の哀願を聞いても、硬度を増した陰茎で貫いたまま、彼方は笑うだけだ。
 その後、彼方が果てるまでの間、朝儀は散々貪られた。

 事後、ぐったりと寝台に身を預けて考える。

 シャワーを浴びに行った彼方の事を思い出しながら、心地の良い疲労感にホッと息をする。巨根だった。即落ちした自覚があり、赤面しそうになって、両手で頬を朝儀は抑えた。ここまで気持ちの良い性行為は久しぶり――というよりも、記憶にない。若いからなのか獣のように体を求められたのだが、合間の巧みな愛撫や動きは確かに手練だった。

 一夜限りが残念だなと思っていると、シャワーから彼方が戻ってきた。

「朝儀さん」
「はい」
「――これから、一回五十万でどう?」
「え……?」
「俺は朝儀さんが気に入った。また会いたい。俺の愛人にならないか? 愛人といっても、俺は独り身だけど」

 そのポカンとするような申し出を聞いて――まず思ったのは、また会える、という思いだった。

「よろしくお願いします」

 こうして、朝儀の男漁りは幕を閉じたのである。次の約束は、斗望が学校に行っている平日の昼間となり、朝儀はこれからが楽しみだった。