【68】嘘




「……実は私は、自殺か事故か疑っていて、事故はありえないと確信したのが、事故原因です。どう考えても死んでしまう状況で、先生が車道に飛び出して高齢男性老人を助けるのか疑問でした。寿命はあちらが確実に先。しかも同性。信者の顔を覚えないというより、信者にはほとんど男しかいないから顔を覚えられない鏡花院先生に限ってそんなことってありえない! 好きすぎて嫌いなのかとすら思うレベルで男に興味がなく、女一直線! 雑談するの女子のみ! その中で、顔を覚えられないのではなく、覚えているのはみんな美人! 昼間眠くなるのは、夜、大人の運動をしているからじゃないのかなぁ。と、考えていたので、自殺でないようだと分かってきた段階で、実験だったんだろうなぁと思いました。思ったんですけど、上村先生みたいな行動力も思いやりもないので、黙ってました。面倒くさくて。佳奈ちゃんもいるし! ただなんとなーく、丁寧に鏡花院先生が片思い説を否定し始めたところで、ああ、なるほど、これは恋愛転移の実験なのかなぁって考えていて、なんかとりあえず色々と疲れました! 改めて思った事としては、私はさして面白くなかったけど、沢山の人が面白くて残るって言うんだから、面白いポイントを教えて欲しいという事です! 確かに、鏡花院先生が高齢男性っていうのは、変! けど、面白くない! 不謹慎なだけだー!」
「待って、違う、違うよ! 確かに顔は覚えてないけど、別に美的レベルじゃ――」
「そうですかね?」
「そうですよー!」
「だって、私と顔を見る目が同じなんでしょ?」
「うん、まぁ」
「私、どうやら、美形しか覚えられないような人間である気がするんです、自分のこと!」
「え」
「だから、私が顔と名前を一致させている相手って、だいたい美形。それと先生が覚えている人はかぶるんですけど、あの、その! これ、ほかの要素、なにかあるんだったらすごく知りたいです!」
「真面目に言ってる?」
「はい! それで前に、先生、診療中とかは思い出すって言ってて、私も仕事中とか授業中とかは思い出すことがある感じです! ちなみに私は、男女両方そうだけど、先生は女の子ばっかり!」
「そうなんだ!?」
「はい! それに上村先生と佳奈ちゃんの件が落ち着くまで、どうせ暇だし、むしろそっち研究しておいてください! どうしよう、私、これ、会社クビだと思うんです! という感じで、私、帰ります!」
「なるほど、俺は慣れきっていた。肝心なところを意図的に忘れる君の習性と、本気で忘れちゃってる時と、君の勘違い癖がごちゃ混ぜになってた。お帰り前に、みんなの前で盛大に愛の告白をした俺に、回答して行ってください。本当にSすぎるなー!」
「そうかなー!? 先生は佳奈ちゃんとの疑惑を隠すために、私とのセフレ説を流したのにー!? だから広野さんは、いっぱい電話したんでしょー!?」
「……なんで?」
「広野さん、普段、私より電話嫌いだからー!」
「え」
「しかも先生とのセフレ疑惑、一時期大学中で噂になってたー! さらにその前は、研究室のロールシャッハの先生とのその説も流したでしょー! 履歴書で短所に、いじめにあいやすいって書いて、具体例としてそこに書いておきました! まさか採用されちゃうとは思わなくて、いまだにネタにされてます!」
「えっ」
「院進学、そりゃあストレスですよ、疑惑が流れたどっちかの研究室濃厚なんだもの!」
「……ご、ごめん!」
「要するにこんな状況で私に片思いしているなんて本気で言ってるんなら、成功する自信がどこにあるのかお尋ねしたいんですけどレベルです! しかも大勢の前! 私先生に、みんなにネタにされるのが嫌いですって言っておいたのに! しかも上の二つ、先生私が知ってるのちゃんと知ってて知らんぷりしてたのいま確信しました! 本当に好きなら、いじめたらモテません!」
「ごめん、俺は愛が深まっちゃったよー! てっきり、君、広野くんの電話理由もセフレ疑惑二件も、両方気づいてないと思ってたんだー。へぇ。思ったより普通の頭も良かったんだね! なのに黙って我慢してたんだ。偉い!」
「私も非常にそう思います!」
「うん。それに本気で生きてて良かった。上村先生が教えてくれなきゃ、いつ殺してたか分からないや。こういうの取り入れると、今までの分の十倍くらい、君が死にたくなっちゃう理由あるし。困ったなぁ。研究にも興味が……待って、俺、どっちかしかできないんだよな」
「迷う余地あるんですか?」
「なかった。俺の恋人になってください!」
「先生! もう研究に決定してるからって、私にこれ以上ストレスかけるテストしないでください!」
「愛してる大好き! 一生一緒にいたい!」
「もう嫌だ! 私はちょっと帰ります!」
「いやいや、君ほどの理解者はちょっといないよ。もうちょっとストレスかけさせて。録画してあるから、なんの心配もない」
「心配以外の何があるんでしょうか?」
「それがね、俺普段は恋すると一発で気がつくの。なのに今回、そうじゃなかった。それはさぁ、君見てると頻繁に恋心と研究心がグルグルグルグルグルグルするからなの。似てるんだよ。けど違うんだよなぁ。死にそうなの見て性欲沸くなんて発想は、首絞め大好きな上村先生の発想じゃん? 雛辻さんが言いたい性衝動っていうのは、多分ね、ちょっと意味合いが違うの。あの頭の人より頭の出来がいいから。でも辞書がヘボいとその程度の解説になってしまうんだ。それ、これ、本当に面倒くさい。なんかねぇ、やつの言い方だと、死にそうで性欲わいたって感じだけど、俺的には、良かった助かったまだヤるチャンスあるじゃんみたいなさぁ! 逆! だから俺、基本死ぬ前にヤっとくの、気になったら。死にそうなのとは遊ばないし、手を出さない。で、まぁもう良いかなぁ、と思って、じゃあねー! ってことだったんだろうなと気付いた。それでね、この性欲を考え出すとさぁ、俺恋しないと無理なんだ。動機は恋。そして最近大変性欲が若い頃より落ちてる中、なぜなのか性欲から先に湧いちゃったんだと思うんだよな、俺。雛辻さんに対して。七輪の話で、ヤっときゃ良かったと多分俺は思ったんじゃないかな。先に恋をしていたとしても、相手が学生だから抑圧していたのか?」
「中学生レベルの防衛規制の説明しないでください!」
「小学生レベルで言うと大好きだから恋人になって欲しいんだけど、研究もさせて欲しいの、どうしよう!? って、感じ。そこで両方やってみようと思ってるんだけど、できるかなぁ?」
「難しいです!」
「君が俺の恋人になってくれないから?」
「ええ!」
「もう会社に寿退社します届け出してあって、ご実家とかにもご連絡済みでも?」
「……え?」
「職場、大学、高校、中学、小学、保育所二つ、全部抑えてあるって話したら、信じる?」
「……」
「俺にはそれができるだけの時間と情報と情報源と協力者がいるのもつけとく?」
「……」
「付けなくても分かるよね!」
「……先生、私は何か、先生を怒らせるようなことをしましたか?」
「最初に怒ってないよって言ったじゃない」
「怒ってなかったらこういう方向性って、ないと思うんです!」
「どうして?」
「セフレ疑惑たてられても短所に明るくかけちゃうレベルで周囲の他者に興味がない私にそれをやっても、私本人は無傷で、私の社会的評価が落ちるだけで、私の希望は社会的評価急落であり、周囲からそれで人がいなくなるって、楽になるお手伝いをしてくれてありがとうございます! みたいな形なんです!」
「――楽ってどっち? 身辺整理? 対人ストレス?」
「対人ストレス! なのでこれのメリットって、先生にとっては、私の社会的評価を落とせるのかもしれないけど、私の場合、私のメリットとして肩の荷が降りるので、なんかこうwin-winみたいな!」
「ほう」
「今ここで、先生をこっぴどくふって、招待状代とかそういうのキャンセル料出させましたーってやって、永久に地元に戻らないっていう手! あるいは失恋ってことにして、とか、もうメリットだらけなんです! しかも私が面倒くさいところに全部手を打ってくれているなんて最高! 先生は素晴らしいです! 私気が楽になりすぎて、死ぬ気がなくなってきました! けど、こういう風に先生がすごい事してくれる時は、大体怒ってるので、どうして怒っているのか聞いておこうと思って!」
「ストレスが無くなって、死にたくなくなる事もあるの?」
「はい! そうみたいです!」
「――……ごめん、他の例ある?」
「卒論でなぜ知ったのかはよく分かからなかったけど何となく想像してた的な感覚でもありますが、上村先生が会社に連絡返しておいてくれた事とかです!」
「上村先生かぁ……ああいう優しい人、好き?」
「大好きです!」
「俺は?」
「生きていて欲しいです!」
「悪いけど、それ、どう受け取っていいか分からないな」
「今回の一件で、鏡花院先生はとにかく生きていてくれたら良い人だと分かりました! 好きとか嫌いとか優しいとか優しくないとかに分類されず、いつまでも鏡花院先生でいてください!」
「つまり大好きよりも上の、愛してるってことだね!」
「え?」
「俺は俺で良いけど、心理学を学ぶものとして、その気持ちの名前くらい把握したいから。さっきまで俺は恋を自覚できていなかった。そのように、雛辻さんは、愛を自覚できていなかった。どうかな?」
「そんなこと……無くもないかもしれなくもないかもしれないんですけど、本当に手を回してくれたんなら、私遊びに行ってきます!」
「遠まわしだね。さて、どこに行くんだい? あの世?」
「それが、その、すっごくぼーっとしてた時に、なんか佳奈ちゃんの件を、お母さんに相談してたらしくて!」
「え」
「あっちの学閥側からの弁護士がうんぬんかんぬんって言ってて、なんかよく覚えてないけど、そうなんですかね? 忘れちゃった!」
「待って。真面目に話そうか」
「嫌だなぁ、手を回してたんなら、知ってますよね?」
「うーん、どうだったかなぁ。それで? お母さんは何て?」
「お母さんは、鏡花院先生はとても良い方なので、ぜひ婚約するように的な感じだった気がしないでもないですけど、あんまり良く覚えてないです」
「それは、あれだね。読者様の判断に委ねるって手法だ。つまり君、これ、暴露本にするつもりだな!」
「はい!」
「そして前に俺が腹黒い女が嫌いだって言ったから、それっぽくさっきっから演じてるんだね!」
「そ、その! 私、すごく、腹黒くて!」
「ちょっと致命的に判断が遅かったかなぁ。けどやっと腹黒強調を駆使する段階に来たってことは、そろそろまずいって理解してきたんだね」
「は、はは」