【43】裏側



『まぁそういうわけで、その中で訴えない系だから、おそらくネガティブなこと考えてるのを知られたくなかったんだろうって、保健の先生は言ったのね。だから将来考えるとほかの選択肢は、すごく良いけど、少なくとも、もうちょっとの間は、ごくごく普通に高校に戻して、ストレスがかかりそうなことは減らすにしろ、今まで通りの扱いで様子みたらどうかって言ってたんだ。あと、もう一つ。その後の生活では、辛い時に訴えるかどうか、死にたい時に事前に言うか、再実行するか、明るい態度を続けるか。この辺も見てみたほうがいいんじゃないかっていう話もした』
「そっかぁ……」
『部活の先生はなぁ、なんかお母さんに急にそのあと聞いたんだよ。話変えたのかと俺、最初思っちゃった。なんかね「小学時代からスポーツをしていたって聞いていますが、強制ですか?」って』
「ほう……?」
『お母さんはさ、違うと思ってたけど、今考えると自信がないって答えてた。そしたら部活の先生ね、すっごくそのスポーツできるのはわかるんだけど、合間合間にすごい無表情になる時があるのが気になってたって言うんだよ。たまにひどい時は、諦めてるみたいな顔してたって言うんだ。それでね、先生は試合が不安なのかと思ってたんだって。だけど、新人戦で優勝したら、さらにひどくなって、たまに笑ってるのに泣いてるみたいな顔してるっぽく見えたんだって。スポーツ選手のメンタル的に奇妙だからすぐに、んーって思ってたんだって。完全にやりたくない人のお顔だったみたいだよ!』
「……気付かなかった」
『っていうか、中学の先生もお母さんも気づかないレベルだから。その先生が、いっぱい生徒を見てきたからわかっただけ! あと、ものすっごく押しに弱いんじゃないかって、部活の先生が言うから、お母さんはそんなことないって言ったけど、俺は「めっちゃ弱くて断れな人です」って教えてあげたの。そこで俺、久しぶりにお母さんと喧嘩しちゃった。伯父さんたちは空気読めないから笑い出すし、恥ずかしくなっちゃったよ。それで、多数決の結果、押しに弱いことになったのね。だから、部活ももしかすると、先生に声をかけられちゃったから、入っちゃっただけかなってことになったの。けどそんなことを直接聞いたら否定しそうだし、転部勧めたら、体調を理由にしたとしても、見捨てられた感出て刺激しちゃうかもしれないってことで、マネージャー案を部活の先生が出してくれたの』
「そうだったんだ……」
『その頃やっと担任の先生が泣き止んで、留年回避方法とか留年時の手法とか、色々具体的提案出して、部活の先生も含めて、授業を担当している先生方に伝えることを決めて、理由は精神的な問題じゃなく体調不良にしとくことに決定したの。それで敏感になってるから、刺激しないように、指したりしないようにとか、補講してもらう話とか、療養で自習お休みと病院に言われてる感じで行こうとか、そういうお話をしたのね。この流れで、奥田先生の案で決まったんだよ。あとは、受診に関してが問題になった』
「どういうこと?」
『伊澄ちゃんは、病気を苦に衝動的に飲んじゃっただけで、良性だと聞いてもう平気だっていう。検査結果もIQ以外全部OK! 通える理由としての不眠とか、治っちゃってる! 精神疾患があるとしても判定できない! そもそも、死にたいと訴えない君が精神科に行きたがるとは思えない! さぁ困ったぞ! 本人が病気を苦にした自殺未遂だと言い張っているわけだから、長々と通わせるのも無理でしょ? で、伯父さん達は、精神科の専門じゃないじゃん?』
「それで、一回も行ってないし、行かないことに決まったの?」
『来てもらうことに決まったんだよ』
「え? どこに!? 誰が!?」
『奥田先生さ、月曜日が、午前中新患予約日で、午後は完全にお休みだったのね、その頃。まぁ午前の診察が終わるの、完全予約制なのに午後二時頃だったんだけどね。それで、高校の月曜日最後の授業、半分出たあと、毎週保健室で体調を話す約束になってたでしょう?』
「う、うん」
『保健室にね、カメラをひっそりと取り付けて、それとなく衝立をおいて、その後ろ側に、奥田先生がいたの』
「は!?」
『そしてね、保健の先生に、質問する内容の紙を渡して、それを質問してもらったの。わかる? すっごい例外だからね! みんなが良い人だったからでも、君が死のうとしたからでもないと思うな。IQと家柄ってやつ、かなり関わってたと、俺思うの! 奥田先生の一番上のお兄さんは、おじいちゃんが支援している議員さんだったわけだしさ!』
「そうなの!?」
『そうなの。ただねぇ……奥田先生って、変わってるよね。なんか、途中から、意味わかんない雑談みたいな質問ばっかりしてたとかって。それ聞いて、サボってんのかと思ってキレ気味に電話してみたらさぁ、病気とかじゃない方向から、気になって話きいてるって言うんだよね。なにそれって聞いたら、小難しいこと言われたから、簡単に言ってくれってお願いしたら、すっごくすっごく簡単に言うとフロイトっぽい感じ! って教えてくれて、精神分析とやらかと、俺は頷いておいたよ。電話越しだから見えなかっただろうけど! この頃には、なんかコネとかそういう感じじゃなくなってたんだよなぁ。だから安心して任せてたんだけどさ。ただ――それが続いたある日、君、飛び降りちゃった! 俺、今度こそガン切れ。ふざけんなこのヤブ医者ー! って怒鳴ったよ。手術室のそばで。で、大声出したら、締め出された。待機してろって呼んだのあっちなのに!』
「ははは」
『そのあと、一回、病室で診察してもらったでしょ?』
「……うん」
『なんかね、その内容は教えてくれなかったんだけど、先生、すっきりしてたの。顔が』
「ほう」
『でね、大学を希望する大学に行かせてあげれば、しばらく死なない。多分、院試か就活まで死なない。こういうんだよ。理由は聞いても教えてくれない! 守秘義務守秘義務うるさいから、支援打ち切るぞってキレたら、切ればって言うの。地元民なんだと思ってるんだよって思ったけど、確かに個人情報だしね! 支援はきちんと続けてるよ!』
「……それからも、卒業まで毎週一回保健室呼ばれたけど、全部奥田先生がいたの?」
『いたよ! まぁ緊急入院とか急患とかいたら、わかんないけど、基本いたはず! それでさぁ、第一希望聞いたとき、めっちゃ楽な所だから、勉強がストレスというか、進学系がやばいのかなぁって俺たち家族は判断したのね! 一年の時も考えて。伯父さん達も、そうかもって言ってて、適応障害なんじゃねって話してたんだ。難しい環境に一人で言って具合悪くなっちゃうのがやばいのかなぁって。飛び降りたのも進路希望の頃だったし。ということで、あそこの大学で良いんじゃないかと話し合ったの。奥田先生も言ってたしね。ただし先生方、特に事情をご存知ない先生方は猛烈に反対した! こっちにも伯父さんの所にも毎日鬼伝。俺着信拒否したもん。そしたら家電。家電は、もしもに備えて拒否するのもあれだしさぁ、お母さんはねぇ、ほら、はっきりしたところもあるから、忙しいから二度とかけてくんじゃねぇぞ、この県でとっても権力持ってる学校関係者に言いつけて出世の道とざすぞ的なことを言ったらしくてねぇ、あんまり携帯に電話来なかったみたい! 伯父さん達は、「当病院の未来の臨床心理士になんてことを言うんだ」と適当にごまかし続けたらしい。で、事情知ってる先生方は説得に回ってくれた。そのうちにさ、結局ね、三者面談前に、また会議が開かれたの。最悪、奥田先生にも来てもらう形になってたんだけど、その前段階で、知ってる・知らない両方の先生方と家族で。そうしたらね、なんか生徒会の顧問の先生だっけ? 数学の先生!』
「あ、うん」
『ほかの人が、偏差値だのなんだの言ってる中、事情知らないのに、唯一、進路を良いじゃんって言ってくれたの。いつも数学準備室なのに国語方面の勉強してたし、最近はずっと心理学の本読んでるし、元々説明会にも、本の著者に会いに行ったんだし、そこでお部屋にまで行っていっぱい話てくるって相当行きたいんだよって言うんだよ。別に偏差値とか、悪いところ言っても、頭良いんだから、将来はどうにかなるし、学歴ロンダだってできるし、やりたいことやらせてあげれば良いじゃんっていうのね。普通説明会で先生のお部屋行かないし! で、数学の先生、その大学の先生の本持ってきてて、経歴見せたのね! 日本で一番頭の良い大学でずっと教えてて、そのあと、こっちに来てるわけで、とってもすごい先生だとわかったわけだよ。確かにあそこ、お金持ち大学だから、学生は遊んでるけど、先生方ってみんな頭良いんだよねって話で、そこから盛り上がった! それにてっきり楽して遊びたいんだと思ってた俺達家族は、伊澄ちゃんが本気で、どうしても習いたい先生がいるって言ってたことにも気がついた。だから、他の試験日の仮病は見逃してあげたの!』
「っ」
『その後、浪人しろだの言う他の先生方に対して、数学の先生が、大学の先生の論文取り寄せて、これより他にすごい人、この国にいるの? って説得! 二番目にすごい人もこの人の弟子だし! しかも、この先生、教育側から心理に入った人だから、当然頭の良い人への対応やら研究やらの実績もある! そう、IQにも対応できる! IQの数値、具体的にはともかく、高校の検査でも結構分かってたからね。そして俺たち家族は、絶対ここに行かせますしか言わなかった。その結果、君はその大学に行けたの! お礼をいってくれていいからね!』
「ありがとう! それに、数学の先生のこと、初めて知った!」
『後の問題は二つだけだった』
「なに?」
『一人暮らしさせて大丈夫なのか、っていうのと、今後の受診。どっちも話題に出したら、確実に、お前は何かを察知して、きっと首とかつっちゃうなぁって俺達思ったの』
「ははは」
『受診のほうはさ、紹介状書けないからどうしようってことになったのね。第一、行ってってお願いしても、絶対行かなそうだし』
「行かなかっただろうけど、書けないってどうして?」
『個人的に来てもらってたから。その記録はあるけど、病院のカルテじゃない。病院として往診してくれてるわけじゃなかったの。そんなのやってないもん!』
「な、なるほど……」
『しかも結局ね、「病気とは言えないです」って言うんだ。じゃあなんだよって思ったけどさ、ま、病気じゃないのは喜ばしいよね! ということで、どうしようか話してたら、伯母さんのところのお祖父ちゃんの知り合いが、そこの大学病院の先生だってまずわかったのね! しかも精神科! 結構仲良し!』
「高崎先生って人?」
『たしかそんな感じの名前だった。最悪の事態が発生したら必ず手を貸してくれるって言ってくれた。大学の学科にもそれとなく言っといてくれることになった。後でもっと何かあったらしいけど、入学決まってすぐに、既に』
「え」
『あと、すげぇ偶然なんだけど、実は俺の知り合いも働いてるって調べたら分かったんだよ』
「は? 誰? 何系の知り合い?」
『俺が海外の研究室に招待されて旅費もらって遊び行った時に、自分で金貯めて研究旅行に来てた女の先生。日本人俺達だけだったから、雑談おもしれーって思ってたら、普通に観察研究されてたって後で知って、許可取れって怒ったよ、俺! そしたら同意書取り出して、俺に紙の検査受けさせたの。あの女、神経が図太すぎると俺思うんだよね』
「どの先生か分かったけど、まぁ、はっきりしてるけど優しいよね」
『俺は優しくないし性格悪いと思ってるけど、可愛い娘のためだから、大学に電話をかけたの。被験者したんですが、覚えてますかーって言ったら、「協力してくれるの!?」って喜ばれたから、違うって言ってキレかけて、娘が行くからそっちを観察しといてって言ったの! それは馬鹿だから遊び呆けないようにかって聞くから、んなわけねぇだろ俺と一緒でクソ頭いいんだボケってキレちゃったの。失言だった。やべぇと思ったときには、もうそいつ、お前を観察する気満々! カウンセリングルームに予約とって良いかって言いだしちゃったから、しょうがないから、ちらっと事情を説明し、絶対呼んじゃダメって教えたの。とにかく絶対刺激しないように、遠くから、気配なく、忍者のごとく、見てくれってお願いしたの!』
「なるほど……」
『で、最後に奥田先生。知人がその大学にいる。ものすっごい精神科の名医! その人に、CIAも青くなるレベルで観察してもらうよう頼んでくれることになった! 今思えば、それが鏡花院先生だったんだろうなぁ。君がそこのゼミいったのは、なんでか知らないけど』
「え」

 以前スパイとか言っていたが、スパイはなんと、鏡花院先生の方だったのだ!
 しかも、何にも知らないふりしていたけど、事前に奥田先生に聞いていたのだ!
 かつ、奥田先生の名前を私が出したときの驚いたふり!

 面の皮アツイのあっちだー! 大嘘つきはあっちだー!

 私はムッとしちゃった。少しだけであるが。
 なにせ、非常に私は、恵まれていたのだと改めて分かったからだ。