【6】吉原炎上





 それにしても――夜の蝶になってやる、と、そう思ったのは、いつの日だったんだろうか……。

 多分売られてきてすぐの頃だ。全く売れないから、無駄な決意だったんだけれど。
 だけど今の僕には、雨宮様がいる。

 いてくれるだけで良い。側に一緒にいてくれさえすればそれで良いんだ。売れなくて良い。寧ろ売れなくて良い。雨宮様をいつだってお待ちしていたい。

 ――だけど僕が売れに売れていた方が、常連さんとして、雨宮様は喜んでくれるだろうか?

 そんな気がしないでもない。
 僕がそれこそ、秋桜太夫みたいだったら、雨宮様も鼻が高いかもしれない。

「どうしたんだい、紫陽。習字道具なんか用意して」
「僕は僕に出来ることを極めるんです!」

 そう、そうなのだ。
 僕の唯一と言っていい取り柄は、小さい頃に習字を褒められたことなのだ。

 僕は滅多に文なんて書かないから、筆ペン使いはちょっとどうなのか分からないけど、小さい頃褒められたし、習字ならば僕にもよりしろがあるかも知れない。

 楼主様に向かって大きく頷くと、何故なのか生温かい目で見ながら笑われた。
 失礼だと思う。

 こうしてその日から僕は、筋トレの後習字を練習するようになった。
 今のところ、てるてる坊主の顔を描くときにしか、活用してはいないけど。



「なんだか最近この部屋は、良い匂いがするね」

 ある日雨宮様に言われた。最初は何のことなのか分からなかった。
 だから首を傾げていると、雨宮様が文鎮を手に取った。

「書道をしているの?」
「は、はい!」
「てるてる坊主の顔を描くために? 本格的だね」

 雨宮様はそう言うと喉で笑った。確かにそれは間違っていない、そこでしか役に立っていない、だけど違う、違うのだ。

「墨の匂いがお好きなんですね」
「どうかな。ただ悪くないとは思うけどね。それとも誰かに、起請文?」
「僕は雨宮様にしか、恋文は書きません!」
「営業がまた上手になったんじゃない? 確かに貰った文の字も上手かったしね」
「ほ、本当ですか?」

 やっぱり僕は、少しは字が上手いのだろうか? なんだか嬉しくなってしまった。
 思わず頬が持ち上がる。

「営業上手を褒められて喜ぶって……一応俺は上客何じゃないのかな」
「あ、え、そっちじゃなくて。字、字です! 本当に上手かった?」
「ああ、上手かったね。字が上手いと頭がよく見えるよね」
「本当ですか! 雨宮様は、頭が良い人が好きですか?」
「ちょっと抜けてる子も悪くないかな」
「そうですか……」

 なんだか悲しくなってしまった。折角頭が良さそうだと言われたのに、逆の方が好きだなんて……。

「紫陽……別に俺は、君の頭が良いとは一言も言っていないよ。どうしてそんなに悲しそうな顔をするのかな」
「え」
「紫陽が抜けていて可愛いって言ったんだよ」
「え? ええと……」

 これは喜ぶべきなのか? 可愛いと言われたのは純粋に嬉しい。だが、暗に頭が悪いと言われていないだろうか……。別に僕は、そこまでバカじゃないと思うんだ。それこそ雨宮様と比べたら、悪いかもしれないけど。

「俺はただ紫陽に喜んで欲しくて言ったんだから、そんなに考え込まないでよ」
「雨宮様は、僕に喜んで欲しいんですか?」
「多分ね」
「た、多分……」
「紫陽は?」
「え?」
「俺に喜んで欲しい?」
「当然です!」

 そう言うと手首を握られ、抱き寄せられた。

 力強い腕の感覚と、固い肩に胸がドクンと高鳴った気がした。ずっとこうやって雨宮様に抱きしめてもらっていたら、多分幸せだと思うんだ。

「俺がどうすれば喜ぶか知ってる?」
「もっと習字を頑張ります!」
「……その前に、寝室に行きたいな、俺は」
「はい!」

 僕が大きく頷くと、雨宮様が吐息に笑みを乗せた。
 それから僕たちは、寝床へ移動した。

「ッ、んぁ」
「綺麗だな、紫陽は」
「ぅ……ああっ、ふ、あ、あ」
「気持ちいい?」
「うん……あ、雨宮様ぁ……僕、もう……ッ!」

 ゆるゆると腰を動かされ、僕は熱い吐息をついた。衣が擦れる音がする。
 雨宮様に頂いた打掛が、くしゃりとなっていた。

「どうされたい?」
「動いて……っ」
「どんな風に?」
「あ、やぁ、そんな、そんなのッ、いつもみたいに――」
「ちゃんと教えてくれないと分からないな」

 そう言うと雨宮様が、満面の笑みで筆を手に取った。

「え……?」
「分からないから、好きにしちゃおうかなと思って」
「ンあ、ああっ、ああああ!!」

 雨宮様が、筆で僕の乳首を撫でた。ちくちくとしたけど、墨汁の感覚がツキリとして、その甘い疼きに、思わず目を伏せた。

「や、やだ、ぁ、ァ」
「これは嫌なの?」

 すると中を陰茎で揺らしながら、今度は僕の中心の側部を雨宮様が筆でなぞった。
 筆なんて側に置いておくんじゃなかった……!
 ツツツと撫でられて、僕は涙が浮かんでくるのを感じた。

「っっっ、うあ……あああ」
「こういうのでも気持ちいいんだ?」
「ち、違っ、んンあ、嫌」
「嫌なの?」
「雨宮様が良い」
「俺の指?」
「違う、もっと中、動いてッ……っ」
「じゃあお願いして」
「え? え、あ……や、お願い、雨宮様、気持ち良くしてっ」
「残念だけど別に俺は紫陽のお願いには弱くないんだよね」
「ひゥッ――――あああああ!!」

 しかし激しく中を揺さぶられて、僕は眼窩の奥が白く染まった気がした。
 気持ち良かった。もう限界だ。
 僕はそのまま果てて、ぐったりと布団に体を預けた。

 筆プレイなんて、雨宮様はやっぱり変態だなって思う。だけどそんな雨宮様のことが、僕は嫌いにはなれない。

「雨宮様、雨宮様」
「ん? どうしたんだい?」
「大好きです」

 告げて満足して、そのまま僕は寝入ったのだった。



 その翌日も、雨宮様は来てくれた。

 ギュッと力強く腕を回される。僕は口を雨宮様の腕に押しつけて、そのさわり心地のいい着物の感触を楽しんだ。温かい。今晩は何をするでもなく、ずっと二人で抱き合っている。勿論宴会用のお座敷だから、何かしては行けないのだが。

 なんだかそうしているのがすごく幸せに思える。そんなに誇れるような体をしているわけではないが、僕の体だけが目的ではないのだと、ついぞ思ってしまうからだ。いやもう体だけでも良いのかもしれない。僕は雨宮様と一緒にいられたらそれで良い気がした。

「何を考えているの、紫陽」
「雨宮様のことです」
「俺も紫陽のことを考えているよ」
「本当ですか? 僕のどんなこと?」
「――そうだな。紫陽はどうしてこんなに綺麗なのか、とかね」

 雨宮様が僕の顎に手を添えると、上を向かせた。
 真正面から雨宮様の黒い瞳をみると、僕が映り込んでいるみたいだった。
 この近い距離が嬉しい。胸が温かくなるのに、ドキドキするのだ。

 ――今日も真っ白い雲の下、梅雨明けを知らせるような風が吹いていたから、もうすぐこんな時間は終わってしまうのかもしれない。

 白南風が憎い。

 梅雨と一緒に雨宮様のこともどこかに連れて行ってしまうかもしれないからだ。そんなのは嫌だった。

 雨宮様を見送ってからはまた一日、雨宮様のことだけを考えて一日を過ごした。

 本当は他にも考えなきゃならないことは沢山あるんだと思うのだが、他に何も考えられなかったのだ。その次の夜は体を重ねた。

「ん、っ、ふあ、あ……ああっ、あ、ン」

 雨宮様の手が、僕の陰茎の側部をなで上げる。

 繊細な指の動きに僕の体は震えた。形をなぞられ、そのたびにゾクゾクと快感がはい上がってくる。もう一方の手では菊門の襞を一枚一枚、撫でられていた。

「あ、ああっ」

 もう今では、雨宮様に触られるだけで、僕の体は蕩けはじめる。力が抜けていくだけではなくて、本気で感じているふりなどする暇がないほど、いちいちカッと全身が熱くなるのだ。きっと蕩けるチーズってこんな気持ちなのだろうと思う。僕は、パンにぴったりになれるかもしれない。

「あ、ああン……っ、あ、雨宮様、大好きっ」



 ……しかし繰り返すが、梅雨と言っても晴れるのだ。

 今日は残念ながら晴れてしまった。やはり梅雨明けは近いのかもしれない。
 そんなある日また庄野様に指名された。

「久しぶりだな紫陽」
「お待ちいたしておりました」

 本当は全然待っていなかった。何せ、来るはずがないと分かっていたからだ。僕は思う。庄野様は浮気者だ。なんて、娼館で言うのは無粋だけれども。

 最初は宴会のお座敷で食事をし、それから部屋へ向かうべく廊下を歩いていた。庄野様はいつもこうだ。そうしたら秋桜太夫に遭遇した。

 秋桜太夫は栗色の髪をしていて、こちらを見ると儚い笑みを浮かべた。思わず僕まで見ほれてしまいそうになった。庄野様はと言えば、「おう!」なんて言って豪快に笑っている。

 それから僕の部屋へと着いた時だった。
 行為が始まる直前――……いきなり部屋の襖が、音を立てて開いた。

「大変だ!! 火事です!! お逃げくだせぇ!!」

 その言葉に慌てて僕は着物の首もとを押さえて、整えた。
 そして庄野様の背中を押した。

「お早くお逃げください!」
「あ、ああ!」

 呼びに来た若衆の後について、庄野様が走り出した。とりあえずお客様を逃がすことが出来たので安堵しつつも、一体何がどうなっているのかと思い、僕も下まで降りた。逃げなければと言うのもあった。

 そこで楼主様と鉢合わせた。

「なにがあったんですか!?」
「わからないんだよ! ただ三階から火が出てるって、外から見た人が走り込んできたんだ」
「三階って、秋桜太夫のお部屋が――太夫は!?」
「姿が見えないんだよ。未だ部屋にいるのかもしれない」
「さっき廊下ですれ違いました。階段はひとつっきりだし、絶対に中にいるじゃありませんか!!」
「な、なんてことだい!」
「助けに行ってきます!!」
「ちょっと、紫陽、お待ち――」

 待てるわけがない。これ以上待っていたら、秋桜太夫は煙に巻かれて死んでしまうかもしれないではないか!

 階段を駆け上がり、僕はまっすぐ秋桜太夫の部屋へと向かった。
 するとそこには、布団の上に座り込んでいる秋桜太夫の姿があった。
 良かった無事だ……!

 だがその真後ろが一番火の勢いが強い。豪華な着物が燃えていた。

「秋桜太夫! 早く!!」
「紫陽……どうしてここに? 早く逃げて……」
「そうですよ! 一緒に早く逃げよう!」

 僕の言葉に、急に秋桜太夫が涙をこぼし始めた。確かに僕も火事は怖いが、泣いている場合ではない。

「早く!」
「違う、違うんだよ。ごめん、ごめんね」
「早く!」
「ごめん、本当にごめん、うあ、ごめんごめん」
「……秋桜太夫?」
「庄野様を盗ったのは僕なのに、ごめん、ごめんね」
「――え?」

 何の話か分からず、僕はそんな場合ではないのに目を見開いた。庄野様を盗った……?

 どういう事だろう? 確かに指名変えはされてしまったけれど、別にそれは秋桜太夫が盗ったなんて事ではないと思う。

 僕の成長期などの欠点と、秋桜太夫のすばらしさに庄野様が気づいてしまったという、二点が重なっただけのことだろう。案外僕の背が伸びたって言うのも、僕が言い訳にしているだけなのかもしれないしな。

「僕は、紫陽の事が憎くて仕方がないんだ」
「っ」
「庄野様は、庄野様は、僕だけのモノなんだって、もう、どうしようもなく好きになっちゃって、だから、うああ」
「秋桜太夫……」
「一緒にいるのを見るだけで嫉妬しちゃうんだ。もう駄目だよ、我慢できなかった――……火をつけたのは、僕なんだ」
「な」
「だから、だから僕なんかおいてさっさと逃げて。君のことを勝手だけど殺したくない」

 呆気にとられるしかなかった。放火は重罪だ……だが、だがそれでもだ。

「そんなことはどうでも良いから逃げよう!」
「っ」
「秋桜太夫に何かあったら、庄野様も悲しむし! 悲しませて良いの!?」

 絶対に良くないと思う。僕は無理矢理秋桜太夫の手を取って、走り始めた。
 火に囲まれた階段を必死で走り抜け、何とか一階までたどり着いた。
 後は玄関から外に出るだけだ。

 だが。

 ――やっぱり世の中そう上手くはいかないんだな。

 焼けた柱が倒れてきたので、僕は秋桜太夫を突き飛ばした。勿論入り口の方へだ。

「先に外に出て!」
「だけど!」
「すぐに行くから!」

 声を張り上げた瞬間、僕と秋桜太夫の間には火の壁が出来た。
 ただ足音が遠ざかっていったから、多分助かったんだろうなと思う。
 ほっとしつつも、肩にのし掛かっている焼けた柱に、全身が痛みを訴えた。

「っ、あ、痛ッ」

 なんとか抜け出そうとするのだが、熱と痛みと重みで、僕は思わず座り込んでしまった。
 火の粉が飛んできて、着物にどんどん焦げた穴があいていく。

 ――ああ、もうここまでかもしれない。

 僕は覚悟をした。丸焼けになるのも時間の問題だ。
 その時だった。

「え?」

 誰かが中に走り込んできて、目をこらせばそれは、雨宮様だった。
 呆然としていると、雨宮様は何も言わずに、火を踏んで、それから僕の肩に乗っている柱を素手でつかんだ。掌が火傷していくのが分かる。目を見開いた。なんで。なんでここにいるのだろう?

「大丈夫?」
「え、あ、はい」

 驚いていると、僕は雨宮様に抱き上げられた。

「何をやってるのかな、本当に馬鹿だね。助けに入って自分が、自分が、ああ、もう、馬鹿だな君は!」
「どうしてここに?」
「君に会いに来たら火事なんだからびっくりしたよ。俺の心臓を止める気か」
「今日は雨が降ってないのに」
「だから火の周りも早いんだ」
「そうじゃなくて、雨が降ってないのに会いに来てくれたの?」
「は?」
「雨が降らないと来てくれないんでしょう?」
「今じゃ毎日来て……っ、馬鹿だな。雨だから来てるんじゃない、梅雨にただ重なっただけだ」
「え?」
「兎に角外に出るから、これ以上煙を吸わないように」

 そのまま僕は雨宮様に抱き上げられて、外へと出た。そして、外の空気を吸った瞬間安堵したからなのか、意識を失った。



 次に目を覚ますと、僕は第三吉原の病院にいた。和室の部屋で、横になっていた布団から起きあがると、左手の甲に、点滴針が突き刺さっているのが見て取れた。

「目が覚めたのかい、無事で良かったよ」

 楼主様がそこにはいて、泣いて喜んでくれた。
 東屋は全焼してしまったそうだ。他にも燃え移ったらしい。
 吉原炎上と呼ばれているそうだ。

 お見世が無いから雨宮様には会えないし、雨宮様がどうなったのかも分からない。楼主様に聞いたのだが、知らないと言われてしまった。

 かわりに、すぐに新しいお店が建つと聞いた。

 ――火災の原因は、不明だという話になっている。今でも特定できないそうだ。

 僕は秋桜太夫の事は言わなかった。もしかしたら、火に巻かれて錯乱していただけかもしれないから。そうであることを祈ろう。そうというのも、一度秋桜太夫が見舞いに来てくれたのだ。もう、身請け後のことだった。僕は素直に、「良かったね」と言うことが出来た。

 本当は犯罪は良くないことだと分かっていたが、僕は自分勝手だけど秋桜太夫の幸せを壊したくなかったのだ。庄野様だって多少浮気性ではあると思うけど、きっと秋桜太夫を幸せにしてくれると思うのだ。悪い人じゃない。何せ一度は僕が好きになった相手だ。なんて。そんなこんなで僕が退院する頃、新しい見世は出来た。



 今日は快晴だ。

 だが格子に入っている僕の前に、立つ人物がいた。もう見慣れた靴を履いていた。見なくても分かった。だけど一目見たくて僕は顔を上げた。そこにはやっぱり雨宮様が立っていた。でも――もう僕は、お客様をとることは出来ないのだ。

 肩から鎖骨までにかけて、酷い火傷の痕が残ってしまったのだ。『美人過ぎて気位が高そうで断られそうだから客が寄りつかない、って不人気だと思ったら、今度は怪我とはね』と、楼主様に言われたが、よく分からなかった。とりあえずお客様がとれないことは分かった。

 だから基本的にこれから僕は、毎夜毎夜変態の相手をして過ごすことになる。この見世に置いてもらえるだけでも感謝しなければならないのだ。変態達も、火傷をしていても良いと言ってくれたらしくて、僕が生きていたのを喜んでくれたと言うから、僕はもうそれで良いのだと思うことにした。変態なんて呼んでいて悪いとさえ思う。大事な後援人の方々だ。太夫が抜けた分もあって経営はさらに苦しくなるだろうから、後援人の方々は絶賛大募集中だという。

 雨宮様はと言えば、ニコニコと微笑んでいた。
 僕も、初めて格子の中から笑顔を返した。
 一目会えて良かった。もう会うことは、無いだろう。



「紫陽、ちょっと」

 しかし驚いたことに、直後僕は楼主様に呼ばれた。

 そして部屋に行くように言われてびっくりしながら待っていると、雨宮様がやってきた。

「なんで……」
「来てはいけなかったかな?」

 雨宮様はそういうが早いか、僕をぎゅっと抱きしめた。

「心配した」

 耳元で静かに囁かれた。その声は笑っていなかったのにどうしようもなく優しく思えて、僕は涙腺がゆるんだからきつく目を伏せて雨宮様の肩に顔を押しつけた。

「掌の火傷は大丈夫ですか?」
「全然平気だよ」

 必死で言った僕に、やっと雨宮様が笑ってくれた。そして掌を見せてくれた。少し痕が残っていたけれど、問題はなさそうだった。本当に良かった。なんだかそのことだけで嬉しくなって、僕は何故なのか泣いてしまった。だけど頑張って笑おうと試みた。すると雨宮様が、僕の両手をとった。

「君のことを身請けしても良いかな?」

 思わず耳を疑った。

「え? だけど僕火傷……」

 すると言い終わる前に、押し倒された。着物をはだけられて、肩の傷の痕に口づけられる。

「それがどうかしたの? 兎に角、無事で良かった。もう心配で目を離しておきたくないんだよね」

 そういうと雨宮様が、今度は僕の唇に触れるだけのキスをした。胸が尋常じゃないくらい高鳴った。

「僕のこと好き?」

 意を決して、僕は聞いてみた。だって僕は、雨宮様のことが好きなのだ。
 ならば、雨宮様は?

「――そうだね。思えば言ったことがなかったね。うん、好きだよ。残念ながら俺は誰かに愛の言葉を習ったことはないから気の利いたことは言えないけど、愛してる。大切にするから俺のものになってはもらえないかな」

 僕はその言葉に頷いた。

 こうして僕は身請けされ、製薬会社の大旦那だった雨宮様の所へと迎えられることになったのだった。これにて僕の、吉原生活は幕を閉じたのだった。





   (終)