【20】大人



 精神分析学も最高評価だった。そりゃ、出てた人少ないしなぁとしか、その時は思わなかった。英語も最高評価だった。これにはビックリした。こちらは四回休むと再履修だったのだが、もちろん全部出た。それが良かったのか、一回だけあった小テストで一番成績が良かったからなのか、それとも本当にテストの出来が良かったのか、なんて思いつつ、私は知っていた。この学校の人々は、英語が苦手なのだ。

 なぜならば、みんな再履修を選択し、英語に出ていなかったのだ。英語の再履修の場合、教科書を買って、そこに挟んである髪を提出すると、単位がもらえたのである。日に日に出席者が減る理由を知らなかった私は、後でサークルの先輩に教えてもらい、最初は信じられなかったものである。

 おばあちゃん先生の必修は、私は普段黙っているのに、喋ったり質問したりばっかりしていたので、最高評価だった。誰もそんなことしていなかったので、きっと目立ったから熱心だと思われて、評価してもらったのだろうと考えていた。なお、この先生の犯罪心理と教育系も最高評価をもらった。覚えてくれているんだなと嬉しくなった。実際何度か、お部屋に連れて行ってもらい、犯罪心理学について教えてもらったのだ。

 そして、犯罪心理を専門にするなら、某難関大に編入を勧められた。なぜかと聞いたら、来年で退官するのだと内密に教えられた。私はこの先生のゼミに入り院でも習う気でいたので、涙目になってしまった。

 だが、そこに先生の弟子がいるから、三年生になったらそっちに行くといいよと慰められた。でも、私は、弟子じゃ意味ないと思っていたので、泣きそうなまま終わった。非常に悲しかったのである。あと一年しか一緒にいられないのだ。

 落ち込んでいた所で、それをちょっと忘れるレベルの激震が走った。

 なんと、心理学準備室に呼び出されたのである。存在は知っていた。その部屋の横に、レポートを提出する箱があるからだ。そしてお部屋の中には、助手の人と、非常勤講師の先生がいると知ってはいた。

 だが、なんで呼ばれたのか全然わからなかった。授業態度が悪かったのだろうか!? それとも、成績が悪かったのだろうか!? 怒られると確信しながら向かった先には、私を面接で泣かせた上に恐ろしい全体必修の先生がいた。もう怒られるのだと確信した。怖い、怖すぎた。

「あなたは真面目だね」

 最初にそう言われた。何の話かわからなかった。

「私は、あなたほど真面目な学生を、この大学に来て初めて見た」

 おじいちゃん先生が、仏頂面で淡々とそんなことを言った。
 どこで見たのだろうか?
 この先生の講義はとっていない!

「テストの結果も非常に優秀だった」

 そこで、やっと分かった。全体の必修の話だったのだ。

 確かに最高評価をもらった。当然だ。恐ろしくて、怒られるのが嫌で、私はそれに関してだけは、レジュメとノートを読み返しまくって望んだ。それにほとんどの人が携帯電話をいじっていたんだから、そりゃぁ真面目に見えるはずだ!

「ところで、海外のSという心理学者って知ってる?」
「はい。先生が共同で研究されていた、事実上の師匠だとお聞きしてます」

 講義でめっちゃ自慢してたから、私はとっても覚えていた。
 するとおじいちゃんの仏頂面が、一気に笑顔に変わり、自慢が始まった。
 私も作り笑いで相槌を打ち続けた。

 最終的に、どんどん機嫌が良くなった先生に言われた。
 教授室に来るようにと。

 この先生は、この学科で二番目の権力者であり、私が遊びに行っていたおばあちゃんのところとは違って、院生が集まっているお部屋だと噂で聞いていた。超行きたくない。無理、怖い、無理! 断り文句を考えているうちに、曜日を指定され、変えるように言われた。

 泣きながらサークルの先輩に相談すると、「あの先生、院生候補囲うからな」と言われて、絶望的な気分になった。確かに、臨床心理士になるならば、将来を考えると、認知行動療法系に行くと良いとは勧められていたが、あの先生は怖そうだから嫌だったのだ。

 しかし断って怒られるのはもっと怖かったので、私は毎週その日、行くことになった。

 そして気づいた。このおじいちゃん、普通に良い人だったのだ!
 全体の必修は、みんなやる気が無いから不機嫌なだけだったのである。
 面接時は、わざと厳しいことをいって、行動をチェックしていたそうだ。

 私はてっきりおばあちゃんのおかげで受かったと思っていたのだが、この先生も私を覚えていて、合格OK出したと言っていた。二人共出したと言っていた。嘘か本当かは知らない。私を院に呼ぶために言ったのかもしれない!

 なお、このおじいちゃんは、死ぬほどお酒が大好きだった。だから、サークルでは最初、可愛いカクテルをはじめて飲んだ私だったが、最終的にこの先生に連れ回されてビールを覚えてしまった。日本酒も覚えてしまった。焼酎も覚えてしまった。煙草は佳奈ちゃんが吸っていたから、なんとなく吸ってみたらやめられなくなっちゃったのであるが。

 こんな感じで日々を過ごす内、一人暮らしの私のマンションは、サークル女子の溜まり場になってしまった。泊まり行って良い? と言われて、良いよ、と言ったら、みんな毎日のように、誰か最低二人は泊まっていくようになったのだ。

 それが一年の終わりまで続いた頃には、なぜなのか日常的に、汚い話、下痢になっていた。変だなと思って内科に行ったら、過敏性腸炎ですと言われた。人をいっぱい泊めていたせいだったのである。だって、ごくたまに一人の夜は、お腹が痛くならないのだ!

 どうしようか考えていたら、サークル内恋愛五角関係が発覚した。なんと、私のマンションの一つ下の階に住む男の子のことを、私の部屋に頻繁に泊まっていた女の子四人が全員好きだったのだ。あと二人頻繁に泊まっていた子がいたのだが、その二人は、二年時からひとり暮らしが決まっていたので、泊まりに来なくなるという。

 さらにその恋愛は複雑化し、そのうち二人の女子を好きな男子が、サークル内にいると判明した。七角関係になったのだ。しかも彼ら彼女らは爛れた関係を既に持っていた。付き合ってないのに! 色々な人と!

 この結果、私の部屋(女子のたまり場)や一つ下の部屋(男子のたまり場)じゃ、狭いということになり、サークル一の大富豪の息子で、大学進学のために一軒家を買って一人で住んでいる同級生の家に人々は集まることになった。

 私も二回行ってみたが、自宅に人が来る以上に、ほかの人の家に行くと腸の具合が悪くなるとわかったので、その後はいかなかった。

 うちのサークルは、毎週二日、形ばかりフットサルっぽいことか、それをする場所で雑談したあと、ファミレスでみんなでご飯を食べ、残ったメンツでカラオケやボーリングやダーツに行き、さらに残ったメンツで飲みに行き、そのあと残ったメンツでまた飲みに行くというサークルで、その後宅飲みという流れだった。なので、たまり場があったのだ。

 この話を広野さんにしたら、なんだか不機嫌そうだった。
 理由がよく分からなかった。お腹の具合を心配してくれたのかなと考えていた。
 そして私が次に帰省し、会いに行った時、聞かれた。

「今もお腹痛い?」
「ううん。広野さんの家は大丈夫!」

 すると目に見えてホッとされた。
 そのあと、タバコは体に悪いと説明された。
 この頃は、一日三本くらいしか吸わなかったので、純粋にやめようと思った。

 そうして雑談したり食事に出かけたりしていたら、ポツリと言われた。

「もう犯罪じゃないかな」
「なにが?」
「年齢的に。大学生だし。一応、考えてたんだけど。そういうの。待ってたし、我慢してた」
「なにを?」

 全くわかってなかった私に対し、広野さんは呆れた感じで笑っていた。
 私は、大変子供だったのである。
 その日、初体験を果たしてしまった!

 この時の帰省時に、それからも、とってもいっぱい!
 私は、大人になってしまった!
 それ以降は、帰省時は、いっぱい大人であることを認識することになった。