【44】大切なこと
『で、一人暮らしは、ちょっと様子みてみようってことで、とりあえずさせてみたの。やばそうだったら、即別の手段なにか探す感じで。最悪のパターンとしては、俺の知り合いの先生のおうちにお世話になるって話があった。ただそれは、完全に全生活を観察されちゃうので、なんか俺的にも嫌だった』
「うん」
『それで二年まで順調に来たら、なんか広野くんが色々してくれて高崎先生に即伝わったとか、高校関係者連絡網というかまぁなんていうの、そういうのが駆使されてさ、なんとかなったんでしょ、おかしな、何かが。ジジイを偉い人が黙らせたって、知人女性は言っていたけど、詳しくは聞いてない』
「ま、まぁ、広野さんに、すっごくお世話になったよ! 一瞬で片付いた!」
『いやぁ、すげぇよな、俺、だから学校関係って好きじゃないんだよね。どこかに誰かしら関係者、いるじゃん? まぁこういう時みたいに、良い方向に働くときもあるけどね! ちなみになんか奥田先生の知り合いの講義にお前が出てたって聞いたことあって、感づかれてんのか、ちょっと疑ってたんだよ、みんなで。しかし違うっぽかった! ヤブスパイかと思ってたんだけど、大丈夫だったんだな』
「そういうことだったんだ」
『そういう事だったんです。ご感想は?』
「みんな私が、死にたがってるって思ってたの?」
『そうなるのかなぁ』
「病気を苦にって信じてなかったの?」
『誰ひとり信じてないよ、もちろん。勉強を苦にだと考えてた。あと部活』
「骨折は何で飛び降りだって言うの?」
『広大くんがねぇ、携帯確認しろって言うから、したの。君、病室に置いておいたのに、嘘ついてたし』
「え」
『広大くんには言わなかったけど、伯父さん達に連絡してないこともはっきりしたので、もう完璧に決定! それ以前に、足場見学に行ってきたけど、俺、普通はあそこからは意図的じゃないと落っこちないと思ったし! 意図的っていうのは、事故死を偽装する意図って意味。そもそも手術室まで奥田先生が来たのは、先生のほうが飛び降りの可能性が高いって言ったからなの。証拠ないから、とりあえず、個室に入院ってことにして、外科見つつ、外科の先生風の君の知らない精神科の先生にも診てもらってたの』
「……なんで飛び降りって?」
『それを教えてくれなかったの。進路だけ、好きなところ行かせてあげろって話。この入院の時も、頭を打ってないかという名目で、心理検査もしたんだけど、IQ高いこと以外異常なし! っていうかむしろ、元気すぎ! 骨折してたらもっと落ち込む! ここでやっと、ちょっとだけ解答に疑念がわいた。やっと出た! 君が嘘をついている可能性! そこでそっち方面から調べてみたけど、嘘ではないようだ! だから奥田先生が直接診断して、それで、結果進路についてだけ俺たちに教えてくれたの』
「そのあとは?」
『この前鏡花院先生から連絡くるまで、特に何もなかったから安心してた。就活か院試がやばいって話だったから、何かあったかなって思ったら、体に出ちゃった感じだった。中学の時のストレス性の胃炎と同じ形だ。悪いけど、ホッとしちゃった。IQに関しては、本当に知らなかったみたいで、それで電話くれたんだよね。奥田先生は、一体何を話してたんだろう?』
「さぁ?」
まぁおそらく、「あきた」「めんどう」とか、無意識下の何かとか、過去の情報と現在の情報を交換し合っていたりとか、そういう感じだったんだろうなぁと思った。海外の先生も観察してくれていたのか……というか、じゃあみんな、事前に私の名前くらいは知っていたのかもしれない。
『とにかく就職おめでとう!』
「ありがとう!」
『なんか社会人入試するっぽいこと聞いたけど、そんな大きそうなところ行くのに、できるの?』
「まだなんにも考えてない!」
『うんうん、そのくらいで良いんだよ。深く考えなくて良いんだ。だって俺とお前は頭いいからさ、適当やってるくらいが一番なんだって!』
「適当――お父さんもそうなの?」
『そうって?』
「なんかね、頑張ってもダメだけど、適当だと褒められることが多いの。だけど、たまに逆もあるの。狙って頑張るとダメで、熱心に頑張って褒められる時もあるの」
『あー、狙うところがさ、アレなんだよ。こっちから見た平均を狙うとね、だいたい平均以下レベルになるんだ。俺たちには同じくらいにしか思えないけど、そのレベル帯で活動してる人から見ると、低い評価になることが多い。適当な時っていうのは、だいたいそのレベル帯で高い評価になることが多い。熱心なのは、純粋に理解してくれる詳しい人がいるか、あとは、いいものを生み出した時かな。普通の人でも感動しちゃうような。感動系はIQ関係ない、才能みたいなものとか、努力とかから生まれるもの。これは全部俺の場合だから、ほかの人は違うかもね』
「ねぇねぇ」
『んー?』
「生きづらい?」
『そう見える?』
「見えない」
『じゃあどうして? 生きづらいの?』
「先生に言われたの」
『ああ、俺も言われたことあるよ。デマだ。気にしなくていいよ。だって俺、生きてて楽しいし。第一、どう考えてもこいつ頭おかしいだろって連中の方が多い。俺は普通だ。伊澄も俺から見ると、死んじゃおうとするところ以外は全部普通だ。変な検査して勝手なこと言うやつがいるから困るんだよ』
「――じゃあさ、会社にIQのこと言った方が良いと思う? 言わなくても良いと思う? 先生は、言えって。私は言いたくない」
『言う必要ないな。俺、仕事で一回も言った事ないけど、何の問題もないし。リーマンじゃねぇけどさぁ。そう思う。仕事にそんなの関係ない。規則正しい生活して遅刻しない! ホウレンソウとかいうのを守る! 挨拶したり、上司と仲良くしたり! そういうのが大切なんだから、IQ関係ないだろ! それになぁ、IQのせいで変な人とか、俺、ありえないと思うんだよね。だって、IQ平均的で変な人の方が、大多数。圧倒的に多い。だから、そんな報告しなくたって良いと思うんだ。めっちゃIQ高いから出世させて、とかって、そういう意味ならわからないけど』
「頑張ってホウレンソウする!」
『その息だ! せめて半年くらいは働いてみるんだよ!』
「ちょっと待って、だからなんで辞めるって思ってるの!? 大学院行くの!?」
『いや、あきるだろうなぁって』
「え」
『あきないと良いな!』
こんな会話をして、電話を切った。
とりあえず、練炭と首吊りに関しては、父が知らないと知った。