【52】凄い人
「何飲むー?」
「ビールを!」
「見た目を裏切るな! ことごとく裏切るな! 可愛いカクテル飲めよ!」
「甘いの嫌いなんですよ」
「ほう。辛党?」
「辛いのも好きじゃないです」
「じゃあ何が好きなんだ?」
「豆腐とか枝豆とか」
「俺は焼き鳥が好きだ」
「私も好きですよ」
「塩?」
「残念ながらタレが。でも塩も嫌いじゃないですよ。東京の人は、みんな塩が好きみたいだから!」
「安心しろ。俺もタレだからー! 久々にタレ派に出会った! 東京塩すぎ! 店長ー! 生中二つと奴と枝豆と焼き鳥いつもの盛り合わせー!」
と、まぁこんな感じだった。
この人は、鏡花院先生とはまた違って意味で、私とよく似ていた。
なんかダメな部分とか、そういうのが特に。
「そういえば、てめぇはさぁ、なんで今、俺についてきてるんだ?」
「え? 飲み行こうって言われたからですよ」
「誰とでも行くのか?」
「んー、会社の人、みんな飲まないから。飲み会じゃないと」
「なるほど。よく分かんねぇけど、とりあえず、俺は飲みに行って良い人だと思ったのか?」
「正仲さんが怒らなかったから、良いんだと思ったんです! むしろ、何も言わなかったから、行ってこいって事かなって!」
「一応教えておいてやると、断ったほうが良かったんだぞ」
「え」
「勤務中に部外者に飲みに誘われて行きますって怒られるぞ。後で」
「えええ!」
「安心しろ。今回は俺が言っといてやっからさぁ」
なんということだと思っていたら、ビールが届いたのでジョッキを合わせた。
「お疲れ様です」
「んーお疲れ」
「ちなみに現在、てめぇは俺をどんな人だと思ってる? あるいは聞いてる?」
「初めて名前を伺った時は――」
「別に普通に喋っていいから」
「ああ、えっと、確かなんか、私は政宗さんに似てアレ系って言われました。何系か不明で今日になり、見た感じ、ダメ系って判断しました! お酒とタバコが好きだってことだったんですね! しかも無職! 私もいつも、あの会社は潰れると思うって言ってるから、近々無職になるって言ってるので、そこも似てます! 政宗さんもあそこが潰れそうなブラック企業だから無職になったんですか!?」
私の言葉を、ビールを呑みつつ静かに聴いていた政宗さんは、ジョッキを置くと吹き出した。
「俺も潰れそうなブラックだと思うけど、さすがにあの規模の会社は潰れねぇだろ」
「本当ですか? 根拠は!?」
「カン」
「へぇ」
「嘘々、一般常識的に。いやぁ、俺もお前と一緒で、一般常識を教えてくれる人がいなかったから苦労したんだよなぁ」
「え! 本当ですか!? 私、すっごくそれに困ってるんです! 就活の本の一般常識に載ってることを覚えたんですけど、役に立たないんです!」
「あはは。え、なになに? とりあえずお前会社辞めるの?」
「そのうち辞めます」
「ま、辞めそう。お前の家、そこそこお金持ちだろ」
「全然そんな事ないです!」
「じゃあ辞めたらどうやって生きていくんだ?」
「転職します!」
「あてあんの?」
「無いです!」
「不況がきたぞ?」
「う」
確かにそうだったと思い、ビールを飲みながら考えた。
辞めたら、どうしたら良いのだろうか。
この時は、院などのことを、すっかり忘れていた。
「政宗さんは、辞めて無職になって、どうやって暮らしてるんですか!?」
「貯金」
「な、なるほど」
「信じるなよ。つぅか、無職すら嘘だっつの。この俺が無職なわけ無ぇだろ」
「へ?」
「実家継ぐから、会社辞めたんだよ。で、継いだ結果、クソ暇で無職同然って意味。暇な時間に手伝えって結城は言ってんの。俺すげぇ仕事できっからさぁ」
「無職同然なのに家を継ぐんですか? 意味の分からないお仕事ですね。ご飯が食べられませんよ!」
すると政宗さんが、近くの醤油を手に取った。
「てめぇさぁ、この醤油を出してる会社、知ってる?」
「名前くらいは」
「名前っ、く、はは」
「ここのケチャップが冷蔵庫にあったと思います!」
「俺そこの代表取締役社長になったの」
「え!」
「すげぇだろ」
「社長っておじいちゃんじゃないんですか!?」
「驚く所そこか!?」
「いやその、身内に会社員全然いないから、分かんなくて……」
「へぇ。なにやっての? 親とか身内」
「ええと」
私は、家族や伯父やら説明した。
「嘘つき! 金持ちじゃねぇかよ!」
「そんなこと無いですよ!」
「まぁ俺の家ほどの大富豪ではないな」
「やっぱり社長ってお金持ちなんですか?」
「そうでもないな。俺がすげぇだけ。うち同族経営じゃねぇのに呼び戻されるレベル」
「へぇ」
「信じてねぇだろ。俺、これでもIQこんなに高いんだぞ」
政宗さんが挙げた具体的数値を聞いて、私は目を見開いた。
「え」
「すげぇだろ」
「私と全く同じです!」
「は?」
そこから二人で、どんな検査か確認しあい、ぴったり一緒だと判明した!
なんという奇跡だろう!
「いやぁ、すごい偶然ですね!」
「奇跡だろ! わー!」
二人で喜んだ。二杯目を頼んだ。
二人でお互いの人生について話し合った。
政宗さんも、私と同じで、頭の悪い大学卒だった!
「常識がないのって、IQのせいですかね?」
「んー、俺は金も関係あると思ってる」
「お金かぁ」
「あと家」
「家?」
「家に必要なことだけを教えるから、常識必要ないんだよな」
「私の家は普通なのに」
「いや、どーせ、医者か教師の予定立ててたんじゃねぇの、周囲。父親のは特殊だし」
「まぁその両方は散々言われましたけど」
「どっちも常識無いじゃん」
「え」
「社会経験ないのに職業について語る教師とか、何かといえば、仕事のストレスだーとかいう医者ばっか。頭おかしい」
「た、確かに!」
三杯目を頼みながら、そんな話をした。
今まで身内がそうだったから、考えたことが無かったが、確かにそうだ!
「政宗さんは、どうやって常識を覚えたんですか?」
「別に覚えてねぇぞ。ただ、普通はこう考えそうっていうのを推測して喋ってる。慣れ」
「狙うと外れるんです!」
「狙うからだ。慣れろ。慣れれば、推測が当たる! 狙わないで、まずは慣れろ!」
「どうやって慣れるんですか?」
「俺、職歴汚しまくってるから、沢山の奴らにあったんだよ。その結果、慣れた」
「ほう」
「で、俺に対して、あっち側も慣れてくれる、そういう奴らの所に行く。慣れてくれない奴らの所からは、離れる! じゃねぇと死にたくなるから」
「え」
「話し合わなくても無理やり笑顔で頑張るだろ? 無理、きつい、ってなって、もうだりぃから死ぬかぁってなるんだよ」
「わかります!」
「――おい、そこ分かっちゃダメなとこだバカ!」
「死ぬかぁってなったらどうしてます!?」
「どうしてますって……んー、ま、目が覚めたら精神科いたしなぁ。実行? あ、ひくなよ? 俺、普通の人だから!」
「実行するしかないですよね!? 普通、そうですよね!?」
「いいや、常識的に、普通は死なないようだぞ。実行前に言うようだ。言ったら止められるのにな!」
「言わないですよね!」
「あたりまえだろ! 何やったの? お前は」
「薬と飛び降りと練炭と首吊りで、全部失敗です!」
「けど精神科かかったとかそういう情報、会社に行ってんの? なんか聞いてねぇぞ。結城、普通は俺に多分事前に言う気がする」
「簡単に言うと、誤魔化すのに成功したり、見つからなかったりで!」
「じゃあ病院かかってねぇの?」
「病院には行ってないけど、事情を知ってる人がいて、そのお医者さんと月に一回喋ってますよ。その人の研究対象なんです!」
「へぇ。なるほどなぁ。理由は何で死のうとしたんだ?」
「いやぁ、辛いとかじゃなくて、なんか人生あきたとか面倒とかです」
「あー、分かる分かる。俺も、それ、すげぇあるわ。ちなみに俺は、一回目で精神科直行以来、ずーっと診てもらってる名医がいる。高校入ってその先生になってすぐに診断受けたぞ。お前は受けた?」
「病気じゃないって言われました」
「俺も俺も。最初ずーっとそう言われてて、今はやっと名前が分かった」
「え! なんだったんですか!?」
「精神病でも脳の病気でも無かった」
「!」
そこで私は、病名(?)と詳細を教えてもらった。
「それ、あの……」
「つぅか、IQ自体も、これ関係ある気がするんだよ。つぅか、関係あるとしてる論文ばっかだな。むしろIQから発見されてる」
「……」
「ちなみに、身内調べたら、二人いた。片方は、IQも高い。お前の身内にIQ高くて、似たような死にたがりいない?」
「……お父さんが昔そうだったらしいんです。でも、そんな病気って話は一回も……」
「気づかないまま一生が終わるパターンがかなりあるらしい。特に日本の状態は60年代水準だから」
「……」
「IQっていうより、気になるんなら、そっちを調べてもらった方が良い」
「どこで調べるんですか?」
私はそこで、とある機関の名前を聞いた。
「え、それ、病院じゃないんじゃ?」
「うん。病院じゃないんじゃね?」
「なんでそこで分かるんですか?」
「知らん。俺の主治医が、俺をそこに連れてったんだよ。ネット見ても、出てねぇし」
「いやけど、そんな事ってありえるんですか?」
「俺と俺の身内は少なくともな。遺伝性は分からんけど。ただ、振り返ると、片側の親、全員変わったことしてんだよな」
「私の家もです!」
「あ、やっぱり? でさ、たまに成功した人間いて、俺はそこの息子だったわけだ」
「なるほど」
「ま、俺はお前より幸いで、高校入学直後の時にはしっかり確定して、ちと進んでるアメリカの高校的な学校で支援してもらったから、だいぶマシだな。それに帰国子女だから分からんっていうと、大体の場合、常識なくても許されるし」
「えー! 政宗さん、今からでも、私もどうにかなりますかね?」
「分からん。本気で分からん。とりあえず、死なないで、まぁ先生とやらに相談したらどうだ?」
「別に常に死にたいわけじゃ」
「分かる分かる。分かってる。俺もそうだ」
「薬とか飲んでます?」
「飲んでない。だってこれ、飲む必要ねぇだろ。必要あるのは、支援だ。専門家も、何より学校が圧倒的にたりねぇなぁ」
「一生支援されないとならないんですか?」
「っぽいな。ちなみにお前さ、絵とか音楽とか、そっちは?」
「適当に絵をかくといっぱい褒められました」
「あー、お前、じゃあ両方なんじゃね。進学校行かせられなかったか?」
「行かせられました」
「日本の教育形態が変わってなければ、俺も半年だけ行ったけど、ガッツリ勉強型で宿題盛りだくさんの自習しまくりーみたいな所だったら、多分死ぬ。案外勉強できる奴って会話能力も高いから、それに合わせるって意味でも死ぬ。よく生きてたなぁ。しかも合わせてる自覚、無いんだもんなぁ案外」
「今でも、なんで失敗したのか不明すぎて」
「あはは。やったんかよ。ま、分かるわ。しっかし、ここまで同じとは思わんかった。結城に似たような新人いるから見に来いって言われて、てっきり仕事困ってんだろうなと思って行ったら、ガチだった。はは」
「これからどうしたら良いと思います?」
「お前の人生なんだから、好きに生きろ」
「じゃあ、政宗さんが私だったらどうします?」
「まず先生に言ったあと、機関で診察してもらう。確定したら渡米して、支援してもらいつつ、どういうものなのかも教えてもらって、帰国して好きなことする」
「英語が大っ嫌いなんです!」
「――真面目な話、支援受けなきゃ、伸びないどころか、周囲に合わせてレベル落ち続けるから、IQそのまんまでも、どんどんできなくなって、普通以下になる。らしい。絶対とは言えないけど、多くの場合」
「本当ですか!? やったー!」
「喜ぶ気持ちは分かる。俺もIQいらんと思った。その他も。ただ不思議なことに、子供生まれたら、なんか落ち着いたんだよなぁ。で、これはこれで良いかなと。そんな話はあんまり聞かねぇし、子供より奥さんの方が好きだったんだけど、奥さんと付き合ってた頃からも何度か支援受けてて、知ってなきゃ病院じゃなくてあの世に行ってただろう事あったんだよなぁ。けど子供生まれたら、ぴたっと止まった。奥さん死んじゃった時も、子供残されるから、じゃなくて、なんか大丈夫だった」
「私のお父さんが全くおんなじです!」
「あ、そうなの? じゃあ、関係あるのかもなぁ。一応、遺伝っぽいって話でもあったような気もするし。遺伝子残したから的な?」
「遺伝ってそういう意味じゃないんじゃないかなぁと――ねぇねぇ政宗さん」
「ん?」
「今日の話全部、会社の人とか、誰にも言わないで下さい」
「どうしよっかなぁ」
「え」
「結城は俺のこと全部知ってんの。で、てめぇが俺にそっくりだっつってたんだよ。最初から、てめぇがそれだと思ってたんじゃねぇの? でさぁ、その辺のバカな医者より、専門支援機関でじっくりじっくり教えてもらった俺のほうがよく知ってるから、俺にわざわざ引き合わせたんだろ。結果聞かれんじゃねぇかと思ってる」
「……」
「正仲と凪は、俺が天才っていう間違った認識してる。はっきり言って、普通の高いIQの持ち主とか、天才とやらとかそういうのとは、全く違うと俺は思ってるし、個人的に言えば、病気って言っちゃって良いと思う。しかも、かなり自殺する可能性、ある。IQ高いパターン多いけど、自殺リスクが高すぎる。その上、うつ病とかとは全然違う。やる時は完璧にやろうとするし。おそらくIQが高くないパターンなら、気づかれない奴めちゃめちゃいるぞ。あと日本じゃ誤診されてる例がかなりあるだろうから、精神科でチェック受けてる奴もかなりいるはずだ。で、精神科が一番誤診しやすいんだよ、これ。だから俺がこれだって気づいた先生は、本物の名医だったって事。てめぇもそっち、行ってみる? 頼んでやろうか?」
「どこの誰ですか?」
「ある私立医大の鏡花院って先生。そっちの専門教育を海外で受けてきた人」
「え」
「知り合った時は、あっち三十半ばだったのかなぁ普通に考えればそのはずだ、俺、その人に高一で運良く主治医が変わったんだ」
「私の先生です! 月一の先生です!」
「――は?」
「しかもずっと大学のゼミで習ってた恩師です!」
「ちょっと待て、なんだそれは!」
「先生、え!? 私には三十五歳くらいに見えるんですけど!」
「んなわけねぇだろ! 五十代だ、少なくとも! 大学教授で三十五はないだろ!?」
「嘘!」
「いや待て、驚くところはそこじゃねぇだろ! 確かに見た目俺と変わらないくらい若いとは思う。って、違う! だから! あの先生が、てめぇをそれだと疑わない理由が無いだろうが!」
「先生は、理由無き自殺は無いって言って、いっぱい私が死にたい理由を挙げてました! 政宗さんが言った感じと違う! それに、好きな事があるんですが、一日二時間しかダメって! それと、対象関係論の方面から私の分析してました!」
「――安心しろ、おんなじようなこと言われてるし、俺の場合は診察だけど、そっち側からも見られてるから。あと、集中しすぎてやりすぎると体壊すから。お前、自分のIQいつ知った? 結構最近だろ?」
「大学で鏡花院先生から……なんで最近て?」
「小さい頃から聞いて生きてる人間は、大体頭良さそうな素振りするもん。お前馬鹿そうな素振りしてるもん。そういう奴って、知らなくて小さい頃から周囲に合わせて振舞ってて、大人になって聞いてもそのまんま。ま、俺が知る範囲だけどな。けど、へぇ、めっちゃ迷いながら言わなかった?」
「そんな感じでした」
「やっぱなぁ。俺は小さかったから即アメリカ行きを通達された感じだったけど、身内は俺より低くてまだ平均的なIQだったから、本人知らなくて、そっちは先生言うの迷ってたし。言ったあとは、職場に伝えとけって言ってた。日本じゃ生きづらいって」
「全くおんなじこと言われました!」
「うわぁ。確定だろ、もう! あれだな、お前が大学生だったから言わなかったのかもな。まだ危ない時期だったはず」
「これ、これ、先生黙ってるのに、聞いた方が良いですかね? 聞かない方が良いですかね!?」
「俺は性格悪いから、聞かないで先生の観察をした後、へぇとか言ってニヤニヤしながら、本当はこれでしょ? とか言ってやるけど」
「私すっごく性格悪いけど、小心者だから無理です!」
「小心者!? いつからそんな勘違いしちゃって生きてきたんだ!? どこが!?」
「え!?」
こんなやりとりをし、だいぶ呑み、結城さんには自分からいうと告げて帰った。
かわりに、正仲さんには怒らないように言っておいてくれとお願いした。
なのに次の日、正仲さんに私はとっても怒られた。