【二十五】子供についての想いと願い




 その後僕は、一ヶ月ほど入院した。二週間ほどしてからは、魔導保育器に入る我が子ライゼを時折見に行く事を許された。ユーゼ様と手を繋いで、小さなライゼを見ると、僕は何度も泣きそうになった。僕達の子供は、無事に産まれてきたのだ。

「偶発的にも、予言の子と同じになってしまったな。やはり名はルイゼにするべきだったか……」

 僕の病室へと戻りながら、ユーゼ様が溜息をついた。僕は微笑する。

「ううん。ユーゼ様の気に入った名前だし、必ず予言があたるとは限らないし……」
「そうだな。予言は外させる方向で努力しよう」

 僕達はそんな事を言い合って笑い合った。
 ライゼは可愛い。

 僕とライゼの退院が許されたのは、終夜の週の終わりに近い頃だった。終夜の日の三日前の事である。年末年始を、僕達は三人で迎える事になった。結局、僕達が戻った先は、リファラ山地居住区画の邸宅だった。アルラ父様がそれを許可してくれたのは、ラインハルトが主治医とベビーシッターを兼ねて、僕達の家に来てくれると決まったからである。

 だから正確には、今後は四人で暮らす事となるのだ。だが、ラインハルトは住み込みというわけではなく、昼は、僕とユーゼ様で見ると決まっている。ライゼの夜泣き対応から午前中までをラインハルトは見てくれるそうで、ラインハルトが帰宅する仮眠時間の午後に、僕とユーゼ様が面倒を見るのだ。

 なおユーゼ様は、本当に育休を取ってくれた。随分と現皇帝陛下には嘆かれたらしいが、皇帝陛下も『勇者たる甥っ子のためだしな』と、最終的に許可をくれたらしい。既にユリセのゴーレイ侯爵家から皇帝陛下には、ユーゼ様が血縁者だという連絡が行っているそうだった。

 ――ライゼは本当に可愛い。
 僕はリビングで、小さなライゼを抱っこしながら、顔を緩ませた。隣には珈琲を淹れたユーゼ様が座っている。

「ライゼは可愛いな」
「はい……」
「つむじの位置が俺と同じだ」

 髪の色も、ユーゼ様と同じで黒色だ。瞳の色は、僕と同じ紫色である。小さな手足は、これでも保育器の中で少し大きくなった方だ。頬を触ってみると、柔らかい。

 その時呼び鈴の音がして、その直後、鍵の回る音と扉が開く音がした。僕とユーゼ様が揃ってリビングの扉に視線を向けると、勝手に入ってきたラインハルトが立っていた。尤もラインハルトでなければ、この家に勝手に入ったり出来ないから、すぐに相手は判別出来たのだが。

「育児はどうだ? うわああああライゼ! ライゼ!! 可愛い!」

 ラインハルトは、僕とユーゼ様と同じくらい、ライゼを溺愛している。

「抱かせてくれ」
「う、うん」

 僕がゆっくりとライゼを抱き渡すと、ラインハルトの顔がデロデロになった。

「ラインハルト、今日は終夜だぞ? 家族団らんを邪魔するな」
「そう言うなって。俺だってライゼの師匠になるんだから、家族みたいなもんだろ?」
「弟子にするなんて言っていないだろうが」
「ユーゼ、現実を見ろ。この子は予言された子供かもしれないんだぞ? それは建前で可愛くて、俺溶けそうなんだけど」

 ラインハルトがライゼに頬ずりをしている。僕はそんな光景が微笑ましい。

「この子の未来はこの子のものだ。この子が望むならば、弟子にしても良い」
「――けどな。お前達の子供なんだから、将来的にある程度の武力は期待されるだろ? 俺、師匠に最適じゃないか? 本音を言えば、こんなに可愛い子は俺が愛でたい」

 ラインハルトとユーゼ様のやりとりに、僕は小さく吹き出した。子供が生まれてから、僕は前よりも感情表現が豊かになった気がする。だって、幸せだから。その気持ちを率直に表したくなるのだ。

 同時に強く思う。この子に、魔王退治なんていう苦行を味あわせたくはない。
 やはり僕が、魔王を倒せたら良いのに。
 繭のうちに叩く事は不可能なのだろうか?

 その疑問は、ずっと僕の胸に残り続けた。

 例えば新年を三人で過ごし、そこにラインハルトが訪れて、ユーゼ様とワインとサラミを嗜んでいるのを、横に座ってライゼを抱きながらみている時も。



 ――そんな事を考えた日から、四年が経過した。その間に、僕には更に二人の子供が生まれた。ライゼが産まれて二年間は、ユーゼ様が避妊してくれたそうで、学年で言うと二学年違いで次男が、その一学年下に三男が生まれた。二人は年子だ。ユーゼ様いわく、我慢が出来なかったらしい。

 次男の名前はルイスとなった。ゼはつけなかった。代わりに三男が、ゼリルという。
 長男ライゼ、次男ルイス、三男ゼリル。
 ライゼは四歳となり、ルイスは二歳、ゼリルは一歳だ。次男と三男は、予定通りの九ヶ月で無事に産まれてきた。

 ライゼは、ラインハルトに非常に良く懐いている。そんなライゼが、ある日、この日も三人のベビーシッター役に訪れていた時、ラインハルトに抱きつきながら僕を見た。

「俺、ラインハルト様の弟子になりたい!」

 それを座って聞いていた僕とユーゼ様は顔を見合わせた。いつかユーゼ様は、ライゼの意思によると口にしていた。僕はそれを覚えていたから、小さく頷いた。ユーゼ様は呆れたように嘆息していた。

「ラインハルト。ライゼの事をよろしく頼む」

 このようにして、僕とユーゼ様の長男は、ラインハルトの弟子となる事が決まり、スカウトされたという形で、天球儀の塔へと行く事になったのだった。


 ――なお。
 度々戻ってくるライゼは、その度に、ルイスとゼリルを可愛がった。特にルイスは、そんな兄のライゼが大好きになってしまったらしく、非常に懐いている。年に四度ほどラインハルトを伴って帰ってくる度に、僕はライゼを抱きしめた。

 そうしてライゼが十歳、ルイスが八歳、ゼリルが七歳になる頃、帝国の皇帝陛下が病を患った。皇帝陛下とユーゼ様の間には、他の兄弟姉妹もいるのだが、皇帝家特有の魔力を受け継いでいる人間は、皇帝陛下本人とユーゼ様しかいないらしい。

 いいや、違う。実を言えば、僕とユーゼ様の三人の子供は、皆、皇帝家の特殊な魔力を持って生まれてきた。皇帝陛下は、病弱で元から子種が無いそうで――ある日ついに打診があった。

「養子としたいのだ。一人で良いから」

 僕は呼び出された帝国の玉座で、直接それを聞いた。ユーゼ様はどこか疲れたような冷ややかな目をしていた事を覚えている。

「俺としては、定期的に家に帰してくれる事を保証して頂けるのであれば」

 ユーゼ様が言った。僕もそれに異論は無かった。一緒に過ごせなくなってしまうのは寂しいが、帝国皇帝家の血統は守らなければならないと考えていた。そして僕達の子供の中で、最も皇帝家の魔力を強く受け継いでいるのは、ルイスだった。

「僕、皇帝陛下の子供になるの?」

 状況を、八歳の次男に話すと、ルイスは目を丸くしていた。それから、両頬を持ち上げた。

「皇帝陛下は僕に優しいから、嫌ではないです。だけど、僕のお父様達は、ルツ父様とユーゼ父上だけだし、特にライゼ兄上がラインハルト様と戻ってくる時は、僕もこの家に戻りたい」

 その言葉に僕は頷き、半ば涙ぐみながら、ルイスを送り出したものである。
 こうして、リファラ山地居住区画の邸宅では、僕とユーゼ様、そして三男のゼリルで暮らすようになった。元々この居住区は、子供が生まれるまでの数年間――具体的には四年から五年間のみ住まう場所だったのだが、結果として、十二年ほどが経過していた。

 リファラ山地居住区画が解体される事となったのは、十三年目の事である。あとは、それぞれが適切な師を見つけ、勇者候補の子供を自らあるいは預けて育てると決定された。離縁も自由となった。僕は、これからどうするんだろうと考えながら、ゼリルの手を握っていた。すると、ユーゼ様が言った。

「離縁など考えられない。ルツ、生涯俺のそばにいてくれ」
「……はい!」
「悪いが、帝国のベルス侯爵家で暮らそう」

 ルイスが養子となったのを契機に、ベルス家の爵位は更に上がった。僕は頷く。

「そこが、僕とゼリルと、それにライゼとルイスの新しい家ですね。勿論ユーゼ様が家主の」
「ああ。いつでも皆が帰ってこられる家を作ろう」

 ――このようにして、僕は王国籍ではなく、帝国人となる事に決まった。


 その後も、僕達の幸せな生活は続いていく。
 例えば、ライゼがラインハルトと同じく、天球儀の塔の主席魔術師となったり、ルイスが若くして帝国皇帝となったり、ゼリルがちょっと控えめだけれど優しい性格に育ったりもし――彼らが大人になり、僕とユーゼ様が一線を退く頃に、魔王の繭が孵ったりするのだが、それはまた別のお話だ。

 僕の一生は、幸せだった。




【完】