【53】ギフテッド(多重知能)
次に鏡花院先生に会いに行った時、私は聞いてみることにした。
そのまんま、直接、政宗さんの名前を出して、話したことを伝えたのだ。
すると先生が目を細めた。
「言いたいことがあるんだけど」
「なんですか?」
「俺、三十五歳に見えるの?」
「はい!」
「……」
「学科のみんなとも、言ってて三十後半くらいだろうけど、それで教授ってすごいねって。だけど、医大と研修医と院いって留学して戻って教授になるって、すごいハードスケジュールな人生だなぁって。だから四十代前半説もありました!」
「……へぇ」
先生は、あんまり嬉しそうではなかった。
「私てっきり、先生は精神分析を学びに留学したんだと思ってました!」
「まぁ合ってるよ」
「でも、私のや政宗さんのやつの専門の勉強をしてきたって」
「その通りだよ」
「どういうことですか?」
「俺も君と政宗くんと一緒でアレなんだよ。ギフテッド」
「え!」
「――俺は、家が近いから地元の非常に頭の悪い、名前書けば合格する高校に行ったんだ。そこでIQの告知を受けて、医大。結局最初に、医大いった理由を君に話したけど、自分を切り刻みたいけどそうすると死んじゃうっていうのは、ようするに、死にたいってことで、でも俺には勇気がないだけ。俺も何度もやろうと思った。面倒で。あきて。けど失敗したら医師免許を失うから、悩みつつ勉強しつづけた。周囲の先生方も俺のIQ知ってたから、多少不安定でも見逃してくれた。最終的に自己診断で発達障害を疑ってた時に発見して、即座に、それを勉強しに留学したんだ。一緒に支援も受けて、支援方法を逆に学んでも来た。その時俺に指導してくれた人が精神分析の人だったんだよ。つまり俺は、これの国内で数少ない専門家で、精神分析的方面からの支援が特に専門。奥田先生の名前を聞いてびっくりしたのは、あちらもこれに関して、比較的詳しい数少ない先生だから。ま、理由は俺の出た院で、俺の件が発覚した後に、俺が公演したからで、奥田先生は一時期そこにいたんだよ。で、俺とちょこっとの間、一緒にこれについてお勉強してた。だから学閥違うのに、院で顔見知りなんだよ」
「……なるほど……?」
「当初は君のことだとは知らなかったけど、君が高校生当時、疑いのある生徒がいるって、俺に連絡があった」
「え」
「支援方法を話し合って、留学させる案と刺激しない案――っていうか、見守る案を二人で検討した記憶がある」
「けどお父さんは、留学案あったって言ってたけど、奥田先生の案は刺激しない案だったって言ってました!」
「俺のオススメが留学、奥田先生のオススメが刺激しない。当時この結論になった。あとなんか、IQ案あったはずだ。高校側提案の」
「はい」
「それは俺と奥田先生で絶対却下した。国内機関じゃ逆に自殺リスク上がる――と、俺は考えてる。かつ、学校の支援体制にも意見して、事情を知る先生とかには、こういう支援が良いって伝えたはずだ。あと、支援の専門家が必要だから、奥田先生は君を診ていた。で、当時の状況を、前に雑談したって時に聞いておいたよ」
「コネで見てたんじゃないんですか!?」
「奥田先生の性格的に無い。それは無い。ちなみに奥田先生は、本当に俺には一言も君だと言わなかった。あの人も性格が悪いから、俺が君がそれだって気づくか見る気でいたんだ。上村先生とかには伝えておいた上で。笑顔で俺は、怒っておいたね」
「私の家族は知ってるんですか?」
「確定診断出てれば、知ってるはず。奥田先生が言ってるなら。けど、もし言ってたら、君のお父さんは即座に、君に言った気がする。同じ悩みの持ち主なんだから。あと、学校の支援体制を変えるのって難しいから、IQと自殺リスクの観点から話を持っていっただけで、これについて詳しく話してないか、一切言ってない可能性もある」
「――奥田先生が教えてくれなかった事があるって聞いたことがあります!」
「じゃあ多分言ってないんだろうね」
「先生はいつから私がそれだと思ってたんですか!?」
「ぶっちゃけ疑ったのは入学してすぐ、俺の講義とった時」
「え」
「熱中したときの君のメモ癖。普段は見回りしない俺は、三度ほどわざと君の周囲を歩いて、書き方と内容も確認。その後、君がとってる他の講義を見に行き、態度の違いを確認。最後に俺の講義と、そっちの講義の成績を確認。ほぼ同時に対人関係構築能力を見ていて、友人関係を把握。それから図書館で君が借りてる本をチェックした。こうして一年後期の半ば時点で、ほぼ確信してた。その後、実験のロールシャッハの結果見て、完全に確信。留学は全然可能な時期だ。支援教育を受けるべきである。これが俺の持論。今の日本じゃ無理。かなり詳しい俺でも無理。そこで提案してみたら、却下。リア充でIQ高い天才なだけかもしれないし、仮にそうだとしてもここまで検査好きなら好きなことやらせるべきだろって話。だから違うの、できちゃうやつなの、好きじゃなくてもって俺はかなり頑張って話したけど、なにせ認知度、すごい低いから、秋永先生すら、研究室行きを推した。彼女は君のお父様のこともご存知で、この大学では俺の次に詳しいのにね。国内でも詳しい方だ。つまりその程度の認知度なんだよ、これ。奥田先生から聞いてた上村先生が最終的に、ちょっとでもおかしな反応があったら研究室を止めて俺にまわして俺が見るっていう判断を下した。けど特に反応がないって言うから、ありえないって俺が上村先生に直訴して直接聞いてもらったら、君は研究室が嫌だったという。この時点で、君がどこのゼミに行こうとも、俺の面談は確定してた。病気じゃないから、診察できないし。そしたらたまたま俺のゼミだった。なので声をかけやすかった。そうして話したら、奥田先生の名前。おいおいって思いながら、例のあの話は雛辻さんのことなのかって聞いたら笑い出す。研究室行くか行かないかの会議で、俺は一年後期からほぼ確信してて、今回確信したっていう話をしたから、上村先生から奥田先生はそれを聞いていたそうで、絶賛されたけど嫌味にしか聞こえなかったね!」
「先生は私になんで教えてくれなかったんですか? 確信してたのに! 機関ってところにも連れて行かなかったし!」
「君は他の人よりも自殺リスクが高すぎるんだよ! 日本でこの例だと考えられる人は大抵やってて、生き残っててわかってる人々の場合、大人になると、あんまりしないの! なのに二十になる年に練炭、この時点で落ち着くまで待つ判断をしてたら、そろそろかと持ったら、首!」
「練炭の話は首の時にしたのに、どうして!?」
「研究室が嫌だったって話を聞いて、これはヤバイと思った俺は、君の非常に仲の良いお友達に、君の家に遊びに行ってきてってお願いした。で、お部屋の様子と君の状態を教えてくれるように頼んだんだ。すっごく家汚いのに、なんか落ち着く家なんだってね! お風呂のカビのお話も、本当は、その時に聞いたんだ。そこら辺は笑って聞いてたけど、何か変わったことがなかったか、変わったものは無かったか、という話をしていたら、そういえば七輪があったって言う。なんでもインドア派の君が珍しく魚釣りに行ったらしい、それも一人で! お友達は、不思議がってた。別に、お友達は疑ってなかったから安心して! 俺、かなり上手く、お友達に言ったから」
「……誰か来たっけ? 忘れちゃいました」
「別に思い出さなくていいよ。でさぁ、七輪をわざわざ買って、君が一人でお魚を釣りに行くかな? 買うとしたら、普通釣竿も買うかなぁ、って思ってね。こりゃあもう、練炭だなぁって思って。さて、話してくれるのかくれないのか。それも含めて、俺は見てた」
「そうだったんですか……」
「過敏性傾向が顕著すぎるから、ずーっと刺激しなかったんだけど、逆にショック療法ともちょっと違うけど、言ってみた。死にたくなる理由とか。でも君は分かってない感じだ。腑に落ちてない感じ。そして小説の話もすごくいいタイミングだと思って、ものすごく分かり易く言ってみたんだ。君が言った通り、高校生でもできちゃうレベルの分析を披露した。そして反応を見たけど、なんかダメ! 残された手段は、少なくともIQについての告知。俺はこの手段は、成人してからはあまり推奨してない。ただ基本的にこれでショックを受ける人間は少ないから、刺激は少なかろうと思って言ったら、大刺激になってしまったっていう、この過敏性傾向はちょっとひどいなってほどだと理解した。ようするに今後も君は死にたくなってしまうだろうと確信した。社会人になれば、適切な支援を受ける機会なんて0って言ってしまって良い。だけど本人が就職を希望して内定したんだから仕方ない。今後の方向性に悩んでいたら、君は卒論で旅立った。俺はもうダメかと思ったよ」
「先生、私はこれからどうすれば良いですか?」
「毎日小説を書く。で、寝たきり兆候出たら、即座に俺に連絡」
「へ?」
「ただし二時間」
「だけど今仕事忙しいし、楽しいから!」
「本当に楽しい?」
「はい!」
「本当に?」
「はい!」
「……例えばさ、会社で寝泊りとかしてないよね?」
「してないですよ! 一回熱中しすぎて、次の日の夕方になってた事があるくらいです!」
「……政宗くん、そこの昔の同僚にこれの話してたんだっけ? 即座に君は、その人に、自分も同じだと伝えるべきだ。そして熱中している事に気づいたら、どんなに遅くとも九時くらいには我に返るように教えてくれるように頼むべきだ。仕事が楽しいのはとっても良い事だ。素晴らしい。ただしね、集中力もある点までは良いとして、気づくと寝泊りよりも最悪な、寝ずにずっとやっちゃってるパターンに陥る! 自分では体の疲労にも精神の疲労にも気づかない、周りにはなんかすごい人だと思われているから、それにも無意識に応えようとしてしまう。有能な働き者は良いとかいうけどそういうレベルじゃなくなる。なぜならば、笑顔である日、そういう人間は、この世からいなくなるんだよ!」
先生が、珍しく声を荒げた。非常に不機嫌そうだった。