【57】死について




「そうだ! なんであんな不謹慎なこと言ったんですか! 刺激にしたって酷いです!」
「あれはねぇ、俺の話じゃないけど、実話!」
「へ?」
「君の見解を聞いてみようと思ってさ。君が他の同類を知ったのが分かったから! ちなみに俺は、切り刻んでみたかったんだけど、なんか怖いから、精神科にしたの! 試しに、お魚を捌いてみたら、無理だったー! 小さい頃そんな感じだったし、大人になってやった色々なやつも、正直血とかあんまり気分良くないから好きじゃない! だから俺は、基本的には、血が出てる人の診察はしないのね! 一回でも血を流したら、他の人にお願いしてるの。だから君の首見た時、もし切り傷だったらすげぇ嫌だし、どうにかしてもらおうと思ってた! いやぁ俺って薄情な部分もあるんだよね。優しいけど」
「はぁ」
「けど、要不要とか、種の保存とか、人類の繁栄とか、人口数とか、歴史とか、大切と必要の違いとか、死にたいのに生きなきゃならないなんていう、行きたいのに死んじゃうのと逆のお話とか、色々必死にしながら、結局のところ、君が言いたかったのはさぁ、俺に死ぬなっていうのと、自分は死ぬって事じゃなかった?」
「え、ええ、まぁ」
「俺は、健康診断すっごくしてるし、体調管理も完璧だからね、睡眠管理もしてるし、合間合間に急性の致死率高い重病になるとか、すっごく運悪く事故に遭うとか、そういうのがなきゃ、あんまり死なないんじゃない? 寿命まで。俺は小さい頃から、どのようにして感情を表現するかとかも習ってるし、ストレス溜まったらどうするかも分かってるし、死んだ人も何人も診てるけど悲しんだ後に乗り越えてきたし、自殺はしないと思う。本当は、本気では一回も死のうとは思ったことない。だって、死んだ後どうなるか分からないじゃん。天国とか地獄とか永遠に死ぬ手前の意識状態が続く理論とか舌抜かれるとか輪廻転生するとか、怖い話いっぱいあるしさぁ。なんか黙示録終わるまで土の下にいるのか、それとも天国にいるのかもよく分かんないから宗教って信じてないのね、アメリカ人だったのに。でも無神論者って事でもなくて、分からないの。いるかいないかも。いるようでいないのかも。一応、お医者さんとしてはさぁ、貴方の心の中にいますって言うけど。神は概念だって言うけどさ! 死んだ後に出てきちゃったら怖いじゃん! だから俺は、自殺する気はない! 病気になったら、諦める! けど多分安楽死は望まないし、延命治療受ける自信がある! そのくらい死にたくない! 緩和ケアしながら、どのように生きるかとかより、痛みに耐えて長く生きたいタイプ!」
「なるほど! 私は何も知覚しなくなると思ってるし、神は概念だと思ってるけど、死後の世界があったら、楽しそうですね! わくわくします! 地獄だったら、辛い目に遭うかもしれないけど、今とは違う世界って良いですよね!」
「そういう見解になるんだ? 俺の話聞いて!」
「え!? 普通ですよね!?」
「普通なんだ! そっかぁ! ストレス溜まったらどうしてるんだっけ?」
「小説を書きます!」
「お仕事は楽しくてストレス無いんだっけ?」
「はい!」
「果たしてストレスが存在しないお仕事なんてあるの?」
「政宗さんが教えてくれたんです! 社会経験のないお医者さんとか学校の先生がいう、会社のストレスなんて言葉は、嘘! 信用しちゃダメ! って! 私もそう思います。ストレスが存在しないお仕事は、あります!」
「おい、あいつ何言ってんだよ! 待ってぇ! 雛辻さぁん。ストレスは、あるの。君は気づかないし、感情に出てないの! そこが、君が支援されないとダメなところなの! お分かり?」
「会社で怒ったり笑ったり泣いたりいっぱいしてます!」
「あ、本当?」
「はい!」
「じゃあ楽しくて熱中しすぎて朝どころか夕方になっちゃうような、生活スタイル管理できない癖だけ、管理すれば、お仕事大丈夫かもしれないね!」
「頑張ります!」
「会社の人にお願いするの!」
「前向きに検討致します!」
「お断り文句でしょ、それ!」
「……」
「まぁ、一年くらいは持つか。思ったより、続いてるし」
「……なんでそういうこと言うんですか!」
「続くとは思えない。君、辞めようと思ったこと無いの?」
「毎日のように思ってます!」
「え。楽しいんじゃないの?」
「楽しいですよ!」
「じゃあどうして?」
「だって潰れそうなんですもん」
「働き出してからずっと言ってたけど、それ、本気で言ってたんだ」
「当たり前じゃないですか!」
「最初はみんな真面目で自分だけ遊んでるって言ってたよね。真面目な人、どこ行ったの?」
「んー? 最近、直属の上司と、採用してくれたその上の上司とばっかりお仕事してて分からないです! お昼ご飯もそんなんだから時間が合わないんです! 飲みにも行けないです! たまに一緒になったある日、政宗さんが来て、そのまんま飲みに連れて行ってくれたんです!」
「政宗くんはさ、君の仕事見たの?」
「はい! 褒めてくれたと思ってるんですけど、先生に卒論解説されて、自信が消えてきました!」
「大丈夫。政宗くんは、君とそこが一番逆だから」
「え?」
「本音を言っちゃうんだよ、全部。感情表現も、出ちゃいすぎ! 完全に逆! 一緒なのは、常識が無いところと、気づかないところ。さすがに自覚できないことは言えないし表現できないんだよねぇ」
「そういえば先生」
「ん?」
「理由なく死にたくなる人って絶対いると思うんですけど」
「かもねぇ」
「それは不要だって無意識に気づいた頭の良い人だと思ったんですけど」
「俺はそこは、不要だと無意識に考えちゃった、切ない人だと思うなぁ」
「けど必要の無い人間が死んで人口を調整したほうがよくないですか?」
「っていうか、地球のため考えたらさぁ、人類滅んだ方が良いんじゃない? そんなこと言うんなら。人間だけ助かれば良いの? 必要ある人間がいないなぁ」
「な、なるほど……」
「その地球自体、遠い先の未来にはさぁ、寿命を迎えるのでは無かったっけ?」
「……」
「それまでにテラフォーミングってやつは完成するのかなぁ。完成するまで人類は生き残ってるのかなぁ。明日隕石が降ってくるかも知れないのになぁ。隕石の関知能力には諸説あったような気がするけどなぁ。テラフォーミングするとしてどこの星? 月? 火星? 木星の衛星? 彦星? だいぶ遠いけど、絶滅するまでに到着できるのかなぁ。そうなってくると、不老不死技術の発展? 俺がやってる説? これはどうだろうねぇ。外見年齢を若く保つことは比較的可能だから、不老っぽくはなれるけど、不死っていけるのかなぁ? 長寿は進むかもしれないけど、健康で長寿より、ただの長生きのおじいちゃんとおばあちゃんがいっぱいになる未来が先っぽい気がするなぁ。あれぇ? 少子高齢化? んん? 人口、減ってる国がある! 逆の人口爆発って言葉もあったぞー? つまり発展した国の人口が減るということは、これ以上発展しないようにセーブかかってるのかな? それとも、違う要因かな? こう考えると、発展するために必要な人間こそ死んでいかないとならないよね。数増やすんなら。教科書書く前に、遺書書かなきゃ! それともあれかな? ロボットが支配する未来が来ちゃう系? 人類滅亡! 違う生物の支配でも、滅亡、まぁ両者ともに、良くて家畜化か奴隷化? いやぁSF小説いっぱい書けるね! 俺と君の共通点にはこれもあって、想像力。それも、特徴の一つなの」
「先生は最初に、俺がどうしたら良いか分からないって言ってたけど、どうするつもりです? これから!」
「君が血を流すまで、君を研究しようと思ってるよ。あるいは、血を流しても。現在一番面白い研究対象だからね」
「わかりました!」

 割腹自殺しろってことだ! 切腹だ!

「一応言っておくけど、包丁でお腹刺しても死なないよ」
「え! なんで分かったんですか!?」
「俺はほら、想像力豊かだからさぁ――俺と話すと死にたくなる?」
「……たまに。だけど、たまに、とか言っちゃえるので、どちらかというとあんまり」
「今日の一連の話の中で、一番死にたくなったのはどこ?」
「……生きていて欲しいと思う俺はおかしいのかな的なこと言ってた時です」
「どうして死にたくなった?」
「おかしいと思って」
「何がおかしかった?」
「……先生に、そう思ってもらうべき多くの人がいるのに、先生のお時間もらってるのがなんか悪いなぁって」
「その辺から、今日帰ったら死ぬかーって思ってた?」
「漠然と。方法は、血の話聞いて考えましたけど」
「ちなみに、血のお話は、嘘なの」
「え」
「俺、金の亡者の夜型だから、救命救急で夜いっぱいバイトしたの」
「じゃあお魚のお話は!?」
「普通に捌いて焼いて食べた」
「えー! じゃあ切り刻みたいの!?」
「切り刻んでるよ」
「え」
「俺はね、亡くなった方のご遺体を解剖して、死因を究明するお仕事もしてるの。そっちを医大では教えてるんだったりするんだ! 切り刻みたい理由について考えて、自分をなのかなぁって思ったのがきっかけで、精神科を取ったっていうのは、本当。その結果、判明したのは、俺は死ぬのが怖いので、死んでる人をいっぱい見てみたいってことでした。たぶね。死んでる人と、死ぬ手前の人を見てみないと、比較できないので、死ぬ前の人が罹ることの多い精神科にしたっていうのもある。死が確定してる病気やケガやホスピス以外で死を自分から訴える人と、死んじゃった人の違いが知りたいの。そして中には、本当に死んでしまう人もいるし、訴えずに死んじゃう人もいる。あきっぽい俺がずーっと興味を持ってるのは、死について。だから雛辻さんのように運良く生きてる人の貴重な話を聞きたいの。研究したいの。これは、診察じゃない。俺の興味。俺は今後も、君は成功率の高い方法で自殺を図ると思ってる。医師として、その段階で、本来であれば、入院を勧めても良い感じ。理由とかはさぁ、医者だもん。なんとでも診断名つけられるの。はっきり言っちゃえば、俺は雛辻さんが死ぬのは悲しいけど、それを実行する日を待ってて、もっと言うと、失敗する日を待ってるの。そういう時に、沢山お話を聞かせて欲しいんだ。だから生きてて欲しいけど、死ぬ時は教えて欲しいな。全力で失敗させるから。そうじゃないと、お話が聞けなくなっちゃうからね!」
「絶対嘘だ!」
「どうして?」
「先生は、私と似てるところがあります。思ってたよりいっぱいあるのが、今日分かったけど、一つ抜けてます!」
「どこ?」
「大嘘つきなところです!」
「あらあら自覚あったんだ? 君は確かに大嘘つきだけど、なんで俺が嘘をついたと思うの?」
「今の言葉で、一気に死にたい気持ちがいなくなったからです! さっきどこで死にたくなったか聞いて、今一瞬で対応したんでしょう!?」
「対応できたなら良かったな。ただ、三つ、死にたい気持ちが無くなる部分がある。どこだったかが微妙。どこだった?」
「え? わかんないです。全体的に!」
「医師としていつでも入院させられるのにしてない、自殺実行日を待ってる――つまり、死んでも構わないと考えているという確信、絶対失敗させるから生きていて話を聞かせて――これは研究対象という理解」
「それ全部です! すっごく気が楽になりました! だけど、ここまで気が楽になることを言われるなんて、変です! というか、今日は最初から、先生、変なことばっかり言います。そんなに私が、それだって自分で知ったのは、先生にとって、やばかったんですか?」
「やばかったねぇ」
「どうして?」
「IQ伝えた時のことを思い出す限り、一生言わないべきだと思ってたね。しかも専門家に支援してもらうべきだなんて言ったら、やばそうじゃない。予言しよう。君の家事能力と健康管理能力を観察した限り、何かしら体の病気になる。で、治ったあと、死のうとする。他の人は、治って良かったーってなってる時、君は、もう十分、治ったし! って思いながら、死のうとする。けど、絶対死ねない」
「それは、私が本気じゃないって事ですか?」
「いや、本気なのに生きてる珍しい人だから、俺は研究を続けてるの。興味無かったら、三回くらい直接診たら理由つけて他に回してた。もしもこれにさ、『運』っていう評価項目があったら、雛辻さんの、天性の才能は『運』って事になると思ってる。あとさぁ、君の周囲ってすごい良い人ばっかり集まるよね。不思議だ。人の悪意に敏感な君自身が面倒な人を避けているって理由もあるんだろうけど、それにしてもねぇ」
「私も同じこと思ってます。それが、嫌なんですよね」
「――嫌?」
「優しい人とか良い人と一緒にいると、死にたくなるんですよね」
「その情報は初耳だな」
「ただ自分を悪人だとか大罪人だとかは思ってないんで、そういう感じじゃなく。きっとそう言う善良で良い人こそが、本来は先生とかに支援っていうかこう安らぎとかを貰うべきであり、死にたい人は、ほっておいた方が良いような気がするんですよね、多分。こう、なんかあった人ばっかり注目されるけど、普通の良い人こそが、一番便利な社会になるべきだって思うんです。一番安らげる社会」
「すでにそうなってるから、なにかあった人に注目が集まるんじゃないの?」
「そうかなぁ。普通の良い人は、なにかあった人とかに優しいから、自分のことに気づかないんじゃないですか? なにかあった人の観察に必死で。もちろん、普通じゃなくて、普通じゃないけど良い人も! なんか、そういう人見てると、もういいやーって気分になるんです」
「偽善者が嫌いって意味?」
「偽善であっても、本当に善良であっても、実際には偽善だけど自分は本当に善良だと考えている場合でも、全て、結果は同じく、優しい人です」
「じゃあ逆の人の方が好き?」
「まさか。極力回避します」
「中間の相手って見つけづらくない?」
「そうなんですよねぇ。それにやっと見つけても、良くて普通の友人で終わります。親友とかにはなれないんですよね、なんでなのか。つまりわざわざ私の相手をしてくれる優しい人を見ていると辛くなるって事なのかなぁ」
「――いつから?」
「んー、まぁ、こんなこと考えるんだから、友達ができるようになった小三以降のいつかの時期じゃないでしょうか」
「――中学の胃炎の後に、優しくされてからだ」
「そうかどうか覚えてないです」
「小さい頃、病弱だった頃は、心配されたかった?」
「早く治して保育所行きたかったです」
「体調不良を仮病扱いされた経験は?」
「無視された原因の一つです。言ってないでしたっけ?」
「んー、病気や怪我を心配してもらうのが嫌な病気ってことか。そのため、自殺失敗時は困る。だから確実な方法をとる。さて、なんで心配されるのが嫌なんだろうか?」
「心配されたら嬉しいですよ。申し訳ないだけで」
「嬉しいから死にたい? 申し訳ないから死にたい?」
「どっちでもないです。あとでふと、そういう事を思い出して、もういいかなあぁって。突発的に。だからさっきの、病気治った後って、案外当たってるかもしれないので、誰にも言わないで下さいね!」
「どうだろう。約束はできないなぁ」
「先生は、絶対誰にも言わない。それと」
「――何?」
「絶対自殺しないって約束してくださいね!」
「……」

 このようにして、久しぶりに死について話した。
 先生は私とは約束してくれなかったが、楽しそうに笑っていた。
 死ぬ気が失せた私は、明るい気分で家に帰り、ぐっすり眠った。