【60】片思いの相手
その後私たちは、先生の麻酔が切れるのを待つことになった。ここでやっと会社への連絡を思い出し、いま手術が終わって、目を覚ますのを待っていると伝えたら、明日はお休みで良いと言ってもらえた。むしろ二日休みをやると言われ、私は二日休むことになった。そのあとは土日だ。
手術は成功! しかし目を覚ますかは分からない! 起きてみないと後遺症も不明!
目を覚まして後遺症がなければ、すぐに退院できちゃうらしかった!
だがそれは、非常に確率が低く、かなり幸運じゃないとダメだという!
そもそも目を覚ますのだろうか?
というお話だった。それは覚えている。私は、諦めるのも早い方なので、もう終わったと思った。運がよければ、一生意識不明か一生寝たきりだろうと思っていた。せめてそのどちらかになって欲しかった。先生はそれを望まないかもしれないが。
そして麻酔が切れるはずの時間から十時間たっても目を覚まさなかった時、上村先生が言った。
「寝に帰る?」
「いえ、目はぱっちりと冴えてます」
「僕もなんだよ! どうする? けどずーっとこうやって見てても、起きないじゃん?」
「起きるかもしれません! いや、いいや! もしかしたら、もう起きてるけど、まぶたも動かないから、私たちが分からないのかも!」
「それに備えて、すっごく頻繁に見に来てくれてるじゃない!」
「……上村先生、私思うんですけど」
「なに?」
「ここはもう、鏡花院先生の片思いの人に来てもらったほうが!」
「……」
「鏡花院先生がそんなふうに熱烈な大恋愛をしていて、しかも片思い! 辛いです! その相手の方に、せめて、少し、意識が無くても会わせてあげたら良いと思うんです!」
「……」
「そういう意味で邪魔ならば、即座に私は帰ります!」
「……僕も同じ感じのことを考えてたんだけど、帰らなくて良いんだよ」
「なるほど、私はじゃあその人が来たら、空気を読んで、その後で帰ります!」
「……あ、あのね」
上村先生が何か言おうとした時だった。
「お前ら一体なんの話してんの?」
私と上村先生は、勢いよく声の主を見た。
鏡花院先生である。上半身を余裕で起こして、腕を組んでいた。
いつその体勢になったのかすら気付かなかった。
っていうか、そんな姿勢取れるレベルなの? 元気なの?
私は動揺しながら、ベッドサイドに走った。上村先生もである。
「馬鹿野郎、寝てろ!」
「いや、すっごいよく寝た。二回起きたんだよ、俺。一回目は、麻酔切れたっぽいすぐ後。病院だーって思って、ちとまだ眠いし寝るかって、また寝たの。二回目は、外が明るかったから、また寝たの。この時は、少しの間、意識が戻ったって言おうか迷ったけど、周囲の声が聞こえる感じで、お前らがペラペラペラペラすげぇどうでも良い佳奈ちゃんのお話してるのをしばらく聞いてから、寝たの。雛辻はきっと来たばっかりだろうから、少し見舞わせてやろうかとも思った。雛辻の声がしたということは、おそらく轢かれた次の土曜日日中だと思ってて、雑談内容的に、おそらく俺は意識が戻ると判断されてるんだろうなぁって考えたから、まぁ寝てても良いよねって思ったの。その後、ぐっすり寝てたんだけど、だんだん暗くなってきたから起きようかなぁどうしようかなぁって感じで、ずーっと喋ってるお前らの雑談を聞いてたの。しかも内容が、たまに俺についての介護! ちょっと不安になって、横になったまま自分をチェック! この感じで介護ってことは、幻肢痛でも患ってて体の一部が無いのかなぁと思ったからチラっと見てみたけどあるし、一体どういうことか考えて、しばらく考えて、きっと――運が悪ければ一生寝たきりとかそういう話を聞いちゃった、外面明るいのに内面ネガティブなお前らは、そっちと決め込み頑張ってそう言う雑談をしてるんだと判断。ならば、心配性の上村は、俺の搬送直後に雛辻を呼んだのかもしれない。俺たち共通のお友達みたいなの、他にいないから。とするならば、二人ともずーっとここにいて、雑談をしていたのだろう。寝てない。寝に帰れと言おうかと思ったらやっとその話題が出てきた。ここで俺が起きたら、逆に帰らないだろうと思って聞いていたら、俺の片思いの相手を呼ぶという。誰なのか気になりすぎて、思わず起きちゃったよ、俺! 真剣に顔を見合わせて話し合ってる二人を眺め、全く気づかないもんだから腕を組み、上村の多大なる誤解に気が付いた俺は、思わず声を上げてしまった。はぁ。え、なに? 俺を起こすためにわざとやってたの? 意地悪? ひどいなぁ!」
鏡花院先生はそんな事を言っていた。多分。
私と上村先生は、なんかとりあえず大歓喜で号泣していた。
「つぅかさぁ、雑談できるような病室に運ばれてるんだから、大丈夫に決まってるじゃん。ついていてくれて、ありがとうね、二人共! それと、担当の先生に申し訳ないから、一応ナースコール押してもらえる?」
その後の結果、先生は、怪我が治るまで分からなかったり、だいぶ経ってから出てくるものはともかく、後遺症など何もなしであるそうで、意識状態などもバッチリなので、かなり早く退院できるとのことだった。
ほっとした。すごくほっとした。寝そう。そう思ったら、隣で上村先生がぶっ倒れた!
ポカンとしつつも手を伸ばした私も、そこから意識がない。
目を覚ましたら、病院のベッドで寝ていた! 隣では上村先生がまだ寝ていた! そこへやってきた看護師さんが、帰ってお休みくださいと笑顔で言ったので、頷いて私は帰宅した。それからシャワーを浴びて、翌日また出かけた。