EU宇宙局【前編】
無事に卒業式を終えた私達は、フランスに引っ越した。
この国にも天才児教育の機関があるそうで、弟の双子は今年からそこに行くことになった。紺は即座に宇宙局に行くことになり、帰ってくるたびに「こんな星滅んでしまえ」とボソリと言って、父に「まさか、本気で言ってたりする? 伊澄に似ちゃった?」と聞かれ「冗談だよ。安心してくれ。俺は精神的にも唯純祖父ちゃんとも母さんとも違って非常に健康だ。愚痴くらい言わせてくれ、家族だろう?」と言っていた。私には脳天気に思える二人の名前が出たのが、当時は不思議だった。ママは、三度目の妊娠が発覚していて、今年一年は、パパは働かないと言っていた。代わりに私に、じっくりと勉強等を教えてくれた。また、この国の天才児教育で不十分だとパパが判断した部分に関して、青と白に自分で教えていた。専門のところで習った私と紺よりも、あるいは青と白のほうが、幸運かも知れない。
紺は、朝は十一時頃出ていき、夜は十二時近くに帰ってくるようだった。
私は既に寝ている時間なので、詳しくはわからないけど。
なので、紺は一人部屋になったし、私も勉強のために一人部屋になった。
パパが全部できるので、今回はハウスキーパーさんがいない。
私はパパに料理も教わった。ママも教えてといったが、パパが「妊婦さんは安静にしなきゃ」と優しく言って、見ていることを命じていた。たまにレタスをちぎらせてあげていた。パパは過保護すぎると思う。
紺とパパは、こんな話をしていた。
「バカばっかりで頭が痛くて困るんだ。父さんはどうしてた? そういう時」
「いじめて遊んでた。真似しちゃダメだよ」
「インドネシア一帯が滅びるんだから、そんな真似はしない」
「愚痴を言うのはいい解決策だけど、愚痴っぽい男はモテないよ」
「へぇ」
「だから俺にはいいけど、あんまり女の子には言わないようにね」
ポツリポツリとではあるが、仕事帰りにたまに遭遇すると、少しだけ紺が率先して会話をするようになっていた。パパと。それ以外は相変わらず寡黙だ。大人しい。
ちなみに青と白は、どんどん頭が良くなってきた。
私の弟という感じだ。
特に白と私は仲がいい。白は私と同じくらい積極的で、よく話すからだ。
白はまだ子供だけど、対等に話す価値が有る人間だと思う。
質問する内容も、今までの研究室の子供達よりずば抜けて鋭い。
なのに気さくだから、とても楽しいのだ。
外見はパパに似ている。ただ、目元はママに似ている。
なので、少し甘い印象だ。それもあるのか、優しくて明るくも見える。
青のことも、私は嫌いじゃない。だって弟だもの。
青は、パパに、紺と同じくらいよく似ている。ただ、多分性格的なものだと思うけど、常に気だるそうだ。面倒くさい、あきた、そんな感じなのだが――冷ややかな目をしている。ただ、なんでもできるのだ。青が今のところできなかったものは、何もない。紺は黙っているからわからないけど、青は紺よりは喋る。その範囲で聞いていると、私以上になんでもできる。パパもなんでもできるけど、青はそこによく似ているみたいだ。ただし、特に興味のあることはないらしい。
私達は、この国で、せっかくなので音楽と絵画を習ってみることにしたのだが、青は完璧だったのだ。ピアノもヴァイオリンも、油絵も水彩画もデッサンも、何もかも。私はピアノを褒められたが、それも青の方がすごかった。白は油絵を褒められたのだが、それも青の方がすごかった。
紺は、私とは方向性が違うし、パパは大人だ。
だから人生で初めて、私は自分よりも優れた人間がいることを理解したのだ。
ママは、フランス料理の美味しさにしか気づいた様子はない。
ママに言わせると「みんなすごい!」なのだ。
さらにママは、紺に対しては「早く帰ってこないと体を壊してしまうの!」しか言わない。ママは、私達の才能や頭の良さにはあまり興味がないようだった。勉強なんかしなくていいから、元気に育たなければならないというのだ。そんなママにだけは、青も時折照れくさそうに笑ってみせる。私と白もママの言葉があるから、青のすごさに落ち込んだりはしなかったのかもしれない。
そんなある日、医大への出願手続きをパパがしていた。
その日ママが、紺に言った。
「紺も受けるの?」
今更そんな馬鹿な話はないだろうと、私は思った。パパも曖昧に笑っていた。確かに希望調査書にはそう書いたけど、紺はもう、宇宙に関する専門家なのだ。だが紺は頷いた。
「ああ。手続きは頼む」
それだけ言うと、航空局へ出かけて行った。迎えの車が来るのだ。
パパは珍しく複雑な顔で笑いながらも、紺の出願票も用意していた。
あと三ヶ月で受験日だから、今から勉強を始めても間に合わないと思う。
それとも、もうそろそろ隕石対策は終わるのかしら?
そこから集中してやるのかしら?
私は疑問でいっぱいだったが、パパに聞くと、「記念受験もあるからね」と言っていたので納得した。