【64】準備



「ありがとうね、雛辻さん」
「いえ、あの、私は……」
「ええとね、今すぐ一度自宅に帰って、宿泊準備と、あとね、すごく大切なんだけど、お掃除とごみ捨てをしてから、この病院まで戻ってきて。最低限、腐ったりカビ生えそうな食べ物飲み物そういった飲料関係は処理してきて」
「? どういうことですか?」
「今度じっくり話すけど、結論から言うとね、政宗くんってさぁ、俺の海外でのお友達なの。年齢さほど変わらない。つまりあっちが海外にいたのと俺がいたの、ほぼ同時期なんだよね。で、俺と君と政宗くんのIQ以外の共通点を、辞書から発掘してきたのが、やつなの。やつが適当に放ったこの名称を、理論で補強したのが俺で、あと何人かで症例上げたら、そうだってことになっちゃったんだよね。ひっどいよねぇ。でもまぁ、実際そうだとは思うけど。それでそんな俺たちは、家系病――なんていうの、永久不眠症みたいなのとか、そういうのとは別例の、みんな人生にあきたりして死んでしまう人々についてのおたくを一時期研究してたんだ。それが前に話したやつ。とっても小さい頃だったから、興味あるものならなんでも対象にして研究して良かったんだよね、そこは。政宗くんの不幸はねぇ、これも君と一緒で、やりたいことと勧められることが全然違うところ。誰もが皆彼に考古学者か何かになれって言ってたんだけど、絶対嫌だって言ってて、人類学だの宗教学だの各国歴史だの、徐々にもう関係ないけど兎に角、昔のこと調べて考察したらァって言われてたんだけど、絶対やだって言い張って、日本に単身帰国して、学生結婚してお子さん作っちゃった! やりおるよ、奴は。あとは、実家の後をとるので、の一点張り。帰国前から彼女を見つけて、ちゃんと続けておいて、その彼女と! その後早くに奥様を亡くされてからは、とても楽しく恋愛している独身貴族! 俺や上村先生とは格が違う恋愛スキルをお持ちなんだ!」
「そうなんですか!」
「そうなのですよ。その彼に、色々聞いちゃった」
「何をですか?」
「うん。いやなんかさ、上村先生の詳細情報によると、君は周囲の誰一人として自分に片思いしていないようだーって言ったみたいだけど、そうなの?」
「はい!」
「なるほど! 新しい研究部分が出てきて、俺楽しくなっちゃった! 聞いて良い空気になったのは、上村先生のおかげだから、本当に感謝してる」
「どういうことですか?」
「雛辻さんの対人認知能力とか認識力とか恋愛傾向だの対象だのモテ具合の理解や妄想、好みのタイプその他色々。一言で言うと、男関係を調べてみたいなぁって! これ、迂闊にやると、『もしかして私を好きなのかしら!?』って思われちゃうから、すっごい時期を気にしつつやるんだけど、タイミングもあるし、俺入院中暇だし、すごく丁度良いや」
「ほ、ほう?」
「とりあえず掃除して荷物持ってここに来て、上村先生のところへ。あ、あと、佳奈ちゃんに、メールして! 内容はね、『鏡花院先生が交通事故で死んじゃいそうで入院して、お見舞いに来たら、上村先生がいてばったりあったの! 鏡花院先生が大変そうだから、お願いいっぱいして近所の上村先生の家に泊まらせてもらうことにしたんだけど、一人でお見舞いに行けるか不安だから、佳奈ちゃんも近い場所だから来て欲しいの! 上村先生はとっても良い人だから、夜襲われたりしないらしいよ!』って感じで!」
「はい!」
「ちゃんと君語に変換してそれを送った後は、その設定を変えなければ、好きにしていいよ。多分君がおかしなこと言っても、いつものことだって思うだろうし。あと、そこの二人がセフレだとかは、君の性格からして言えないだろうけど、言わないよね?」
「言えたら昨日電話してました!」
「ですよねぇ。恋愛相談、する方? される方? 一応聞いておくけど」
「恋愛相談している人々の脇に突っ立ってるパターンが多いです!」
「正直者! その理解で正しい! きっと佳奈ちゃんは、君には恋愛相談してこないかもしれないけど、気にしない方がいいからね!」
「一回も気にしたことないです!」
「それが正しい姿勢だ!」
「ありがとうございます!」
「一つだけ。上村先生ってどう思うって聞かれたら、鏡花院先生の大親友か、鏡花院先生が一番好きか、鏡花院先生が一番イケメン以外言っちゃダメ。他のパターンの場合も、俺の名前つけておいた方がいいよ」
「はい!」
「そんなことないよ! って佳奈ちゃんが反論してきたら、鏡花院先生はお兄ちゃんみたいなの! とか叔父さんみたいなの! とか、もういっそ、お父さんみたいなの! でも良いよ、そうすると多分、佳奈ちゃん、優しい顔になるから!」
「わかりました!」
「怖い顔になった時も、まるで東京の家族で、まるで親のような鏡花院先生がー! って言えば、乗り切れるんじゃないかな!」
「佳奈ちゃんの怖い顔ですか? あんまり見たことないですが!」
「え? そうなの? じゃあ、メールを送る最初の段階で、家族のような鏡花院先生って書いておいて!」
「はい!」
「俺の家族は? って聞かれたら、遠方にいるらしいけど詳細は知らないって言っておいて!」
「はい!」

 こうして私はメールを送って電車に乗り、自宅に帰った。
 しかし、なぜ掃除をするのだろうか?
 よくわからないが、最近仕事しかしていない生活だったので、そんなに汚れていない。

 ご飯は会社の時に、お昼ご飯しか食べない。

 帰ってコーヒーを飲むのと、シャワー上がりにお水を飲むのと、朝起きてコーヒーを飲むのでしか、飲食していない。コーヒーカップは、いつも洗っている。ということで、冷蔵庫を開けてみた。からではない。調味料がある。政宗さんのところのやつだ。

 けど、腐っても包装されているから問題ないと思う。おうちでご飯を食べなくなったら、部屋が劇的に綺麗になったのだ! あとお風呂場に関しては、検索して覚えたので、ちゃんと赤いカビだけではなく全方向で綺麗だ。洗濯物は溜まっているが、服がいっぱいあるので、お休みの日になんとかしている。そのなんとかしていないものが散乱しているが、これは、腐らない。カビ……るだろうか? 洗濯してから行った方が良いのだろうか? 

 いいや、なんだか本日鏡花院先生はとても元気そうだったが、素が出ちゃうくらいなのだから、きっとまだ、あまり体調は良くないはずだ! いち早く駆けつけるには、洗濯したり掃除をしたりしている場合じゃない! だが、確認されたら困る。いいや、されても良いの! 大学時代の部屋しか知らない鏡花院先生が仮にここの様子を聞いたら、掃除して来たと思うに違いない!

 とりあえず、服と、卒業旅行やら新人研修やらの旅路で使った、簡素なシャンプーとコンディショナーとボディソープセットっぽいのとハミガキセット、クシとか鏡とかお化粧用品は普段のカバンに常にあるのでそこにそのまま、あとは何がいるか、考えた。

 何がいるかな?

 気づくと携帯が震えていた。なんだろうかと思って画面を見ると、鏡花院先生の携帯からだった。

「はい?」
『もしもし!?』
「佳奈ちゃん!?」
『今どこで何してるの!?』
「家でね、何を持っていけばいいのか考えてて……なんかねぇ、お掃除とごみ捨てをして、泊まる準備だから、最初のは五分くらいで終わって、今、服とお風呂と歯磨きを止まるカバンに入れて……それ以外はいつものカバンにしてさぁ……そこから、何持っていったらいいかなぁって思って考えてたところ! 携帯が震えて我に返った!」
『移動時間抜いても、六時間も持ち物考えているの!?』
「え」
『それだけあればなんとかなるからすぐに来てー!』
「う、うん!」
『待ってるね! 病院の喫煙所!』
「分かった!」

 このようにして、電話は切れた。
窓の外を見ると、確かに日が暮れていた。
 なぜ鏡花院先生の番号から電話が来たのか考えながら、すぐについた。