【61】毒舌



 病室には、不機嫌そうな顔で笑っている鏡花院先生と、その横に立っていつも通りに戻っている(?)上村先生がいた。私の後目を覚まして、帰宅して、また来たらしい。

「おはようございます!」
「うん、ありがとう、お見舞いに来てぶっ倒れてまたお見舞いに来てくれて! 案外多いことだから、気にしないで! そこまで俺を心配してくれていて、俺はとても嬉しいよ! 上村先生も、ありがとう!」

 鏡花院先生の口調も、だいぶいつも通りだった。最近たまに崩れることはあるし、内容はひどい時が増えてきたが、今回のは普通の方だ! 彼は本当に無事だったのだ! 実は、夢だったんじゃないのかとすら思い、それを確認しに来たというのもある。

「うん……そ、そうだね! 僕はほら、君の親友だから!」
「とっても鈍くて勘違いしやすい上村先生は、あれかもね、俺が言ってあげないと気が付けないのかなぁ。雛辻さんにちょっと似てるね! 不名誉的な意味で! けどほら俺優しいからさぁ、ちゃんと言ってあげるよ。上村先生は、精神科とは言え医者のくせに俺の生死の判断すらできない、精神科以外は完全ヤブだけど、ちゃんと俺は、大親友だと思ってるよ。俺職業で友人決めないから、失職しても気にしなくていいよ!」
「あ、ありがとう……!」
「ところで雛辻さん、面白い話があるんだけど」
「なんですか?」
「俺の片思いの相手の話! いやぁ上村先生が、唐突に確信しちゃった、完全なる誤解の相手。聞きたい? その相手と経緯!」
「はい!」
「上村先生は、俺が、雛辻さんにずーっと片思いをしていたって勘違いしちゃったみたい!」
「え」

 思わず私は吹き出した。直前までの、生きている先生の声を聞けたらいいや的な感覚はなくなって、面白くて爆笑してしまった。

「まずね、佳奈ちゃんと俺達が、新宿のお店で遭遇したじゃん? この時、上村先生が佳奈ちゃんは雛辻さんのお友達だよって教えてくれて、すげぇ丁度いい、そろそろ死にそうなのと、そうじゃなくても部屋の状態知りたいんだったと思って、佳奈ちゃんと俺も連絡先を交換したのね! 前に言ったじゃない、雛辻さんのお部屋を上手く見に行ってもらったり、雛辻さんの周囲の人っていい人いるじゃんって。あれ、それ」
「なるほど!」
「で、どうやって上手く見に行ってもらったのかなんだけど、お約束したの。雛辻さんの親御さんがご心配されていて、部屋の様子を詳細に知りたい、家事とか大丈夫なのかなって言ってたか、だから、最近の様子を見てきてほしいっていう感じでお願いしたの。担当の俺に電話が来たって感じで。そしたらねぇ、佳奈ちゃんが、直接言えば良いのにひっそりと聞くんだから違う理由があるはずだって言うの。鋭いなぁ思いの外って考えていたら、『雛辻さんが好きなんでしょう!?』って言い出した。どういうことであろうか。俺は吹き出しそうになったけど、少し見守ってみた。ここで彼女から、雛辻さんが俺のことを好きだから両想い的な空気が出てきたら、もう面談は終了だなぁと思いながら」
「ほう」
「結果、違った! 私も鏡花院先生と雛辻さんみたいになりたいの! 上村先生が好きなの! である。上村先生は、教育でも、ちらっと開講してたよね、確か! だからたまにあっちの準備室行くじゃないですか! 目撃されて好意を持たれていたみたいだ!」

 驚いて私は上村先生を見た。先生はひきつった顔をした後、手で顔を覆った。

「そして俺は『そう思うなら、お願いだから雛辻さんのお部屋の現在の状態をしっかり見てきてもらえないかな? 上村先生に好みのタイプを聞いておくから!』って言っておいたの。疑うことなく直行して、戻ってきてくれて、七輪の存在を教えてくれたよ。心理学以外の趣味も合いますか的な流れでね!」
「なるほど!」
「そしてはっきりと告げた。俺は、学生には興味がないので、雛辻さんのことが好きなわけじゃないです。実は、雛辻さんの彼氏が医大の関係者だから、ひっそりと浮気疑惑がないか聞いて欲しいってお願いされたんですって言っておいたの。まさかその浮気相手に俺が疑われていたなんてと悲しんで見せた後、上村のボケについてちと講義してあげたの。とっても優秀な精神科医であり心理学者でありこの大学を継ぐ上村のボケは、非常に女癖が悪くセフレなら大学を卒業すれば即なれると思うよって。だけど真面目に将来を考えているみたいだから、一応何歳まで年の差はOKかと、学生と教授についての恋愛感情ってどう思うかも聞いてきてあげようか、と、まぁもっと性格いい感じで言ったの。誤解しちゃってごめんなさいって言ったあと、彼女は俺にお願い。そこでわざわざ俺は、あんまり興味のない転移の本を持ってきて、上村のボケの前で読んでるふりをしながら聞いた。患者との恋とか学生のこととかってどう思う的な? ないないって笑う彼。予想通り。続いて、年の差について聞いた。合法ロリは二十二とかいうすげぇどうでもいい情報を得た俺は、佳奈ちゃんにそれを教えてあげたの。たしかこの間が三ヶ月くらい。で、上村のボケの情報を、携帯で送信し、雛辻さんとそんな噂立ってるのが雛辻さんの彼氏にバレたら、彼氏と気まづくなるから、雛辻さんのお友達のこちらの連絡先消すねって伝えて、佳奈ちゃんとは連絡しなくなりました! 直接連絡が今後必要になったら、上村は必ず上手く振るから、上村経由でいいし、多分佳奈ちゃんは慎重なタイプだから、卒業までは告白しないと思ったの。だから上村は連絡ずーっとCIAとして取ると思ったのね。なんとCIA以前から、佳奈ちゃんは上村を好きだったの。そして、サークル旅行とプーケットの辺まで、すっかり忘れてて、あんまりに姿が見えないから、上村に、なんかそういえば、新宿のお店の子いたけど、まだ連絡取ってるのかって聞いたら、そういや今日サークルの方の卒業旅行の話し合いで大学きてるっぽいって聞いたんだったなぁ。で、ああ、そう、と思いながら日々を過ごしていたある日、実は卒業するの待ってた子が卒業したから手を出しちゃったとニコニコしながら言われた。興味無ぇと思いながら、へぇって言ったら、ほら佳奈ちゃんとか言い出す。誰だっけそれ、みたいな! 忘れている俺に語りだす上村。全然思い当たらない。どこで知り合った共通の知人か、外見の麗しさ以外から教えてって言ってみたら、新宿のお店。あそこはとある学会帰りの行きつけなので、記憶に無いし、この大学学費高いから、たまにいる。上村は都度、俺にアレうちの大学だけどって言ってくるけど用事ないと気付かないフリの俺。ただ今回は、ああって思って声掛けようって言ったの。雛辻さんのお友達構築能力を友達側からの見解として聞いてみたいのもあって。多分この点も、上村の頭の悪さからすると誤解した一端。で、いつ行ったかも覚えてないから、なんか時期とかでもなく、分かりやすいことないの、って聞いたら、雛辻さんの名前が出てきて、やっと思い出した。そこで俺がイラっとしたのは、先にそれを言って欲しかったからなの。長々と三時間も、彼女との体の相性の良さについて力説しながら意味ない説明すんなって所。説明しろっつってんのに、いつの間にか脱線して、ぐだぐだぐだ佳奈ちゃん佳奈ちゃん佳奈ちゃん! だからお前は結婚できないんだぁー! って、言っちゃおうかと思ったよ俺! 優雅な独身貴族で非常にモテる上村先生ってのは事実で、振るのもすっごく上手いけど、一番肝心の事実『いつも振られて終わる』を、抜いちゃいけないと俺思うなー! 俺の予想通りに佳奈ちゃんとセフレになっちゃった。おそらくそのセフレにも、振られて終わると俺思うよ。セフレから恋人に昇格する例は無くはないけど、そこからずーっと上手くいったパターンって、年の差だと少ないよね。大抵、年上がフラれて終わる。そのリスクもあるっていうのに、セフレがいっぱいいる上に、恋に盲目で親友の恋心まで妄想しちゃう馬鹿な先生は、きっと振られるよ、近い将来。まぁセフレ関係のお二人共、自分が恋してると、周囲も恋しているように見えてしまうタイプのようだから、その点では気が合うかもねー!」

 上村先生は、顔を覆ったまま動かない。

「上村に質問された他の誤解ポイントだけど、俺の機嫌が悪くなり凹み普通になった、その後機嫌が良くなったーってやつ」
「はい!」
「あれはまずね、君のスカーフの件」
「はぁ?」
「上村は佳奈ちゃんから聞いて、ずーっと雛辻さんが彼氏からもらったスカーフをつけていると聞いていた。四六時中ずーっと。普段のろけない雛辻さんなんだからよっぽど。嬉しかったのかなぁって。俺はこう言われた時、上村のバカも、やっぱり惚気るっていう行動がおかしいって気づいたんだって思ったの。だから、そうだなぁって言いながら、未遂かと思って不機嫌になったの。それを振り返った、現在頭がお花畑の彼は、てっきり俺が、嫉妬して不機嫌になってたと思ってたの。優秀な精神科医も、これからは名乗らない方が良いかもね! さて、次に俺が凹んだ。当然君の首の治療をしたからだ。思いの外ひどかったから。練炭は意図的に少数にした可能性あったけど、あの首は本気だ。奥田先生との話もじっくりと考えた結果、死ぬ確率が高すぎる。見誤ってたかなぁって凹んだんだ。それを現在振り返ったそこのバカはぁ、嫉妬に囚われて、自殺未遂だと思ってなかったから俺が凹んだと勘違い。無ぇだろ、お前じゃないんだぞ! そこまで嫉妬する相手なら、帰省させなきゃ良いじゃんって俺はつっこんじゃったよ! 俺も上村も汚い人間なんだから、研究あるから手伝ってくらい言っちゃえるじゃん、別にさ。それから普通になった俺? 当然だろ。やる時のヤバさ度は考え直したけど、他はどう見直しても変わらなかったから。その後俺は、機嫌が良くなりました。ここだけは、当たってるけど意味合いが違います。雛辻さんが、元カレの広野くんとお別れした時。俺、大歓喜して思わず喜んじゃったの。くっ」
「え、なんでですか!?」
「すげぇ電話来るんだもん! 雛辻さんは大丈夫なのか!? って! 同じ科のお医者さん的な感じなので、なんか、面倒くさいけど、こっちも恋愛状況把握したいからってことで、まぁ出てたんだよ。俺じゃなくて雛辻さんにかけて直接聞いたらって言ったら、雛辻さんが電話嫌いだからかけられないっていうの! こいつダメ人間すぎると思いながらも、俺は応対し、徐々に頻度を減らし、それでもかかってくるのを耐えたの! 早く終わんねぇかなぁって思いながら。だけどほら、高崎教授とかさぁ、つぅか上村とかさぁ、あれじゃん、広野くんを知ってるんでしょ? なんかさぁ、皆さんの顔も立てといた方が良いのかなぁとか思って、ちょっと頑張ってたんだけど、ひったすら面倒くせぇなぁって思ってたの。雛辻さんの性格からして、遠恋じゃなかったら、こやつはおそらく三週間まではいかないかもだけど半年以内に振られてただろうなぁって思ってさ、一番長く一緒にいられた期間聞いて、もっと一緒にいたいよねぇとか言いながら、多分その状態が一番良いと思うしそれ以上一緒にいたら振られちゃうよーって言いたいのをすっごく我慢してた! 研究がーも論文がーも全部使っちゃったし、どうしようかなぁって思ってたら、やっと別れた。あんまりにも嬉しくてさぁ! 上村が速報でその情報持ってきた時、思わず二人でワイン三本開けた。すっごい覚えてる。そう、喜んでたの。当時俺達は、今後雛辻さんを好きになる男の中に、広野くんより将来有望な人間は果たしているのであろうかとひと晩語り合った。爆笑しながら。上村は普通にネタ。俺はほぼ広野くんに対する本音の裏返しのイヤミ。これを振り返った上村は、実は俺が雛辻さんに恋をしていたのでフリーになったと喜んでいたと勘違い。喜んでたけど、そこじゃなーい!」

 私はそれを聞いて驚いた。