【2】藍円寺という実家と週末、朝儀の背景と二度目(★)





 それにしても信じられない。
 一回五十万円――という部分も信じられないが、何より、自分が選ばれた事が意外すぎた。朝儀は、実家の藍円寺に帰宅したその日、油揚げのお味噌汁を作りながら、先週末の事を回想していた。

 六条彼方(ロクジョウカナタ)、そう名乗った美青年と過ごした熱い夜の事だ。

 年上が好きだと言っていたが……考えてみると、十歳近く下だろう。朝儀は三十六歳だ。居間でゲームをしている愛息子の、斗望(トモ)は、来年には中学生である。現在小学六年生の斗望は、己の父親がゲイよりのバイだと知ったら、果たしてどんな反応をするのか。それも怖い上、二人いる弟にも朝儀はカミングアウトはしていない。

 朝儀は三人兄弟だ。真ん中の弟が、昼威(ヒルイ)、一番下の弟が、享夜(キョウヤ)である。藍円寺という実家の寺を継いで住職をしているのは、享夜だ。週末になると時折、朝儀は享夜に斗望の面倒を見て欲しいとお願いしている。

 理由は――斗望と享夜は、就職活動のためだと信じているのだが(実際時にはそうしているが、一般企業は週末は休みである……)――主に土曜日の夜にハッテン場に行き、一夜を過ごして日曜日に帰宅するからだったりする。絶対に露見したくない理由である。本日は金曜日。

 その時、扉が開く音がした。

「おかえり、享夜」

 玄関まで朝儀は出迎えに出た。いつもは月に一度くらい預ける事が多いのだが、今回は絶対に外せない。だから二週連続となるが、斗望の事を享夜に頼むのである。

「ただいま」

 享夜の髪の色は真っ黒だ。茶色い色彩の朝儀や斗望とは異なる。この土地には、時折、茶目と呼ばれる、茶色い色彩の人間が生まれる。朝儀達親子はそれだ。

「ごめんね、今週も斗望のこと、お願いね」
「ああ」

 頷いた享夜は、そのまま居間へと向かった。周囲には、お味噌汁の良い香りが漂っている。弟の食生活が専らお惣菜のパックだと、朝儀は知っていた。しかし貧乏暮らしをしている朝儀から見ると、お惣菜を随時購入可能な弟の方が、やはりずっと裕福である。

 なお今回に限っては、前回、彼方から受け取った五十万円がある為、朝儀も懐が潤っている。これ、税務署に言うべきなのだろうか、だとか、色々悩みつつ、まだ使っていないが。

「享夜くん! ゲームしよう!」
「おう」

 居間に行くと、斗望が享夜に声をかけた。既にテーブルには朝儀が作った料理が並んでいるのだが、ポータブルゲーム機だから特に問題は無いらしい。その後、斗望を享夜に任せて、朝儀はキッチンに戻った。本日のメインは煮魚だ。

 さて、その夜は一泊して、朝儀は翌土曜日、朝食を作ってから家を出た。
 本日はもう少し見目をよくする為、美容室に行った後、服を買う予定だった。髪を切ってから、ブラブラと街を歩く。実は、月曜日に、二度目に彼方と会う約束をしているからである。

 朝儀が妻との死別後戻ってきた、この、新南津市(しんみなみつし)は、駅前に多くのお店が集中している。典型的な田舎の都市だ。都心までのアクセスも悪くはない。朝儀も少し前までは、都心で公務員をしていた。

 ――ただ、世間的にはちょっと怪しい公務員ではあるが。外向きは、内閣情報調査室の職員だった。しかしその実情は、日本国の国家的な霊能力者集団だった。朝儀は幼少時からその能力を買われて、親元を離れてそちらで育成された霊能力者である。妻との出会いもそちらだった。二歳年上だった妻との出会いもそちらである。

 元々は、日本国の霊能学研究が理由で、霊能力の強い子供を作ろうという、背徳的な遺伝子コーディネート研究が理由で、結婚を打診された相手だ。しかしボーイッシュな彼女に、小さい頃から自分は同性愛者ではないかと悩んでいた朝儀は――普通に惚れてしまった。その結果、人工授精ではなく、普通に斗望は生まれた。妻の望美と出会ってから、結婚までが四年(十八歳になってすぐに籍を入れた)、子供が出来るまで四年(朝儀が二十二歳のある日に望美は身ごもった)――輝かしく懐かしい日々である。死別したのは、七年前である……、斗望が保育所の年長組だった時だ。そう、もう七年も経つというのに――相変わらず朝儀は無職である。この間、短期の派遣やバイトを数度したっきりで、あとは年金等と――享夜からお金を借りて生きている。

 そしてついぞ望美以外の女性に惚れる事もなく――元来の欲求である、男好きの本性が顔を出してしまった。やはり望美が例外だっただけで、根本的に朝儀は男性が好きである。


 さて、そんな風に週末を過ごし。
 ――月曜日。
 六条彼方と会う、二度目の日が訪れた。

 日中、前回と同じホテルで待ち合わせをし、朝儀は一緒にエレベーターに乗った。だが、通された部屋は、前回とは別だった。

 そもそもこのような高級なホテルに入った経験が朝儀にはあまりない。
 だから少し緊張していると、彼方が微苦笑した。

「今日は、体の相性をもっと確かめたいんだ」
「――一回五十万に値するかどうか?」
「それもあるかな。ただ、どちらかといえば、朝儀さんにもっと気持ちよくなって欲しいんだ。俺は」

 彼方はそう言うと、部屋のテーブルの上を見た。
 何気なく視線を追いかけて、朝儀は息を飲んだ。

 様々な玩具が並んでいたからである。

 ――まず朝儀は、黒い革製の拘束具で全身を縛られた。

 そして袋の下から性器の上には丸い黒ひも状のリングで戒められた。両手は頭上で固定され、他にも紐で、腕や肩を縛られる。自由に動くことは出来ない。ツルツルとした縄の感触が、体に張り付いているようだった。きつくはない。

 朝儀は膝を折ってベッドの上に座っている。彼方がそうさせたのだ。

 そして彼方は朝儀の陰茎に、プラスティックで出来た振動するオナホをあてがった。白くて、大きなバイブの中が空洞になっているような代物だった。

「ひ、ア!!」

 強い振動がすぐに始まった。容赦なく彼方がスイッチを入れたのである。このように機械的に与えられる感触は初めてで、朝儀はすぐに達しそうになった。射精しそうな感覚に熱い息をはく。

 すると、それを見計らうように、続いて後ろに、ローションまみれの巨大なバイブを、彼方が押し込んだ。

 それなりに慣れている朝儀の体は、痛み無くそれをすんなりと受け入れた。だが、無機質感な刺激など初めてで、思わず目を見開いて震えた。直後そちらのスイッチも入れられ、バイブが振動を始める。早い振動だった。大きめのイボ付きの代物で、その内の一つが朝儀の前立腺をごりごりと、おしてくる。もうそれだけで気が狂いそうになった。求めていたものが、そこにはあった。

「いやああああああああああああっ! うあ、あああああああ!」

 前と後ろの両方から、規則的な刺激が襲いかかってきて、強制的に快楽を煽られる。

 きつく目を伏せた時、黒い布紐で目元を縛られた。何も見えなくなった時、さらにそれぞれの振動が早くなった。

「ああああああああああ」

 刺激に堪えられず、朝儀は叫ぶしかなかった。襲われた快感が激しすぎて何度も首を振る。何も見えないからなのか、全身が敏感になっている気がした。触覚だけが際だっているように感じるのだ。感じすぎて、体がドロドロに蕩けてしまう気がした。

「ン――、――ッ――! ひァ――!!」

 外と中への規則的で激しい刺激で、すぐに朝儀は果てそうになった。
 出したいと思う間すらなく、もう出てしまうと言う感覚に襲われたのだ。

「ひぅ、やぁ、止め、も、もう、出……出ます、出る、ああッ」
「気持ち良い?」
「うあああああああああ――――!」

 朝儀は彼方の言葉に答えることが出来ないまま、悲鳴を上げて精を放った。
 強すぎる快感に、頭がクラクラしていた。

「あン、あ、あ、あああああああ!」

 しかし前の動きも後ろの動きも止まらない。ただ静かに目隠しだけを外された。

「やっぱり、その艶っぽい目、見てる方がいいな」

 正面には楽しそうな顔でこちらを見ている彼方の姿があった。

「ん――――! うあ、うわ、わ、あ、いや――――! ひァ、ああ!!」

 気持ちが良すぎておかしくなりそうで、朝儀は悲鳴を上げた。

「イきまくりだな。思ったより慣れてる」

 彼方が、喉で笑った。オナホの中からは、たらたらと朝儀が出したものが垂れた。それを引き抜かれた時、朝儀はまた精を放った。

「中だけでもイける?」

 その時、バイブの動きが強められた。

「ああああああ! うあ――――! ア!」

 朝儀は、すぐにまた中の刺激で強制的に勃起した。そして熱い体は通常通りで、朝儀の体はすぐにまた精を放った。透明になった蜜が陰茎の側部を垂れていく。

「イけるみたいだね。まぁこの前も俺ので果ててたしな……ふぅん……――じゃあ、こういうのはされたことある?」

 そう言うと、透明な長く細いチューブを持って、彼方が歩み寄った。
 身悶えたまま朝儀見守っていると、彼方の操作でバイブの振動が止まった。
 それが寂しくすらあった。

 朝儀の体が一気に弛緩した時、彼方が朝儀のそそり立った陰茎を握り、もう一方の手で、先端にぷつりと、カテーテルの先を押し込んだ。

「ひッ」

 カテーテルが中へ中へと入ってくる。

「あああああ……や、やだ、嫌だッ」

 陰茎内部を抜き差しされる感覚に、朝儀ガクガクと震えた。恐怖よりも、純粋に気持ち良いと思っていたのだ。こんな医療行為じみたことにすら快楽を覚える体が恐ろしくなったが、思考は蒙昧で、もう何でも良かった。

「本当に嫌か?」
「うあああん、ん、ア、気持ちいいッ」

 そのまま散々、朝儀は体を嬲られた。そして意識を飛ばした。

 目が覚めてから、朝儀は彼方に聞いた。

「彼方さんって、Sなの?」
「Sな俺は、嫌い?」
「ううん。俺、Mだから」

 こうして、体の相性を確認し合った二人だった。