【五】









 だが――そんな生活が一週間も続いた頃、まだ料理の訓練は始まっていない様子で、掃除技能しか上がっていない降矢を見て、さすがに依織は辟易していた。

「降矢、あのさぁ」

 既に呼び捨てになっているし、依織は率直にものを言うように変わっていた。

「レシピ本、もう十二冊も買ってあげたよね? それも基礎中の基礎の、計量の仕方から書いてある奴」
「あ、ああ」
「なのになんでこの八宝菜、砂糖が入ってて、それも塊で入ってて、甘いの? そんなレシピがどこに載ってたの?」
「アレンジと感覚も大切だって書いてあったから……」
「それをやめろと言ってるんだけど? かつ、さ? お粥ではなくなったけど、どうして炊飯器で焦がすの? お焦げを作るのが趣味なの?」
「……そ、その」
「水の分量さ、書いてあるよね? お釜にメモリで。それの通りにしてスイッチを入れるだけだよ? なにをどうしたら失敗するの?」

 最早依織に、笑顔はない。非常に冷ややかな目で、降矢を見据えている。一方の降矢は、おろおろと瞳を揺らし、困ったように笑っている。反抗的な態度でないのが依織にとって救いではあったが、食事は生活に関わってくる。ハウスキーパーの養成講座で料理の訓練が始まるまであと二週間だと、講義目録を見て依織は知っていたが、それまで耐えられるか自信がなかった。

「……クリスマスまでには頑張るから。お、おせちも作るから!」
「悪いけど、ケーキもおせちも、既に僕はお取り寄せしたからね。クリスマスは、ケータリングでシェフを呼ぶと決めたから」
「え?」
「あーその、たまには料理を休んで? 労いっていうか」
「あ、ありがとう依織。本当に好きだ……依織は優しいな」
「……僕も、僕ほど心が広い人間は、あんまりいないと確信したよ。本当に今回は」

 頭痛がしてきたが、依織は嘆息しつつ、この日も無残な夕食をなんとか口に運んだ。

 ――これで夜の営みも最悪だったならば、迷わず離婚していただろう。

 しかしながら、獰猛な光を瞳に宿し、荒く吐息し、汗を浮かべながら、己を貫く降矢を見ていると、つい許してしまう。完全に依織は、体には絆されていた。

「ぁ、あ……んぅ!」

 緩急をつけて動く降矢に、今宵も依織は翻弄されている。ガチガチに硬くなった降矢のモノで抉るように突き上げられると、稲妻のように全身に快楽が走り抜け、頭が真っ白に染まる。

「ああっ、ン――! あ、あ、激し、っ」

 難点は、正常位ばかりである点だろうか。

「愛してる、依織」
「ん……ぅァ」

 最近、たびたび降矢は、『好きだ』『愛している』と行為の最中や事後、そうでなくとも日常的に口にするようになってきた。実際、自分を見る目が優しいし、降矢には恋情が生まれたようだと依織は感じている。しかしながら、依織の側には、まだそういった感情はないし、正直結婚に愛は求めていない。ただピロートークとしては悪くない。そんな感想を抱くようになってきた。

 強く腰を掴まれて、激しく抽挿される。本日はローションを用いているから、時折淫猥な水音が響く。ぐちゅりとぬめった音がする度に、より奥深くを暴かれて、依織は背を撓らせながら涙ぐむ。気持ちがいい。

「あ、あ、あ、イく」
「俺も」
「んぁ――!」

 こうしてこの夜も、激しく交わった。事後、依織はぼんやりと降矢を見る。降矢は隣で、依織を腕枕しながら微笑している。

「降矢って、さ」
「ん?」
「僕で何人目?」
「えっ」

 依織の問いかけに、瞬時に降矢が赤面した。

「俺……何か変か?」
「ううん? そういうわけじゃないけど」
「……俺、ホテルで依織としたのが、実は初めてなんだ。童貞だったんだ」
「へ? 本当に? 僕しか知らないの?」
「ああ……この歳まで童貞って、引いたか? やっぱり」
「別に。ふぅん」

 なんとなく依織は納得した。快楽を煽る手腕は優れていると思うが、技巧も体位数も愛撫方法も語彙力的にも慣れているとは思えなかったし、荒々しくガツガツしている理由も分かった気がしたからだ。ただこれは、教え込まなければ、永遠に正常位で、マンネリ化しそうでもあるので問題だ。もう日常生活の上では完全に依織が主導権を握っているので、今後はセックスでもそうしようと、この夜依織は決意した。

「なぁ、依織。クリスマスも、カウントダウンも、バレンタインデーも、ホワイトデーも、エイプリルフールも、全部一緒に過ごそうな?」
「……そうだね」
「本当に愛してる!」

 降矢がより強く抱き寄せてきたので、依織は微苦笑してから瞼を閉じた。