【67】実験
「ショックじゃなかった、少なくとも意識上はと、もう、そう論出てるから聞かなくて良いけど――ふぅん」
「……」
「なんで俺が怒ってないって言ったか分かる?」
「……? 正解だからですか?」
「うん。大体当たってた。自殺衝動に性欲を喚起されるとか、佳奈ちゃんとセフレだったとかMMPIの先生と食事して寝たとか、骨組みと外枠は完璧だな」
「なるほど」
「違う点としては、僕としてはこの二人を選んだことには理由がある」
「なんですか?」
「二人共、君の身近にいる上、絶対に君にこの事実を話さないと確信できたからだ。君に関する話は、逆に沢山聞けるというのもある。他の理由もある」
「そうなんですか――他の理由を言わないということは、考えて答えろということですか。佳奈ちゃんは上村先生との二股、MMPIの先生は、私の父の元カノってところですか? 言わない理由を握り合っていた」
「理由を言わなかった理由まで含めて大正解だよ。で、彼女たちに俺は何を握られていんだと思う?」
「肉体関係を強要した事実もしくはその公言。周囲の人々に知られることが問題なのかと」
「周囲って例えば?」
「学科の関係者とか学生とかじゃないですか。実際に関係があった以上、誇張されて広まったとき、大変そうですし」
「今も意図的に忘れてるんだ? 考えたことを。周囲っていうより、単独の存在なんだけどな」
「……先生?」
「――ところで、この部屋、どう思う? 部屋というか、病院」
「――? 冷蔵庫があったり、煙草がなにやら病室でも吸えるみたいだったり、面会時間もとても長いし、巡回とかなさそうだし……? 仮に意識を取り戻していたとしても、そうであっても上村先生に最悪な予測をさせてしまい気絶させてしまうほどの病院……というか……なんというか……」
「上村は、本当に俺の生命の危機を感じて君に電話したんだ。ただの好意。これは、上村を被験者にした実験だったんだよ。最悪な実験だけど、近しい友人が死んだ場合の反応を見る予定だったんだ。医者役看護師役、手術役、全部エキストラ。全員現職。患者さん役は他大生等のバイト。当初、二時間程度観察して、死んだフリの予定だったんだ。手術室でスパスパタバコを吸っていた俺。さぁて上村は、俺を本当に親友だと思っているのかな!? MRIとX線を見た瞬間、あいつは一瞬表情を消し、二回チラ見した後、スマホを使っていいか聞いた。頷いた医師の前で、メモ帳を開き、君の会社の本線の番号を控えて検索を終えたあと、堂々と医師の前で、死に目に会いたかったらと君に電話。それから笑顔で、医師に通達。被験者役なら、即座にそう言ってくれれば取り消すけど――事実だったらまぁ死ぬし取り消す必要のない嘘偽りを並べ立ててテンション保ってみるけどいいかなぁって。最悪別の人間が死ぬレベルの嘘をつきます。上村は、名医だな。一発で、なぜ即死ではなかったのかという疑問を抱いたようだし、こんな病院知らないし――まぁ本当はね、ここは上村の家の近所じゃないんだけどさ――事故状況から考えて、この状態になるのだと押したら、X線は最低限、別のものと間違っていると判断したらしい。俺はモニターで見ながら、なんで雛辻さんに電話したんだろうなぁって、ちょっと笑った。周囲に誰ですかって聞かれたから、上村が言いそうな嘘を思案した。なのでまぁついでに、来た場合雛辻さんはどうなるのであろうかと思い、周囲を簡潔に納得させることにした。『外見から、全くそうは見えないのですが、過去に未遂で意識レベル3まで、確定二回、予測一回、2が一回になった経験が有る、突発的自殺願望があった卒業生で、俺に依存・陽性陰性両転移・恋愛憧憬している可能性があります。特徴は、アレです』ってまぁ、こんな感じ。また面倒くさそうなのを呼んだものだと周囲は笑っていて、『冗談ですが、だいたい本当なので、仮にもし本当に奇跡的に来てくれたら、優しくしてあげてくださいね』って俺が許可出して、調査続行。そもそも、来ると思ってなかったっていうのもあるけど」
「……」
「しかし君は来た。時間的に、どう考えても、電話を切って十分程度で外に出てる感じ。早すぎである。周囲の目が、良かったですねー感で溢れた。和やかな空気で、上村がお前に声かけたところを見て、次の瞬間、今度は手術室が凍りついた。あ、この人、死ぬって感じが分かるの。なのに笑顔。じっくり見るとちょっと泣いてる。よくよく観察すれば震えてる。自殺直前を見たことあるのが何人かいたから、ガチで患者さん何ですかって言うから、違うんだけどなんというかねぇ的なことを言ったもののどうにもならない空気。しかしこんな実験に協力して一緒にモニター見てニヤつく予定で来た連中なので、俺が許可出したら続行ということに。どうしようかなぁと思った。こちらの成果をまとめている間に、君に何かがあったら、なんかねぇ。それでね、迷っていたら、上村が泣き出した。俺吹いて、思わず続行を指示。後で聞いたら、絶対ありえないけど本当だったら悲しくて泣きそうだったところで、雛辻さんの諦めた感じ見ちゃったら、もう限界来ってって言われた。よく雛辻さんと面談できるねって! 俺もそう思うって言っておいたけど、やっぱ、うん、非常に雛辻さんは死にそうな顔してるよね。やる前。見てればわかるんだよ。しかし泣きつつも、実験だという疑惑を捨てない上村は、どんどん嘘を重ねていく。だがさっぱり気付いた様子のない雛辻さん。ま、今まで隠してた俺たちの恋愛関係のことも何にもしらないしねぇと思いながら見ていた。また上村は、本当に実験だった際、これで雛辻さんが亡くなったらどう責任を取るつもりだったのかと俺に迫るつもりで、捌く捌く捌く! 魚をさばく話を雛辻さんにもしているようだが――と、考えて、俺はハッとした。今回は、タイミングが悪すぎた。そこで俺は全員に、『本当に忘却していてたった今思い出したのですが、彼女がここに来た理由が分かりました。前回面談時、つまり昨日彼女本人に、数日前被験者Mが彼女自身もアレである事を伝えてしまったため、確認され、担当研究者として、告知しました。その際に俺もアレだと自己開示した際、死なないで欲しいので自殺しないと約束してくれと言われたのですが、約束しませんでした。彼女は、俺が自殺あるいは自殺未遂をしたと考えて、さらに言うのであれば自分のせいだと考えて、早急にここに来た可能性が非常に高いです』なるほど、それはあの顔色にもなるだろうと周囲も納得し、取りやめ準備を開始したところで始まったのが、セックスボランティア! みんな爆笑! 死にそうになったら絶対止めるからもうちょっとって言うから、しょうがないから見てたの。上村はさ、半分ぐらい疑ってるからわざとなのは分かるんだけど、雛辻さんがわけわからなすぎて、みんな笑い始める。真面目に死にそうなのに、真面目になんか必死だし、よく分からないけど、なんか楽しく見てたの。上村が俺の片思い説出した時は周囲が囃したてー、俺は恥ずかしがって見せー、雛辻さんが上村の言葉の意味を分かってない時は、きっと彼女は内心では傷ついてるーとかなんとかやってたんだよ、後ろで。それを眺めていたらある時、一瞬上村が目を細めたんだよ。完全に息をのんで、一瞬真顔。雑談も楽しいんだけど、そういう反応を待っていたわけだからさ、わくわくした俺たち。よく見たら、時計を見ていた。午後七時すぎ。その頃一回、上村はトイレ行っただろ。が、やつが向かったのは、トイレではなく、実験ならば確実にカメラ付ける所。そこで電話をかけた相手は佳奈ちゃん。非常に冷淡な表情と声に変わった、多分雛辻さんが見た事のないやつ。俺と彼の共通点、S系統。そんな彼の第一声『ねぇねぇもうすぐ僕の奥さんになる予定の婚約者の佳奈ちゃん。君が二股というか、セフレにしてた鏡花院先生が自称交通事故で死にそうで今ね手術中なんだって。それで遊び相手であり、セフレじゃないけどキープして途中までで様子みされてた現婚約者の僕はさぁ、手術室前で待機してんだよね。君の大学時代の一番の大親友の雛辻さんが、訃報聞いた直後病院の屋上から飛び降りそうな顔してるんだけど、僕は優しさとして、性格の悪い君達二人の悪口を彼女に話して、彼女から死にたい気持ちを消失させて、むしろ二人共死んでしまえと思わせてあげるべきかな?』と、淡々と話した。俺たち唖然。上村が知っていると、俺と佳奈ちゃんは思っていなかった。さて、どうなるのか、誰も何も言えない空気の中。佳奈ちゃんの返答。『で?』俺たちまた唖然。上村第二声『認めるんだ?』佳奈ちゃん『むしろ知ってなかったと何故思ったし。逆々。いつ鏡花院先生は上村先生に言うのかなぁって楽しみにしてたのに、言わないんだもん』ここでみんな吹き出しかけた俺の同僚たち、さすが。みんな超ドS。俺と佳奈ちゃんが親しくなった理由は、お互いS系統なのになぜなのかいじめることが困難な雛辻さん。雛辻さんはドM。いいや、超超超超超超ドM。昔二人でそんな話をしたんだ、佳奈ちゃんと。いじめつくしたいのに、なにしてもいじめられないの。なのにいじめないで気まぐれに優しくしてみると死んじゃいそうになるの。なんなのこれっていう、この、なんかさぁ。よくよく観察してみると、Mじゃないの。同類のSをスルーしてるだけの、たぶんすっげぇー本人もS! ということを俺が考えていたら、やっと上村第三声『――それは鏡花院が雛辻さんを相手に楽しんでる行為といっしょ?』佳奈ちゃん『どういう意味?』上村『自殺願望や自殺企図、自殺未遂、おそらくは最終的には自殺するまで、ずーっと自分の欲求不満解消のために観察しながらいじめ続けていくこと』佳奈ちゃん『そこまでしないでしょ』上村『どうかなぁ?』佳奈ちゃん『無言』上村『僕ね、前から雛辻さんが自殺企図するタイミングと鏡花院のそれを発見するタイミングがすごい一致してると思ってたんだ。いやね、別に鏡花院が殺そうとしてるって言いたいんじゃなくて。鏡花院の動機、あれはもう完全に、簡単に言えば死ぬところを見て性欲を解消したいだけ。で、おそらく雛辻さんも、死んで性欲から解放されちゃいたいだけ。欲求不満同士がそばにいるからなのかは知らないし、偶然なのかもしれないけど、性欲衝動が高まるピークがかなり一致してるんじゃないの。考えてみて。鏡花院は言うんだよ、たまに優しくしようと思ったりすると、雛辻さんは死んでしまうようだって。自覚は無いようだけど、鏡花院が優しくするのなんて、下心があるときだけだ』これを聞いた瞬間、俺も含めて全員愕然。上村はさすがの名医だった。さらに衝撃発言『あと、言っておくけど、僕が「認めるんだね?」って聞いたのは、もしこれが鏡花院の実験だった場合、必ず材料のビデオを撮っているので、婚約破棄裁判で使わせていただくためです。一時間以内に手術実験を停止し成功したと説明してくれなければ、手術に疑惑があるとして警察に通報致します』俺たちは撤収準備を再度開始しつつ見守る『それと、僕が二人について気づいたのは、雛辻さんのCIAだったからだよ。雛辻さんは、君たち二人がセフレだっておそらく誰よりも早く気づいてたけど、どちらかに指摘しても他の誰かに言っても面倒くさそうだからとスルー。僕と佳奈ちゃんの曖昧な関係についても同じく。あるいは面倒どころか、興味無かったのかも。だから君達は、彼女をいじめられないんじゃなく、彼女の視界にも入っていない自称恋愛転移されてそうな恩師と自称大親友ってだけだと思うなぁ。ま、鏡花院の場合は、雛辻さんは即座に、なるほどこの人は、他人を切り刻むと興奮する人のようだと的確に判断されていたご様子です。その当時の僕の講義で提出したレポートに書いてあったので、おそらくそうです。彼女は言わないけど、何かに書いておくようです。雛辻さんは沢山文章を書いているので、彼女の部屋を自殺時に家宅捜索させてもらったら、鏡花院も佳奈ちゃんも立ち直れないかもね、社会的に』俺たち側次第に諦観ムード。これは、詰将棋のようなものであり、もしかすると、本当は上村、最初から考えづくだったのだろうかと不安がいっぱいに。むしろ俺と佳奈ちゃんの人生はここで終了させられるのだろうかという空気だった。俺以外。みんな、どうするんだって感じで俺を見てくる。俺、モニター見ながら終始、多分笑ってだろうな。今みたいな顔だと思う。あんまりにも嬉しくてね。上村が最後『僕の方にはどちらに転んでも利点しかない。だけど鏡花院は、どうだろうなぁ。聞いている鏡花院先生に直接伺いたい。今後の鏡花院先生の人生で、貴方の性衝動も残虐性も何もかも、分かっているのにそばでニコニコしていてくれて出しゃばってこない、貴方の好み通りの外見と性格の、頭の良い女の子は、一体何人現れるでしょうか? 今までの人生においても、一人でもここまでの相手が、いたのでしょうか。恋も研究もただの趣味の貴方が、非常に長い間特定の異性の研究をしているというのは、それは恋とどう違うんでしょうか? それ以外の条件全部、鏡花院の嫌いなのしか揃ってないけど。だからいまだに自分でも分かってないのかもねぇ、と思って教えてあげた。実際に死んだら可哀想だから。ま、とりあえず、一時間で警察呼びつつ、弁護士に相談開始。手術終了時点の時間で弁護士に再連絡。場合によっては、雛辻さんを口説きますので、ご了承ください。人生最後にやられたくないのは、寝取られだよねぇっていつか話したからさぁ、ちょっとね、試しに実行しようかなと』最後は笑顔で通話を終了した上村。手術室呆然。俺一人笑顔。だってさぁ、楽しかったんだよね。さすがやつは俺の親友だ。大親友だ。自分の今後の結婚生活をかけてギャンブル打ってきちゃったんだ。佳奈ちゃんは、ドS。君をMと勘違いしちゃうレベルの簡易度。そういう子を調教するの大好きな上村。おそらく佳奈ちゃんは、今後一生奴隷決定。上村がCIA受けたのも一目見てちょこっと話すだけだと雛辻さんも、これはこれで教えがいがありそうだから。けど、きちっと見ると、Mじゃないし、むしろS度高すぎると分かる。厳しすぎて本人気づかないレベル。こういう人々は、非常にIQ高いことが多い。全部ピンポイントなんだけど、俺は経歴の未遂見て、せっかくなら、俺の前で初でお願いしますって気分だったし、上村より意地悪なので見てたら、なんかねぇ。なんと研究対象であると発覚。その後研究に集中しすぎてて忘れてて、研究がひと段落してちょこちょこになっても、なんだか今何やってのかなぁとか思うし、謎だったんだけど、解決してしっくりきてた。だから笑顔。周囲俺の顔に生暖かい目。すると俺の携帯に着信。佳奈ちゃん『鏡花院先生どうしよう! 上村先生にバレてた!』医師に手渡す俺『申し訳ございませんが、現在手術中でございまして』佳奈ちゃん『……手術ってビデオ撮ってます?』医師『ええ、関係者待機室や、このようなご本人様宛携帯電話等、当医療機関の関係各所、手術室は不慮の事故や犯罪防止のため、音声付きで録画しております。例えば警察機関の依頼があれば、不貞行為疑惑において法定に証拠品として提出することもございます』という大嘘。佳奈ちゃんは泣きながら電話を切りました。そのようにして、上村の通告通り一時間以内に手術室を手術後風にした俺たちは、うさんくさい説明を開始することになります。上村の側にだけ、実験告知付けて。さらに『あなたはさすがは俺の大親友だ!』『結婚ギャンブルも寝取られギャンブルも完全に貴方の勝利です!』『俺っていつから雛辻さんを好きだったのか分かる? 片思い、いつからしてたのか分からない! 教えてくれてありがとう!』って書いておいた。その後、雛辻さんが会社に電話に行ったので、俺起きて謝った。上村いつも通り。『良いんだよ、鏡花院先生が生きていてくれたら、別に僕はそれだけで』それを聞いた俺は同意『それはそうだ。親友だしな。じゃ、片思いについて確認してみるから、もう少し付き合って。雛辻さんの会社にとりあえず土日をいれるとして最低限木金の休暇を遠まわしに別の親友から頼んでおいたから、雛辻さんは大丈夫だ――あーっと、ほかの皆様は帰って良いよ、さっきまでのこちら、俺と方向性が違うSの大金持ちの上村先生の元婚約者と言う名の奴隷になった女の子にバイト頼むから。上村先生の元婚約者ポジ経験が有る奴隷の記念すべき三十人目。ちょっといっぱいセフレがいるなんてかなり遠隔表現』すると皆様即答『面白いので残らせてください!』という状況なんですが、どう思われましたか?」