【62】勘違いポイント




「鏡花院先生に、広野さん、電話してたんですか!?」
「うん、すごく着たよ! うざいぐらいに! ぐらいっていうか、うざかったね」
「ご、ごめんなさい!」
「雛辻さんのせいだけど、雛辻さんが謝ることじゃないから、気にしないで!」

 その後、鏡花院先生が腕を組んだ。

「あと、俺の家族が来ないのは、非常に優秀な医師なので、精神科医であっても、状態を聞けばよほど不測の事態がなきゃ大丈夫って分かったから。性格悪いと評判の俺の一族でも、さすがに誰かが死にそうだったら、一人くらいは駆けつけます。誰が行くかの押し付け合いをする場合はありますが! ま、アメリカにいる親族に何かあった場合は、アメリアにいるほかの親族が行くとは思うけどね。今回のケースなら、全員日本にいても来なかったと俺は思うよ。俺なら行かない。死んだら号泣して、行けば良かったって悔いる! 人の心配ができない人間が俺は好きじゃないけど、あなた方は心配のしすぎだ。俺ほどのメンタルを持って欲しいとまでは言わなけど、見習ってくれないかなぁ。感謝してるけど! ただ、まぁ、上村先生が誤解するポイントが三つ当たってはいた」
「見習います! 頑張ります!」
「よろしい! さて、三つのポイントです。一つ目、俺の女の好み! 俺何にもできなさそうなのにじつは出来ちゃう女の人が好きなの。大人しそうな見た目してるのに、意外とできるみたいな。馬鹿そうなのに、頭いいみたいな。腹黒的な意味じゃなくて。腹黒との最大の違いは、なぜそこで頭を使い、なぜこっちで頭を使わないの、みたいなところ。あとねぇ、雛辻さんの母方は、皆様女性がお美しいらしく写真を拝見させていただきましたが、雛辻さん曰く、代を経るごとに美人度が薄れているとのことだったそうです。俺から見ると、キツめ美人から徐々に徐々に柔らかめが混入して行ってる感じ。女王様からお姫様へと向かってる感じ。お嬢様でもいいや。で、どっちかっていうと佳奈ちゃんは覚えてる限りキツめ美人。だから、雛辻さんは佳奈ちゃんがお母さんより美人だって言ったんだね! あと、頭良さそうなバカってさぁ期待させなカスって思うんだ。馬鹿そうなのに頭良いと、ハードルが最初下がってるから、なんか許せる。そういう感じ」
「なるほど!」
「二つ目のポイントです。俺は上村に興味があることの話しかしません。これはその通り。で、俺が興味あるのは、だいたい精神医学や心理学とかそういう方面の何がしかの理論や研究、対象。それ以外は、恋愛。酒とかは除外ね。つまり、俺にとっての恋愛感情っていうのは、研究と同じくらい興味がある重要な事柄なんだ。で、あきるまで一個のことに集中するので、もちろん並行して研究自体はいっぱいできるけど、関心があるのは一つなので、わざわざ大親友の上村先生に話してしまうものは、恋愛と研究交互って形になる。恋愛恋愛恋愛研究恋愛であることもあれば、研究研究恋愛研究もある。最近、ずーっと研究。雛辻さんの研究。雛辻さんを発見してから、ずっと雛辻さんが興味対象。そのため、上村とのネタも雛辻さんばっかり。そして上村先生とは違い、自分から振ってばっかりの俺ではありますが、よく似ているのは、長続きしない点であり、その点研究はそこそこ長く続く。なので雛辻さんネタは、すごーく長くお話されているということである。それを振り返った上村は、学生その他の条件的に絶対ないと思ってたけど、もしかしたら! そういえば、ほかの恋愛よりも長い期間女の子の話してる! って、思っちゃったのね。しかも、雛辻さん研究が始まってから俺は恋愛もしてない! これはもう決定だー! ほかに年の差とか聞かれたしー! ってなっちゃったんだろうね! 学生だから告白できなかったんだ! 研究対象だから告白できなかったんだ! かわいそうな鏡花院先生! そのまま死んじゃうんだ! みたいな! あきないくらい本気の恋愛してるんだ! みたいな!」
「そ、そうだったんですか! それで上村先生は、私に鏡花院先生と結婚すべきだって言ったんですね!」
「「はは」」

 納得して声を上げた私に対して、二人が吹き出した。

「上村ー! 聞いてない!」
「ご、ごめんね! 言ったけど、それ、説明が難しいんだ、色々と」
「すっごい怠い。説明下手で理解力に乏しい二人に囲まれてるんだけど、どっちに聞こうかなぁ、このお話」
「私仕事で、仕切るの上手いって評判です! 最近会議でいっぱい発言してるし、資料もいっぱいまとめてます!」
「聞こうか、雛辻さん」
「はい!」

 私はセックスボランティアからはじまった介護の話から、上村先生がやっぱり僕とは結婚しないほうが良いけど鏡花院先生の許可を取ってみようという話になったところまで、丁寧に説明した。

「確かに学生時代よりは、ちょっとだけマシかな!」
「ありがとうございます!」
「それと文章書くより、直接喋ってる方が、わかりやすいね!」
「……ありがとうございます」

 ムッとしたのを笑顔で隠した私の前で、笑っているけど完全に呆れ半分というか嫌味ったらしい目というか半ギレというか、なんだかそんな顔で、鏡花院先生が上村先生を見た。

「いやぁそこまで具体的に心配されているとは思わなかったけど、そこを心配されていたってことは、死なないって思ってたって理解したよ。なるほどねぇ、それは良かった。完全ヤブではなかったようだ」
「……鏡花院、悪かった」
「ま、位置的にね、この病院がとっても下手だったらありえたかもねぇ。ここに搬送されて、俺が幸運だったのかなぁ。それとも日本は、その方面の医学が遅れているか、上村大先生の頭の中は、学部生時代の古ーい内容しか無かったのか。無かったんだろうね。だって、雛辻さんのお話によると、ウィキで検索したんだもんねぇ」
「してないよ、泣いてる雛辻さんを見たら、僕まで泣いちゃったから、つい! そうだよ位置が悪すぎるのが二箇所もあった! 僕は親しい人がそんなところを手術してるって聞いただけで貧血起こしそうになるのに、第一報は僕に届いた! 駆けつけたけど、どうして良いか分からなかったんだよ! スマホ使ったのは、雛辻さんの会社の番号調べた時だけ! 最悪の事態予想しといた方が、後で気が楽じゃない? さっき自分でも言ってたじゃん、ハードル下げといたほうが、後で気が楽って!」
「それはまぁ、そうだねぇ。ふーん。信じるよ。大先生、見直した。つまり、雛辻さんの中のハードルも下げてあげていたって事なんだ?」
「……」
「その暇があったんなら、セックスボランティアについて、どう考えても詳しそうではない雛辻さんにそれを聞くより、スマホで検索してみれば良かったのにねぇ」
「……」
「僕の介護のために仮面夫婦になってくれようとしたお二人は、本当に奉仕者精神に溢れているね。上村先生は、比較的真剣にありだと思ってたようだね。雛辻さんが浮気OK出してから。良かったね、佳奈ちゃんに振られたら、雛辻さんが結婚してくれるかも知れないよ。けど爆笑物だけどさぁ、雛辻さんの中じゃ、すげぇイケメンとして評判の上村先生、比較的雰囲気イケメン。褒めてねぇ。1mmも褒めてねぇ! ちなみに美術の評価が高いという共通点を持つ俺と雛辻さんでありますが、この見解完全一致! 上村のようなのは、格好だけの雰囲気です! イケメンの見本、比較的とはいえイケメンの見本が今あなたの目の前のベッドにいるんだからじっくり見とけ! 雛辻さんはおバカさんなので、イケメンとは顔のデキのことだと思ってます。顔じゃなく金と流行の格好で渡り歩いてきたと訂正しとけ、このナルシスト!」
「ごめんなさい……」
「その上途中で、やっぱ介護無理かもって思って、雛辻さん一人に押し付けようとしましたね! そして雛辻さんだけじゃ無理そうなので、仮面夫婦でいこうと考えましたね!」
「本当に申し訳ありませんでした」

 そうだったのか! 知らなかった!

「最終的に片思いを誤解してからは、雛辻さんに結婚してあげてっていうタイミングを探してたよねぇおそらく。俺の状態より、そっちで頭がいっぱいだったとか?」
「……」
「だから手術の成功を聞いても、雛辻さんを慰めるでもなく、そっちで頭がいっぱい? いやさぁ、まずさぁ、一人の年上の男性なんだからさ、先に帰らせてあげるくらいの配慮をさぁ。俺だったら仮にそんな誤解してたら、憔悴した様子の恋人を見たら、病人がさらに悪化しちゃうから、一回帰って元気になって戻ってきて欲しい的なことと、意識本気で戻らない場合順番で見てるほうが効率的だから、一回先に帰すっていうのと、二つ考えて、即手術成功したら帰したなぁ。ふぅん。上村先生案、とても勉強になったよ。一生使わないけどね、機会があっても」
「……」
「自由な校風がウリの大学の次の学長、頭がの中がこれだけ自由なら、きっとさらに自由になるね! 間違いない! 確実だ! 君の親御さんは、頭が良いので、馬鹿な子供を頭の良い学校で勉強させたのに、いやぁ結局馬鹿が出来上がっちゃって、さぞ嘆いてると俺は思うな! バカと自由を紙一重にするのは、ちょっと俺、日本についてまだ経験不足なのか分からないけど、良くないっていうか、自由部分が既になくてさ、ただのバカだけになってないかな、っていうか、なんというか、ね? うちの大学頭悪いって言うけどさぁ、お金出せば誰でも入れるって言うけどさぁ、先生方が、お金か学歴だけの頭悪い人で占められてるのも原因なんじゃない? 優秀な人は、バイトするとどっか行っちゃうし! まださぁ最初から片思い疑ってて呼び出したんなら分かるけど、呼び出した後それに気づくって、想定外。雛辻さんは、つい先日ってほどではないけど、まだ一年も経ってない代の学生さんだった人です。大企業でお仕事バリバリ頑張っている最中の卒業生を、絶対大丈夫っぽい事故で呼び出して泣いて結婚迫る次期学長! 俺、退学考えるわ。なるほど、自由とは、教授陣の自由度だったのか! 納得!」
「悪い、本当悪い、ごめん」
「ちなみに雛辻さん、なんて電話もらったの?」
「すぐ来ないと死んじゃうかもしれないレベルにはやばいから、死に目に会いたかったらおいでって!」
「上村ー!」
「そこは本当にそう思ってたんだよ!」
「受験からやり直せー!」
「いいかげんにしろー! 僕だって心配だったんだー! 本当に死んじゃうかも知れないと思って、友達いないお前が、最後に顔見て喜びそうな人間をいっぱい考えたんだー!」
「なんで結果が雛辻さんなんだよ! 余計絶望するだろ。うわぁこれ俺死んだら、こいつ自殺するかも的な感じで! むしろお前から電話貰って生きてここにたどり着いたことに感激してるわ! 雛辻さんは、よく生きてた! 上村は一回、あの世について考えてみろー! いいか、普通、死にたいって言ってる人は、周囲の誰かが死にそうになると急に元気になるんです。だけど、雛辻さんパターンは、そうか、私も死のうって決意しちゃうきっかけとなるんです。こういう事故でそういうこと言ったら、助かったら当たり、死んだら外れ、みたいな考え方を覚えて、自分も死んでみようとして、生きてたらもう一回頑張ろうってなっちゃうの。未遂率上がるの。賭け的な感じになるの!」
「どうしてわかるんですか!?」
「「待って」」
「最初に電話もらった時、その、賭けみたいなのすっごく考えてて、ぼーっとしてたら、会社の人に、営業妨害になるレベルの顔色だから病院行ってこいって! そう言われて! どのタイミングで死のうか考えてたら、ついたら上村先生も泣いてるし! 鏡花院先生思ったより死ぬのが早そうで! ならば鏡花院先生が死ぬのを見たら、さて! と、思ってました! けど生きてた! 良かった! やったー! いないと思ってるけど神様ありがとー! って思いました! そうか! よくあることなんですね!」
「「無いから!」」
「え」
「上村くんのお馬鹿さん」
「鏡花院くん、ごめんね」
「たしか上村くんの詳細な雛辻さんの男関係情報によると、今、彼氏いないんだってね。できてもあんまり自分から言わなそうだから、聞くか聞かないか、というか、言ってくるか言ってこないかも見守っていたんだけど、雛辻さんはさぁ、少しの間、俺の看病のために、上村くん宅にお世話になってみる気ない?」
「看病なら任せてください! だけど上村先生のおうちは、佳奈ちゃんに悪いので!」
「雛辻さんのもうひとつの役目は、佳奈ちゃんを呼ぶこと。二人で上村先生のおうちに行くの。そして多分、今はセフレだけど両思いのお二人に、顔を合わせる時間を作ってあげること。二人きりにして空気読んで退席。それとなく。良いね? 雛辻さんに男の家に泊まることを怒る彼氏いないし、佳奈ちゃんは、雛辻さんが上村先生を好きだとは思ってないだろうし、俺の名前出したら、純粋に親友に泣きついてきたって思うだろうけど、別に実は俺と付き合ってるとかセフレとか嘘ついてもいいよ」
「承知致しました!」
「くれぐれも、お仕事の勤務形態変えてくださいってお願いして、お昼にここ来て、夜会社に行くみたいな、これはつまり夜は佳奈ちゃん達を二人にしてあげる効果もあるし、みたいなのは、ダメだって頭に入れておいてね。在宅仕事もダメ。定時になったら、急いで来てください。面会時間、ここ、遅くまでなので」
「は、はい! え? けど、遅いなら大丈夫だろうけど、二人を二人きりにするにはどうすれば良いですかね?」
「広野くんが遣ったテクニック!」
「なんですか?」
「君の従兄が、今回の君の立場」
「はぁ?」
「三人でお食事します。場を盛り上げます。二人を残します。これを繰り返します」
「あれは、テクニックだったんですか!? 食べるの早いんだと思ってました! 広野さんはすっごく遅いし! 私は、なんか一人にするの悪いので、食べ終わっても一緒にいました! 従兄、食べ終わるとすぐにいなくなっちゃってたけど、違ったのか!」
「空気読んでたんじゃない? 応援しながら! 今回の君の役目!」
「頑張ります!」
「上村くんよ、大親友としてお礼に恋に手を貸してあげるので、分かってんだろ、雛辻さんを泊めるように! 俺、毎日雛辻さんにお見舞いに来てもらわないと死んじゃいそうな気分になってきちゃったぁー!」
「泊める気しかなかったし手を出す気はないから、僕も誰か呼ぼうと思ってたけど、まさかの救世主! その展開は考えてなかった。ありがとう、鏡花院先生!」
「ところで雛辻さんは、会社に言った? 政宗くんと一緒だったって」
「言ってないです!」
「やっぱりねぇ。政宗くんと連絡先交換してる?」
「はい!」
「ちょっと電話してみて、出たら、俺に代わって。ここ携帯使ってOKなところだから」

 頷いて電話をしてみた。