【45】遺伝



 さて、次の面談日。
 私はちょっとだけムッとしながら、向かった。
 そして先生に淹れてもらった珈琲を飲んでから、煙草に火をつけた。

「CIAも真っ青ですね!」
「どういう意味? まずは、こんにちはくらい言おうよ」
「こんにちは! 奥田先生から、私が入学した時に話を聞いていた先生、こんにちは!」
「ああ、それ、俺じゃないよ」
「――え?」
「今もCIA中だからさ、向こうから俺に話しかけてきて、CIAだから協力しろって、二年の必修決まった時に言われた覚えがある。ただ、CIA理由は、当時は知らなかった」
「誰なんですか!?」
「言ったらCIAできないじゃん。それに俺、君と違って、嘘つかない方なんだけど。すっごく心外だなぁ。正直に奥田先生と話したことも、ご家族と話したことも、俺は伝えたし。CIAが伝える?」
「確かに……え? でも、わかんないです!」
「ひっそりと君を見守れる立場の精神科医である教授は、うちの学科には一人しかいないのにわからないって、んー、推理小説読むの向いてないんじゃない?」
「犯人当ては興味ないんです。やり方に興味があるんです」
「じゃあ別にCIA知らなくてもいいと思うけど」
「自分のことは気になります! ホームページの教員紹介欄に、精神科医は先生しかいませんでした! 本当に違うの!?」
「よく考えてみよう。CIAが直接呼び出すかな? それに、学科教授の中で、たった一人、別のページに経歴が載ってる人が居ると思うな、俺」
「……え? え!? 上村先生って精神科医なんですか!?」
「知らなかったことに俺は驚いたよ。君の事前情報を事前に持っていたのは、上村先生と海外の先生と大学病院の高崎先生。ほかの先生方には、ちょっと知能指数が高いため情緒不安定になる場合がある生徒が入学してくる、っていう程度の話しかなかった。だからもしも講義を取った際は、少し様子を見て欲しい、程度だったよ。名前は聞いた。でも、俺は忘れたレベル。本気でちらっと話題になっただけ。一切興味がなかった」
「なるほど……じゃあずっと?」
「俺は、今はね、君の情報集めてるから色々知ってる。珍しくコミュ力を発揮したから疲れたけどね。教えて欲しい?」
「欲しいです!」
「見返りは?」
「見返り!?」
「俺親切じゃないし」
「……そ、そうだ! お父さんと電話した内容のお話とかどうですか?」
「電話で何を考えたかは、面談の中で聴く範囲内だからなぁ。ちょっとなぁ」
「父のIQ、私よりとっても高いそうです」
「らしいねぇ。秋永先生から聞いたよ。とってもってほどでもないけど、ご招待されちゃうほどだからね」

 秋永先生というのは、海外帰りの先生である。

「そんな父による、私の仕事を辞めるまでの期間予測と、適当にやると褒められたりする考察と、会社にIQを教える必要はないっていう意見のお話! 私側じゃなく、父が語ったことを! 生きづらさについても語り合いました!」
「興味そこそこあるな。でも、あとひと押しって感じ」
「何をして欲しいんですか!?」
「そうだなぁ」

 先生は、この日も煙草を銜えた。煙を吐きながら天井を見上げている。
 考えている顔だった。
 それから、不意に笑った。

「小説書いてるんだっけ?」
「え」
「それについて、聞かせてよ」
「嫌だ! 嫌です! それ面談に無関係です!」
「趣味を知るのは十分関係あるし、第一こちらの情報を教える事の方が無関係だ。俺は別に教えなくても良いけど」

 少し迷った末、私は同意した。そしてまず、父の見解を伝えた。
 すると先生は、何度か頷いていた。

「ま、正論だね。平均的知能の人が大多数の変な人であってる。精神疾患を持つ人間より一般人の方が犯罪率高いのと一緒。目立つってだけ。概ね同じ意見だ。ただ、おそらく君のお父様は、君と同じくらいの大嘘つきだと俺は思ってる」
「え」
「実際、高校時代のこと、知ってて今まで隠し通してきたんだし」
「……」
「あきっぽくて、めんどう。君とそっくり。かつ、とても明るい。そこもそっくりだ。なのにお仕事的に偏見じゃなく根は真面目!」
「それは、つまり、その――」
「お父さんが生きてて良かったね。親孝行ちゃんとするんだよ」
「父に限って有り得ません。自殺とか!」
「周囲も君に対して全く同じことを思ったみたいだけどね。ま、そのあとは、病気とか勉強とか色々な推測がなされたようだね」
「確かに、全員、薬も骨折も自殺未遂って考えてるみたいでした。ただ、あきてるとか面倒だっていうのは、奥田先生と鏡花院先生しかしらないはずです。二人が言ってないんなら」
「誓って俺達は言ってない」
「だったら父の言葉は性格が似てるだけで――」
「硫化ガスだったって」
「え」
「当時はほとんど知られていない自殺法だった。おそらく自分で成分から判断したんだろうね。混ぜるな危険って書いてない時代だったし。君と同じで、生きているのはただの幸運か偶然としか言えない感じだったみたいだよ」
「……信じられません」
「でもこれ、君は本人に確認取れないでしょ」
「じゃあ私は、どうしたら良いんですか!?」
「俺の話を信じると良いよ。ちなみにソース聞く?」
「聞きます!」
「君を見守っていた一人の大学病院の高崎先生は、君の伯母さんのお父上と懇意だ。お父上は精神科医で、そこに君のお父様は、最終的に搬送された。そこに見舞いに来て詳細を聞いていた伯父さんと、君の伯母さんは出会った。運命的だ。ご結婚されたそうだ!」
「自殺部分以外は、全部聞いたことがあります……嘘、え……」※父?祖父?
「当時君のお父様はうまく誤魔化した。わかんなくて混ぜちゃったとかなんとかね。しかし、伯父さま達のご結婚式で、伯母さまのお父上はそれとなく聞いたそうだ。本当はなんで自殺未遂したのか。結婚取り消しにしないって約束して。そうしたら、苦笑しながら教えてくれたらしい。『ぶっちゃけなんかあきただけで、理由なんかないんですよね』って、言ってたそうだよ。伯父様の判断としては、考えてみると失敗して誤魔化した例がそれなりにあった可能性が高いって話で、結婚後もあったみたいだ。落ち着いたのは、君が生まれてから。それ以来、一回も、そういう気配は無いそうだ。良くない所も似たけど、運が良い所も似て良かったね」
「信じられないです。母も知ってるんですか?」
「そこまでは分からない。けどね、この事実があるからこそ、君が病気を苦にしたわけじゃないって、お父様と伯父様は最初から確信していたみたいだ。奥田先生に直接話したらしい。だから、もしかしたら実際には、君の未遂理由まで、あきたからだって知ってるかもしれないよ。面倒だとか、さ。けど、俺は進学を含めてのストレスを推す。奥田先生もそうだ」
「なんかびっくりしすぎて、どうして良いか分かりません」
「だろうね。お父さんが死んだら悲しいでしょ?」
「あたりまえじゃないですか!」
「君が死んだら、お父さんが悲しむよ?」
「それは、死んだ私は知覚できないので構いません」
「ああ、そう」

 先生が苦笑した。それから再び煙草を吸い込み、煙を吐いた。
 その後、様々な事実を先生から教えられた。
 だが、父のこと以上に衝撃的なことは、何一つなかった。

「でさぁ、次は君の番。小説のお話してよ」