【37】ディスカッション




「ありがとうございました! もう二度と会うことは無いので、全力でお礼を言わせてください! 本当にありがとうございました!」
「――この企業は狙わないって事?」
「いえ! 受かるの無理なので諦めたんです! それになにより、初説明会で、就職活動についてこんなに知ることができたなんて、次に活かせます! これからは、活発な性格だから、大好きなスポーツのフットサルをいっぱいやってた事にします! 英語も大好きって言います! 本当にありがとうございました!」

 その人はまた笑っていた。

 こうして別室でディスカッションが始まったのだが、その人はやはり椅子に座っていた。座って見守るのが仕事なんだろうと私は思っていた。ディスカッションのメンバーは七人くらいだった。

 司会と書記を決めるようにと最初に教示があった。なんだか一瞬、変な沈黙が流れた。私は学級委員長を押し付けられた頃から、こういう空気が非常に苦手なので、思わず言ってしまった。

「私、司会やります!」

 すると、ほっとした顔になった人と、ムッとした顔の人に別れた。
 いつもほっとされてばかりだったので、なんでムッとされたのかは謎だった。
 あとで聞いたところによると、司会は採用に有利だったらしい。
 全く知らなかった。というか、ディスカッションというものを知らなかった。

 こうしてディスカッションは始まった。

 なお私は、委員長やら副会長やらの経験上、場を見守り、意見をまとめていれば、自分の意見をあんまり言わなくていいということを知っていた。実は、意見を言わなきゃいけない人々より楽だと、よく知っていたんだったりする。最後にちょこっという程度でいいのだ。

 ただなんだか、私の班は、私より頭の悪い人が何人かいた。趣旨から外れたおかしな話を始めるので、作り笑いで私は何度か軌道修正することになった。やっぱり学年がひとつ下だから、子供なのだろうと勝手に思っていた。だから仕方ないので、軌道修正を図るため、相手の話に賛同したふりをした直後、自分の意見を述べて、軌道を戻した。

 小学校の児童会よりひどいと思いながらも、私は笑顔を浮かべ続けた。児童会に関しては、美化されているのかもしれない。こうして非常にだるいディスカッションは終了した。

 あとは、SPIを受けて帰るだけだ!
 しかもSPIは、今日無理だったら、SPI専門の会社で受けても良いらしい!
 よし、今日は疲れたから、もう帰ろう!

 私はそう決意し、鞄に荷物をしまった。

 そうしていたら、また例の人に話しかけられた。

「意外だねぇ、雛辻さん」
「はい? え、なんで私の名前を?」
「さっきの履歴書と今のメンバー表」
「ああ、なるほど!」
「僕の名前は、結城広務って言うんだ。よろしくね」
「よろしくお願いします! では、本日はありがとうございました!」
「いやいや。気にしないで。けど本気で驚いた。司会に立候補したのはともかく、仕切るのうまいねぇ。見た目通り温厚なのに、それとなーく軌道修正図るのが、とても上手だったよ。それとなにより、君の意見。君、ただの馬鹿じゃなくて、頭が良い部分もあるみたいだ。空気も全く読めないようでいて、仕切ることに関しては、とっても読めてた」
「いやぁ色々押し付けられてきた人生で! いまだに地元じゃ委員長だの副会長だの呼ばれる時までありますよ!」
「――へぇ。そういうのやってたんだ」
「だって、あんな雑用、みんなやりたがりませんもん」
「なに、え? アピールじゃなくて、愚痴なの?」
「え? アピールポイントになるんですか!? 高校受験とか大学受験とかには、そういうの書く欄あったけど、こっちにはないのに!」
「履歴書のさぁ、特技とか書くところに書いてみてもいいんだよ。大学のこと以外もね、長所は」
「これからはそうします! 本当にありがとうございました! じゃあ、いつかまた!」
「はいはい、次SPIだから」
「え」
「何、忙しいの?」
「いや、そういうわけじゃ……神保町でも行って、だらだらしようかと思って」
「ちょっと遠いね」
「でも普段外に出ないし。遠いところには、二度と行かない可能性があるので、機会があったら行っておこうかなって。まだ五回しか行ったことないから」
「この他のSPIのビル、すっごく遠いよ」
「え」
「ということで、行こうか」

 こうして私はSPIの所に連れて行かれてしまった。
 仕方がないのでそれを受けた。
 すぐ終わって時間が余って暇だったので、次の小説のネタについて考えていた。

 その時間が終わったあと、今度こそ帰ろうと外へ出たら、例の結城さんが立っていた。

「どうだった?」
「暇でした」
「全然できなくて?」
「はは」
「違うみたいで良かったよ。さて、ちょっとついてきて」
「へ?」
「だって神保町行ってだらだらするだけなんでしょ? このあと。暇でしょ?」
「それはそうですけど……」

 ついていかれた先では、某就職活動時に有名な適正検査を二つ受けさせられた。
 それを他の人に渡しに行って戻ってきた結城さんに告げた。

「私それ両方の評価基準とか知ってるんで、めっちゃ頭の良い性格の良い人になってますよ! だから、あんまりあてにならないです!」
「それも言わない方がいいね。ふぅん。そこは心理学科っぽいけど、心理学科で――普通の学部で、これやるの?」
「いやぁなんか、先生が、ちらっと個人的に教えてくれて」
「就活用に?」
「そうじゃなくて、いろんな検査全部、一通り一回」
「――へぇ。そういえばさ、今の大学の志望動機ってなんだったの?」
「自由な校風に憧れたんです!」
「そこはきちんと模範解答調べてきたんだね」
「はい!」
「あはは」

 私は口を滑らせてしまった。結城さんがまた吹き出した。

「ぶっちゃけ滑り止めでしょ? うち的にはあんまり採らないけど、世間的には、そこまで学歴低いって扱いにはならないし」
「違います! これは本当です! 自由な校風じゃなくて、説明会で出会った先生に習いたくなったんです!」
「説明会に行った理由は滑り止め?」
「いえ! その先生の書いた本を読んでいってみたんです。会えるかなぁって!」
「会えたの?」
「はい!」
「院もその先生のところに行くはずだったの?」
「それが二年の頃に……退官しちゃって」
「あらら。だけどあの大学行くの、反対されなかった?」
「ものすっごくされたんで、意図的に風邪ひいちゃいましたよ! そうしたら浪人しろって言うんです。ひどい話です!」
「最後のテストで、学年何位だった?」
「高校のですか? えー? 三位か四位か、んー。あ、総合です。理系教科で点数良かったからその順位だっただけで、私は文系コースなので、そっちの順位はもっと低かったんです! 何位か忘れました! だから外部でも、全部の教科の模試だと良い感じなのに文系だけのやつだとあんまりよくなくて。世知辛い世の中です」
「なんで理系に行かなかったの? コースわけって、大学説明会の時期のずっと前だよね、普通。心理学に興味があったの?」
「まぁそんな感じです」
「高校はものっくそ頭いいけど大学で遊び呆けて馬鹿になっちゃったのかと思ったけど、成績表とディスカッション的にはそういう感じでもないから、全く雛辻さんのことがわからなくて、僕はすごく不安だ」
「頭のいい高校?」
「SPI中に調べたんです」
「え」
「数学得意で統計できるところだけは、真実だと確信してる。そこでね、もうちょっとだけ、確認したいことがあるから、ついてきてもらえる?」
「えええええ!」

 こうして私は別の部屋へと連れて行かれた。
 そこにはパソコンが二台と、紙があった。