【63】素
『もしもし? なに、失敗!?』
「私じゃなくて鏡花院先生が失敗したんです!」
「ちょ」
『はぁああああああああああああああああ!?』
「早急に代わって雛辻さん!」
なんだろうかと思って電話を変わった。
「政宗くん、誤解だから。雛辻さんさぁ、俺が交通事故にあったのを自殺したと思っちゃったみたいなの。君が余計なこと言ったから!」
『まぁてめぇに限ってそれはねぇな!』
「しかも俺の不老不死説普及し続けてるし、どういうことなの?」
『え、おもしろくねぇか? 友達の教え子とか』
「まぁ俺も面白いとは思うよ! けどね、君と違って雛辻さんは優しい心の持ち主なの。確かにぴったり一緒の数値だけどさぁ。方向性が違うんじゃないの?」
『まぁなぁ。プログラム言語的な方向性は、似通ってるけど』
「雛辻さんってぶっちゃけお仕事できるの?」
『それはやべぇくらいガチ。俺も見た。ただし客前に出せないらしい。解説者か辞書いるタイプ。こいつこれまで、身近に解説者いなくて生きてこられたのが逆に不思議』
「卒論は俺が解説書書いて、今本になって売ってる」
『うわ。文才相変わらずって意味か? それとも、あの子の卒論が良かったのか?』
「解説書があればとても面白い卒論だったのは間違いないね!」
『へぇ。けどなにじゃあ重症なのか? 死ぬの? それとも、あの子が死にそうなの?』
「なんで死に際に君の声聞かなきゃならないの? 頭悪いなー!」
『死ぬほど重症だから朦朧として俺の声聞きたいとか間違ってるのかと思って。なるほどなぁ、へぇ、で、俺の家で身柄を見てろって意味か? それとも雛辻ちゃんの代理として、俺のせいだから仕事してこいって意味か?』
「仕事仕事。暇でしょ?」
『まぁなぁ。結城――ってのは、雛辻ちゃんの現直属の上司の直属の上司で、そこで上から数えて二番目に偉い俺の元部下なんだわ。同期なのに部下なの。雛辻ちゃんを見て採用した、人を見る目はゼロではない、俺の事情を知ってる奴。そいつにも言っておいてやっからさぁ、もう面倒だから、今日から完全に休みでいいよ。お前が超重症って言っとく。会社から見舞いの電話は、逆に刺激になるので控えるようにって付け加えて。そういう特殊な病室にいらっしゃるとか言っちゃうよ。だから雛辻ちゃんには携帯切っていいって言え。俺が代わるなんて言い出すんだから、誰も疑わない自信あるわ。復帰の手配も任せとけ』
「引き継ぎとかいらないの?」
『ああ、あれなぁ、いやさぁ、結城も雛辻ちゃんのお話を頭悪いから理解できないからァ、俺が翻訳してやってたんだよ。それでだいたい、雛辻ちゃんの資料は見てた。SQLとかも。だから会社の連中、マーケティングの奴ら特に、雛辻ちゃんに資料作らせてたの。俺に見せるために。で、俺が解説するじゃん? 結城がまとめるじゃん? 雛辻ちゃんの直属の上司が、きちんとした資料にして、簡易版普通版難易度高い版的なのにして、それぞれの部署に配布。俺は暇なときしか電話すら出ないし、すぐ解説とか出来たけど、新人で資料作らされる雛辻ちゃんとさぁ、他二人、そのうち死ぬんじゃねって思ってたんだよねぇ! 会社の前に自分たち潰れちゃダメだよな! つぅか失業して無職になるのを悩んだり、死ぬ決意をしたり、不思議な子だよなぁ』
「そこはまったく君と一緒だよね。君、俺より一足早く日本の社会に出てさぁ、何回転職したんだっけ? 楽でいいねー! 実家に家業があるとさー!」
『職種が医学系なだけで、全く似たような事してる奴に言われたくないね。次はいつ辞めんだおい?』
「いやさぁ、上村先生ってお話したじゃん? 大親友できちゃったーって」
『ああ、あれ! なるほど! あっちの家か、雛辻ちゃん』
「そうそう」
『下緩いんだろ? 上村先生というお人。大丈夫なのかぁ?』
「そこでね、上村先生がさぁセフレから恋人に昇格させたがってる女の子をだねぇ、雛辻ちゃんと一緒に泊まらせるんだよねぇ。このお二人、同級生でさぁ。学生が卒業した直後に、上村先生ったら、頂いちゃったんだってぇー!」
『ぶは』
「だからいま恋で頭がいっぱいでー、俺が雛辻さんを好きだって勘違いしててさ――くっ」
『やべぇ、なにそれ』
なんだか電話越しに二人が爆笑していた。
上村先生は、諦めたような顔で涙ぐんでいた。
「面白いところ腐るほどあるから、後で話す。今本人の目の前で喋っててさぁ」
『えー!? 何そこに、日本の精神医学会を代表するような名医の次期学長でいらっしゃる上村大先生という名の大親友様いらっしゃるのー!? 代わってー!』
「上村先生、俺の友達探し回って熟考して雛辻さんに聞いた結果、俺が診てる患者に知人がいるって聞いたんだって。そうしたら、美人かって聞くんだって。でさぁ、男でイケメンっぽいって聞いたら、来なくていいって! ひでぇ!」
『いやいやいやいや、なんで? 解説は?』
「死に際に男の顔見たくないからって」
『そりゃ正論だ! さすがは名医! 患者と関係ない! つか、なに、美女見たら、死んで良いんかよ! 金持ちなんだから、女優の一人でも呼んでやれば良いだろうが!』
「でしょ? そんなお馬鹿さんな上村大先生だからさぁ、恋愛もへったくそでさぁ」
『へぇー! 俺、恋愛上手な精神科医って見たことないけどなぁ』
「いま電話してない、君」
『わりぃ混線した』
「ざけんな、政宗! そもそもお前が――」
そこから二人の電話は、多分英語になった。汚いスラングだらけであるようで、教科書的英語をちょっとしか知らない私には、全然意味が分からなかった。しかもほぼ数分後、別の国の言葉になった。表情は変わらない。笑いつつイライラしたり楽しそうになったり、そんな感じである。だんだん、鏡花院先生の素は、言葉が悪いと私は感じだした。後口も悪い! その後長々と彼らはお話し、電話を切った。